名前も明かせない女勇者
言いつけ通り、魔王様の存在を人間がどれほど高貴に考えているのか、人間界へとリサーチに来た。
城下町にある宿屋のお姉さんに聞いてみると、魔王様どころか勇者にもそれほど興味がなく、落胆してしまう。現在、現役の勇者は田舎暮らしの女勇者一人だそうだ。勇者一行としてパーティーも組んでいない。貧乏なので国王も相手をしてくれないだとか……。
だったら、どういった定義で勇者になったのだろうか……。人間の考える事はよく分からんが、あまり考えないでおこう。魔族の私にとってはどうでもよいことだ……。
お城から北へ20キロ……。真夏に歩くのは危険なのかもしれない。ポカリでも持ってこれば良かった……。金属の全身鎧は目玉焼きが焼けるかと思うくらいに熱されている。
暑さで陽炎がユラユラと見える。
荒地のポツンと一軒家の陰で剣を振る女勇者の姿を見つけた。クワやスキを握る合間に剣の鍛錬も再開したようだ。
鎧を着ているのは感心だ。鎧を着ていなければ……誰も勇者として認識してくれないことに気付いたのだろう。だが、兜をかぶっていないのは腹立たしい。ノーヘルで原チャリに乗るようで……腹立たしい――。
短い金髪の先から頬を伝って流れる汗がキラキラ輝いている。
「久しいな」
「――お前は、顔無しのデュラハン! なんの用だ!」
とっさに素振りしていた剣先をこちらへと向ける。構え方が……少し様になってきた。剣先がしっかりと私の眉間を狙っている。
首から上は無いのだが……。
「顔無しではない……宵闇のデュラハンだ。次に間違えればマジで怒るぞ女勇者よ」
顔無しはみんなアレを想像するから……。しかも、アレは微妙に顔あるし……。あー、あー、言ってる顔あるし――。
「わたしも女勇者って名前ではないわ。わたしの名前は……」
手の平をパーにしてそれを制す。
「言わなくてよい。いや、むしろ言うな! ストップ!」
「――?」
魔王様の名前すら公表していないのだ。それなのに数話しか登場していない女勇者の名前などを先に聞いてしまっては……片腹痛い。
「後が怖い」
「……」
「女勇者は一生、女勇者でいいのだ」
「なんか……ムカつく」
許せ。諸事情なのだ。
「今日、ここへ来たのは貴様と戦うためではない。平和の使者として赴いたのだ。剣を下ろすがよい」
「……平和の使者だと? ……怪しい」
「そう、平和の使者だ。そして私は怪しくない」
剣を抜かないのを見て、女勇者もゆっくりと安物の剣を下げた。
「わたしは忙しいんだ。話があるのなら早くしてくれ」
「嘘こけ。こんなポツンと一軒家で剣の素振りをして忙しい筈がないだろう」
「……」
顔に「図星」と書いてあるぞ。少し頬が赤いのに笑ってしまいそうになる。
小屋の陰に横並びに座った。日差しで温まっていた熱が、じんわりとお尻から伝わってくる。
「お前達人間や勇者にとって、魔王様や魔族はどういう存在なのだ」
「……敵だ」
即答。だがそれでいい。――上等だ。
「思っていた通りの答えだな。だったら、貴様もやはり魔王を倒してハーレムを手に入れたいのだな?」
「ハーレムだと。わたしは女だぞ」
そうだったな。
「だったら逆ハーレムか。たくさんのイケメン執事と使用人……。禁断の恋。禁じられた遊び。18禁」
「……アホか」
アホって言う方がアホだと言い返してやりたいぞ……。女勇者であろうが、所詮は人間。富と名誉、大きな城が欲しいのだろう。
魔王様を倒した功績で……。
「ひょっとして、ハーレムよりもハーレクインを欲しがるのではあるまいな」
冷や汗が出る。ハーレムに比べれが安上がりでエコそうだ。
「なんだそれは……わたしは知らないわ、ハーレクインなんて……」
微妙に知ってそうな顔をしている。顔を逸らしてとぼけている。
「だったら、正直に言ってみよ。貴様が欲しいものは何だ」
「ひょっとして、くれるの?」
なぜそうなる。
「誰がやるか。甘いわ。人生、『わらしべ長者』のようなチートはありえないのだ」
「……チッ」
勇者が舌打ちするのは……戦っているときくらいにした方がいいぞ。
「まさか……男子用の鎧か?」
ひょっとすると、趣味が共感できるのではないだろうか。女が男子用鎧をコレクションとして部屋に飾りたがるのは……世の常識なのかもしれない。
「それは、ひょっとして……滅茶苦茶わたしの体形の事を侮辱しているのか! たしかにお店で『男用鎧でも大丈夫そうだね』って店員にクスクス笑いながら言われたことがあるが……酷く傷ついたんだから――!」
その愚痴を私にぶつけないで欲しいぞ……私にはどうすることもできないぞ……。そのうち大きくなるぞと不確かなアドバイスもできない……。
「ふん。鎧を身に着ける中身の体形など、これっぽっちも興味などない」
「中身の体形ってなんだ!」
ポカッ!
