アルテイシア・トル・ワトーシェン
帝国歴2008年8月6日午前9時
この日俺はヌイグルミになっていた
「あのアルテイシア様、魔女協会から出頭要請が...」
「今は義理息子を可愛がるので忙しい、その後は娘を可愛がって更にその後は夫の元に帰ってのんびりするから行かない。」
「いやしかし...」
「無理矢理連合王国に送っておいていざ冤罪掛けられたら助けもしなかった連中の話を聞く義理はない。」
アルテイシア・トル・ワトーシェン
帝国最強の魔女であり、帝国東部で辺境伯に次ぐ知名度を誇る天才であった
しかし本人はその力を人類や国家の為に使い倒す事なんて無く、帝都の帝立魔導学院を首席で卒業すると直ぐに後に夫となるリンクスを捕まえ性的に食べるや否や東部にさっさと戻り結婚したという我の通った人物である
俺との関係としては義理の母親であり、今朝仕事に行く前に帝都の防空網を軽く突破しそのまま士官宿舎に強行着陸し出勤しようとしていた俺達を確保し、今現在昔から可愛がっていた少年が娘を娶ったと聞きつけ母性が暴走している状態である
「おかあさん。」
「交代、おいで。」
本来なら仕事なのだが特に急ぐ仕事も無い為休みをもらっており、俺の部屋なのだが帝国外務省と魔女協会からの使者やルードンドルフ大将と若い20代の男の従兵が勝手に上がり込んできてアルテイシアさんを説得しているのが今である
アルテは昼飯の食材を買いに市場に行っていた
一先ず俺は解放されてアルテが今度はハグして互いに頬擦りしあっている
「このコーヒーは絶品だな少佐、コルト君は紅茶を入れるのは最高なのだがどうもコーヒーは苦手らしい。」
「それは良かったです閣下。」
説得しようと無駄な足搔きをしている役人連中を横目にこの大将はリビングの椅子を占有し優雅にアルテの淹れていったコーヒーに舌鼓を打っていた
「いやはや、まさかこうも簡単に帝都の防空網が突破されるとは夢にも思わんかったぞ、おかげで最高司令部の御歴々は大慌てだ。」
「相手が悪すぎます、即応の空戦魔導兵部隊では難しいかと、どこの世に高度1万メートルから急降下して士官宿舎に突入してくる魔女がいると?」
「確かに高度1万まで到達し急降下できる魔女がここに1人しか居ないとはいえ誰何もできずに突破を許したというのは大変まずい事でな、そのため私がここにいるという訳だ。」
「それは大変ありがたい事ではありますが、だからと言って自分の秘蔵のコーヒーを飲み干すのだけは遺憾であります。」
この大将近くに住んでいるからと言っても騒ぎが起こってから直ぐにやってきて部屋に戻る俺達と一緒に部屋に入り込んできてそのままアルテにお願いという名の命令をして俺が苦労して手に入れた最高級のコーヒー豆を使ってコーヒーを淹れさせたのには切れて良いと思う
そんなこんな話つつ時刻は昼に近かった
「ふむ、もうそろそろ昼か、役人の皆様方後は私が引き継ぎましょう、溜まっている仕事を片付けに戻られたほうがよろしい。」
「いやしかし...わかりました、とにかくアルテイシア様、魔女協会への出頭の件よろしくお願い致します。」
ルードンドルフ大将の鋭い眼光に役人共は帰っていった
「...行ったか、ところで少佐?」
「掃除もしており目もありませんよ閣下...アルテ、時間も時間だし昼飯作ってきて。」
「シチューがいい、お土産の中に良いお肉あるから使って。」
「わかった、作ってくる。」
「ご同伴させて頂こう、コルト君も手伝ってきたまえ。」
「は! では失礼させていただきます。」
盗聴等の危険が無いか確認されたのでそれに返して、キッチンにも声が届く為アルテとルードンドルフ大将の従兵のコルト軍曹は料理をしながら聞いてもらう
「さてやっと本音で話せるな...久しぶりですなアルテイシア殿、最後に見たのは見送りの時でしたな。」
「そうですね閣下。」
2人は静かに話し始めた
「本当に申し訳なかった、実の所今回の1件は正直な所帝国政府内部でも動こうにも動けなかったのだ。」
