第14話:水場の修理
冒険者と初任給を手に入れて、長期用の宿に泊まることにした。
下町にある《煉瓦亭》という宿屋。なかなか悪くない感じで、一晩を過ごす。
「おはようございます、女将さん。寝坊をしてしまいました」
「おはよう、ハルク。ふう……」
女将さんは何やら疲れていた。
悪い感じの疲れではない。どちらかといえば嬉しい忙しくて、疲れて感じだ。
「ん? どうかしたんですか?」
「ああ……実はウチの店の食事が、何故か味が上がっていて、朝食客が近所からも来て、朝からてんやわんやだったのだ。でも、調理法と食材は昨日と同じなのに、まったくどういうことやら……」
「そうだったですか。それは不思議なことも、あるもんですね」
料理が急に美味しくなることなんて、この世の中にあるのか。
もしかしたら何かの奇跡が起きたものかもしれない。素敵なことだ。
「あっ、朝食の時間は、まだ大丈夫ですか?」
「ああ、もちろんさ。座って待ってな!」
《煉瓦亭》の一階の食堂のテーブル席に着く。
ここは昼時はランチな食堂に、夜は酒場になるシステムだ。
「あいよ、お待たせ!」
「うわー! 美味しそう! 頂きます! もぐもぐ……うん、美味しいです!」
噂になっていた朝食は、本当に美味しかった。
こんがりオーブンで焼けたパン。ふわふわでトロトロのオムレツ。黄金色のスープも絶品だった。
「ふう……ご馳走様でした!」
気がつくと、皿は空っぽになっていた。
あまりの美味しさに、無我夢中で食べてしまったのだ。
この美味しさなら噂になって、朝から大繁盛になる訳だ。
「あっ、そういえば厨房機器の調子はどうですか、女将さん?」
「ああ、好調だよ! ウチの旦那も喜んでいたよ!」
《煉瓦亭》の旦那さんはとても無口。でも代わりに女将さんが、よく喋ってくれる。
「それは何よりです。もしも調子が悪い機器が、他にもあったら、何でも言ってください。ボク、今日は冒険者の仕事は休みなので」
冒険者ギルドの規則に、『連続での依頼遂行の禁止』というものがあった。
仕事を終えた次の日は、必ず休まないといけないのだ。
これは冒険者の身体と、装備のメンテナンスをさせるための規則。
生存率と成功率を上げるために、休んでのメンテナンスは必須なのだ。
「おお、そうかい。それならお言葉に甘えようかな。実は中庭の水場が、ちょっと前から調子が悪くて。見てもらえるかい?」
「ええ、もちろんです」
女将さんの案内で、一階の裏の方に進んでいく。
裏口を出たところに、小さな中庭があった。周囲は煉瓦亭の建物と、塀に覆われている。
「この水場が最近、水の出が悪くて、洗濯や身体拭きが、使えないんだよね」
「なるほど、ここですか」
中庭には井戸があった。
隣には石で出来た、池のような洗い場がある。前はここで洗濯や身体を、洗っていたという。
「分かりました。女将さん、直しておきます。あと確認なんですが、もしも『凄く身体と健康に良い、温かいお湯が出てくるお風呂』みたいなのが、あったら便利ですか?」
「ん? お風呂かい? そりゃ、そんな凄いのがあったら天国だろうね! でも、あんな高級なのは、貴族の屋敷でも難しいからね……それが、どうしたんだ?」
「いえ、何でもありません。それでは修理に取りかかります」
女将さんは首を傾げながら、仕事に向かう。
宿屋の朝の仕事を終えたら、ハメルーン城の仕事に行くという。
次に帰って来るのは夕食前らしい。
「よし、それなら夕食前まで終わらせておくか!」
今日の仕事は“少しだけ”大掛かりになる。気合を入れて作業にとりかかる。
まずは地面に耳をつけて、“声”を聞く。
「うん、うん。なるほど。『綺麗な水は五十メートルの所』を、『温泉の源泉は千メートルの所を流れている』んだね。教えてくれてありがとう!」
教えてくれた“大地の声”に感謝する。
鍛冶師だけど鉱山士でもあるボクは、幼い時から“色んな声”を聞くことが出来た。
今回は“地面の声”を聞いてみたのだ。
「水は“たった五十メートル”だからすぐに貫通するけど、千メートルは少しだけ大変だな。よし、専用の工具を作ろう!」
【収納】から《持ち運び鍛冶場》を取り出し、鍛冶仕事の準備をする。
「どういう工具にしようかな? 鉱脈と掘り下げていくのと違って、今回はあまり大きな穴を開けられないからな。掘りながら、土を回収しく方式が良いよな……あっ、そうだ! こんな感じの掘削道具がいいかも!」
さっそく鍛冶仕事で道具を作成していく。
「よし、完成した! 面白い形だけど、いい感じだな!」
ボクが作ったの螺旋状の先が鋭い工具。
高速回転をさせると、地面を掘りながら、土を掘りだしてくれる工具。
――――名付けてその名も《円錐螺旋》だ!
