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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第五章:真世界帰閉ノ扉
82/154

胡乱ナル夢、月ニ溺レルノハ誰カ?


 3000ユニークアクセス突破記念SSです。

 本編の補足と言うか、IFなのかは正直扱いに困る話となっております。

 それでは、どうぞお楽しみください。



 「無駄、無駄、無駄、無、駄ぁあああ!!!」


 絶叫にも近い男の言葉が木霊する。

 不可視の力が働いて、鈍い音と共に宙を舞う私。


 数秒後に潰れかけのトマトが出来上がる。

 私と言う人格が、奈落の底へと堕ちていく。

 それは不可視の力が働いて、ノイズを介し私の思考を書き換えたとも言えた。


 「ぐぅ、ううう、──がぁ、ぁああ!!!」


 キキキ。

 キキキ!


 黒い影に包まれる私を影絵たちがあざ笑う。


 「──いや、だぁ」


 勝てない。

 何度やっても、私は■■イ■リ■=ウェストに傷一つ負わせることが出来ないのだと自覚させられる。


 「あぅ、ぐぅ、ううう」


 爪を立て、歯を食いしばり、前を見据えても結果は変わらない。

 何もないという虚無感が私たちを包み込むのだ。


 「──っ! ──!!!」


 いくら叫ぼうが、慟哭は届かない。

 それが辛くて堪らないのに、未だ眠り続ける彼の名前が頭から消えていく。


 「────!!!」


 けれど、そんな■■を想う気持ちは変わらなかった。

 否、そんな彼を愛した気持ちだから変えられなかったとも言える。


 それは、一種の呪いだ。

 いや、忘れることが赦されない、世界規模の大魔術でもあった。


 「愛してる。……愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、──みんな愛してるわ」


 そうだ。私は忘れない。

 私は変わらない。

 ■■と過ごした日々は誰にも渡さない。


 たとえ自らの名を忘れようとも、それだけは決して譲らないと歯を食いしばり続けた。


 「■■!」


 だが、暗闇が晴れることはなかった。


 リテイク。

 リテイク・ラヴィブロンツ。


 『吸血鬼』にして真祖という上位種、とされるだけの設定を持った上位幻想。


 それが今の私の名前で。それがお前の役割だと影絵たちが囁き合う。


 慟哭は終わらない。

 けれど私という存在は、この時には真っ黒に塗り潰されたと言える。


 「────」


 真っ黒な月が夜空に浮かぶ。

 いや、嘘だ。この(そら)は、いつだって暗闇が広がっているだけでそこには何もない。


 キキキ。

 キキキ!


