第五章 告白
8月中に投稿できれば良いと思っていましたが出来ませんでした。
かなり、シリアスな展開だと思いますがお付き合いくださいませ。
「その事件の本当の始まりは、前に遡らなければ説明する事は出来ない。だから、全てを伝えるのは出来ないが、出来る限りそれを順を追って、伝えていこうと思う。しかし、この事については、確かに俺自身に全くの過失がないとは言い切れない、けど、俺の意見としては、どうしても山崎の過失の大きさに目が行ってしまう。その当時は、俺も当事者もまだ未熟だった。だからこそ、導いてくれる先生の存在が大きかったんだ。」
俺は黙って聞いてあげた。
彼は俺の友人だった。
彼は明るく社交的で他からの人望が厚く、成績もそう悪くはなかった。俺はあの日まではそう思っていた。
彼はそのような態度をとっていたにもかかわらず、彼は人間不信だった。
人間不信になったのは、昔彼の親友に裏切られて、親友の本音を知ったからだ。
その親友に言われた一言を彼は俺に言い残した。
「……君に一切の魅力は感じない、ただ、君と一緒に居れば、僕の利益になると思ったから。ただ、それだけ……。」
彼は、心の傷を他人に見せないように強がっていただけだった。
当時のまだ大人からみれば幼い俺はそんな事に気が付かなかった。
強い保護具の奥にあった、彼の裂かれた心を俺は見る事が出来なかった。
当時、学校では盗難事件が相次いでいた。
そんな時だった、彼の事をよく思わない‘屑ども’が彼に手を下したのは。
彼は人の物を盗むような人間ではなかった。
しかし、‘屑’は嘘の目撃証言をした。本当は、‘屑’が犯人だったのだが、グルの‘屑’があらかじめ盗んでおいた、彼の財布を突き出して、「こんな物が落ちてました」と言って、それを物的証拠にした。
学校側も盗難事件に頭を抱えていた。盗難事件の噂が漏れる前になんとしても丸く収めたかった。その結果、彼は犯人に仕立て上げられてしまった。その犯人に仕立て上げて、丸く収めようという腐った策略を考えたのが、山崎だった。
山崎には、学校と会社の違いを分けずに考えているように感じた。
山崎は、疑いもせず彼を犯人だと決めつけた。―学校の利益……自分の利益の為―
すぐさま学年集会を開き、山崎は差し出て盗難事件の犯人を捕まえたと明言した。俺は、すぐさま職員室に居る山崎を捕まえて、話をした。
あいつは絶対にそんな事はしません、と何度も何度も言ったが、受け入れてはくれなかった。他の先生に山崎は干渉した。そのせいで、他の先生は口を挟む事は出来ず、黙って彼が犯人に仕立て上げられていくのを指を 咥えて見ているだけだった。ただ、俺が特に頭に焼き付いているのは、山崎のあの卑しく見下した視線と、嘲るような口調だった。その時の屈辱は、今でも忘れられない。
ほどなく、山崎の口から直接漏れたのか知らないが、噂で犯人が彼なのではないかと学校中に伝わった。そして、彼も山崎に反抗する事無く、山崎に処分を言い渡された。いや、あの時に山崎に学校を辞める事を強要されていたのかもしれない。俺は、他の生徒に彼が犯人ではないと弁明し、あの‘屑’どもが犯人だと言った。しかし、反応は冷たかった。「証拠は?」、「 庇うつもり?」などと言って、彼に対する今までの態度から手のひらを裏返したようだった。
そういった状態になって、彼は登校しなくなった。
彼が学校に来なくなった数日後、俺は彼の家を訪ねた。
部屋に入ると、彼の姿は無く、変わりに紙があった。
彼の遺書にはこう書いてあった。
「私は私自身を哀れな人だと思います。よくみんなから、いつも顔に笑みがあっていいねと言われましたが、それは楽しい事を考えていたのではないのです。むしろ、自分の今までを振り返って、自らを嘲笑していたのです。私は、他の利益の為に心を引き裂かれてきました。その考えが常に私の心を侵し、これから訪れるであろう未来に対し空虚な喪失感に苛まれるのです。つまり、私にとって‘未来’というのは‘悲苦’と同じ意味なのです。私は人生を生きたのではなく生かされていたのです。私が私自身の手でこの身を滅ぼすという行為は、私を利用するであろう人々に対する唯一の抵抗であると私は思いました。利己主義に溢れ、他人を利用し続ける人を罰したり、反抗して懲らしめる事は私には出来ず、ただ私は利用され滅んでいくのです。なぜなら、私は魅力のない人間ですから――」
遺書は始めの方は書きなぐったように書いていて読むのに苦労したが、終わりに近づくにつれて、何かを感じ取ったように、整然とした文字になっていった。
俺は、その時はっきりと事の重大さを理解し、少ない可能性に掛けてみた。
まだ、間に合うかもしれないという期待が俺を走らせた。