「いたいっ!」
頭をしばかれた! 平和な話し合い中に暴力反対だ! 首から上は無いのに――頭をしばかれて腹が立つ!
「わたしが欲しいのは、魔王の命だ! それしか頭にはない!」
「だーかーら。そんなの知ってるって。何で魔王様の命を狙うのかって聞いているのだ」
倒した時の褒美が欲しいのだろう。お金とか地位とか経験値とか達成感とか――。
「魔王を倒すのが、勇者の使命だから」
「じゃあ、魔王を倒しました。めでたしめでたし。はい、それからどうするの」
「……」
「何が欲しいの」
「……」
いや、マジで考えないで欲しいぞ。エンディングが始まっちゃうぞ。強くてニューゲームとか、現実にはないのだから。冷や汗が出る、真夏なのに。
「魔王を倒せるなんて……思っていないわ」
私もそう思う――んん?
「はあ? だったら、なぜ勇者になって魔王を倒すなんて言うのだ。勇者アピールか」
寄付金でも募って大儲けしようとしているのか。勇者様万歳~って。
「勇者が魔王を倒すために戦うことが……人々の生きる道筋を作るのよ。きっと」
……?
「勇者が魔王を倒すために戦うことが……人々の生きる道筋を作るだと?」
そのまま聞き返してしまったぞ。
「……だぶん」
たぶんって……。ちょっと言っている意味がよく分かんないのだが、真面目な顔をして言っているから……こういう時って、頷いておいたらいいのかな。うんうんって。
「そ、そうか。ふーん」
「わたしの母も勇者だったの」
どうでもいいぞ、勇者の家系図話。
「家族の話は……短めで頼む」
魔族の私が聞いても面白くないと思うから……。昔のドヤ話。
「母だって、まさか魔王を倒せるとなんて思っていなかったはずよ。でも、誰かが魔王や魔族に立ち向かって……犠牲にならないと、人々は生きる希望や戦おうって気力を失ってしまうのよ。そうすると、人は人同士で争いを始めてしまう」
――次は誰が勇者になり……魔王に殺されるのかという醜い争いが始まってしまうの――。
「……生贄か」
「みたいなものよ。だからわたしの母はなりたくもない勇者になって魔族と戦ったのよ」
「……」
てっきり、勇者はハーレムやご褒美が欲しくて戦っていると思っていたことが情けなく感じた。敵ながら……。少しだけ……。
「お母さんは……魔王城を目指す途中、底なし沼に足を取られて死んじゃった。わたしのところへは母が身に付けていたこの鎧だけが送られてきたの……。――代金着払いの宅急便で――!」
「――!」
ひ、酷いぞ! 色々と。
「でも、わたしは母とは違うわ。生贄の勇者になんかならない――。魔王を倒し、母のような生贄になる勇者を終わらせるの――」
一筋の涙が……汗の横に伝っている。
「……感動的な話だが、魔王様を倒したとて、次なる魔王が現れるのは世の常識。社長がクビになっても、次の社長が現れる会社と同じだぞ」
「……分かっている。分かっているが他にどうすることもできない。わたしには、魔王を倒すことしか頭にない」
歯を食いしばって怒りを露わにする。
「……だったら、貴様も母と同じだ」
「なんだと」
目を細めて睨んでくる。金髪の短い髪先が……おでこにくっついている。
「無謀にも魔王様に戦いを挑み、魔王様どころか四天王に倒されて人生を終えることだろう。生贄の勇者と何も変わらない。貴様など、魔王城玉座の間におられる魔王様のお姿すら拝めない」
「……」
「考えろと言っただろう。頭は帽子の台ではないのだ。生きているうちに使わなくては価値がないのだ」
私には首から上が無いから羨ましい……。
やれやれだな。魔王様を倒すことだけを考えて生活しているとは……まだまだ勇者じゃない。戦士。ウォーリーア。バーバリアン? とにかく勇者じゃない。
「じゃあ、わたしはいったいどうしたらいいのよ。母を亡くして、家も小屋。残った畑は荒地で野菜も育たない……」
知るかと言って見捨てたりはしない。私は魔王様のように……寛大にならなくてはならないのだ――。
「剣を捨てる必要はない。勇者を捨てる必要もない」
「?」
「その代わりに……鎧を捨てるので……どうだろう」
「鎧を捨てるだと?」
――悪い話ではあるまい――。
「武器を捨てるとはよく聞くが、鎧を捨てるなんて話、聞いた事がないわ」
少し難しそうな表情を見せる。
「そう! それ! どうせ戦っても敵わない。かといって戦わない訳にはいかない。この八方塞がりの現状を打破するために……鎧を脱ぎ捨ててこのデュラハンに差し出すのだ」
「それで、どうなるの」
言わなくても分かれ! 貰って帰るのだ!