 残骸(どうほう)たちが私を嗤う。


 誰も救わない。

 誰も手を差し伸べない。


 どうしようもない矛盾を繰り返す装置に私たちは成り下がる。


 でも、諦めない。

 だって、私は持ってる。

 ■■飛鳥に託された黒い箱、魔導魔術王(グランド・マスター)が持っていたとされる魔道具(アーティファクト)がある。

 それは、この絶望的な状況を覆すとされる唯一の切り札に他ならない。


 だから、私は我慢できる。

 私たち、『残留思念(ヒロイン)』は物語に興じている。


 「──いつか。いつか、絶対に」


 手を伸ばす。

 この手がいつか届くと信じて、反逆の時を今かと待ちわびている。


 どんなに不可能だとしても。

 貴方が遺した、たった一つの希望を信じて──。


 褐色の男がやって来る。

 気味の悪い人間(マネキン)たちを侍らせて、私たちの希望を打ち砕こうとする。


 「──キキキィ!」


 耳障りな嘲笑が響く中、私の意識が闇に呑まれ──、


 ◇


 繰り返される魂の白紙化はいつも通りとは言え、代り映えのないルーティーンだった。


 逆行される意識が夜の校舎へと私を巻き戻す。

 その現実を認識させる事象(サイクル)に私はマンネリを感じた。


 「──っ」


 多分、午前零時。

 真夜中の校舎という、いつも通りの現実(もうそう)を私は把握する。


 「────」


 不意に窓を見てみると、夜空に満月が出ているのが分かった。


 「……綺麗、ね」


 意味もなく、呆然と月夜を見上げていると──。


 「やあやあ! キミがリテイクちゃんかい!?」


 何処からともなく、快活そうな少女が私に声を掛けて来た。


 「……そうだけど──貴女は?」


 振り返ってると、まあ想像通りの少女がいた。


 切り揃えた黒い髪、淡いルビーのような青い目、私とそう変わらない背丈の人柄の良さそうな微笑みを浮かべてる。


 ──怪しい。


 夜、突然現れた私に声を掛けるところがではない。

 ループ直後というタイミングで声を掛けて来たところが怪しいのだ。


 そう。少女が口にした通り私の名前は、リテイク。リテイク・ラヴィブロンツである。

 巷で吸血姫と呼ばれて畏れられた、この学園の上位幻想。

 そして、何度も同じ日をループすることで■■■■の魂の白紙化を阻止しようとしている残留思念(ヒロイン)の一人であるのだ。


 ……まあ、それも五回も失敗し、六度目となる彼──『六花傑(むつはなすぐる)』が誕生した頃には見るも無残に弱体化を受けているわけだが。


 それでも、目の前の少女が怪しいと言う事実は変わらない。


 「ボクかい? ボクの名前は、尾張飛鳥(おわりあすか)。尾張ちゃんでも飛鳥ちゃんでも、気安く『あーちゃん』でも何でも呼んでくれたまえ!」


 張り詰める私に対し、えっへんと誇らし気に胸を張る少女。

 何故だろう。

 その自己紹介で、私が少女に感じた印象がガラリと変わってしまった。


 「おや? そのつれない目は何かな? いや、つれないというより残念なモノを見る目をしてるね、キミィ!?」


 私の思考を読んだのか、その場で地団駄踏む黒髪少女。

 残念な娘だって自覚してるのなら、その阿保っぽい言い回しを止めれば良いんじゃないと思ったのはここだけの話だ。


 「ハアアア!? もしや、キミィ! このセンスある台詞回しを知らないとは、ちょっと遅れてるんじゃないかい?」


 「……(イラッ)」


 頭の緩そうな奴に可哀想な目で見られてしまった。

 知りたくもなかったが、残念な奴に心配されるほど腹が立つことはないんだって知ってしまった。


 「うぉおい!? 暴力反対! その振り上げた拳を下ろしたまえ、プリティ・ガール!」


 っち。怒りのボルテージを高めようとするこのペチャパイのペースに乗せられるのは私の不味い。

 何がと言うと、主に私の中のガイアが囁くのだ。


 「……ハア、ハア。それで、何のつもり?」


 そうして気持ちを落ち着かせ、目の前の──『尾張飛鳥』の言葉を待った。


 「果て? 何のつもりかと言われても、ボクは挨拶をしただけだよ」


 ……待った、のだけど。


 「……え?」


 沈黙が続く。

 お前は何を言っているんだと言いたげに尾張は私を見つめてる。


 「……はい?」


 こちらの警戒も何のその。

 どうやら、本当にこいつは私に挨拶をしてきただけなのか?


 「ハッハーン。もしかして、キミはあれかな。声掛けられたとかそういう理由でボクが何でも知ってますみたいな事情通だとか思っちゃった感じかな? ──ふむ。なるほど、それは恥ずかしい。イタタ案件ですよ、お嬢様。なーに、大丈夫さ。今日の出来事はボクの胸の奥底に仕舞っておいてあげるから安心すると良い。それでは、お先に失礼するよ。イタタなお嬢様!」


 尾張は息継ぎなしでそう言って、立ち去った。

 その時間、僅か二秒。

 乾いた風が吹くとか、そういう間があったとも言えた。


 「……あ、あ、っあ、ああ、ああああああああ、」


 数秒後、私は羞恥の感情に支配され、


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ──同時に、深夜の校舎中に怒号の絶叫が響き渡るのだった。


