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第1章第21節 

 作戦説明から30分後、強襲揚陸転移艦〈テンペスト〉のB格納庫に人だかりができている。

 昨日双畑(すごばた)がカァラの「朝の体操」に付き合わされた部屋である。

カァラとコルガーというふたりの巨人によって作り出された大きな裂け目はまだそのままだ。


 この場に集った群衆のほぼ全員が修正軍の黒い軍服を着ていて、同じ隊章--嵐の中で踊る妖精をデフォルメしたもの--を衿につけていた。強襲揚陸転移艦〈テンペスト〉の乗組員である。


 しかし、数人まったく異なる意匠の服を着ているものもいた。

 双畑とルリである。双畑のシャツとルリのセーラー服の白が目立っていた。

 これから、ふたりは地球に転移するのだった。


 数十人の軍人たちは異世界転移を見物に来たのだ。双畑とルリを中心に、円を描くように取り囲んでいる。

 作戦説明の参加者と比較すると、衿と肩の模様が単純--つまり下級兵士である--だった。

 配置にもよるが、直接戦火に揉まれる兵士は作戦前に意外と暇が出来るものだ。であれば、娯楽に飢えた兵どもが珍しい催し物を見逃す筈もない。



 壁にもたれかかったカァラは冷ややかにそれらを眺めていた。

 と、赤髪の大女の隣にひとりの男が近づいてくる。ピンク色のドリルポニーテールが特徴的だった。

 修正軍から特務中佐の階級を与えられているメレアレだった。


「いつ戻った。メリーちゃん」

 カァラはその男に愛称で問いかけた。


「不機嫌そうだねカァラ。今日も二日酔いかい? ああ、帰ったのは今朝だよ。いや、夜だったかな。〈蛮族文明〉の連中と一緒にね。あの少年が勇者ってやつか。戦力評価は?」

 メレアレは作戦説明時の真面目さをまったく感じさせない軽さで朗々と返事した。

 これが彼の地だった。


「星四かな。甘く評価すれば、だが」

「すごいじゃないか! 平和な世界で育ったんんだろう? 〈勇者召喚〉ってのは大したものだね」

「おかげで世界歪曲度が三ポイント上昇した。テンペストがそう計算したよ。星四相当ひとりのために三ポイント! まったく割に合わない」

 カァラは吐き捨てるように言った。双畑をいじめていた時の陽気さは欠片もない。


「誤差だよ誤差。全世界が滅びの淵を覗いているも同然なのだから」

「誤差で済む数値じゃない。貴様、何を知っているのだ」

「おっと始まるようだ。手を振ってやりなよ。師匠なんだろ?」

「貴様……」


 カァラはそう言ってから視線を格納庫の中心に向け、言われたとおりに手を振った。


----


 双畑はルリと共に格納庫の中心に立っている。

 人混み越しで遠くにいても小さく見えないカァラが手を振るのが見えた。


「マジでふたりだけでやるんですか?」

 双畑は目の前に立つウィリアムに問いかける。


「おうとも! 修正軍は人手不足なのだよ」

 ウィリアムは当然だろうというように頷くと、大きく両腕を開いてから大声で言った。

「ルリ! 双畑君!! 君らの任務は〈無限帝国〉の意図を挫き、もって地球を救うことだ!」


「もちろんそのつもりだけどなにがなにやら……」

「勝利をお約束します。リーダー」

 双畑とルリは正反対の返事をした。

 

「細かいことは現地協力者に聞いてくれ」

「はあ…… いやそれよりも、本当に今ここから地球に戻るんですか? 異世界転移って機械とかなんか必要ないんですか?」

「普通は必要だが、何事にも例外がある」

「例外?」

 最近よく聞く言葉だな。双畑は思った。


「じゃあ、後は頼んだよ。ここで勝っても地球で負けては意味がない。世界が滅ぶ」

 ウィリアムは一歩下がると言った。


「任せて下さい。地球には思い入れもありますから」 

 ルリはそう答え--

 不意に、その頭上に突如光る王冠が出現した。白く眩く輝いていている。


 双畑は驚愕に目を見開いた。彼の内心は恐慌に陥る寸前だった。無理もない。彼は光る王冠を被った連中のせいで死んだのだから。


「は? 奴らと同じ……!!?」

「言ってなかった? 私も転生体になったの。不本意だけど」

 ルリはあっさりと答えた。


「聞いてねぇ! 〈瞬燃(フラッシュオーバー)〉とかと同じやつだろそれ!!」

「うるさい。ほら、しっかり手をつないで。離すと時空の狭間で永遠に彷徨うことになるよ」

 ルリは手を差し出しながら言った。


「時空の狭間!? いやそうじゃねぇ。その冠のこと、絶対に説明してもらうからな!!」

 双畑は苦情を言いながらも手を取る。




「毎度のことながら、我々の情報は役に立たない。地球も歴史が相当にねじ曲がってしまっているからね」


「は?」

 ウィリアムがルリに向かって言った台詞を双畑は聞きとがめた。今なんて言った?