彼を探し始めて30分程の時だった。大通りを跨ぐ歩道橋に普通とは違う雰囲気の人影が目に入った。俺は、その人影を見て確信した。早く止めなければ、最悪の事態になってしまうという焦りが、さらに俺を動かした。彼に近づいていくけれど、彼は柵を跨ぎ、欄干に足を載せて、手を広げた格好になった。俺は大声で彼の名を叫んだ。しかし、叫びは往来する車の騒音の中に消えた。その時、彼は手を鳥のように広げた格好で欄干から足を外した。彼は、重力に逆らう事は出来ず、落ちていった。その様子は、まるでコマ送りをしているドラマの1シーンではないかと思った程だった。彼は、前からきた大型トラックに正面からぶつかって、変な形になって数メートル吹っ飛んだ。道路に叩きつけられた彼の体は、関節の可動域を超えていて、数日前まで普通に歩いたりしていた事を疑うくらいに‘壊れてた’。
俺は、彼が生きている事を願っていたが、すぐに彼が即死であった事を祈った。トラックに目を向けると、前面がぐしゃりと曲がっていて、その衝突の凄まじさを伺う事が出来た。しかし、トラックは前もって異変に気づきブレーキを踏んでいた事と、後続車がまばらだったので、彼を覗けば事故は大惨事にならなかった。
彼の体は、間もなく病院に運ばれていった……。
もちろん、彼が二度と俺の名を呼ぶことはなかった。
「山崎の利己を世間に知らしめ、社会的にも殺さなければならない。だから、お前を誘拐し、山崎とマスコミに同じ条件を伝え、山崎が利己によって条件を呑まない事を世間に知らしめてやる。そうすれば、マスコミに叩かれて、追い込めるはずだ。」
「…………、その彼が死んだ経緯については物凄く気の毒だと感じたが、お前が俺を使って、山崎先生に復讐をするのは、俺から見てお前のエゴじゃないか!そんな風に言う前に、俺を誘拐した事を償うべきだ!」
そう言うと、そいつは衝撃を受け、俯いた。しかし、そいつは居直って態度を一変した。
「だから?だから、どうしたっていう?もう、この世界自体腐っていたんだ。こんな世界に生まれた俺も腐っていたし、山崎も専ら腐ってた。だから……」
そいつは、懐から拳銃を取り出し、俺は何とも言えぬ緊張が走った。
「俺は‘屑’を既に抹殺した。後は、お前と山崎を殺した後で、俺は死ぬつもりだ。」
俺の口から言葉が出なかった。
こいつは、もう手遅れだった。
「まだ、殺人を犯さなければ、山崎を証拠を揃えて、それなりの責任を負わせる事だって可能だったのに、どうして?」
「……、もうダメなんだよ。何もかも……。」
すると、そいつはさっき話していた落ち着いた態度から変わって、狂笑をしながら銃を振り回した。
「ハハハ……。死ね、死ね……。」
誰かに話し掛けているような変な素振りは、俺にあいつが――ではないかという疑念を確かなものにする要因になった。
外では慌ただしくサイレンが鳴り響き、そいつに焦りの色が浮かんだ。
「…チッ…。察の野郎…。よく嗅ぎ付けて来やがったな。」
そいつは端々に悪態をつきながら、独り言を並べた。
「吉川誠、お前達は完全に包囲された。大人しく、人質を解放し、投降しなさい。」
拡声器を通じて、何とも冷酷な声がした。
そいつは窓際に立って、
「うるさい!察ども!俺は、こんな所で捕まるわけにはいかないんだよ。人質を解放したければ、かかって来いよ!役人の犬どもが!!」
そいつは頭に血が昇って、どうしようとも警察と戦った所で、己がどれほど無力であるかを理解出来ないようだった。いや、理解していたのかもしれないが、認める事に恐怖を感じていたのかもしれない。
「…ふっ…。じゃ、望み通りに我々は突撃を決行しよう。もう一度言っておく、投降するなら今の内だ……」
その瞬間、銃声がし、窓ガラスが割れた。
そいつは小さい拳銃の引き金を引いていた。
外では、大きな悲鳴や怒号がした。
そして、沈黙が流れた。警察は、交渉をしても無駄と判断したようだ。
複数の階段を登る足音がしている中で、そいつが握った拳銃は小刻みに揺れていた。
そして、銃声が再びこの部屋に響いた。
そいつは俺を無理やり立たせると、銃口を俺の蟀谷に押し当てた。
すると、扉越しに警察官のシルエットが見えた。
「おい!!入ってきたら、人質の頭をぶち抜くぞ!」
そいつは噛みそうな勢いで言った。
そいつは俺に銃を突き付けながら、窓の方に少しずつ後退して行った。
「こいつが死にたくないなら、撤退しろ!!」
大きな声で外へ叫んだ。
その時、そいつの体は操り人形の糸が切れた様に倒れた。
顔は蒼白だった。
そいつは、俺が死ぬ前に警察の狙撃によって射殺された。
その後、警察官が中に入ってもう一人を取り押さえて、敢えなく、事件は幕を閉じた。
あいつが死んだ様子を例えるなら、あんな虚勢を張ってた人間がまるで"人形"にでもなるかのような、妙な感覚がした。
俺は警察署に連れて行かれて事情聴取をうけた。そして、あいつが麻薬に手を染めて、3人の殺人を犯した事を知った。
「家まで送っていこうか?」
警察官はそう俺に尋ねた。だが、俺は眼前で人が死ぬという光景を目の当たりにして、警察官と共に居られるような気分ではなかった。
自分は死んでも良いと思っていた。そうすれば、苦しみから逃れられると思ったから。しかし、他人の死について、俺は避けていた部分があった事を否定出来ない。
テレビといったフィルターや噛み砕いた情報ではなく、生で人が死ぬという光景は俺に大きな衝撃を与えた。