 それが、私と飛鳥(アホ)の出会いだ。







 「やあやあ、キミが六花傑くんかい?」


 次の日の朝。

 教室の隅で何かのメモを取る六花に尾張が声を掛ける。


 「……き、みは?」


 声を掛けて来た尾張に怯える六花。


 「ふっふっふ。聞きたいかい、青年よ」


 突然バラを咥え出す尾張。

 そんな二人の会話を呆然と私は聞く。


 「良いだろう。そんなに知りたければ教えてあげるのが世の情けだ。ボクの名前は、尾張。尾張飛鳥。この世のありとあらゆる悪を許さない女子高生様だよ」


 それからというモノ、圧倒間の出来事だった。

 新たな風──所謂、センセーションというやつが巻き起こった瞬間でもあった。


 「それはそうと、これはお近づきの印だ。持っていたまえ」


 咥えたバラを彼に渡してた。

 というより、二人して晴れやかな笑顔をしていた。


 「え? え、え、えええ!!!?」


 教室中に戸惑いの声が響き渡る。

 思えば、波乱万丈の日常が幕を上げたのはこの時だった。


 ◇


 彼女と出会ってから、私たちの日常はがらりと変わった。


 元から世界の秘密を知っていた私。

 六回目の白紙化を受けた■■■■の六花傑。

 そして、事態を引っ掻き回すトラブルメイカーの尾張飛鳥。


 三人が集まるといつも教室は明るいモノに変わっていったのを覚えてる。


 そこには、笑いや涙があって。

 甘酸っぱい青春とか、尾張が抱えてくるトラブルとか、期末テストだとか、そういう特別でもない特別が楽しいと思えるようになっていて。


 その日々は、■木が消えてから笑えなくなった私にとっては掛け替えのない宝物となっていた。


 だが、その日常の終わりは呆気なく訪れた。

 学園を牛耳っていた『牢獄』の幹部、『人形男』に目をつけられたからだ。


 グルグル。

 グルグル。


 気付かないうちに『るーぷ』する。

 それは、みんなを幸せにする為に感情を壊した『人形(にんげん)』の奇跡だ。


 ザクザク、ザクザクと体中に(コード)が突き刺さる。

 自分の名前さえ忘れてしまいそうになる激痛が私を襲う。


 月明かりが差し、みんな仲良くその場に倒れてく。


 「嗚呼、愉快愉快。やっぱ、自分より劣るヤツを嬲るのは愉しいわ」


 くすんだ金色の髪を掻き、倒れ伏す私たちを下卑た笑みを白衣の男が下卑た笑みを浮かべて見下ろした。


 「そもそも我のような完璧な『人形』ですらまだ極点に至ってないのによぉ、お前らのような家畜の分際が創造主様に歯向かうことがどれだけ分不相応なのか理解してんの? ……なあ、聞いてんのかぁ、おい!」


 男は容赦なく倒れ伏す尾張の頭を蹴り上げる。


 「っがぁああ!!!」


 鈍い音と共に宙を舞う尾張の体。


 「──尾、わ、りぃ!」


 それを私は見ているしか出来なかった。


 「ウェイト、リぃ……!」


 呼吸もままならないほどボロボロの尾張が男の名を叫ぶ。


 「はい、はーい! お前ら大好き『人形男』のウェイトリー=ウェスト様たぁ、我のことよ!」


 何処までも人を小ばかにした態度をする男の名前は、──『ウェイトリー=ウェスト』。

 この第二共環高等魔術学園にて暴虐の限りを尽くす魔導魔術師『人形男』が男の正体であった。


 「──ウェイトリぃ、=ウェストぉオオ!!!」


 これほど明確に力の差を見つけられても、尚、少女は立ち上がろうとする。


 ──だが。


 「──ッハ! ご苦労なこった! 所詮この世は、無駄、無意味、無価値、無謀、無理、無想の虚無でしかないのがまだ分からねぇーようだ! つくづくお仕置きが足らねぇみたいだ、クソゴミ! お前のような矮小家畜の分際が我らの大望を阻もうとするなんて、大言壮語も甚だしい。嗚呼。そんな妄執の中でしか生きられないと言うのなら、此処で無様に死に晒すに限るだろうが。なあ、■■飛鳥」


 ああ、どうして魔導魔術王(グランド・マスター)の側近に勝てると思ったのか。

 ウェイトリーは立ち上がろうとする尾張の更に頭を蹴り続け、やがて熟れたトマトを潰すみたいにそのザクロを弾け飛ばしたのだ。


 バシャリ!


