直接対決――勇者対魔王
コンコン。
「はーい」
「デュラハンです」
女勇者が暮らす小さな小屋の扉が少しだけ開き、隙間から顔が見えた。
「ちょ、ちょっとだけ待って下さい」
扉がバタンと閉められて、バタバタと忙しそうに部屋の中を走る音が聞こえる。
「予を待たせるとは……」
「魔王様は寛大なのでしょ。女性が身支度に時間が掛かるのは致し方ありません」
妖惑のサッキュバスも同じではございませぬか。魔会議に当然のように遅れてくる。
一〇分ぐらいして、ようやく扉が開いた。
「女勇者よ、こちらが魔王様だ」
「予が魔王だ」
「初めてお目にかかります魔王様。わたしが……女勇者です」
「見たら分かるぞよ」
どうぞ……と、小さな小屋の中へ入れてくれた。大草原の小さな家みたいだ。冷や汗が出る。古過ぎて。
「お邪魔します」
「いいのだろうか……勇者の家になんか入って」
吊り天井やトラバサミの罠でも仕掛けてあるのではなかろうか……。小さな丸いテーブルを囲んでパイプ椅子に座った。床や机がギシギシと心地悪い音を奏でる。
女勇者が少しでも怪しい行動に出れば、いつでも切れるように剣に手を掛ける。テーブルに出された紅茶に毒が入っていないか、いち早く飲んで確認する。
薄い……。味も色も香りも……薄すぎるぞ……。なんの葉っぱだ。
「いつの日か、必ずわたしがあなたを倒してみせます」
「……そうはさせぬ」
思わず立ち上がり剣に手を掛けるが、魔王様は片手を差し出してその必要はないとアイコンタクトしてくる。
パチパチとウインクしてくるのはやめて欲しい……何か誤解されそうで。
「予を倒したいその気持ちは分かるが、わざわざ言わなくてもよくない?」
「心意気です」
「……」
損するタイプの娘だ。正直過ぎるのは決して徳しない。
魔王様はフーフーして紅茶を飲まないで欲しいぞ。子供っぽく見られてしまいそうだから――。魔王様の威厳が保てなくなってしまいまする。
「それで、なぜ、わざわざ予を女勇者と対面させたのだ。目的は何なのだ、デュラハンよ」
「はっ! 私にとって一番大切な魔王様を女勇者に差し出し、女勇者が今も身に付けている『女子用鎧、胸小さめ』と交換して貰おうと企んでおります!」
ブー! っと魔王様は紅茶を吹出した。汚い――! 顔にいっぱい飛んできた――!
「なんだと!」
「なんですって!」
……。私も女勇者と同じで損をするタイプなのかもしれない。テヘペロ。
「テヘペロではない!」
「正気なの? それが本当なら、あなたはかなりのポンコツよ!」
ポンコツにポンコツと言われたくないぞ。
「褒められたと思っておこう」
「「誰も褒めてない――!」」
「じつは……魔王様と勇者のどちらが倒されても長き戦いにピリオドが打たれないのであれば、終止符を打つための方法を相談すればよいと考え、この場を設けた所存でございます」
ボス対ボスのボスバトル……ガチバトルです。
ゴチバトルのようなものです。首脳会談のようなものなんです。
「なんと!」
「……」
「作戦名、『戦いが終れば剣も魔法も、当然鎧もいらなくなる。さすれば鎧が手に入る』作戦でございます!」
あったまいい――! 自画自賛してしまうぞ。
「ネーミング!」
「酷い!」
クッ、こいつら……。我ながら名案だと思ったのに……。
「結局は鎧が目当てだったとは……情けない」
「魔王様、情けなくはございません。この勇者が身に付けている、『女子用鎧、胸小さめ』は、恐らくは人間界……いや、魔族においても最強の鎧でございます。あらゆる魔法を跳ね返すくせに回復魔法は素通りするちゃっかり性能! セラミックよりも硬くプラッチックよりも軽く、『着けているのも忘れてしまう』装着性! 精霊と妖精の祝福であらゆる状態異常を無効化! はっきりいって、この鎧一着で、世界が動くのです――!」
「世界が動くとな――!」
「――!」
「この女勇者なので、世界が動かないのです――!」
宝の持ち腐れなのです――!
