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第1章第9節

 熱風と轟音と閃光とを引き連れて現れた〈瞬燃フラッシュオーバー〉は、崩れ落ちて高さが半減した石垣の上から二人を見下ろす。

 石垣で囲われた公園は熱風が吹き荒れている。


「おいそこの少女! いい加減帰ッてくれないか! この国には労働基準法があるぞ! 僕は今日、久々の休暇を楽しむ予定だったんだ!!」


 その言葉に応じるように、少女は無言で刀を抜いた。


「いかれてやがる」

 〈瞬燃フラッシュオーバー〉はそう言うと、大げさに肩をすくめてから続けた。


「なあッ、少年ッ! 自己紹介がまだだったな。僕の名前は松館まつだて。まずは競合他社との優位性を見せつけることで採用活動と代えるよ!!」

 胸を張って双畑に呼びかけた。両拳の炎が大きく膨れ上がる


「見てな! 鎧袖一触さッ!」

 光る王冠が一層眩く輝いた。


「松館から始まるッ! ファイヤーゲーム!! イェー!!」

 松館と名乗った男は両拳を高々とあげる。


「ファイヤッ!」

 そう叫ぶと同時に石垣の上から姿が掻き消えた。いや、目にも留まらぬ速さで一気に少女までの距離を詰めたのだった。拳に宿る炎をそのままに殴り掛かった。



 少女は後方へ飛んで避ける。炎が実体を持つかのように地面が大きくえぐれ、土くれが双畑の元にも飛んできた。

 続けて松館は続けて小ぶりな打撃を素早く繰り出す。鮮やかな足さばきで少女は避ける。


「やはり直で当てなきゃ駄目か。いい装備だ」

 ダメージを受けた様子のない少女を見て松館は呟く。


 言い終わらぬうちに少女が距離を詰めて刀を振る。刀身は虹色に輝いていた。松館は防ごうとするが、魔法で生み出された炎はあっさりと切り裂かれて切っ先が迫る。

 松館は顔をしかめながら体捌きでぎりぎり避ける。


 接近戦あるのみだが、どうも厳しい戦いを強いられそうだ。松館は思った。僕が万全でないのと同様に、この少女も相当に削れているはずだが。

 まず勝てるとは思うが、どうだろう。もしかしたら窮地ッてやつかもしれないな。ヒリヒリくるぜ。久々に楽しくなッてきた。


 鎧袖一触などと大きなことを言ったが、言葉ほどの余裕は松館にもなかった。体育館で食らった一撃は、本来格下の少女に対してそれほどの感想を覚えるほどのダメージを彼に与えていた。

 ただでさえ松館は連日の残業がたたって疲労していたのだった。


 彼はこの地球において、内務省治安局特別審議官の松館雄一郎として通っている。

 しかし、両親につけてもらった名前は別にあった。この世界のどの地域の名前とも異なった響きの名前だ。彼は地球ではない世界で生まれ育った人間なのだった。


 今朝、太陽が登り始めて人々がこの街での経済活動を始める頃、松館は職場--県庁の北西にあるホテルの三階分を接収している東北管区内務・防衛省連絡部--での30時間ぶっ続けの労働を終え、徒歩10分の距離にある自宅への帰路についていた。


 どこからどう見ても疲れたサラリーマンといった風体だった。

 胴体に比して妙に手足が長いため、背が高く筋肉質な体格をしているにもかかわらず、周囲に与える印象は威圧感より滑稽さが大きい。


 なんで僕はこんなに働いているんだ。この世界の人間は勤勉さを履き違えているんじゃないか。松館はそう感じている。地球人ども、〈超常現象〉のことを何一つ分かっていない癖によく頑張るものだ。

 そして僕はよく付き合っている。我らが〈無限帝国〉に手当の割増を願い出るべきかもしれない。


「明日は19日ぶりの休みだ。マジで眠りまくッてやる。起きたら溜ッてるアニ……」

 そう呟きながら凝り固まった体をほぐすべく伸びをしたところで、少女の襲撃を受けたのだった。彼の休日は失われた。


 そして最終的に酷いダメージを負った。防御にも、回復にも、移動にもかなりの魔力を費やしている。全力の2割以下しか力を発揮できていない。そういう自覚が彼にはあった。

 しかも、少年を無事に確保するにはその2割ですら有効に使えない。少女を殺す巻き添えにしてしまっては意味がない。双畑は生かして確保すべき対象なのだった。


「次は地球だ。幾つかの世界からの介入が予想されるからそれを妨害しろ。休暇のつもりでいい。ああ、念の為言っておく。よく目を開いていろ」


 赴任前、上司がそう言ったことを松館は思い出す。「目を開いていろ」とはこういうことか。この任務、内容に不釣り合いな優先度と情報秘匿度だッたが、その理由がこれか。

 先入先の仕事は思ったよりハードだったが、確かに他の列強世界の介入は弛かった。本当に休暇のつもりでいたぜ。もし介入が本格的なものだったなら、今頃地球の人口は1/100になっていてもおかしくないからな。


