その九 (三分の二に)蹂躙される征服者
向こう側から魔物たちの怒声が響き、負けまいと騎士団からも勇ましい声が上がる。
魔王軍幹部の軍隊との戦闘が始まった。
「武器は、武器……、えっと」
呟きながらユウゴが自分の腕の装甲をいじっている。武器なら腕や脚、胴体にいくつも内蔵されている、という話だった。
シュコンッ、という軽快な音がして驚いたユウゴがのけ反る。腕装甲の一部が開いて筒のようなものが腕に沿って飛び出した音だった。
「うおっ、おお? ……っ!」
「わっ」
「おおおっ!」
そしてそこからビーム刃が音もなく展開する。やや平たい形状で緑色に輝くそれは、ユウゴの腕先から延長するような形で脇差とか小太刀くらいの長さをしている。
っていうか、めちゃくちゃかっこいいな!
何度もビーム刃をだしたりしまったりして感動しているユウゴを、オレもチサトも羨む目線で凝視している。
「あれ……、ボクが着ればボクもあのビームソード使えるのかなぁ?」
「いや、無理なんだろうなぁ、多分だけど。王様は古代の勇者以外には遺物は使えないって言ってたし、個人ごとの適性とかもあるんじゃないか?」
ちょっと冷静になりつつ指摘すると、チサトは少し考えるように、というか何かを思い出すような仕草を見せる。
ちなみにこの間も視界の端では全身鎧姿のユウゴがビームソードを振り回して嬉しそうにしている、……ネタマシイナ。
「ああ、そうだよね。これに初めて触ったときみたいなびびっとくる感じ、あれがないとってことだよね」
「びびっと……?」
何の話だ? フィーリングがあったとかそういうこと?
「いや、ほら、なんかこれは自分のだ! っていう確信が電気信号になったみたいな」
「ごめん何言ってるかわからない」
急に電波系の発言をされても理解に苦しむ。
「あー、あれだろ? 静電気を緩くして若干心地よくしたみたいな」
そこで満足したらしいユウゴが口を挟んできた。あれ? こいつもわかるの、この話。
「そうそう!」
同意されたチサトが、『びびっと』とやらについてユウゴと話し始める。
……、別にこの剣に触れても何もなかったけどなぁ。
背中の大剣の柄を掴んでみたけど、別に柄だという以外の感想はない。まあこんな大きな金属の塊を普通に担げた自分の身体能力に驚きはしたけど、それくらいしか特筆するようなことはなかった。
と、そこで前方からひと際大きな声が上がる。戦場の中央、ちょうどオレたちの前方で騎士団が優勢となって、魔王軍の軍勢を部分的に押しのけたようだった。……つまりオレたちが突撃するお膳立ては整った。
「うん」
「俺もいける」
確認するために視線を向けると、チサトもユウゴも覚悟は固まったらしい。オレとしてもここまできたらやるしかない。
「じゃあ、せっかくだから勇者担当のユウゴ、合図を頼む」
ここは見た目に一番派手なユウゴに任せよう。というかユウゴの方もまんざらでもないようで、いそいそと一歩前に進み出ていく。
「魔王軍っ、覚悟―っ!」
「行くぞっ!」
「お? おーっ!」
何か、時代劇染みたというか、微妙に古臭い掛け声にチサトが一瞬戸惑ったみたいだけど、気にせず乗っかったオレの声で我に返ったみたいだ。
全身に鋼鉄を纏い右腕にはビーム刃を展開したユウゴを先頭に、大剣を担いだオレ、木杖を抱えたチサトが続く。
その姿は目立つらしく、味方は歓声を上げ、敵はこちらへと矛先を向けようとする。まだ距離のある位置で待ち構えている大型魔物たちより手前で、騎士団に蹴散らされた魔物たちの生き残りが少数ながら向かってくる。
一、二、三、四…………、十体はいるな。
「せいっ!」
迎撃しようと大剣を構えようとしたところで、すぐ前を走っていたユウゴが突撃していった。鎧背部の一部が開いてブースターみたいに何かを噴射して、それこそロケットみたいに低空を“飛んで”いってしまった。速いし、凄い迫力だな。
「ユウゴ、つっよ!」
チサトが感嘆したのも同意だ。肩や脚にもブースターを展開したユウゴは、直角的な軌道で低空を飛び回り、すれ違った魔物はことごとく消滅していく。
さっきから見ている限りでは、この世界では魔物に分類される生き物は死ぬと消滅するらしい。その際に何かを落としているようだけど、さすがに余裕がなくて何を落としているかまでは確認できていないけど。
「本当にな……、なんかファンタジーの中にSFが紛れ込んでるっていうか」
「反則だよねあれ、神様の言葉を真に受けるならこれでもチートっていえるほどではないみたいだけど」
「いや、どうなんだろうな? 過去の勇者のものっていう鎧にプラスしてユウゴの勇者的な能力だろ? 案外そのせいで想定外なことになってる可能性もないか?」
「そうなるとボクもこの杖を使えば……」
チサトが期待に満ちた目で自分の杖を見下ろしている。
「その杖は一番情報が少ないって話だったな」
受け取った時の説明を思い出しながら言ったものの、チサトの顔にその点の不安は見当たらず、不敵に笑っている。
「さっきいったけど、触った時に何となくわかったよ。これは魔力の制御補助に特化した杖。多分古代勇者の仲間だったっていう大魔導さんはボクと同じような神力を授かったんだろうね」
「なるほど、つまりそれがあるだけで……?」
期待を込めつつ言葉にすると、チサトはずっと抱える様にしていた杖の下端を持って、びしっと遠くの魔物の方へと向けた。ユウゴが暴れたおかげですぐ近くには敵はいなくて、遠くにいるトロールというらしい大型のオランウータンみたいな魔物たちは妨害もできずただこちらを見ている。
「魔法使えるって確信があるんだよね。――ファイアボールッ!」
先ほど味方の騎士団でも使っていた魔法の名前を、おそらく見様見真似でチサトは叫んだ。と、同時に杖先に指先ほどの火の玉が灯る。
「ん?」
おもわずオレは疑問の声をだしてしまったけど、当の本人であるチサトは不敵な表情を崩していない。……これでいいってことか?
「いけぇっ」
号令に答えるように飛び出した小さな火球は、どんどんと速さと大きさを増しながら飛んでいく。
「なっ!?」
「ふっふーん」
すぐに大型トラック並みの大きさになり、なおも巨大化しながら飛んでいく火球を見て、オレとしては驚愕するしかない。隣で自慢げなチサトにも、ただただすごいという感想しか浮かばない。
着弾、閃光、そして一瞬遅れて轟音。
トロールがいた場所には巨大なビル並みの火柱が上がり、その中にあったものを生物・非生物問わずに焼き尽くしていく。
「おいおいおい……」
ちょうど近くに戻ってきたユウゴも、称賛というより呆れがみられる。正直縦横無尽の活躍を見せたユウゴよりもインパクトとしては今のチサトのファイアボールの方が強かった。
しかし使い方も触った瞬間にわかっていた……か。オレは何度目になるかわからないけど、背負った大剣の柄を握ったり放したりして感触を確かめていた。