第64話:訳ありの対面
マリエの本心を聞きだすために、彼女がいる屋敷に向かうことに。
ボクたち三人も、自分たちの屋敷に一度戻ってきた。
「さて、ワシは工房にいっておるぞ。あとは若い者で、お姫さんの話を聞いてこい」
ドルトンさんは気をきかせ、鍛冶工房へ向かう。ボクとサラの二人で、マリエルに会いに行くことにした。
今の彼女は屋敷街のミカエル貴族の屋敷に戻っているはずだ。
「さて、いこうか、サラ」
「はい。でもハルク君。どうやって、あの屋敷の中に?」
サラが心配するのも無理はない。
マリエルが王都で滞在しているのは、ミカエル王国の上級貴族の屋敷。周囲は高い塀で守られ、正門には強面の守衛が立っているのだ。
今やマリエルは、ミカエル王国の王妃候補の一人。気軽に会いに行けない存在のだ。
「その辺は心配ないよ。こっちに来て」
自分の屋敷の一室に、サラを案内する。ここはボクの作った、秘密の隠し扉がある場所だ。
「えっ、この扉は⁉」
「実はこれ、マリエルの屋敷への地下通路なんだ!」
この秘密の地下通路は、誰にも内緒でボクが採掘しておいたもの。
マリエルの滞在する屋敷まで、直線距離だとけっこう近い。この通路を使えば、彼女の部屋の近くまで入り込めるのだ。
「マリエル様の自室に⁉ ありがとうございます、ハルク君! あっ、でも、どうやって話を……」
サラが更に心配するのも無理はない。
たとえマリエルがいる部屋に潜入できても、ボクたちは彼女の前に姿を現すことはできない。王都に来ていることは、彼女にバレないようにしていたのだ。
「その心配も大丈夫だよ。《怪盗百面相》をもう一回使うんだ! マリエルの親しい人……たとえば侍女や護衛騎士に変身。そうしたら、彼女と会話ができるはず!」
《怪盗百面相》には百人分の顔と声を記録できる。登録にはそれほど時間はかからないので、マリエルの身近な人に変身が可能なのだ。
「あっ、そっか! さすがハルク君!」
「よし、それじゃさっそくいこう!」
「あっ、ちょっと待って。少しだけ準備をしていきます。
サラは自分の工房に戻り、何やら準備をしにいく。
その間、ボクは先に屋敷に潜入。《怪盗百面相》の撮影をしておく。
マリエル付きの侍女と護衛騎士の記録を、手に入れることに成功した。
「ハルク君、お待たせしました!」
「よし、それじゃ行こうか!」
サラが戻ってきたところで、再び秘密の地下通路に。
サラが侍女に、ボクが護衛騎士に変装する。二人でマリエルのいる屋敷に潜入。ボクが周囲の気配を探る。
よし、今なら大丈夫。周囲を警戒しながら、なんとかマリエルに自室前に到着する。
「ハルク君、これは《人払いポーション》です。しばらく誰もこの部屋に近づかないはずです」
サラが使用したのは特製のポーション。これで本物の侍女や護衛騎士が近づくのを、自然と阻害をできるという。先ほどの準備の時に、持ってきたのだ。
「なるほど。さすがサラだね。よし、部屋に入ろう」
気配的に部屋の中にいるのは、マリエル一人だけだ。
家臣のフリをしてドアをノック。マリエルの返事があったので、二人で部屋に入っていく。
「……どうしましたか、二人とも?」
部屋の中に、あまり機嫌がよくないマリエルがいた。城から戻ってきた衣装のまま、ベッドの上にもたれかかっている。
目が少しだけ赤くなっていた。もしかしたら一人で泣いていたのかもしれない。
「しばらくは一人にして欲しいと、言っていたはずですが?」
言いつけを守らずにやってきた侍女と護衛騎士に対して、少しだけ怒っている雰囲気。これは気まずいな。
「申し訳ございません、お嬢さま……」
だが侍女に変装したサラは、気にせずにマリエルの前に進んでいく。
「実はハメルーンにいる『サラ』という見習い魔術師の者から、サラほど“魔道伝言”がこの屋敷に届きました」
「えっ⁉ サラから⁉ “魔道伝言”が⁉」
サラの名前を侍女から聞いて、マリエルの表情が一気に変わる。
“魔道伝言”は遠距離の魔道具を使った伝言システム。手紙のような簡単な文章を、遠距離の街にいる者の送信するのだ。
“魔道伝言”は各街の魔術師ギルドが運営しており、ハメルーンとミカエルにも“魔道伝言”の魔道具で繋がっている。料金さえ払えば、市民でも使用可能なのだ。
「サラから手紙が⁉ いったいどんな内容ですか⁉ あっ……でも、もしかしたらハメルーンで、何かまた事件が起きたとか⁉」
先ほどの落ち込みから一転。マリエルの表情はコロコロ変わる。とにかく手紙の内容を気にしている。
「それではお嬢様。わたくしの方で代読させていただきます……」
侍女に扮したサラは、ポケットから手紙を取り出し読み始める。
後ろにいるボクには見えているけど、手紙はサラの直筆のもの。先ほど彼女が研究室に戻った時に、急いで書いてきたのだろう。
「……親愛なるマリエル様へ。王都での仕事はいかがですか? 公務で大変なこともあると思います。意地悪な外交官や意地悪な貴族令嬢たち、それにミカエルの新しい王様が、もしかしたら無理難題をマリエル様に押しつけているかもしれません……」
