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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第一章:欠ける記憶、日常再生
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008 意志あるモノに生まれたのなら


 「近代におきまして、魔術とは旧魔術(まじゅつ)魔導魔術(まどう)の二系統の流派が主流となっていることは皆さんもご存知のことでしょう。自身の身体から生成される生命力、則ち魔力(マナ)。自然界から流れる生命力の魔力(オド)。それらを自分の中の魔術気管に取り込み、略式化しては術式を行使する旧魔術が一般には『魔術』であると認識されています。従って──」


 中年の女教師が魔術の講義をする。

 相変わらず、頭の理解の範疇(はんちゅう)を越えており、知恵熱がヤバい。

 なんだか黒い箱を手にしてから、頭が痛くなるようなことばかり起きてる気がする。


 「尚、自身の精神エネルギーの大部分を思うままに変化させ固定させる術はなく。魂の固定化は現段階では実現不可能と呼ばれています。故に──」


 水曜に食堂で、僕はすき焼き定食を誰かと一緒に食べた。

 その時、誰と一緒に食べたかの記憶が曖昧(あいまい)で思い出せない。

 少なくとも瑞希ちゃん以外の誰かだと解ってるのに、その人を思いだそうとすると頭が痛くなるのだ。


 「また精神エネルギーの改竄(かいざん)は一度に行わなければ可能ではある。だが時間によってその改竄されたという事象が世界は矛盾として処理し元に戻ろうとするため無意味であり──」


