第1章第7節
「説明を求めます!!」
神社の本殿のすぐ側で体育座りをしている双畑は大きく叫んだ。
境内には多数の人間が走り回る音が鳴り渡っている。耳障りな金属音が時折響く。
「スピナーは壊れてしまったのでもう乗れませんよ」
乱射される粒子線を片手に持った虹色に光る刀で弾きながら、少女はそっけなく答えた。
あの古臭いデザインの軽自動車、そんなカッコいい名前の乗り物だったのかよ。双畑は思った。
彼と少女をこの神社に運んだ空飛ぶ車は石畳に頭から突っ込んでいて煙を上げている。半分剥がれたボンネットからは得体のしれない機械が覗いていた。
先ほど強引に少女に詰め込まれた後大人しく車に揺られていた双畑だったが、しばらく飛んだところで強い衝撃を感じた。そして、落下を始めたのだった。
「じゃあ、あれは!!」双畑は真正面を指さして叫ぶ。
指差す先では、彼が通学中に見かけるのと同じ戦車が鳥居前の階段に斜めに停まっていた。その砲塔は二つに割れて、車体の両脇に崩れ落ちている。
彼女が超光とかスピナーとか呼んだ空飛ぶ軽自動車が墜落する直前、少女はドアを蹴り破って飛び出た。声を掛ける間もなく、双畑は墜落の衝撃を全身で味わった。シートベルトとエアバッグがなければ間違いなく死んでいた。
ほうほうの体でガラクタと化した車から這い出た彼が顔を上げると、猛然とこちらに迫る戦車の上で、刀を振り上げた格好で宙を飛ぶ少女と、二つに割れて車体からずり落ちる砲塔が見えた。車体はガタガタと異音を出して数メートル進んだかと思うと、大きな音を立てて停止したのだった。
「あれは思考戦車ですから、それほど高度な動きはしないんですよ」
少女は自分に向かって突き出された槍を避けながら淡々と答える。刀が虹色に輝く。
右手でその刀を勢いよく振り抜くと光る斬撃が飛んだ。石畳が弾け、一緒に赤い塊が宙を舞う。
「じゃあじゃあ! 君が今吹き飛ばしたその人たちは!!?」
双畑の目線の先には、刀を振りぬいた少女の後ろ姿がある。少女は、ポニーテールを揺らしながら振り返った。
その周囲には、様々な武器を手にした十数人の老若男女が倒れ伏している。この場で動くものは少女と双畑だけだった。顔を引きつらせながら双畑は返事を待つ。
「こいつらは屍鬼です。要はロボットみたいなもの。人じゃありませんから問題ありませんよ」
少女は刀を鞘に納めならあっさりと答えた。
「体育館で先輩が出会ったあの熱苦しい男。奴の手下というわけです」
少女が戦車を切って着地した直後、四方八方からいきなり人影が現れた。
主婦、サラリーマン、ランドセルを背負った少年。統一感のない格好の無表情な人間が十数人。年齢も性別も服装もバラバラだった。彼らの手には、竹槍、ボウガン、猟銃、金属バットが握られている。見たことのないデザインの銃らしきものを抱えた者もいた。
その者たちは、一言も発しないにもかかわらず奇妙に連携の取れた動きで双畑と少女に襲い掛かったのだった。彼らが現れるとすぐに、少女の投げた輪が双畑の周囲に落ちた。日光の見え方が微妙に変わったのを双畑は感じた。
見えない膜のようなものが彼の周囲に張り巡らされたのだった。以降、双畑は襲い来る連中から無視されたかのように放置され、少女が死体の群れを作り上げるのを見守ることになった。
空飛ぶ車と同じ、不思議道具の一つのようだった。
問題ありませんよ。双畑は少女の台詞を反芻した。何が問題ありませんよ、だ。問題だらけだ。
こいつ、全然説明する気がねぇぞ。いや、説明をしてくれているのかもしれないが、伝わらない説明は説明じゃない。
人じゃないって言われたってな。確かに、ずっと無表情で不気味な連中だったし、斬られても声一つ挙げないのはおかしいと思っていた。だからこそおれは目の前の少女への恐怖をギリギリで押さえつけていられる。
でも屍鬼ってなんだよ。名前からしてロボットではないだろ。仮にロボットだったとしても問題がないってわけじゃないんだぞ。人間と同じ意識があるかもしれないじゃないか。そう、電気羊の夢を見るかどうかという問題だ。
いや違うそうじゃなくて、もっと一から説明してもらわないと。断固抗議。徹底要求だ。
勇気を振り絞れ。さあ、行くぞ。
「説明を求っ」
「では」
少女は断ち切るように返事をして片手を振った。双畑を囲うように落ちている輪が彼女の手に飛んで戻る。
「ついて来てください。ほらこっち」
ずんずんという効果音を出さんばかりの勢いで歩き出す。
「ちょ、おいおい!ちょっと待ってくれ!」
少女は階段を見下ろせる場所まで歩き、ぴたりと立ち止まった。やはり双畑の呼びかけを無視して回答をする。
「この量はマジで意味不明です。先輩に大層ご執心らしい」
石段の下を指さして言った。
少女に追いついた双畑は指先を辿って見下ろすと、無表情をその顔にぶら下げた群衆がひしめいていた。少女が屍鬼と呼んだ存在の大集団だった。
「あなた、一体何なんです?」
少女の刀が再び輝き振るわれたかと思うと、虹混じりの煙幕が眼下を覆った。
「手を繋いでください。感覚減衰場の中に入ります」少女は左手を双畑に差し出す。「移動しながら説明しますから、ほら」
双畑は小さくため息をつくと、差し出された少女の手を取った。直ぐに駆け出した少女に引きづられるように、彼も足を動かした。
煙幕にふたりで突っ込む。
一寸先が見えず、自分の足音すら聞こえない。大量にひしめいている筈の敵の気配をまったく感じなかった。双畑に知る由もなかったが、この煙幕はあらゆる感覚を減衰させる機能を持っている。
走るに連れ早まる自分の鼓動と、少女の手の暖かさ。そして、直ぐ側で走っているはずの少女のかすかな息遣いだけを双畑は感じていた。
時折双畑の肩に何かがぶつかるがそれほどの衝撃は感じない。五感を封じられた人間はしっかり立つことができないものだ。それは人間ならざる屍鬼であっても変わらないのだった。探知装置が詰まった頭部を亡くした自立人形のことを思えば良い。制御装置をいくら積んでいたところで、真っ直ぐ立つことは絶対にできない。
本当に説明してもらえるのだろうか。生まれて初めて感じる無感覚の中を走りながら、双畑は思った。
ここまで何も理解できていない。そしてこの煙幕だ。魔法か何かか? マジで何も分からない。何も分からないとは、五感のほとんどが役に立たないという意味でもありますね。
内心でつまらない冗談を言えるのは驚きだが、意外とおれは冷静なのかな。
ここまでのところ、説明速度より疑問速度--そんな言葉があるのかよ--の方が圧倒的だ。
現実を受け止めきれないとかえって落ち着くのかもしれない。世の中には「無理を通せば道理が引っ込む」という言葉もある。説明不足も使いようというわけか。
もしくは、あの少女の美しさに頭がやられてしまったのか。はっ、ウケる。
どんな話を聞かせてもらえるか楽しみだ。
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