この工具の機能は簡単だ。
ミスリル製のドリルを、歯車を使った器具を手動で高速回転。ひたすら地面の下を掘削していく。
排出した土と岩は、ボクの【収納】にどんどん押し込めていく。
途中の長さの足りなくなるシャフトも随時、追加して掘り下げていく。
シャフトは昔、掘削用に作った物が、三千メートル分を収納してある。だから問題はない。
穴を掘りながら、ミスリル製の200ミリ口径のパイプも、道中に通していく掘削の方式だ。
「さて、千メートル級の掘削か。よし、頑張ろう!」
ボクは作業を開始する。
温泉の源泉の場所は確認済み。ひたすらドリルを手動で回していく。
シュイーーーーン!
ミスリル製ドリルは静か音を出しながら、どんどん地面を掘削していく。
静音機能に優れたミスリルは、こんな住宅地での作業にも優れている。
あと熱も持たないので、連続でも作業していける。
まさにミスリルは掘削のために存在している金属なのだ。
ボクの非力な力だと100メートル掘削するのに、三十分もかかってしまう。
計算だと千メートル掘削するには、五時間もかかる。
よし、頑張っていこう!
「ん? この感触は?」
ちょうど千メートル掘削したところで、確かな手応えがあった。
ボクは地上の準備も整えておく。
源泉が溢れ出してもいいよう、器具を取り付けていく。
「よし、このままいけば……よし、きた!」
しゅわーーードーーーーーーン!
温泉用の蛇口から、温かいお湯が出てきた。
最初は土色だったけど、段々と乳白色になってくる。
触って確かめてみるが、うん、ちょうどいい温度。
これなら水を足さなくても、人が入れそうな感じだ。
「あとは、この水場を“少しだけ”手直しして……よし、出来たぞ!」
中庭をリフォームした。
水を使う方は前と同じで、井戸から綺麗な水が出てくる方式。
野菜や洗濯も洗える水場にした。
温泉が出る方は、池みたいな洗い場を、岩のお風呂に改造。
人が十人くらい入っても余裕な、天然の露天風呂にしてみた。
あと中庭はけっこう広かったので、露店風呂は男女で分けてある。
「ただいまー! ん? ハルク、まだ修理していたのかい?」
いつの間にか夕方食前になっていた。女将さんが城の仕事から戻ってきたのだ。
よし、確認してもらおう。
「女将さん。水場の種理が、ちょうど終わりました。時間がかかってしまい、すみません」
「こちらこそありがとね。ん? え? な? そ、そいつは……なんだい、湯気が出ている池が……中庭にあるけど……?」
「あっ、これは温泉といいます。この蛇口をひねると、熱いお湯が出てきます。簡単に説明すると天然の温泉です」
「お、温泉⁉ 温泉って、あの高級な貴族の保養地にしかない、あの温泉かい⁉ ど、どうして、うちの中庭にあるんだい⁉」
「あっ、水を掘ろうと思って、“少しだけ”深く掘ったら、出てきちゃいました。もしかしたら迷惑でした」
「い、いや、迷惑どころじゃないよ。ウチは大歓迎さ! ちょ、ちょっと旦那に報告してくるわ!」
女将さんは大喜びで、厨房に駆け込んでいく。何やら夫婦で抱き合って、大喜びしていた。
その様子を見て、ボクもひと安心。今日一日、頑張った甲斐があったというものだ。
「ふう……何とか一日で完成したな。温泉、後で入るのが楽しみだな」
こうして水場の修理は、無事に終わった。
――――でも、この時のボクは知らなかった。
――――この温泉が宿泊客になり、《煉瓦亭》が今後、とんでもない大繁盛になっていくことを!
――――この温泉が近所に口コミになり、《煉瓦亭》はハメルーン唯一の“温泉宿屋”とし人気が出てくることを!
――――ハルクが修理して奇跡の厨房の味と、唯一の温泉で大繁盛した《煉瓦亭》は、大規模拡大していくことを! 実は女将さんには実業家の才能があったことを。
◇
「ふう……いい湯だな……やっぱり、仕事の後は、温かいお風呂が一番だよね!」
こうしてボクは何も知らずに、一番風呂を満喫するのであった。