(なっ⁉)
サラの読み上げる手紙の内容に、ボクは思わず声を上げそうになる。
なぜなら文章の内容は、ここ数日でマリエルの身に実際に起きたことばかり。ハメルーンに残っているサラが知っているはずはなく、あきらかに怪しすぎる内容なのだ。
「…………」
だがマリエルは気が付いていない。
読み上げられていく手紙の内容に、目を閉じてじっと耳をすませている。1%の疑念を抱くことなく、サラの書いた手紙の内容を信じているのだ。
手紙の内容はマリエルのことを心配すること。サラの音読する内容は、最後の締めの言葉になっていく。
「……色んな大変ことがあって、マリエル様はきっと悩み悲しんいるでしょう。でも私は信じています。マリエル様は……私の大好きな親友のマリエル様は、きっと必ず“マリエル様らしい決断”をしてくれることを。だから私は信じて待っています。またマリエル様とハルク君と三人お茶会をして、色んな楽しい話をして、また楽しく笑顔になれることを……あなたの親友のサラより。うっ……」
手紙を読み終わり、サラの目から一気に涙が溢れ出す。
いや、超魔具《怪盗百面相》で変装しているから、少女サラの涙を確認することはできない。
でもボクには確信があった。
泣いているのをバレないように、必死で声を押し殺し、優しいサラの涙がこぼれていることを。
「サ、サラ……」
そしてマリエルも涙を流していた。
先ほどまで押し殺していた、王女としての感情。だが今は親友サラの手紙を聞いて、一人の少女マリエルとして、本心の涙を流していたのだ。
「……ありがとう。その伝言を見せらもらって、いいですか?」
「……はい、お嬢様」
涙をぐっと止め、サラは自分の書いた手紙を渡す。
「ああ……サラ……」
愛おしそうな顔で、マリエルは手紙の内容をもう一度確かめていく。
「……えっ、この字は⁉」
そして小声でなにか呟き、急に動きが止まる。そして、ゆっくりと顔を上げてきた。
「……サラ……ハルク様……そうだったのですね……」
マリエルは小声で、誰かの名前を呟いている。
侍女に変装しているサラと、騎士に変装してボク。何故かボクたちの顔を、交互に見つめてくる。
「ふう……」
そして深く息を吐き出し、マリエルは真剣な表情に。何かを決断したかのように、ギュッと手を握りしめる。
「わたくし、決めました。ミカエル国王からの申し込みの件は、断ります!」
『『えっ……⁉』』
ボクとサラは思わず声を上げてしまう。咄嗟に防音機能をオンにしたから、なんとかマリエルには聞かれずに済んだ。
でもマリエルはどうして、そんな大事な決断を今。いったい、どうんな心境の変化があったのだろう?
「あら、不思議そうな顔をしているのね、二人とも? だって私には信じて待っている友が……大事な親友がいるのですよ。婚約なんて大事な決め事は、親友に相談してから決断するのが、乙女の常識というものでしょう?」
マリエルは清々しい顔になっていた。
まるでハメルーンで留守をしているサラとボクに答えるように、自分自身の本心を答えてきた。
「マリエル……お嬢様!」
感極まったサラが、マリエルに抱きついていく。マリエルは優しく受け止めて、二人の少女は互いに抱き合う。
《怪盗百面相》は質感まで本人を再現可能。だが、あれほど力強く近距離でハグしていたら、マリエルにバレてしまいそうで少し怖い。
「ありがとう……ありがとうございます」
だがマリエルは変装に気がついた様子はない。侍女に扮したサラと、ハグしながらひたすら感謝の言葉を伝えていた。
でも、あの口調と表情……まるで本当に親友同士が、感動の再会をしているかのようだだった。
「……ん?」
そんな時だった。
屋敷の中の人の気配に、微妙な動きがあるのをボクは感知する。《人払いポーション》の効果が薄れてきて、家臣団がこちらに向かっているのだ。
『サラ、そろそろ時間だ。撤退しよう!』
『……はい、分かりました。もう思い残すことはないです!』
内部通信でサラに連絡。ボクたちは怪しまれないように、マリエルの部屋を出ていく。
「……ハルク様も、ありがとうございます。わたし、負けません。見守っていてください」
ん?
ボクたちが部屋を出ていく時、マリエルが何かを言っていたような気がした。
だが今は急ぎ中で、聞き返すことはできない。サラと二人で秘密の地下通路から脱出。なんとか自分たちの屋敷へと帰還する。
「でもマリエル様、大丈夫かな、これから……」
帰還して感動が落ち着き、冷静なったサラは不安そうにしている。
何故ならミカエル国王からの婚姻の申し込みを、断るとマリエルは決断していたのだ。
その結果、彼女とハメルーン国に何か不利益なことが起きないか、と心配していたのだ。
「たしかに、マリエルのことは心配だね。ちょっと気になることがあるから、この件はボクに任せてちょうだい!」
ヒニクン国王の違和感が、今でもどうしても気になる。もしかしたらマリエルを守ることに繋がるかもしれない。
こうして違和感の正体を暴くために、ボクはニヒクン国王の調査を開始するのであった。