 単純な異世界ファンタジーではあり得ないフレーズが出たぞ。「歴史」が「ねじ曲がってしまっている」だと?

 こんな言葉を使いそうな種類の人間は、創作物上でもそう多くない。


「おまえら、まさか……」

「言っていなかったかな? 僕らはいわゆる未来人だ。未来から世界の滅びを止めに来たのさ。我らは修正軍。その名のとおり、歴史の修正が仕事なのさ」

「なん……だと……」

「こんなファンタジーな世界で飛行戦艦に乗っているのだ。当然だろう。分かると思ったが」

「ふざけ」

 

 双畑が更なる非難の叫びを上げようとしたところで、視界は虹色に染まって何も分からなくなった。

 異世界転移が始まったのだ。落ちるようでもあり引き上げられるようにも思える感覚が彼を襲う。


 〈勇者召喚〉の時と同じだな。双畑はそう感じながらも決意する。

 未来人について。修正軍について。転生体について。地球の危機について。ルリについて。おれが何をするのかについて。他には…… えーと、何を聞けば良いんだ? 聞くべきことが多すぎる。

 しかし、しかしだ。


「地球に帰ったら絶対に問い詰めてやる」



----



 ふたりが消えてすぐ、格納庫の照明はすべて落とされた。

 転移残光--異世界転移のために無理やり出現させた次元断裂が世界の修復力に押し負けて生じる--だけが微かに辺りを照らしている。

 

 見物のために集まった群衆はもういない。この場に残っているのはたったふたりだけだ。

 その片方、カァラは壁に寄りかかったまま同僚を睨んでいる。

 転移残光で深い彼女の顔が浮かび上がっている。不機嫌さを隠そうともしていない。


 カァラの視線の先にいるメレアレは、鋭い眼光を微笑みながら受け止めている。

 と、肩をすくめてから言った。

「いや、本当にウィリアムさんのお考えは知らないよ? ただ、機嫌が良さそうだったからね。何か裏があるのだろうと思っただけさ」


 しばらくメレアレを睨み続けたカァラだったが、いきなり肩を落としため息をつく。

 まともに取り合う様子のないメレアレを見て諦めたのかも知れない。


「まあいい」

 そう言ってから話を変えた。

「いいか、〈勇者召喚〉の件は〈テンペスト〉の外に漏らすな。少なくとも作戦が終わるまでは。司令部は決して許さんだろうからな。コルガーを処分せねばならなくなる。そうなれば」


 カァラはそこまで言ってから指を弾いた。

 その直後、沿岸地域の地形図を描いた立体映像がメレアレとカァラの中間に映し出された。

 陸地の✕印を囲むように青色の箱が幾つも配置されている。

 

「主戦線を担うガルカーン王国軍三万が機能しなくなる」

 カァラの台詞を引き取ったメレアレは、一番大きな青い箱を指でつつくふりをしてから続けた。

「当然負けるね。コルガーはここしかないってタイミングで〈勇者召喚〉をやってのけたよ。俺らは奴の悪行を見逃さざるを得ない。あの青二才、頭がいいのは確かだ」


「だからこそ分からん。この世界にとって良いことなど何一つない筈だが……」

「あの少年、殺すか閉じ込めるかすれば良かったんだ。ルリの転移情報は絶対に報告しなきゃいけないから、司令部に同行者の存在がばれちゃうでしょ? そしたら幾らあのウィリアムさんでも責任を取らされる。ルリが大成功に大成功を重ねても帳消しになるかどうか。それなのにあんなお荷物を背負って」


「さんざん言ったあとでなんだが…… あの少年、なかなか面白いよ。平和な世界で育ったとは思えないところがある。コルガーも同感だそうだ」

「ええ、もしかしてまたあいつと飲んだのかい? 君ってけっこうコルガー好きだよねぇ」

「メリーちゃんが不在だったのが悪い。次があれば貴様を誘うさ」


「次があれば、ね」

 メレアレはそう答えてから立体映像に視線を戻す。

「これを片付けた後が楽しみだ。まあ、よほどの努力が必要だけれど」


 メレアレの言うとおり、彼らは努力する必要があった。


 青い箱が配置されている陸地から海を挟んだ対岸は、無数の赤で染まっていた。

 この世界で魔王軍と呼ばれる〈無限帝国〉派遣軍の戦力配置だった。青色が占める面積の十倍以上の赤が地図を埋めている。


 〈無限帝国〉がこの世界における五年ぶりの大攻勢に出たとあっては、彼らはまず、自分自身のために戦わなくてはならない。

 他の世界を心配する余裕などどこにもなかった。

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