自室にコレクションとして飾り、毎日、有機溶剤の染み込んだウエスで綺麗に拭いてあげるのだ!
これが今日まで必死に考えてきた作戦――。『剣を捨てずに鎧を捨てさせる』作戦なのだ――。
「剣を捨てずに鎧を捨てれば、必ず新しい道が開く――」
優しい表情で語り掛けるようささやく。
「ひょっとして、やはりわたしの……一番大切なものを狙っているのか」
ゴクリと唾を飲む。女勇者が――!
「前にも言ったが、『お前の大切な物』=『俺の欲しい物』とは違う。まどろっこしいから単刀直入に言うが、その鎧が欲しいのだ」
目茶苦茶レアな、「女子用鎧、胸小さめサイズ」が、喉から手が出るほど欲しいのだ――!
「素直に言えばいいのに……」
――?
俺、素直に言ったよね。……その鎧が欲しいのだと。
「鎧の下は……下着しか身に付けていないわ」
「そんな気を引くようなコメント、言うな!」
人気をかっさらっていくようなコメント……。
「それに、まだ日は明るいし……誰が来るか分からない」
ポツンと一軒家に誰も来ないぞ――。いや、誰か来たらまずいようなことはしないぞ――。
「着替えくらいあるのだろ。Tシャツとかジーンズとかガウチョとかモモヒキとか」
「前にあなたは、『騎士は鎧を着たまま寝るものだ!』と言ってたような……」
オーノー! 言ってしまった記憶があるのだが……。
「あれは言葉のあやだ! そのレアな鎧に傷がつかないうちに我が手に回収しておきたいのだ」
傷がついてからでは遅いのだ――。
傷はパテで埋めて研磨して塗装し直して見えなくなっても、コレクターとしての価値はどん底に下がってしまうのだ。ジーンズだって真っ青の新品が好き派なのだ! ダメージ加工など、いらない派なのだ!
……ジーンズなんて穿いたことないけれど……全身鎧だから。
「鎧に傷がつかなければ、わたしには傷がついてもいいってことなの――!」
「いや、そうは言っていないが、殆どそう言っている」
「ひどおい! 鎧が傷物にならなければ、わたしが傷物になってもいいだなんて!」
傷物って言わないで――! なんか意味合が変ってしまいそうだから――! 古過ぎて冷や汗が出そうだから――!
「女勇者よ、たった一つ……たった一つだけ希望の道が残されているのだ。お前がこれからどれほど剣の道を極めようと、魔王様はおろか、この私にすらとても敵いはしない。だが、今、その鎧を私に渡せば……道が開けるのだ」
可能性が見えてくるのだ。
「悪い話ではあるまい」
「だからと言って、わたしの一番大切な物を奪われるなんて……」
それって、鎧の方でいいんだよね。「一番大切な物詐欺」に遭いそうで怖いぞ。
「分かったわ。宵闇のデュラハン、あなたにこの鎧を差し上げます」
「――っしゃ!」
思わず胸の前で小さくガッツポーズをしてしまった。はよくれ。
「その代り、あなたの一番大切な物をわたしに下さい。それが条件です」
……。
「なんだと」
俺の一番大切な物だと――。
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