 チョークが擦れ、黒板に描かれていく。

 これが将来、何の役に立つのか解らず惰性で勉学に(はげ)む。

 そもそも僕は魔術師として生きたいと思わない。

 自分の生まれた場所も育った日々も、己の存在を示す名前でさえ本物かどうか自分は曖昧(あいまい)なのだ。

 それなのに、そんな不確かなものに情熱を注ぐことは出来ない。

 寧ろ、忘れてしまった記憶を調べることの方が重要じゃないか。


 ────「そんな私にとって■■さんは希望みたいなものなんです」


 誰の言葉なのか。

 いつの話なのか。

 曖昧なのに、はっきりとした■■さんの言葉が頭を過る。

 それは僕にとって、とても大切で譲ってはいけないことだった。

 誰も彼も僕を見ていないのに、少女だけが■■の味方で居てくれた。

 故に諦めてはならないと心が叫ぶのだ。


 「──あ、たまが、い、たい」


 頭痛の度に曖昧にし、考えることさえも放棄してきたというのに。

 少女を泣かせたことが、僕にとって何よりも(ゆず)れないモノのように感じる。


 「従ってこの度、実験に使用した転生者という存在は我々の死者蘇生においては革命的なものだと言えることでしょう!」


 誰に訴えかけるような声で教師が叫ぶ。

 でも、それは気のせいだろう。

 一教師という端末にそんな権限はないのだ。


 キーン、コーン。カーン、コーン。


 授業終了の鐘が鳴り響く。

 まるで無知蒙昧(むちもうまい)な人の足掻きだと云わんばかりに。


 ◇


 チクタク、チクタク。


 進んでは巻き戻る時計の針。

 泡沫の世界において、時間など無意味である。


 ──忘却の時は近い。

   死んでは、また蘇るを幻想たちは繰り返す。


 チクタク、チクタク。

 カチカチカチ。


 深夜零時。

 終わりと始まりを告げる鐘が鳴り響く。


 「邪魔者には、死を。我らの行く手を阻む者はどんな人間だろうと処分せよ。……たとえ君であろうとも、例外ではない」


 雲一つない夜。

 月明かりが校舎を差す中、その男は不気味に嗤った。


 「少々、言葉遣いが可笑しいのでなくって神父様? ……まあ、ワタクシとアナタとの関係はとっくの昔に切れているでしょうに」


 オレンジ色の髪の少女は、男に言葉を交わす。


 キ、キキ、キキキ。


 猿の嘲笑(ちょうしょう)が闇夜に響く。

 少女を囲むように、それは数十の群となって具現した。


 ──カツン。


 少女の間合いまで数歩のところで男は歩いてきた。

 それは殺し合いを余興として愉しんでいるみたいだった。


 「ククク。本当に貴様は学習しないのだな、人形よ」


 笑いを堪えるような声に、人形と呼ばれた少女は眉をひそめた。


 「そうだ。所詮、貴様らは人形だ。操られることでしか己の行動を決められない。どんなに真実を濁されても、君は壇上で踊り続ける。ククク、これほど滑稽なことは有るまい」


 ぐしゃぐしゃの白髪が風に(なび)いた。

 天に(ささ)げるかのように男は手を(かざ)す。


 「お喋りが過ぎましたかな。なーに、大丈夫。君も彼女もみーんな送って上げるからね!」


 神父とは違う砕けた口調に変わる。

 同時に影が騒ぐ。

 その気配で少女は、殺し合いの火蓋が切られたことを理解した。


 「キキキ、キキキィイ!」


 数十にも及ぶ影絵の猿が少女一人を取り囲む。

 腕を伸ばし、少女の身体を引き裂こうと襲いかかる。


 「あら、まぁ。随分と辛抱がないのですわね!」


 黒のローブから、少女は二丁の銃を取り出す。

 そして一秒の誤差もなく、襲いかかってきた影絵の猿に発砲した。

 銃声と猿の金切り声が鼓膜を振るわせる。

 ダンスを(たしな)む軽快なステップをし、間合いを取る少女。

 その取り方は洗練された戦闘スタイルの賜物(たまもの)と言えた。


 「こちらが言うのも何だが、躊躇(ちゅうちょ)なくエイプを撃ち殺すのはどうかと思うがね」


 祈るように手を掲げていた男はその場を跳び去る。

 すると益虫のように影が広がり、やがてそれらが猿という形を造っていく。

 数秒後に引き裂くような金切り声が辺り一面に響き渡る。


 「よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えるものですわね!」


 神父の悪態に少女は弾丸の雨を振りかざす。

 そんな少女を前に男は怯まず、狭い校舎からひらけた場所に戦場を移動した。


 「聖職に身を置くものだからこそだよ、人形」


 最低限の礼だと言わんばかりに神父は影絵の猿を差し向ける。

 それを二丁の銃で鉛玉を浴びせながら少女は追う。


 「それは、まさに弾丸の如く。──それは、稲妻の如く」


 華麗に跳躍(ちょうやく)する二人。

 蝶のように舞う少女の姿は、さながら現代の魔女のよう月明かりによく映えた。


 「──ほう」


 綺麗な円を描きつつ、四方に弾丸を奮う歩みは止まらない。

 そんな少女を横目で疾走する神父。

 少女の口からこぼれた詠唱がこの緊迫した状況を打開すると互いに見た。

 一秒、一秒が永遠のように二人は駆け出す。

 闇夜に目を眩ませる修道服を月明かりを頼りに少女は男を追い続けた。


 「放て、放て、放て、放て、放て、放て、放て。七の言霊において次元を渡りし狂犬よ現世へと降りて──」


 校舎から旧校舎へと続く渡り廊下。

 そこから、げた箱を抜ければグラウンドに着く。

 ひらけた場所に出てしまったら、その時こそ少女の敗北は決定的だ。

 生徒を使うにもコントロールが難しく、また狭い場所においては邪魔にしかならない。

 故に銃撃戦でしか男には勝てない判断して少女は戦いに挑んだ。

 神父が渡り廊下を抜け、げた箱に着く。

 ミスが許されないタイミング。

 一詠唱を唱えれば魔弾の術式は完成する。

 それを神父を守ろうと影絵の猿が邪魔をしようと腕を伸ばした。


 だが、遅い。

 もう二丁の銃のカートリッジに弾丸は詰められており、後は引き金を引くだけ。


 「──敵を穿(うが)て!」


 キキキキキキキ!!!


