第1話 お嬢様に好かれているけど、俺はメイドのほうが好きです
新連載のつもりですが、反応次第にしようかと思っての見切り発車です。
俺の名前は明石健二郎。
高校3年生だ。
そして今人生最大のピンチを迎えている。
「健二郎様。お背中をお流ししますわ」
やたら広いお風呂に入って来たのは、この風呂の持ち主、もとい、この風呂のある屋敷の主の娘、俺と同級生の三千院乃理乃だ。
名家のお嬢様というだけでなく、美しくて優しくプロポーションもいい。
そんな彼女がバスタオル1枚で俺の入っていた風呂にいきなり入ってきたのだ。
「あら、居ませんわ?確かに入るのを確認したはず…」
いや、居るけど。
お風呂場の天井に。
(動くな、話すな。死にたくなければな)
心に直接呼び掛けられる声に必死でうなずく俺。
今、俺はこの屋敷で乃理乃の専属メイドでありなぜか忍者でもある、これまた同級生の百地桃花によって天井に押し付けられているのだ。
「仕方ありませんわ。せっかくですからお風呂に入ってしまいましょう」
するするとバスタオルを脱ぐ乃理乃。
(見るなっ!殺すぞ!)
すぐに目を閉じるがその目が柔らかいもので塞がれる。
(わかっているぞ。薄目を開けているのだろうが、これで見ることはできまい!)
手で目隠しをすると天井から落ちるからって、どうして胸で目隠しするかな?
しかもバスタオル1枚だからその柔らかさは半端ない。
(おお、お嬢様は相変わらずお美しい!なんて艶やかな肌!美しい曲線!)
そんな感想まで心に語りかけてこなくていいから!
(くっくっくっ。うらやましいだろう?あれを見られるのはお嬢様の専属メイドでありボディーガードでもあるこのあたしだけ!)
全然うらやましくとかないんだが。
だって俺が好きなのは、今密着しているメイド忍者の桃花のほうなのだから。
動悸とか色々鎮まれ!
俺が桃花を好きだってばれないように!
どうしてこんなことになったのか、それは今日の放課後の出来事が原因だった。
名家のお嬢様である乃理乃は、学園の登下校は当然のように高級車による送迎である。
お迎えの来る校門までは、学園内で世話及びボディーガードを勤める百地桃花が常に側に付いている。
だが、その日はいつもと違った。
何故か時間通りにお迎えが来ず、二人で待っていた校門のところに突然ワンボックスカーが突っ込んできたのだった。
「お嬢様!危ない!」
元々轢き殺す気は無かったのだろう。
ぶつかる直前で車は止まり、中から鉄パイプを持った男たちが5人も出てきた。
「お嬢様、お下がりください」
素手による捌きと蹴りで鉄パイプを叩き落としつつ無力化していく桃花。
しかしそこにさらにもう1台の車が突っ込んできて、乃理乃と桃花の間をふさぐ。
「しまった!お嬢様!」
「今のうちに娘を捕まえて人質にしろ!」
2台目の車から鉄パイプやナイフを持った男たちが降りてくる。
「あ、ああ…」
腰を抜かしてへたりこむ乃理乃。
そこに近づいた男の頭を俺はハイキックで吹き飛ばした。
「貴様!邪魔するか?!」
「校門内は車の乗り入れが禁止。学園内には武器の持ち込みは禁止。そして入校証の無い者は立ち入りを許可できない」
「貴様!何様のつもりだ!」
「鷹ヶ峯学園風紀委員長、明石健二郎」
名乗りながらナイフを持った男も一撃で沈黙させる。
「学園の風紀を守るのが俺の役目だ」
「お嬢様っ!こ、これは?!」
最初の5人の男たちを打ち倒した桃花が怒れる目で見ていたのは俺によって倒された男たち…ではなく、腰が抜けて立てなくなった乃理乃に俺が手を貸して立たせているところだった。
「貴様っ!お嬢様に触れるなっ!」
「桃花!この方はわたくしを助けてくださったのです!無礼は許しません!」
「は、はいっ!」
片ひざを着いてその場に控える桃花。
しかしその目は俺を睨み付けたままだ。
「健二郎様。わたくし、腰が抜けて歩けませんの。車まで運んでいただけませんかしら?」
「それならあたしが!」
「桃花はほこりだらけではありませんか」
「うっ」
そこで乃理乃に肩を貸して歩こうとしたが
「まったく歩けませんから、ここはお姫様抱っこをしていただけませんかしら?」
仕方なく三千院乃理乃をお姫様抱っこする。
それはこの学園の男子生徒なら誰もが夢見るシチュエーションだろう。
しかし乃理乃に興味が無い俺にとってはただの手助けでしかない。
事務的に抱き上げて事務的に迎えに来た車に押し込んだ。
その間ずっと首に腕を回して見つめられていたが気にしない。
「じいや、この方がわたくしを助けてくださった明石健二郎様ですわ」
「それはそれは。どうもありがとうございます」
「それで、お礼をしたいからこのまま連れ帰りたいですわ」
「わかりました」
「それは駄目だ。俺は警察に事情を話す義務がある」
「後始末なら当家の者がいたしますわ」
「お嬢様!こんな男を連れ帰るなど!」
「桃花。助けられたのにお礼もできなくて三千院の跡取りとなれましょうか?」
「はっ!」
桃花はまた俺の方をにらむと、乃理乃の隣に座り、俺にその隣を勧めてきた。
大切なお嬢様に触れさせてたまるかというつもりなのだろう。
車内で俺は、朝の校門での持ち物検査時に没収していた桃花の『暗器』を返す。
「お前がこれを取り上げてなければ、あんな奴らあたし一人で倒せたんだからな!」
「それでも校則違反は許されない。それに校門の外でなら返すつもりだった」
「この石頭め!」
実際のところ桃花ならあのくらいの相手に負けないとわかっていたし、乃理乃は俺がついていれば大丈夫と思っていた。
もし相手が刃物や銃を持ち出していたなら、学園内であってもすぐに桃花の武器を返していただろう。
そもそもこういうことは初めてではない。
三千院家のお嬢様を拐おうとしたのはこの3年間で何度あったことか。
その度に桃花と偶然居合わせた俺たち風紀委員会が撃退してきたのだ。
風紀委員会は表向きは学園の風紀を守る仕事をしているが、実際は学園に通っている名家のご子息たちを守る仕事もしている。
だから風紀委員会のメンバーはもれなく武術の達人である。
「健二郎様に助けられたのはこれで3回目ですわ。今まで何度も断られましたけど、今度こそお礼ができることを嬉しく思いますの」
車の中では乃理乃は終始こぼれそうな笑顔を振り撒いていた。
それを見る桃花は『どうしてこんな奴にそんな笑顔を見せるんだ』と不服そうな顔をしている。
俺はというと、乃理乃のほうを見ているようで実は桃花しか眼中に無い。
だって俺は桃花に恋しているのだから。
お読みいただきありがとうございます。
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第2話は本日20時に投稿します。