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第1章第6節

 天井から床に向かって一直線。目にもとまらぬ速度で、体育館の床に何かがめり込んでひびが入る。


 轟音が響き、床材が跳ね上がり、天井を構成していた建材が落ちて来る。屋根を支える鉄骨、雨風を防ぐ鋼板、体育館を照らしていた照明。果たすべき役割をはぎとられた無機物の群れ。

 すべてが同時に起きたように双畑には思われた。


 天から落ちてきた何かの上に瓦礫の山が出来上がった。

 気づけば体育館の照明は全て落ちている。瓦礫の周囲だけが、天井に空いた穴から差し込む光で明るく見えた。

 下敷きになった生徒はいないようだった。教師が体育館の出入口で避難誘導を始めている。壇上の来賓席にいた警護要員のひとりが、背後に東北管区副司令官を隠しながらインカムに何かを叫んでいた。


 ハヤネはしっかり逃げたようだ。この未来視の力もたまには人の役に立つじゃないか。周囲を見渡しながら双畑は思った。あいつが無事ならなによりだ。しかし、まだ確認しなくてはならないことがある。


 双畑は一歩前に踏み出した。

 落ちてきた人影はさっき屋上で出会った少女に見えた。この辺りでは見かけない真っ白なセーラー服だった。確信はない。すべては一瞬のことだったから。

 しかし、未来視は常に正しい。少なくともこれまではそうだった。だから、確かめる必要がある。


 あの少女が瓦礫の下に、あそこにいるってのか。目の前の光景に圧倒されながらも双畑は瓦礫の山に一歩ずつ近づく。過去のおれを思い出させるような、周囲のすべてに絶望した顔をしていた少女。かと思えば、無邪気な笑顔を見せたあの少女が。 


 いきなり、瓦礫の周囲が一層明るく輝いた。強烈な白い光で照らされている。双畑は思わず足を止めた。彼は天井を見上げる。


 開いたばかりの穴から影がひとつ飛び降りてきた。高低差を感じさせない軽やかさで瓦礫の上に着地する。

 その両手は白い炎で煌々と燃えている。シルエットがぼやけるほど明るいが、大人の男の様に思われた。体育館の温度が一気に上がった気がした。


「てこずらせやがッて」

 瓦礫の上に降り立ったその男は、動きのない自分の足元をしばらく見てから吐き捨てるように言った。それから、今この瞬間に周囲に気が付いたかのようにあたりを眺める。


「おッと、こりゃまずいな」

 壇上まで視線をやったところで不自然に動きを止め、いきなり慌てたような声を上げた。


 同時に男の拳の炎が一層輝いた。その腕を体育館の壇上に向けて振る。

 炎が爆発的に広がりすべてを焼き尽くした。熱波が双畑を炙る。白い光で何も見えなくなった。

 直ぐ光は収まったが、その時壇上には何も残っていなかった。校長や来賓、警護要員達は炎によって消し炭と化した。


 何なんだよこれは。ありえない。双畑は唖然として立ちすくんだ。あの少女は。校長はどこに消えた。お偉いさん達は。何が起きてるんだ。なんでこんなに暑いんだ。いつからこの世界は超能力バトル漫画の舞台になったんだ。いや、〈超常現象〉ってやつが再びおれの前に現れたってのか。


「あーあーあー。最悪だ。こんな面倒なことがあッていいのかよ」

 と、瓦礫の上に立つ男は呟いた。拳の炎が徐々に小さくなる。男の姿が露わになる。


 ダークスーツを着た背の高い30歳前後の男だった。この惨状を作り出した当人であるにもかかわらず、面倒くさそうな表情を浮かべている。そして、頭上には天使の輪のようなものが浮かんでいた。その輪からは角めいた茨めいた突起がいくつも伸びていて王冠のように見せていた。

