その十 そして(三分の一に)訪れる絶望
「やってくれたなあぁっ! ニンゲンども!」
赤い一本角を額に生やしたオーガが大音声で怒鳴っている。遠目に見る限りでは、確かに人間よりはでかいけどシルエットとしてはスマートで風貌も整っている。加えて鎧も真紅の立派なものを身に着けていて、少なくとも見た目は周囲のオーガとは一線を画している。
「ちょっと小物感が……」
けどユウゴの呟いた通りだな。地団駄を踏みながら喚く姿はわがままな子どもそのもので、いかにも序盤の噛ませ犬的な存在にしか見えない。
「オレの――剣聖の剣技を見せる番かな?」
肩口の留め具を外して大剣を抜き放ちながら前に出る。あれなら何とかできそうな気がする。……というかオレも活躍しとかないと勇者一行の一員として立つ瀬がない。
「あっ」
声を上げたチサトの視線を追うと、幹部オーガが高くジャンプしてこちらへと向かっていた。そして見る間に近づいてきたと思うと、十数メートル先に小さく音を立てて着地する。
「知っているぞ、ニンゲン! お前らが勇者だな」
うって変わって落ち着きのある声をした幹部オーガは、オレたちを見据えている。いきなり飛び掛かってはこないあたり意外とこいつ冷静なのか?
「お前はあれだな、聖剣を持っているから剣聖だな。お前に俺様一人で勝てば“最強個体”の称号は俺様のものだぁ!」
おお、剣聖ってそんな風に認識されてるのか。……というか、古代に活躍したっていう勇者のこと、魔王軍の連中も把握しているのか? 人間側の歴史を調べたのか、それとも……?
「ばぁっ」
何かが頭の中で引っかかったけど、考え込むような時間はないようだ。幹部オーガは一足でもうすぐ目の前まで迫っている。
「「タクトっ」」
ユウゴとチサトが同時に声を上げている。これはあれだな、応援じゃなくて明らかに心配されている。相手が幹部だからというよりは迎え撃ったのがオレだからかな。
その心配を払拭しないと。
がきんと金属が噛み合う音を響かせて、オレの持った大剣――剣聖の聖剣――が幹部オーガが飛び掛かる勢いで抜き打ちしてきたロングソードを受け止める。
相手はオーガサイズのロングソードだから、剣の大きさ自体は人間用の大剣であるオレの聖剣と同じくらいだ。
「ぐぬ」
幹部オーガが呻く、受け止められるとは思わなかったのか。というかいけそうだ、勇者として召喚されたオレの体はなんかよくわからないけど魔王軍幹部と張り合えるくらいにはしっかり強化されているらしい。
「さすがにやるなっ、剣聖。俺様は魔王軍十傑の第十席、オーグモンド! “剣聖狩り”のオーグモンドとこれからは名乗るモンだぁっ!」
幹部の中では最弱ってやつじゃねぇか! この奇襲部隊、送り込んできたカラクリは不明だけど、やったことは鉄砲玉で探りをいれたってことなのか?
とはいえ……。
「オレは剣聖のタクト・カサマツ。“十傑狩り”のタクトだよっ!」
言葉でやり返しながら力を込めて押し返すと、オーグモンドは苦い表情をしながら、飛び下がって距離をとった。
さて、仕切り直しになったけどどうしようか。はっきり言って剣での斬り合いも殺し合いも初めてだからどうしたらいいかわからん。……我流の剣技? 何言ってんの? ビニ傘と大剣の違いもわからないの?
いや、己の内なる声相手に煽っても何にもならんな。駆け引きとかできるはずもないから、ただ全力で攻撃するしかないか。長引いても不利にしかならないだろうし。
「今度はこっちからだ!」
気合いを入れるために叫んで、踏み込む。強化されている体は人間とは思えないスピードで動き出す。が、さっきまで背負っていた重い剣を手に持っているからか、バランスがうまく取れなくて、なんか思ったよりはスピードが乗らない。
けど、ごちゃごちゃいっている場合ではないし、素人がバランスとか気にしても仕方がない。
ただ、この剣を振り上げて、振り下ろすだけだ。
「おらぁぁぁぁぁっ!」
飛び掛かるスピード、剣の重み、己の腕力、全てを乗せてまさに全身全霊で聖剣をオーグモンドの構えるロングソード、そしてその向こうにある奴の顔へと振り下ろす。
「ばっ」
瞬速の一閃でオーグモンドはロングソードを横に薙いだ。
無我夢中で振っているところに横から不意の力を加えられた聖剣は、驚くほど呆気なくオレの手から離れてくるくると飛んでいく。
聖剣が離れた地面に突き刺さって止まった時には、気付けばオレは力なく膝を地面につき、目前のオーグモンドはロングソードを悠然と振り上げていた。
「タクトぉっ!」
ユウゴの声がして、目の前を閃光が通り過ぎる。
「ぐぅぅっ、卑怯なぁ」
ユウゴが鎧の腕から射出したビーム刃を辛うじて避けたオーグモンドが腕から血を流しながらオレの後ろ、おそらくはユウゴの方を睨みつける。
「ファイア……、ボールっ、ボール、ボォールッ」
続いてチサトの声がしてオレの脇を小さな火球が三つ通り過ぎる。
それを見て目を剥いたオーグモンドは、驚くほどのスピードで駆け去ろうとする。
「ぐぁ、ニンゲンどもめっ、おぼぇ!? ぐぁ! ちょ! やばぁっ! うぐゃぁぁぁぁ!」
位置をずらしながら三度立ち上る爆炎柱の向こうへと、オーグモンドの姿と悲鳴が消えていく。悲鳴が聞こえるってことは、あの攻撃を受けて何とか逃げおおせたってことか? やっぱり幹部となるとすごいんだな。
それに引き換え……、噛ませ犬はオレの方だったか。
「タクト、大丈夫っ!?」
慌てた様子のチサトがオレに駆け寄ってくる。
そして再び飛び出したユウゴが、逃げたオーグモンドと入れ替わりに前へ出てきた大型魔物を掃討し始める。その動きは速くて、的確な攻撃はみるからに強そうな魔物を次々に屠っていく。
「怪我はなさそう」
心配そうな目で、いまだ膝をついたままのオレの体を腰を落として上から下まで見たチサトが、ほっとして息を吐いている。チサトの方も、おそらくは初歩的な魔法と思われるファイアボールだけで魔物を蹂躙し、さっきは幹部のオーグモンドを直接追い払った。
「オレ……、役立たずだったな……」
「そ……」
チサトは何と言おうとして言葉に詰まったんだろうか。「そんなことを言わないで」か? それとも「そんなことはない」か?
いずれにしても、実際のところあったばかりの間柄で言っても白々しいし、実際チサトはそう思ったから口ごもったんだろう。
年下の子に気を使わせて、ますます最低だな……。