 それを見るしか出来ない私は、所詮、井の中の蛙でしかなかったと悟る。

 そんな現実さえ見えていなかったのだから、この結末は仕方のないことだと言えた。


 けれど。

 けれど。


 ────「愛してるよ、■■」


 何か違和感がある。

 どうにも忘れてはいけないモノを忘れている気がする。


 そんな場違いなことを考えていると、私のところに褐色の男がやって来た。


 「ああっ! ……とても良いぞぉ、お前。その顔はとても甘美だ」


 ウェイトリーはそう言って、私のザクロを容赦なく踏み潰した。


 ──グッシャア!!!


 グルグル。

 グルグル。


 ぐーる、ぐる。


 「やあやあ、キミがリテイクちゃんかい?」


 真夜中の校舎、君と会う。


 「──はい?」


 寝て起きたら、都合のいい辻褄が合わなくなったみたいにそれは訪れた。

 変な夢を見たと思ったら、途方もない違和感に苛まれることが多くなった。


 それはあの『牢獄』の幹部、『人形男』と対峙した夢を見てからそう強く感じたと言えた。


 いや、それは違うかもしれない。

 そんなものが無かったとしても、その終わりはもっと早く訪れていたのを私は知っていたのだ。


 ◇


 「────」


 月のない夜、真っ暗闇の教室で目を覚ます。

 現実(もうそう)を把握し、現状を理解する。


 望むのは、誰も悲しまないハッピーエンド。

 壊すのは、誰も救えないバッドエンド。


 何度目か分からない脱力感。

 また次があるとか、そういうのは感じさせない基点を作り上げた彼女の手腕は素直に賞賛されるべきものだと思う。


 「──っ!」


 だが、それも無意味となった。

 今この時、無限に続く胡蝶之夢に私は気づいてしまったから。


 ドクン。


 ある筈のない心臓が鼓動する。

 誰も傷つかない終わりを求めてた筈なのに、無知な愚か者が違和感を覚えてしまったのだ。


 多分、このループはそれに気づいてしまったら修正される類の反則技だ。

 そうじゃなかったら、こんな回りくどい手を彼女は使わない。


 それぐらいのことは付き合いの長さで気付けるってものだ。


 「やあやあ、キミがリテイクちゃんかい?」


 「……」


 真実を知った。

 道化の仮面を被った少女の絡繰りを知ってしまった。


 それが、どういう意味なのかを知らなかったのに、私はそれを知ってしまった。


 「……アンタ、いつもこんなことしてんの?」


 軽口をたたく少女の顔が凍り付く。

 道化となって日常を築いてきた少女の口から次の言葉が出なくなった。


 「────」


 誰も救われない、誰も聞いちゃいない、答え合わせ。

 ゼンマイは巻き戻らない。

 少女は小狡く、悪知恵が回り、演技するだけの要領が良かっただけで神様ではないのだ。


 「……まあ、そういうことだよ」


 だから、それだけで彼女は抵抗を止めた。

 どれだけ破天荒に見せても、偽るだけの人形でしかない彼女にはそれを続けるだけの感情がなかった。


 「やっぱり、『人形男』と戦うのは不味かったかぁ」


 尾張は、失敗したと舌を出す。

 そして、それは彼女が私と同じ残留思念(ヒロイン)と言う枠組みの証明でもあった。


 うんうんと頷くように尾張はその場で考え込む。

 そして、


 「それで?」


 そのまま沈黙を決め込むかと思われた尾張の口が開いた。


 「……それで、って?」


 そんな彼女から目を離さず、質問を質問で返す。

 でも、そんな私にお構いなしに尾張は問い続けた。


 「だから、それをボクに聞いてキミは何をしたいの?」


 あんなことがあったのに。

 あんな未来が待っていると分かっていると言うのに──。


 「まさか、キミはそれだけでボクに諦めろというつもりかい?」


 尾張飛鳥の目は、まだ死んじゃいなかった。


 「──え?」


 夜の校舎に唯一人。

 誰の救いのない五里霧中の状況で、拳を強く突き上げ、尾張は私に語る。


 「良いかい? ボクたちは人間だ。たとえ、このちっぽけな世界でしか生きられない人間で、誰かを想うこの気持ちさえ造られた幻想だとしても。ボクがボクとして、『尾張飛鳥』として生まれた以上、一人の人間として生きる権利がそこにはあるのだよ。──それは、誰の意志とかじゃなく、自分の意志で決めたことなのだよ」


 だから、迷わない。

 そんな誰かとか曖昧なモノに逃げて良いモノじゃないと、彼女の青い瞳は私を離さない。


 「今、こうしてる間も傑は夢の中に囚われてる。見たかった現実を。辛くて悲しいだけの現実を生きたいと願った気持ちを踏み続けられている。……そもそもボクはね、リテイク。バッドエンドが大っ嫌いなのだよ。こんな誰も救わないようなクソ展開、認められるかって話さ」


 教室の窓から月明かりが差す。


 「──あ」


 珍しく真面目な顔をした尾張が私に手を差し伸べて、微笑む。


 「だから、キミさえ良ければではあるが。一緒にこのクソルートを攻略しないかい?」


 それは私が、リテイク・ラヴィブロンツが生まれて初めて他人から向けられる期待(モノ)

 同時に手を伸ばしても届かない、お星さまのような眩い光のような希望(モノ)