 その王冠は、光そのもので構成されているかのように白く輝いている。


 男は瓦礫のすぐ近くで一人ぽつんと立ち尽くす双畑に気が付く。

 再び拳の炎を大きくしながら、ダルそう声を掛けた。


「おお、少年。逃げなかったのが運の尽き。顔を見られちゃまずいんでね。残念だがついでに死んで……もら……」

 途中で言いよどむ。首を傾げて腕を組み、少し考え込むような表情をした。男の両目は双畑を見据えて動かない。


「う? んんんん。お……??」

 しばらく唸る。

「Eureka!!!!」

 男はいきなり叫んだ。手足を軽快に動かして小躍りしている。

「朝からコイツにッ」

 瓦礫をガンガンと足で踏みつける。

「つきまとわれてダルかッたが! 今日は最高の一日になりそうだ! ハハッ! ハハハッッ!!」


 男はひとしきり腹を抱えて笑ったかと思うと、手をひらりと振って体育館の真ん中に炎の壁を作り上げる。炎のこちら側には男と双畑のみが残された。

 そして、双畑のすべてを見透かすかのようにニヤニヤとした笑みを浮かべて言い放った。


「この世界の真実を教えてやろう。もちろん、きみの不思議な力についてもな」


 男が発した思いがけない言葉を受け、双畑は混乱して動くことができない。

 人が死んだ怖いあんなに燃え上がって何故笑える怖い逃げたい瓦礫の下はどうなってありえない少女は生きているのか今真実って教えるって--


 考えがまとまらないまま、双畑は辛うじて言葉を絞り出す。

「何故、それを…… お前は……」


 男は、そんな双畑の姿をみて一層笑みを大きくする。これ以上に愉快なことはないといった調子で流れるように言葉を重ねた。


「初めまして。自己紹介は後にさせてもらうよ」

「僕のことなんてどうでもいいことだからだ」

「重要なのはきみ! きみなのさ!!」

「安心してくれ。もう殺そうなんて思ッちゃいない」

「きみはこの世界に違和感を感じているだろう? 分かるよ」

「街角の戦車! 機械で着膨れた警官! 無数の不細工な自立警戒機ドローン! 空を征く戦闘機と飛行船!」

「そして〈超常現象〉だ。都市は前触れなく一晩で消え、人々は恐怖とともに生きている」

「おかしい。おかしいよな。そりゃそうだ。お前の世界は本来もっと平和なはずなんだぜ」

「世界の真実を知る資格がある」

「下らない悩みとはおさらばだ」

「そう、きみの悩みは下らない」

「欲しい答えは僕が教えてやる」

 一呼吸いれてから男は瓦礫の山から双畑に手を差し伸べ、満面の笑みを浮かべた。


「こんな機会、他にはないよ」

 

 双畑は逃げ出すことも踏み出すことも出来ず、ただただ立ち尽くしている。

 恐れが彼を心を襲っていた。人を殺した直後にも関わらず、何もなかったかのように興奮し、叫び、訳の分からない踊りを披露する男から、途方もない恐怖を感じている。


 ワケが分からない。双畑は思った。怖い。怖いな。言っていることが全く理解できない。こいつは俺の目の前で人を殺した。何故おれの未来視を知っている? 信用できるわけがない。

 でも、それでも。知りたいこと、知るべきことがあるのは確かだ。誰も疑問を抱かない日常に、世界に、おれは頭をかきむしりたくなるほどの違和感を覚える。こいつの正体は何だ。三年前、何故両親は死んだ。あんな目に遭ったのは何故だ。〈超常現象〉ってなんだよ。あの日、おれだけ生き延びたのは何故だ。何故、何故、何故。

 そして、おれの未来視は。

 もし、目の前に答えがあるのなら。おれは。


「おれは……」

 あの日、おれだけが生き延びた理由を知るために、両親が何故死んだのかを知るために、未来視を、世界の違和感の正体を知るために、やれることがあるのなら。

 双畑は一歩踏み出そうとして--


『次元断縮砲「あめの羽々はばや」起動。世界保全認証取得。照準固定。破力充填率42.8%』


 電子音が響いた。その直後、瓦礫の奥底が虹色に光り輝く。


「ちょッ! マジかよッ!」

 光る王冠を被った男は下を向いて焦った表情を見せる

「待て待て待ッ」

 天井の穴に向かって飛び上がりながら男は叫んだ。頭上の光冠が再び輝度を増し、両拳の炎が大きく燃え上がった。


 そして、凛とした、という表現がぴったりな声が響いた。

 聞き覚えのある声だと、双畑は思った。


「撃て」

 直後、虹色の柱が体育館に突き立っていた。直視できないほど明るく、男の炎よりも眩く輝いている。その柱に押しのけられるように瓦礫の山が内側から弾け飛ぶ。暴風が双畑に押し寄せる。


「あふっ」

 双畑は吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。何回転もしたせいで目が回っている。卒業式を台無しにした男の叫びはもう聞こえなかった。


 数秒間輝き続けた虹色の柱が不意に消え、あたりが暗くなった。

 燃え盛っていた炎は先ほどの爆風で消えていた。電気系統は完全に死んでいるらしい。


 ふと、自分の周囲が明るいことに双畑は気が付いた。

 天井には二つ目の穴が開いていて、一つ目の穴と一緒に、暗くなった体育館の照明代わりとなっている。


「あぇぁ? 世界の真実はぁ……?」

 間抜けな声が静けさを取り戻した体育館に響いた。茫然自失した双畑によるものだったが、彼自身は自分が喋ったことに気がついていない。


「えぇ……?」

 と、再び双畑が心の声をそのまま漏らしたと同時に、暴風によって高さを減じた瓦礫の山が内側から吹き飛んだ。

 そこから人影が軽快に歩み出てくる。双畑は、近づいてくるそれをぼおっと眺める。


「ああ、やっぱり。聞き覚えがある声だと思ったんですよね」

 人影は言った。

 天井に空いた二つ目の穴から差し込む光が、歩み寄る人影をスポットライトのように照らした。


 屋上で出会った少女だった。

 真っすぐ、双畑を射抜くように双畑を見つめている。その顔には屋上では感じ取れなかった強さがあった。怒りか使命感かは分からない。逡巡とか思い悩むと言った、地に足のつかない何かとは正極に位置する感情を全身から発している。


