第1章第8節
煙幕を抜けた後も次から次へと湧いてくる屍鬼との戦いで頻繁に中断される少女の説明を、走ったり転がったり正座したり隠れたり滑ったりしながら双畑は聞いた。
「異世界のせいなんですよ」
少女は言った。
「異世界のせいなんですよ?」
双畑は鸚鵡返しに聞き返した。
「あなたの世界は、別の世界からの介入を受けているんです」
少女は、双畑の発言を聞かなかったかのように淡々と繰り返した。
「地球も含めて無数の世界が存在します。無数の世界--私達は〈多元世界〉と呼んでいます。覚えてくださいね--のうち一部の世界が、ここ数十年好き勝手に他の世界で遊び始めたんです。戦ったり実験したりしたり。その結果が、いわゆる〈超常現象〉というわけです」
「本来、世界間の壁は好き勝手通り抜けられるものではないのですが、まあ色々ありまして」
「街が一晩で消えてなくなったりするなんてどうかんがえてもおかしいでしょう」
「この世界の理屈に、法則に合致していない」
「〈超常現象〉という呼び方は、陳腐でありながらも言い得て妙というところです」
「でも、それだけなら些細な問題なんです」
「夫々の世界に夫々の法則が存在します」
「この地球は、いわば『意思の力で物理法則に干渉できない』という法則を追求した世界ですね」
「魔法みたいだって? ええ、魔法は存在します。わたしもそこそこ使えますが。この世界ではどうも制約が強くて」
「魔法がない世界の方がおかしいと、わたしは思いますけどね」
「ひとつの世界にひとつの法則。これが、ある世界をその世界たらしめる大前提なのです」
「異世界人が別の世界で何かをする度に、他の世界の法則が混ざっていく」
「大前提が崩れていくんです。本来あるべき世界の姿がどんどん歪められていくわけです」
「あなた、巻き込まれておきながらかなり冷静ですよね。この世界がおかしくなっていることに薄々気付いていたんじゃないですか? 珍しい事例です」
「話がそれました」
「問題は、世界が混ざり続けると世界が維持できなくなるということです。そして世界をぐちゃぐちゃにする巨悪が、光る王冠を被った人間というわけです」
「そう、あの熱苦しい男のことですよ。光る王冠を被った連中は自由に世界を渡ることができます。世界固有の法則を無視して自由に異世界の魔法を行使できるんです」
「そして、その自由が世界を壊します。じわじわと、しかし確実に」
「私は世界を救うために地球にやって来ました」
異能力バトルのラノベにしちゃあ話がでかいな。彼女の説明を聞ききった双畑は思った。
どっちでもいい。どちらであっても、両方併せてであっても、全く理解できる気がしないぜ。
気づけば、双畑と少女は古い城跡をそのまま利用した広い公園にたどり着いていた。
双畑は疲労でへたり込んでいるが、どんな鍛錬を積んだものか、少女は疲れた様子をまったく見せずブランコを漕いでいる。
少女が屍鬼と呼んだあの不気味な連中はしばらく姿を見せていない。
説明はそろそろクライマックスですがこの隙に少し休憩しましょう。乗ってみたかったんですよね、これ。少女はそう言っていた。
空は暗い。神社を出たあたりから急に空を雲が覆い始めたのだった。西の雲には少しだけ橙色が混じっていて、今が夕暮れ時であることをかろうじて教えている。
白いものが辺りに落ちてきた。地面に染みを作り始める。二人の吐く息が公園の照明に浮かび上がっている。
「想像以上の大物」
少女はブランコを漕ぎながら言い、続けた。
「あいつを始末すれば、この世界はしばらく安泰でしょう」
「あいつはそんなにヤバい奴なのか? 情緒がヤバそうなのはおれにも分かったが」
「特定呼称〈瞬燃〉。〈無限帝国〉の二等転生体の中でも最悪の部類です。あなたも随分な奴に目をつけられましたね」
「また知らない単語がぞろぞろ出てきたのはスルーするとして、さっき瞬殺してたじゃないか」
「私が好きで体育館にめり込んだと思いますか? 吹き飛ばせたのは奴があなたに意識を向けていたからです」
双畑は押し黙った。
