その十二 ~チサト視点~タクトのために
敵の軍勢の指揮官を撃退したことで、魔王軍は意外とあっさりと退却に転じた。とはいえどこからともなく忽然と現れた奇襲部隊だ。既に姿を現している以上、あとは追撃して殲滅するのは時間の問題だろうと将軍のおじさんが言ってた。
そして追撃掃討戦に移った味方を残して、ボクらはオルヴィア王国の王城、召喚されたあの城へと戻ることになった。
帰りの馬車の中で、タクトは何も話さなかった。
ずっと俯いて唇を噛んだまま黙るタクトに、ボクもユウゴも何を言えば元気づけられるのかわからなかったし、何を言わなければならないかもわからなかった。……今もわからない。
城へと帰ってからは一旦それぞれの私室があてがわれて、部屋で一息ついていたところでボクらの召喚を取り仕切ったっていうお姫様、シーレイン様が訪ねてきた。どうやらユウゴのところにも既に行ってきたようだけど、一国のお姫様が呼び出した勇者とはいえ男の私室に一人でいくのって問題ないんだろうか?
まあボクにそんな王族の振舞い方の是非なんてわかる訳もないんだけどさ。
「私のわかることを話しておかなければならないと思いまして」
勇者とか魔王とかのことについて説明に来てくれたようだった。
「まずは初陣でのご活躍おめでとうございます。それと、なによりもご無事でよかったです」
そういったシーレイン様の目尻にはほんの少しだけど涙が浮かんでいる。呼び出したことの責任とかも感じているのかもしれない。
ボクらとしてはどうせ尽きる予定だった命を拾われた形だから、召喚されたことに不満とかはないんだけど……、そういう神様から聞いた事情をどこまで話していいかもまだよくわかってないんだよね。
「あっ、そのっ、王様からちょっと聞いたんですけど、古代の三勇者は召喚直後から強かったって」
ボクがやや勢い込んで聞くと、シーレイン様は少し驚いたようだけどすぐに説明し始めてくれる。どこか嬉しそうなのは勇者の話をすること自体が好きなのかもしれない。
「ええ、そのように複数の文献に記されています。もちろん戦いの中で日々成長されたそうですが、始めの時点で当時の魔王軍幹部すらも圧倒するほどであったと」
それについては、基本的にボクらと同じだ。問題はなぜ例外がでてしまっているか、なんだ。それを何とか解明しないと最悪あの人だけ追放されるようなことになってしまいかねない。それだけは避けないと。
「私も含めて多くの研究者の意見としては、やはり勇者の遺物の力ではないかと」
シーレイン様の視線は部屋の中に置いておいた大魔導の杖へと向いている。
「神より授かったというそれらを使えるからこその勇者様で、またそれぞれを象徴するそれらの神器が勇者様の証でもあると」
それはどうなんだろう? だって神様から前の勇者の話は聞いてなかったし、もちろんその装備品についてなんて話になかった。召喚された勇者にしか使えないっていうのは、神様は世界のバランスとか気にしていたみたいだし、そのための安全装置みたいな措置なんだろうけど。
「……気になさっているのは、タクト様のことですか?」
ボクが首を傾げていると、シーレイン様がおずおずと聞いてきた。あの戦闘については騎士団の人も大勢見ていたから、当然王様とかシーレイン様にも報告はいっているはずだ。
「その……、タクトの調子が悪かったっていうか、聖剣との相性がイマイチだったみたいなんです」
さっきシーレイン様は勇者の遺物を証なんて言い方をしていたから、こんなことをいうと「じゃあタクトは勇者じゃないー!」なんていわれないか不安だけど、かといって現状勇者のことに詳しそうな人はシーレイン様しかいない。
けど、杞憂だったかな。シーレイン様はとても優しく暖かい瞳でこちらを見返して、頷いてくれる。とてもじゃないけど、呼び出した勇者が期待外れだったから追い出すような人にはみえない。
「戦場でのタクト様のお話を聞き及んでから、思い当たることがあって慌てて私の個人資料室を探してきました」
そういうシーレイン様はどこか自慢げというか、投げたボールを拾ってきた大型犬みたいな雰囲気。
って、実際に何か手に持っていたみたいで、手を開いて見せてくれる。
「メダル?」
そうとしか言いようがなかった。石で作られているけど、シーレイン様の手にあるそれは、形だけなら硬貨とかにありそうな見た目をしている。
「古代の剣聖様については武勇伝とともに、変わったお話も多く伝わっておりまして……。その中の一つにこのメダルを使って修練を積んでいた、というものがあるのです」
「これで?」
受け取って見てみるけど、石メダルとしか言い表しようがない。修練……、あれ、でも?
「修練ですか? 初めから強かったのに?」
「はい、召喚直後から三勇者様は強かったとされている一方で、剣聖様には修練にまつわるお話も多く存在するのです。先ほど私は遺物の力について話しましたが、剣聖の聖剣に関してはもしかしたら修練の必要なものであったのかもしれません」
そうか、だとするとこのメダルを使えば……っ!
「はい、そう簡単にいくものでもないのかもしれませんが、何かのきっかけにはなるかもしれないと」
いわずともボクの意図を察してくれたらしい。そうと決まればさっそくタクトにも話してあげないと!
さっそくシーレイン様と連れ立ってタクトの部屋へ来たけど、やっぱりすごく落ち込んでいるみたいだった。
普通に「ん、ああ」なんて返事をしたけど、表情がとにかくぎこちない。これはますます石メダルについて教えてあげないと。
「それは……?」
と、思ったけどタクトの方からシーレイン様が持っていた石メダルに興味を示してくれた。やっぱり何か惹かれ合うものでもあったのかな?
だとすると期待大だ。
ボクの部屋の時みたいにやっぱり少し嬉しそうにシーレイン様が説明をし始めたところで、タクトは部屋の中を身振りで示しながら入って行ってしまう。長くなりそうだから中で話そうってことらしい。ま、それもそうか、落ち着いてゆっくり話した方がいいよね。
――あれ?
よく見ると、シーレイン様が手にした石メダルが光っているように見える。
「……? ねぇ」
驚きのあまり、なんかすごく平坦な声音がでてしまった。人間驚くとこんな声になるんだね。
ていうか、ボク以上に直接石メダルを持っているシーレイン様の方が慌てている。
「へっ!? あ、ちょっと、えぇ!? あや、これ、どどどどうしまっ!」
早口過ぎてほとんど何も聞き取れないけど、焦っていることは良く伝わってくる。けど、そんなことをしている一瞬で石メダルの光は強くなってきている。
と、その瞬間、一歩踏み出したシーレイン様が躓いた。ちょうど石メダルを持った手を前に突き出す形で、一歩、二歩とたたらを踏む。
どんっ、と、音が聞こえるほどではなかったけど、結構な勢いでシーレイン様の突き出した手が、そこに握られた発光する石メダルが、タクトの背中へとぶつかった。
「おあぁぁぁっ!」
その瞬間、タクトの悲鳴が聞こえる中で部屋の中が、廊下が、光に包まれる。
爆発っ!?
……じゃ、ないね。今この瞬間ボクが無事な訳だし。
一瞬激しく広がった光はすぐに収まったみたいで、目もしばらく待つと見えるようになってくる。
異変に驚いた衛兵や騎士が集まってきた中で、横にいるシーレイン様を確認すると、ひどく驚いて焦った表情をしている。
「タ、タクト、様が、今代の剣聖様が……」
シーレイン様の突き出したままの手、いつの間にか石メダルが消えているその手の先にタクトの姿はなくなっていた。