その四 神より力が授けられる(展開にワクワクする)
「それで……」
上目遣いに七星が女神を見る。
「ええ、七星の期待通りに神力を授けます。あくまで世界へ悪影響を与えない範囲に絞る必要があるので力の上限がありますが」
「上限? チートスキルは一つだけってことなのか?」
「チート……世界の理の埒外となるような力は与えられません。繰り返しますが、世界へ悪影響を及ぼすわけにはいきませんから。それと一つとは制限しませんが、複数を希望すればそれぞれが弱くなる、ということです」
なるほどな……、力の上限、つまり何をどれだけ希望しても合計値は一定にするぞってことか。そもそもオレたちはその世界を壊すかもしれない外からの影響を排除するために送り込まれるわけだから、いわゆるチート――世界の法則を壊すような力――は駄目ってことらしい。
「魔法がいいです!」
七星が綺麗な姿勢で手を挙げて厳かに宣言する。その目はまっすぐで一切の迷いがない。そう、まっすぐで純粋な――オタクの目だった。
「具体的にはどうしますか? 魔力量か、魔法を扱う技術か、それとも世界の誰も知らない神の領域の魔法に関する知識か……、あるいはそれらを少しずつか」
「む、む、むぅぅぅ」
女神からの提示内容に、七星は真剣な顔で唸っている。でもオレにはわかる、これは世界を救うためとか自分が生き残るためとかじゃなくて、魔法を使う自分を妄想している顔だ。
「魔力で……魔力量に極振りでお願いします!」
「よろしいのですか?」
「何となく他は努力で何とかなりそうな気がするので」
思い切ったなぁ、けど努力なら惜しまないという宣言でもあるからちょっと見直した。
「ば――伊藤は?」
「俺は、うぅん、そうだなぁ……」
今この女神は完全に『バカ』って言いかけたよな? さすがにちょっとかわいそうになってきたけど、当の本人はもはや気にしていない様子。伊藤って案外大物か?
「では適当に勇者っぽい感じで調整しておきます」
「え? いや、待って待って! 俺の意向はどこに!? 聞いてくれたのにスルーかよ!」
「伊藤の意向はそこになければないですね」
「は、あ、いや、はい……、もうそれでいいです」
何かやる気のない店員みたいな対応を女神からされたうえに、最後諦めたよ伊藤。強く生きろ……。
いや明日は――というかこの直後は我が身だ。オレもちょっとでもぐずったら適当にされかねない。適切でちょうどいい方じゃなくて、なんとなく雑にやる方の、適当だ。
「では最後に笠松ですが」
「えーっと、そうだな。あ、いやすぐ答えるんでっ!」
まずいっ! 焦れば焦るほど頭が真っ白になる。
圧倒的身体能力はやっぱり憧れるし、魔法系もオタクの端くれとして気になるに決まっている。変わり種で隠密とか暗殺系とかもダークヒーロー感あって正直好きだ。いや、どうしよう、あれもこれもいうと器用貧乏になりそうだから、やっぱり一点集中で……。
ふと目に入った。足元にビニ傘――子どもの頃にコンビニで買ったビニール傘――が落ちていた。……確かに魔法陣が光った時もこれは持っていたけど、鞄は消えているのにビニ傘はついてきてたんだな。
ずっと大事に使ってきて、ぼろくはなっているけど壊さず使ってきた。というより、毎日鍛錬と称して振り回していたのに、壊れずにオレに付き合ってくれた。それがここへ飛ばされた弾みになのか、ぽっきりと折れていた。
「この、傘を……。ビニ傘を直してくれ」
「はい?」
思わず口をついて出た、しかし心の底からの願いに、女神は首を傾げて問い返してくる。意図がわからなかったようだ。隣の二人、伊藤と七星も不思議そうな顔をしている。
「本気ですか?」
やけに真剣な目で女神がこちらを見ている。意図を探るような、あるいは覚悟を試すような、そんな鋭い視線だ。
「ああ、頼む」
迷いなく頷くと、伊藤と七星が息を呑むのが気配で伝わってくる。「マジかよこいつ」ってところか? けど一度口に出すとオレの中ではこれしかないと確信が持てた。
「ではそのように」
「――っ!?」
答える前に一瞬だけ、このお役所仕事的対応の権化みたいな女神が微笑したように見えた。バカにしたような笑いじゃなくて、暖かくて綺麗な、まさに女神の微笑みというか。
「何を見ているのですか? この笠松」
「いや……、すみませんでした」
気のせいだな、人の名前を悪口みたいに言うやつだし。
「後のことは現地の人間、召喚者どもに聞いてください。もしもこちらから何か伝えなければいけないことが発生した場合は、神託という形式をとりますのでご留意ください」
「あ、はい」
「……はい」
「わっかりました!」
オレはやや疲労ぎみ、伊藤は目に光がない、七星が一人だけ何か元気だ。はやく魔法を使わせろという声が、心を読めないオレでも聞こえてくる気がする。
とにかく色々起こり過ぎだし、正直にいえば死んだとか別の世界へとか消化しきれてない部分もあるけど、とにかくここからオレたち三人の召喚勇者としての第二の人生が始まるようだった。