ルードンドルフ大将はまず頭を下げ謝罪し、話始めた
「まず純粋に連合王国がこんなバカげた事を仕出かすとは思ってもいなかった、流石に依頼料の減額又はローンでの支払いを行うものだと思っていたようだ。」
「でしょうね、それで魔女協会が動かなかったのは私を妬んでいるあの子達の影響なのでしょう?」
「その通り、貴殿の才能を妬んでいた魔女協会幹部の一族の派閥が裏金を貰う見返りに排除する手伝いをしたようでな、そういった者達は排除対象となり憲兵隊や親衛騎士団に加え今回の1件に関わっていなかった協会関係者が排除に動いている、既に魔女協会本部は制圧が済み後は逃亡中の連中を叩きのめすだけなのだが。」
「逃げられましたか。」
「その通りだ、どうやら皇太子府が関わっていて関係機関が動けない間にさっさと共和国と連邦に亡命したらしい。」
共和国にならまだしも連邦に逃げたのは変な話だ、なんせ
「連邦に逃げたのはおかしいと思うだろう? 無理も無い、私だって信じられなかったからな。」
そこでルードンドルフ大将はアルテが淹れなおして持ってきたコーヒーに手を付けた
「ヴォルフガング君も知っている通り、連邦では基本的に魔導兵や魔女の素質のある者は全てが革命が起こる前の連邦であるシュルドア王国のロマニア王室に忠誠を誓うコサックだけだ、その為現在の連邦では危険視され帝国方面軍の下級兵兼農奴として搾取されている。」
この世界でもモンゴル帝国に近い大帝国がかつて存在していた、今では人民連邦の一部となっているがその当時は大陸の半分以上を支配する大帝国であり、大陸西部一帯のヨーロッパ地域の全域の国々がこの時ばかりは連合を組み対抗していた
シュルドア王国もその連合の一員であり最大の交戦国でもあった、その為当時のロマニア王室は当時の魔女や魔法使いを中心とした一団に加え逃亡した農奴や犯罪者達に恩赦や褒賞を与える代わりに軍役を課した、それが後にコサックと呼ばれる人々の始まりであった
その後コサック達は勇猛果敢に戦いシュルドア王国を守り、それにロマノフ王室もしっかりと土地と自治を中心とした褒賞で答えた事で信頼関係が生まれコサック達は王国では無く王室に忠誠を誓う事となった
革命が起きた際には王室を守るべく王室に忠誠を誓う白軍と共に兵を挙げようとしたが、国王が
『革命は国民の意思であり、血を流す必要は無い。』
と諫めた事と帝国への亡命を革命政府も認めた事で大規模な内乱を起こさず連邦に降る事となった
その後は白軍と共に武装解除して農民として生きる事となった
「連邦政府はコサックを信用しておらずコサックも連邦政府を恨んでいる、よって連邦は基本的に魔法を使わない方針になった...だが最近その魔法を使わないせいで恐ろしい事がおこっていてな、今までは王室が担ってきた気候の儀式も行えなくなり急速に気候が悪化し農作物の収穫量が落ちてきているらしい。」
ロマノフ王室の一族であるアナスタシア先輩がエルフなのもそれが理由だ、過酷な環境である北部では大規模な魔術の儀式によって農業がしやすいように環境を整えており、その儀式を行えたエルフの一族が王族として君臨する事となった
「連邦政府はこの事を隠そうとしているようだが難しいようでな、代わりに目を付けたのは帝国東部のエルフ族のみが行える魔導農業だ、あれの劣化版なら逃亡した魔女共でも行う事が出来る」
「連邦としては家畜の餌以上に酷い味の穀物しか育てられなくても家畜の餌や最悪配給の粥に混ぜればわからなくて構わず、魔女共としてはそれらを行う技師として仕事を貰えるという事ですか。」
元々この技術は帝国東部に住むエルフ族が山岳で生きる為に生み出した食糧生産の為のものであり、持ち出された劣化版は、魔法や魔術を管理する帝国魔導省の当時の1部の馬鹿共と魔女協会や魔法使いやその他の魔法関係を扱う魔法協会が共謀して盗み出して生み出した物だ
