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この世の主人公とは

作者: 岩大志

等間隔にならぶ電柱。


「カチカチっ」


気まぐれに光っては消える電灯もあれば、もういつ消えたか分からない電柱もある。


男は、そんな坂道を夜風に吹かれながら登る。


男はその電柱の気まぐれな灯りを自分の人生と重ね、笑った。


どこか元気がない。


十年来の相方のスーツはもうボロボロである。


見た感じ30半ばのサラリーマンの様である。


その足は誰が見ても重い。

職場での人間関係に悩んでいるのか、大きな商談で失敗をしてしまったのか、理由は分からない。


その肩はしょんぼりとしている。


坂道を登りきると、男は坂の上から景色を眺めた。


中央線が東京方面に走っている。その奥には大きなタワーマンションが建っている。


羨ましがるのも、もう辞めた。バカバカしくなってきた。


「この世は不平等だ。」


男はいつもこの坂を登ると思った。


巷に溢れるYouTuver。若い歳で事業を成功させ高級車を乗り回す若者達。


(彼ら、彼女らなりの努力はしているとはいえ、俺より若い連中で、人気者の月収は、俺の年収を超える奴もいる。手取り21万そこそこの俺には、ただただ嫉妬心しかない…。)


男はそんな事を考えていた。


(汗くせ社畜として働くのがバカバカしいわ…。)


男は、商店街に差し掛かっていた。


ここを抜けたらこの男の家だ。


1DKの部屋に一人暮らし。家賃は6万円。


男の唯一の楽しみは、商店街の中にある「千ベロ」の居酒屋である。


千円で焼き鳥セットと、ビール二杯。


これがこの男の唯一の楽しみである。


いつものように、その店ののれんをくぐる。


満員とまではいかないが、いつも多くの客が入っている。


男は、いつも奥の席に座る。


店員にメニューを渡されるが、目を通すことも無く


「千ベロコースで。」

と、オーダーする。


男は今日、大きな商談に失敗。所謂、窓際族一直線の状況であった。


まず、ビールが来た。乾杯する相手も無く一人、


「お疲れ様。」

と言って、ビールを半分飲み干す。


これがこの男の日常のようである。


次に焼き鳥が来た。


モモに、ズリに、皮に、つくね。


布巾で手を磨いて、食べようとしたら、ある男に声を掛けられた。


「おう、久しぶりじゃん。」


その男は、大学時代の友達であった。名前は高治敦夫こうちあつお


大学卒業後は、一度も会っていない。


「ああ。お前か。久しぶりだな。こんな所で会うなんてな。」


と、男は少し笑いながら言う。


「一緒に飲もうよ。」


と、敦夫は席の反対側に座り、同じ「千ベロコース」注文した。


敦夫のビールが届くと、もう一回乾杯をする。


「最近はどう?頑張ってる?」


敦夫はビールを一気に飲み干すと聞いてきた。


「うん。まあ、何かすべて上手く行かなくて、嫌になっちゃうよね。」


男は言った。


「そっか。何があったの?久しぶりに会ったのに、元気なさそうだし…。」


敦夫は大学時代から面倒見の良い男で、少しお節介焼きなところがあった。


男は、久しぶりの友達との再会で今の心境を話した。


仕事が上手く行かず、窓際族まっしぐら。

妻とは離婚をして、子供とも中々会えない現状。

職場の人間関係。


知らぬ間に2杯目のビールを飲み干し、想いの丈をベラベラと喋っていた。


「この世は、不公平だよ。頑張っても報われない。要領の良い奴が出世していく。こんな人生歩むとは、お前と一緒に遊んでた、あの頃には到底想像できない現実だよ。」

と、言いながら追加でビールを頼んだ。


「そっか、そっか。」

敦夫はそう言いながら、同調した。


「俺の人生なんて、こんなつまらないもんだったんだなって、笑えて来ちゃうよ。」

男は、追加のビールを一口飲みながら言った。


「そっか。でもさ、この世の主人公って誰だと思う?」

敦夫は急に言い出した。


「主人公?…?誰だろね。お金一杯稼いで、幸せな家庭築いてる奴らじゃないの?」

男はちょっとイラっとしながら答えた。

その答えには、自身の状況と正反対にいる者達への羨望が混じっていた。


すると、敦夫は言った。


「違うよ。」


「ん?」


「違う。この世の主人公はお前だよ。」


「何言ってんだよ。さっきの俺の話聞いてなかったのかよ。離婚して、窓際族で、手取りも少ない。」


「聞いてたさ。でも、この世の、いやお前の人生の主人公はお前でしかない。」


「う~ん。」


「じゃあ、聞くけど、お前は今日の朝八時、何をしてた?何を考えてた?」


「え?なんでだよ。」


「逆に俺の今日の朝八時、何をしてたか、何を考えたか分かるか?」


「分かりっこないだろそんな事。」


「そこだよ。俺は今日朝の八時、寝坊して会社に電話して、こっぴどく怒られて急いで準備してたよ。ははは。」


敦夫は笑いながら続ける。


「要するに、お前は俺の朝八時の事を知らない。という事は、俺にしか分からないことだよな。ってことは、俺の人生の主人公は俺自身なんだ。」


「う~ん」


男は酔いが回った頭で考えながら答えた。


敦夫はさらに言う。


「お前の人生の主人公はお前しかいないんだ。人間関係や嫌な出来事、全ては主人公であるお前を成長させるモノなんだ。『この世は不平等だ』? 違う。お前の悪口を言ったり、要領よく稼いでいる奴、全てお前が主人公の物語の登場人物でしかないんだ。あくまでお前が主人公だ。主人公がその登場人物達をどう捉えるか。そこがキーポイントなんだよ。嫌な出来事すらも、力に変えて、ハッピーエンドを迎える主人公になればいいじゃないか。」


敦夫は熱く語る。


「…。」


「ごめんな、俺も酔って来たのか、熱く語ってしまったよ。あ~もうこんな時間だ。

先変えるな。今日は俺がおごるよ。」


と、敦夫は立ち上がるとお会計表を手に取った。


「お前の人生の登場人物のおれがな。ははは。」


「…。」


「また連絡するわ、じゃ。」


と、敦夫はお会計を済ませ店を出て行った。


男はしばらく無言のまま、残った焼き鳥を食べ、ビールを飲み干し、店を出た。


「俺が主人公…。全ては主人公が成長するための登場人物…。」


男は家路を進む。


心なしか、その足取りは軽くなっていた。


【了】

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