 どれだけ願っても手に入ることは無かった優しさ(モノ)だった。


 「────」


 黙って少女は私に手を差し伸べ続けている。

 お前はどうすると言葉を失くして伝えてくる。


 私はそれを黙って見続けて──。


 「それは、ちょっとイタタ案件なんじゃないの?」


 そう言って、笑いながら尾張の手を取った。


 ◇


 ループする。

 ループする。


 同じ時を何度も繰り返し、私たちは現状の打破に努めた。


 意味のない死を。

 無駄と言われた足掻きを。


 『外なる神』が率いる、『牢獄』のメンバーたちから彼を取り戻そう躍起になった。


 ジジジ。


 「無意味なんだよ、無駄なんだよ! どうせいつもと変わらねぇんだよ!」


 誰かが喚いてる。

 醜い顔で叫んでる。

 会ったこともない男が私たちのループを非難していた。


 ザー、ザー。


 「いい加減、解れよ! そんなことをしたってアイツラはオレたちに興味もないんだよ!」


 救われない。

 救えない。


 否、何を救おうとしたのか定まらない。


 「諦めろ、諦めろ、諦めろ、諦めろ、諦めろ、諦めろ、諦めろ、──諦めろよ!!!」


 ザー、ザー。

 ザー、ザー。


 見えてはいけなかった物語。

 未だ空欄で居続ける、語られる必要のないルート分岐。


 これは、スクリプトエラーの一つ、──永遠に続くバグでしかない。


 「キャハハハ! キャハハハ! 本っ当に、くだらないヤツラですこと!」


 耳を劈く女の嬌声。

 倒れ伏す私の頸を女の形をした蜘蛛が掴み上げ、


 「ループ、ループ、ループ! 頭が悪いにも程があるぜ、不細工ぅ!」


 そのまま衝動のままに、地べたへと押し潰す。


 「──っがぁ!」


 繰り返す。

 哀れな虫けらのリテイク・ラヴィブロンツは無様に標本へと綴られる。


 そんな私をクスクスと影絵たちが嗤い合う。


 誰も気づかない。

 誰も気づけない。


 哀れなのは、みんな同じなのに。


 何度も死に絶える私も、神様気分で他人の命を弄ぶ奴らも、目的の為に一人の男の魂を白紙化し続ける少女たちの何もかも哀れでしかない。


 「そうだ。そのまま何もかも忘れて、あの日から続く今を永遠に見続けろ。そうしてお前は人形に成り果てれば良いんだよ」


 標本の私の手を取る男。

 その男の顔は見れなかった。

 何もかもが暗くなった世界で、私という存在は何も意味をなさなくなったから仕方ないことだった。


 そんな中。


 ────「だから、それをボクに聞いてキミは何をしたいの?」


 声が聞こえた。


 「──あ」


 ────「まさか、キミはそれだけでボクに諦めろというつもりかい?」


 否、思い出したというべきか。

 彼女の真面目な顔がいつか見た青年のモノに見えたのだ。


 それは、忘れてはいけないこと。

 それは、掛け替えのない宝物。


 ──それは、いつか見た星に手を伸ばす私たちの思い出だった筈。


 カチリ。