「偶然とは言えでかいのを一発入れることができました。何としてもここで始末をつけたい。多元世界すべてを危険に晒す強大な〈無限帝国〉といえど、人材は有限です。奴を倒すことができれば、暫く地球は安泰でしょう」
「仲間を呼べたりしないのか?」
「沢山いますが、同時に全然いないとも言えます。掲げる大義に対して人手は常に不足する。そして大義が求める仕事は拡大し続ける。これが労働というものです」
勢いよくブランコから飛び降りて、淡々と少女は続けた。
「結論を言いましょう。今日明日というわけではありませんが」
雪がちらちらと降り始めている。
「このままだと地球は滅びます」
「助けてくれ……」双畑は天を仰いで呻く。
「全然理解できねぇ……」
何を言っているんだこいつは。双畑は素直にそう思った。おれがおかしいと思ってきたすべてが異世界のせいだっていうのか? どんな陰謀論者でも言い出さない荒唐無稽さだぜ。
〈超常現象〉が異世界のせい、だと。あの光る王冠を被った男は異世界人だってのか。この少女もそうなのか? くそっ。世界が沢山あって、世界間で争ってて、それに地球が巻き込まれた? 30年前ってのはシドニー消失事件が起きた年だ。しかし、そんなことは誰でも知っている。
多元宇宙? 〈無限帝国〉? 転生体? 理解できない単語でおれを煙に巻こうってのか。
少女は、地球が滅ぶともいった。ワケがわからない。
「助けてもらうのはわたしの方です」
双畑が考えを纏めるために必死で考えるさなか、少女は申し訳なさそうな声でそう溢した。
唐突な発言に双畑は戸惑った。先ほどまでの傍若無人が少女からは掻き消えている。気遣うように問いかけた。
「いきなりどうした」
「ここまで一方的に説明してしまったのは申し訳なく思っています」
自分を責めるような調子で絞り出すように少女は答える。俯いて少女は続けた。
「……わたしがやっていることは、あの熱くてうるさい男がやったことと変わりありません。無理やり連れまわして、目の前で暴れて、知らない情報を怒涛のように押し付けた。最悪です」
「ちょ、おい……」
少女の変貌に驚きつつ双畑は声をかけた。こいつ、一体何を抱えているんだ。そう思った。屋上で出会った時とまったく同じだった。
少女は顔を上げる。怒りとも悲しみが綯い交ぜになった顔だった。
「でもわたしだって死にたくない! わたしはまだ何も、何も知らない! なんなんですかあなたは。おとなしくついてくるなんて。ふつうは逃げるでしょう! 何もわかってないくせに心配するような顔をして! 信じられないほどのお人好し!!」
叫ぶ少女は不意に静かになり、小声で続けた。頬には涙が伝っている。
「〈瞬燃〉は執念深い男だと資料にありました。再び現れた時あなたが側にいれば、わたしを圧倒するだけの火力を出せないんじゃないか。そう考えたんです。あなたを安全弁にするというわけです。破力は午前のうちに概ね使い果たしましたが、まだ余力は残っています。ラッキーパンチが入りましたからね。勝つ可能性がないというワケじゃありません」
「君は…… 何故、戦うんだ」
双畑は尋ねた。
年下の筈のこの少女が言っていることが素直に理解できなかったからだった。
もちろん、説明された内容の意味はさっぱり分かっていない。しかしそれ以上に、この小さな少女にこれほどの台詞を吐かせる感情の方に、得体のしれないものを感じたのだった。
少女は、儚げな笑顔でもって返事に代えた。
突如、眼が閃光で焼かれた。
そう錯覚する程の輝きが公園を支配する。轟音と熱波が二人を襲った。燃える巨石が飛んできて二人の周囲に転がる。あまりの熱に雪が雨に変わった。
「今更かもしれませんが、逃げてもらってもかまいません。選ぶのはあなたです先輩」
少女は言う。戦闘の予感を前にして、その目には意志の強さが取り戻されている。
「でも、助けてくれると嬉しいです」
しかし、声にだけは寂しげで迷うような弱々し何かがが含まれていた。
不気味さを感じるほどの光と陽気さを漂わせ、焼けて崩れた石垣の上、弱々しい夕焼けを背に男が降り立った。
地味なスーツを着ている。頭上には光る王冠が輝いていた。
「やあ、さッきの続きをしようか」
〈瞬燃〉が不敵な笑みを浮かべながら言い放った。