 双畑の三歩先で少女は歩みを止めた。その勢いでポニーテールが揺れたのが正面からでも見て取れた。


 この少女の顔は、こんな表情をするために設計されたのかもしれないな。双畑は思った。今の今まで目の前で起きていた異常事態のことは彼の脳内から吹き飛んでいる。意識のすべてが彼女に吸い寄せられていた。


 強い意志を持つものだけが発揮しうる凄みがあった。

 今までの人生で見てきたものの中で最も--


「美しい……」

 思わず双畑は呟いた。自分が何を言ったのか彼は気がついていない。


 自分に見惚れている双畑を、少女はそのままの強い表情で見つめている。双畑の妄言は自然に無視されていた。1秒、2秒、飛んで10秒。

 と、少女はいきなりため息をつき言った。


「奴はまだ倒せていません。よって、私と来ないと死にます」

 少女の発した言葉を受けて我に返った双畑は、かろうじて返事をした。

「は?」

「正直かなりかわいそうだとは思います。ですが、間抜けな声を上げるのはもうやめてください」

「え?」

「『超光』!」

 双畑の困惑を無視して、少女は叫んだ。


 突如、聞きなれない甲高い轟音が近づいてくるのを双畑は感じた。天井の穴から丸いデザインの軽自動車が飛び込んで来た。車は少女の言動についていけないままの双畑のすぐ目の前に浮いた状態で停止する。


「そのお車は……?」

 呆気にとられたまま双畑は尋ねた。

「会話はよく聞こえませんでしたが、あなたは奴に目をつけられたようです。助けてあげます。仕事ですから」

 少女は問いかけを無視してそう言うと、双畑に歩み寄って強引に手を取って引き上げる。


「お仕事……?」

「あなたの間抜け面、かなりの見ものです。ドヤ顔でわたしに説教したくせに。ふふっ。失礼。思い出し笑いです」

 双畑の反応を見た少女は、笑いながら彼を助手席に詰め込んだ。

「さ、ベルトを」

「おう……」


 混乱し続けている彼の脳みそが思いつき得る最高の回答を声に出しながら、彼は言われたとおりにした。ベルトをつっかえながら引っ張り出す。


 この少女も「世界の真実を知っている側」らしい。双畑はこれまでを振り返る。バトル漫画やヒーロー映画でしかお目にかかれないような力を振るうあの男の敵なのであれば、間違いなくそうだろう。

 こいつがおれに害をなさないとは限らないけれど、少なくとも炎の男よりは怖さを感じない。これは非常に大事な要素だ。この少女の方が安全そうだからおれは着いていくんだ。双畑は自分を言い聞かせる。


 前置きなく軽自動車が体育館の外に飛び上がったかと思うと急停止して、シートベルトの装着にもたついていた双畑はしたたかに頭を打った。

 彼の口から出た声は、やはり間抜けなものだった。

 



 校庭では、教師の誘導で体育館から避難した生徒や保護者達が途方に暮れた様子で佇んでいた。体育館の方をぼんやりと眺めているものが多い。

 先ほど空飛ぶ軽自動車が現れて体育館に飛び込んでいった時には、群衆からどよめきが上がっていた。


 校庭の端で防球ネットに寄りかかり、煙草を吸いながらそれらすべてを眺める男がいた。敷地内禁煙の筈だが気にするそぶりがない。

 スーツを着ているから保護者のように思えるが、それにしては若い。20歳前後のように見えた。

 顔は酷く歪んでいる。人の内側に蠢く暗い感情がすべて表に出たならばこうなる。そういう顔をしていた。

 校庭で立ち尽くす人々が浮かべている、茫然自失そのものといった調子の表情とはまったく異なっている。


「あーあ、気分わる」

 その男は短くなった煙草を最後に大きくふかし、携帯灰皿に押し付ける。


 突如、体育館の屋根から軽自動車が飛び出し、飛来した時に鳴り響いたのと同じ甲高い音を発しながらみるみる遠くに消えていく。車の姿が街並みに遮られるころには男の姿は消えていた。

 

 紫煙だけが、その場に何者かがいたことを主張していた。

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