 二丁の銃は瞬時に一丁の魔銃へと融合を果たし、閃光を以て放たれた。

 どんな障害であろうとも吹き飛ばす一撃を前に飛び出した影絵の猿は消滅する。

 続いてグラウンドへと向かおうとした神父は、


 「──ッハ」


 急反転。

 超人的な動きで一撃を放つ少女へときびすを返す。


 確かに少女が放った一撃は、あらゆるモノを破戒する。


 ──だが、それは当たればの話であった。


 「──っな!?」


 影絵の猿とは違い、神父には先を読む知能が存在する。

 大振りの一撃が来ると解っているのにそこに隙が生まれない訳がない。

 無論、そんなことを少女は考えなかった訳ではない。

 けれどこの場でそれを仕掛けてくることなど、少女は夢にも思わなかったのだ。


 射先からズレた神父と少女の間合いは僅か数メートル。

 されど神父の跳躍は一秒に満たないに等しく距離を詰めることが可能だ。

 故に伸ばされた手が少女の頭部を掴むのは赤子の手をひねるように容易かった。

 そのまま勢い任せに神父は少女を押し倒すと、閃光は収束を見せて消滅する。

 鈍い音と共に少女は頭を地に押しつけられ、一分にも満たない速さで影に呑まれたのだった。


 「所詮は人形。他者の戦闘スタイルを模範(もはん)しなければ戦えぬ身で出しゃばるからこうなるのだ」


 神父はそんな言葉を吐き捨てると、その場を後にしたのだった。

 こうして激闘の幕は呆気なく閉ざされたのだった。


 ◇


 少女のことが頭から離れない。

 大切なことのように思え、自分の中の心が欠けた感じがして苦しい。

 こんなに苦しいのなら授業をボイコットしてでも探しに行くべきだったかもしれない。


 「どうしたのさ、ユーキ? あれからちょっと様子が変だよ。やっぱり先生に言って今日は休んだ方が良いんじゃないか?」


 そんなことを考えてると累が心配そうに声をかけてきた。


 「──いや、大丈夫。大丈夫だから、気にしないで」


 気分を少しでも変えようと、大丈夫だと振る舞う。

 そうだ。

 気持ちが落ち込んでるから授業をボイコットするとか考えちゃうんだ。

 少しでも皆に追いつけなくなると、■■勇貴になれないから駄目なんだ。


 累が息を呑む。

 言うことのできない哀れみの目で累は僕を見た。


 「……それで良いの?」


 累が問う。

 その青く澄み切った瞳には苛立ちが見える。


 「良いよ」


 思わず頬を掻く。


 「本当にそれで良いの?」


 力強く両肩を掴む累はとても真剣だ。

 普段のおちゃらけた彼らしくない姿に呆気にとられる。


 「辛いんでしょ? 辛くて辛くて、どうしようもなく悲しいんでしょ!?」


 掴んでいた手が肩を揺らす。

 力は強くないのに、何故かその手を払えない。

 すると、周囲のクラスメイトが騒ぎだす。

 その中に火鳥もいるけど、彼は僕らの様子をじっと見つめて動かなかった。


 「大切なことだった。どんなに壊され変えられてもそれだけは手放さなかった! そんな大切なものを失くしてキミは、平気な訳ないだろう!」


 教室の真ん中で累が叫んだ。

 まるで自分のことのように僕を怒ったんだ。


 ────「そんな私にとって勇貴さんは、希望みたいなものなんです」


 不意に、夕暮れの廊下での少女の言葉を思い出す。

 いつの日か僕だけにしか笑えないと言った事さえ忘れてしまっていたのに。


 そんな僕を希望と言ってくれた少女の顔を思い出してしまったのだ。


 「……あ。あああ、ぁああああああああああああああああああああああああ!」


 掴まれていた手を振り払い、急いで教室を飛び出す。


 彼女を、彼女を探さなくてはいけない。

 会って、謝らないといけない。

 だって、そうしなければ夕暮れの廊下で話したこと、全部、嘘になっちゃう。


 「──そうだよ。これで良かったんだ。うん。何の間違いもない」


 誰かの呟きは僕の耳に聞こえる筈がないのに、そんな呟きが聞こえた気がした。



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