 少女と高速の近接戦闘を繰り広げながら、松館は思いを巡らす。

 なるほどなるほど。僕のご同類を探すのが裏の任務だッたッてワケだ。確かにこれは重要だ。要度の低い地球に軍隊を派遣するのはコスパが悪いし、見つけられたのは奇跡みたいなものだ。

 つまり、一人で全部やれる僕が適任だってわけか。


 それにしてもこの少女、いったい何者だ。少なくともこの世界の人間ではない。地球にこれほどの技術はない。僕のような例外でもない限り地球では大抵の魔法が発動しないから、科学偏重の列強世界だとは思うが。

 汎人連か聖把星系軍残党。それとも、それとも。

 くそっ。さっぱり分からん。


 松館は〈無限帝国〉でもっとも個人戦力の高い世界転移能力者のひとりだったが、如何せん科学には疎かった。魔法文明で育った彼に理解できる科学の知識は、潜入して学んだ地球文明のレベルまでが限界だった。

 しかし、彼の魔法防御を貫ける個人携帯武装を製造可能な科学文明はそう多くない筈だった。

 松館にとって、大して見るべきところがないこの地球で--魔法が使えず科学も大したことのない地球に異世界の興味関心を惹く要素はほとんどない。もっとも、平和ゆえの娯楽の多さを彼は気に入っているようだが--苦境に陥ることなど予想外だった。上司から命じられたとおり、気楽に過ごすつもりだったのだ。


 戦いの流れで踏み込んだ体育館で、彼の仮初の上司たる東北管区のお偉いさんを殺さざるを得なかったことと、そしてもちろん、偶然出会った少年に彼の王冠が反応したことも予想外だった。

 もっとも、一番最後については嬉しい誤算、そう言うべきものだと感じている。

 

 いやはや。彼の攻撃を紙一重で避け続ける少女を見て、松館は僅かに顔をしかめる。

 疲れがたまッていたからというのは言い訳にもならないが、随分と酷い真似を晒している。同僚たちが見たらなんというか。

 まあいい。あの少年さえ確保すればすべて問題ない。この僕には明るい未来が待っている。

 〈無限帝国〉はそれだけの価値をこいつに見出すだろう。


 少女は炎の拳による連撃を綺麗なステップで回避すると同時に踏み込み、下段から斬りかかる。

 松館はとっさに腹部を炎で纏って防御するが、虹色に輝く彼女の刀はあっさりと炎を切り裂いて僅かな裂傷ができる。


 この少女は大したものだ。飛び退りながら松館は思う。

 だが、相当消耗している筈。僕の炎を切り裂く虹は斬撃の瞬間にしか放出されていない。今朝戦った時はずっと光っていたのに。

 おッと。今の攻撃はなかなか鋭い。楽しい戦いだッたが、そろそろ終いにすべきだな。なに、大技を出せなくともやりようはある。

 

 炎の隙間を縫って飛び込んできた袈裟切りを、松館は魔力を強く込めた右拳で弾いた。少女は吹き飛ばされる。

 少女との距離ができた隙きを突いて。彼は大きく深呼吸する。そして言い放つ。


「もう、攻撃は通じないぜ」



 猛獣のように笑うと同時に、光る王冠がいっそう明るく輝いた。公園から影がなくなるほどの眩さだった。そして、両拳の炎が一瞬で何倍にも膨れ上がり松館の全身を覆う。熱波があたりの雪を溶かしていく。力の奔流が吹き荒れる。

 全てを焼き尽くすような業火が収まると、炎の鎧を纏った松館の姿が現れた。



 双畑はその全てを唖然としながら眺めていた。皮膚が熱でひりつくのを感じている。

 少女は先程までとは比較にならない魔力を放射する男を真正面から睨んでいる。そして、双畑を振り返る。


 彼女の視線が双畑と交差した。少女の顔には寂しそうな笑顔が浮かんでいた。

 勝利の望みを手放した安らぎと、人生の重荷から開放されてしまった悲しみが綯い交ぜになっている。双畑は、その表情の意味を問いだたそうと思ったが、言葉が出なかった。


 少女は微笑んでから、ゆっくりと正面に向き直った。静かに言う。


「……試してみましょう」


 再び刀身から虹色の光が溢れ出す。そして駆け出した。 

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