 運命の歯車が填まる音と共にノイズの嵐が私を包み込む。


 「……思い、出した」


 そうだ。

 どうしてこんな単純なことを私は忘れていたのだろう。


 ────「良いかい? ボクたちは人間だ。たとえ、このちっぽけな世界でしか生きられない人間で、誰かを想うこの気持ちさえ造られた幻想だとしても」


 これじゃあ、惨めな標本にされるのも納得だ。

 だって、私は忘れてた。

 一番、忘れてはいけないモノを忘れてしまっていたから、こんな意味もない妄想に囚われることになった。


 「────」


 傷だらけの身体を抱きしめる。

 私の意志が曖昧なモノになっていく。


 構わない。

 元からそんなものは曖昧でしかなかった。

 突如押し寄せる虚無感を無視し、その先を目指して前へ進んだ。

 そうすることで私は、一テキスト媒体の感情を薪にし、偽物の身体に熱を灯せることが出来るのだ。


 「──っ」


 私たちは、終わらせる。

 それぞれが大切だと思う人の為にこの命を燃やし尽くす。


 ────「愛してるよ、先輩」


 その為に私は今日まで生きて来たのに──。


 なのに、私、リテイク・ラヴィブロンツは忘れてしまっていた。

 ただ無意味に敵と戦うだけのキャラに徹するだけになっていた。


 それは、闇雲に足掻いているだけの子供の癇癪と何ら変わりはなかった。


 ゴウ、ゴウ。

 ゴウ、ゴウ。


 それに何の意味があるのかを今一度、考える。


 ────「ボクがボクとして、『尾張飛鳥』として生まれた以上、一人の人間として生きる権利がそこにはあるのだよ」


 ゴウ、ゴウ/キキキ。

 ゴウ、ゴウ/キキキ!


 周囲がどよめく。

 影絵の住人が止めろと手を伸ばす。


 それらを無視して、私はノイズの嵐を駆けるのだ。


 本当に永い遠回りをしていた。

 いつか見た星の少女がそれを思い出させてくれたことを堪らなく嬉しく感じた。


 ────「──それは、誰の意志とかじゃなく、自分の意志で決めたことなのだよ」


 出口が見える。

 最後に少女のそんな言葉が頭に過った。


 「──!」


 潰れていた肉塊が起き上がる。

 捥がれていた手足が再生する。

 死にかけの自分が固有能力(アビリティ)を得て、このクソッタレな舞台に舞い戻る。


 「まだ立ち上がるって言うのか!」


 暗闇の世界に耳障りな男の声が響き渡り、抵抗する意思が欠けていく。

 しかし。


 「うるさい」


 腕を一振りし、その書き換えを不可視の力で消し飛ばす。

 ウェイトリーは一瞬、目を見張るがすぐさま状況を理解し声を荒げる。


 「──っち! ええーい、所詮は長靴を履いた猿には理解しようのない話だった。盲目な住人には見えもしない現実だった。出鱈目の構想には在りもしない知能だった。だった。だった。だっただっただった──」


 「──うるさい!」


 イメージする。

 ウェイトリーと自分を隔てる壁を。


 「……な、なにぃ?」


 バキン!