「やだ、恥ずかしいわ」
照れるな――ぜんぜん褒めていませんから――。
「このような『世界に一着』しかない奇跡の鎧を人間に持たせておけば、いずれは魔族の危機になります。……本来であればたった今、力づくでも奪うのが魔族のための得策なのです――」
魔王様と私の二人で掛かれば……恐らくは二人共「魔警察」に捕まります。色んな罪状で。
「しかし、本当かなあ」
魔王様は半信半疑な目で女勇者をチラ見する。ちょっと視線が怖い。
「試しに、一撃必殺系の呪文を唱えれば分かります」
「ああ、あの呪文だな。よいぞよ」
「え、やだ。やめてよ」
女勇者が身構える。身構えても魔法は避けられない。
「……いや、もうっちょっとリアルに怖がらないと」
……命が掛かっているのだぞ。
「デュラハンよ、それも問題発言だぞよ」
小屋の中で呪文を試すのはどうかとも思ったが、わざわざまた外に出るのも面倒くさい。
「『みなポックリ!』」
「キャッ!」
辺りが一瞬紫色に変り、女勇者へとまとわりつくように意味不明な文字や模様が取り囲むのだが……数秒後には霧が晴れるように呪文は消えて無くなった。
「ほほう」
「平気……みたい」
ホッと安堵のため息をつく。
「だから言っただろ。最強の鎧だと」
じつはここまでの性能を女勇者には知られたくなかった。手放さなくなるのは見え見えだから。
お店で売ったら……驚くくらいの値が付くだろう。ヤフオクならさらに数倍に……。鑑定団に出せば……一、十、百、千、万……会場全体がどよめく結果になる事だろう。冷や汗が出る。
「こんなのチート装備じゃ! ズルいぞよ」
魔法が効かないことに魔王様が怒りを露わにする。そりゃ……そうなのだが。
「いやいや、魔王様の無限の魔力も十分にチートでございます」
「テヘペロ」
魔王様の舌は……赤紫色で汚い。
「では傷も付けられないのではないか」
またフーフーして紅茶を飲もうとする魔王様。それほど美味しいか? 疑問が浮かぶ。
「安物の剣では無理でしょう。ただし、どんなに硬く強力な魔力で守られているとしても、それ以上の力が加えられれば傷くらいは付きます。凹んだりもします。割れるかもしれません」
汚れます。黄ばみます。紫外線で少しずつ劣化するかもしれません。
「ちょっと! もしかして胸を見て言ったの」
両手で胸元を隠さないで欲しいぞ。
「見てない。私には顔が無いのだ、視線がどうのと言わないでくれ」
がっつり見ながら言っていた……ぜんぜん気にしていなかった。
「では、ほとんど無敵ではないか」
「……無敵ではございません」
「どういうことだ。欠点でもあると申すのか。はっ! そうか。胸が小さめに作られているから装着できる女性が一握りに限定されるのか!」
バシッ!
魔王様が頭をしばかれたのは見て見ぬふりをした。魔王様には魔力バリアがあるから平気だろう。
「痛いぞよ女勇者よ! 暴力反対……」
「シンデレラフィットと言ってほしいわ。プンプン」
シンデレラフィットって……。それに、プンプンて口で言うな……。
「話が逸れましたが、本来、無敵とは敵がいないという意味です。すべての人間と魔族が味方であれば、それこそが真の無敵なのでございます」
その時に初めて、鎧がいらなくなるのでございます――。
「敵がいるという事は、どのような強い武器や防具、兵器や戦力、生物兵器や生き返る特効薬を手に入れたとしても、――無敵ではございませぬ」
世界を焼き付くような核兵器を多数保有したとしても無敵にはなれないのです。逆に敵ばっかり……すなわち「有敵」でございます。
「なるほど。予の無限の魔力も無敵ではないのだな」
「さようでございます。このような女勇者が存在する限り、無敵ではございません」
魔王様討伐に情熱を燃やし続けている……。徹底した平和教育、もしくは平和ボケ洗脳が必要にございます。
「テヘペロ?」
「舌を出すな! なにがテヘペロだ」
女子がやると可愛いではないか。魔王様がやるより格段に……とは言わない。
「……」
「女勇者よ。魔王様が倒されれば、たしかに魔王軍はバランスを崩し大きな痛手となる。しかし、勇者が一人倒されても人間界に影響はほとんどない。直ぐに次の勇者が現れ忘れ去られるのだ。お前の母のように」
「――! 母を……知っているの?」
魔王様と顔を見合わせてから首を横に傾げる。
ゴメン、まったく知らないぞ。女勇者がムッとした。「知らんのか―い」と顔に書いてある。
「人間共が魔王様を倒したら平和が訪れるなどと安易に考えていれば、勇者はいつまで経ってもいいように使い捨てにされるだけだ」
使い捨てのバーベキューコンロのような物だ……。
いや、初めてバーベキューコンロを使い捨てにすると聞いた時、冷や汗が出た……洗ったら使えるのに勿体ないと……。
「勇者であれば真の平和の道を探し、揺るぎない意思で歩み通すのだ。どんな大切な物であれ魔族と駆け引きなどしてはならない」
こんなところでお茶をしながらのほほんとしていてはならない――。
「本当に一番大切な物は……命懸けで守るものなのだ。取引きなどに使う物ではない」
「うん。分かったわ。この鎧は――絶対に誰にも渡さないわ」
――!
「……うむ」
なんか……泣きそうになっているのは内緒だ。
魔王様が隣でウトウトしているのも……内緒だ。
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