技術の保護を理由に魔導省が内容を聞き出すとそれをそのまま魔女協会や魔導協会に伝え無理矢理複製した、もちろんこれは大問題となり当時の辺境伯やエルフ族達の逆鱗に触れ魔女協会と魔導協会は帝国東部全域より追放され帝国東部独自の魔導組合が生み出される事となった
「連邦は嫌いだわ、連合王国でもかなりの数の連邦人と会ったけど酷いもの、皆普人族至上主義に傾倒してて異種族を貶すばかり、確かに普人族は各種族の始まりだけどそれだけじゃない、まあ魔女協会の者達も魔女至上主義を掲げてて変わらないけど。」
アルテイシアさんは帝都の魔導学院を卒業した関係で魔女協会に加盟させられていたことから今回の連合王国への派遣に行かされた、最近おとなしいから大丈夫だと思っていたら盛大な裏切りにあった
もう魔女協会は辞めて魔導組合に入る事になるだろう
「本当に下らん、私が参謀本部にいる間は誰一人として普人族至上主義に染まらせん...最高司令部は手遅れではあるがな。」
運ばれてきたシチューとパンに目をやりながらルードンドルフ大将が言った
「確かに最高司令部は北部や西部出身の将校が多数在籍しておりますがそこまで酷いのですか?」
「流石に憲法によって禁じられておるから公式な場等でいえば処罰できるがそれ以外の場では酷いものだ。」
俺の問いに答えると、ルードンドルフ大将は食べ始めた
流石に冷めてはいけないので自然と食事に移った、そして食事が終わり食後のコーヒーを全員飲み始めた
「実は今日なんだかんだ理由をつけてヴォルフガング君には会う予定だったのだよ、貴官には最近新設された戦闘工兵大隊及び砲兵大隊の合わせて2個大隊の支援戦闘団の指揮官についてもらう。」
突然の事に噴出さなかった自分自身を褒めてやりたい、何とか落ち着かせる
「...私はまだ任官したての少佐なのですが?」
「戦闘工兵大隊は最高司令部から押し付けられたのだよ、元々は砲兵大隊だけの予定だった。」
そういうとコルト軍曹がブリーフケースから取り出した部隊編成書を渡してきた
「砲兵大隊は東部出身のドワーフやオーク族で構成される重榴弾砲を運用する重砲兵部隊だ、主に155ミリと220ミリ砲が多いが中には大型ロケット砲も配備させる。」
155ミリ榴弾砲12門
220ミリ重榴弾砲8門
210ミリ多連装ロケット砲4門
基本的に帝国軍砲兵隊は大隊毎に編成されており、24門の砲とそれらを扱う兵員と支援部隊で構成されている
今回の場合だと従来の砲兵大隊から観測部隊以外を引っこ抜いてその部分を戦闘工兵大隊にやらせようという話だった、そしてその戦闘工兵大隊もあまり見ない種族で構成されていた
「アリ族というと最近ようやくまともに話せるようになったという昆虫系種族ですか?」
「その通りだ、編成したのは良いが持て余していた所を押し付けられそうな良い少佐が生まれたからな、義理とはいえ東部辺境伯の息子でもあるから立場も問題無いだろうとの判断だ。」
アリ族は主に帝国東部と南部に存在する山岳地帯に巨大なコロニーを作り住んでいた種族だ、因みに南部は前世におけるイタリア系白人に黒人に中東系等の人種が入り混じる東部以上の他種族の居住地域になっている、アフリカ大陸にあたる南方大陸は南西に少し行ったところに存在しており連合王国と共和国の植民地になっている
古くからその存在は確認され現地では物々交換で取引も行われていたが残念な事に発声器官の問題でジェスチャーでしか交流が出来なかったのだが近年普人族に近い外見の新種が誕生し司令官階級に収まったことで急速に交流が進み帝国国民として徴兵されたのだろう
「そういう事だから頼んだぞ、近い内に正式な通達が出されると共に部隊も到着する予定だ。」
正直な所上手くいかないような予感がするがやるしかないだろう
その後ルードンドルフ大将は土産として強奪したコーヒー豆をひっ提げてコルト軍曹と共に参謀本部に戻っていった
アルテイシアさんは暫く俺とアルテの2人を抱きしめた後、夫が待つ東部へと戻っていった
その日の夜、案の定アルテは暴走し俺は全て搾り取られて気絶する事になった