 何かが弾ける。

 すると、おぞましい影たちが霧散し、地へと還っていく。


 「なんだ、貴様。──何なんだ、その能力は?」


 リテイク・ラヴィブロンツは自らの能力(やくわり)を思い出す。

 その能力は、新たな物理法則の現実化(リアルブート)。つまるところ、限定的な常識改変に他ならない。

 それは、あの時願った後悔の一つでもある。


 「まさか、この土壇場で覚醒したとでもいうのか!?」


 人形男を吹き飛ばす。


 「──ぐぅ、が、あ!」


 驚愕に顔を歪ませ、只の妄想に打ち負かされる屈辱を前にウェイトリーが立ち上がる。


 「ぐぅ、がぁ、ぁああ! ……ハア、ハア。調子に乗るなよ、女ぁ!」


 形成は逆転した。

 最早、人形男との実力差は私の上位覚醒によって覆ったと言える。

 だがその明確な現実を、『牢獄』幹部にまでのぼりつめた男のプライドが拒む。


 「いいえ。貴方はこれで終わりよ!」


 血反吐を撒き散らしても足掻く男に向け、私は黒い箱(げんじつ)を突きつけてやる。


 「──それは!?」


 目をひん剥くように開け、突きつけたそれに男は手を伸ばす。

 それを許すはずもなく、すかさず伸ばした手を不可視の力で叩き落としてやるとウェイトリーは狂ったように取り乱す。


 「それで勝ったと思うなよ、女ぁ!」


 人形男が叫ぶ。

 懐から、ダーレスの黒箱を取り出して再びその恩恵に与ろうとする。


 そうだ。これもウェイトリーにとっては余興の一つに過ぎない。

 暴食の権能(チート)を使えば、人形男は目の前の事象を好きに改変出来る。


 その絶対的な()()があったから、現実に持ち合わせていた地位も簡単に捨てられた。

 自身の承認欲求満たすだけに、この耐え難い光景さえ甘んじることが出来たのだ。


 ──しかし。


 「いいえ、それもこれで終わりよ、ウェイトリー。今度こそ、貴方のそのうすら寒い夢は潰えるの」


 それは、そんな淡い妄想をぶち壊す銀の鍵(きぼう)が無かったらの話だ。


 「──っ!」


 跳ねるように、人形男(ウェイトリー)が鉄杭を飛ばす。


 「止めろ」


 ──だが、その(コード)は不可視の壁によって阻まれ、霧散する。

 その光景を見て権能(チート)では届かないと判断したウェイトリーは、力の限り叫んだ。


 「止めろ!!!」


 念じる。

 すると、ダーレスの黒箱から瘴気が溢れてくる。


 「止めろ、止めろ、──止めてくれ!!!」


 その溢れ出る瘴気を見ないように頭を振って、影絵の壁を作り出しウェイトリーは抵抗する。


 「いいえ、止めないわ」


 それを私は固有能力(アビリティ)を発動し、直視させる。

 不可視の力が、影に隠れた男の引き攣った顔を露わにし──


 「今度は貴方が溺れる時よ」


 溢れ出た瘴気が『人形男』を呑み込むのであった。






 これは、IFの話。

 誰も救われない、もしもの設定。


 全て、霧に隠れた都合のいい妄想でしかない。


 「■■さん、手を伸ばして!」


 ジジジ。


 でも、大丈夫。

 所詮は、ネットの何処かに埋もれるだけの駄文の一つに過ぎません。

 何をしたところで、その現実は変えられないのです。


 「つまらない。お前たちは、つまらないぞ」


 外なる神は退屈しています。

 退屈に飽きて、もう現実を壊してしまいたくてうずうずしています。


 「ああ、笑うがいいさ。最後に勝つのはこのボクだ」


 月のない夜の教室で、黒髪の少女が呟くのも取るに足らない些末な事でしかないのです。



 次話の投稿は未定となっております。そんな作品が面白い、続きが気になる、応援してると少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!

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