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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第四章:影絵情景
76/154

029 影絵情景


 長かった四章も完結。

 それでは、本編をお楽しみ下さい。



 眩むことのない真っ暗闇を下っていく。


 ジジジ。

 此処に来る度、僕は大切なことを思い出す。


 「────」


 胸が締め付けられる苦しさも。

 声を殺すような悲しさも。

 喉を通らない虚しさの何もかもが広がっていた。


 「──っ!」


 頭が痛い。

 脳内に記憶が書き込まれていくのは、とても疲れる。


 ジジジ。

 父が居た。

 母が居た。

 三人で仲良く手を取り合ったことがある。


 「──あ」


 小さな手を掴む両親。

 しきりに二人は■■()に向かって何かを話し掛けている。


 とても大切で、何処にでも落ちてそうな光景なのに美しいモノに見えた。

 そうだ。それは思い出してはいけない過去で、忘れたくなかった記憶なのだと魂も告げている。


 「────」


 ジジジ。

 父はコック長。

 母は専業主婦。

 決して裕福ではない三人家族だったけど、僕らは確かに笑い合えたんだ。


 ──でも、その幸福は長くは続かなかった。


 「あ、あああ、──っ!」


 思い出す。

 何もかもが順調ではない平凡な家庭が、ちぐはぐな空回りをしていたことを。


 テーブルを囲んで食事をしなくなった。

 親子三人、川の字で寝ることもなくなった。

 僕がイジメを受けているのを見て見ぬ振りする父に母は嫌悪していた。


 「────」


 声は出ない。

 涙は既に枯れており、この胸の虚しさは誰にも癒せない。


 カツン。

 螺旋のように回る記憶──、苦しみしかない人生を見ながら、■■()は先を目指す。


 ジジジ。

 それなりに背丈が伸びた頃、久々に両親とテーブルを囲んで話をした。


 ────「『■■』はどっちと暮らしたい?」


 どっちがそれを言ったかは覚えてない。

 でも、母が泣いていたのは思い出せた。

 父がどんな顔をしていたのかは解らないけど、見た記憶がないのならきっと泣いてはいないのだろう。


 「──っ」


 見ていられない。

 この胸を渦巻く不快感に堪えきれず、僕は目を背けた。


 カツ、ン。

 いつの間にか底へ着いていたようで、もう下に降りることが出来なくなっていた。

 途端に、空虚な感傷が見えなくなる。


 ……どうやら、記憶の復元が終わったみたいだ。


 「ハア、ハア」


 息が荒くなる。

 脳を揺さぶる吐き気を無視し、暗闇の中を進む。


 すると──。


 「──まぶ、しい」


 突然、暗闇が晴れて地下聖堂が僕を歓迎する。

 奥にいつもの鉄の扉が固く閉ざされていた。


 「そこ、か」


 その先に魔女が居るのだろう。

 気配はない。

 けど、今までのことを考えればそこに居るのが妥当だ。


 「『自己投影(タイプ・ヒーロー)』は──必要ないか」


 入ったところで乱戦には違いない。

 なら最初から覚悟して行けば、何の問題もないだろう。


 そう思い魔術破戒(タイプ・ソード)現実化(リアルブート)し、


 「ハァアアアアアア!!!」


 掛け声と共に扉を叩き切って、中へと進む。

 すると──。


 キキキ!

 キキキ!


 「──っつぅううう!!!」


 なんて、ことだ……。

 脳をかき回す嘲笑に襲われ、眩暈がする。


 コントロールルーム中に広がる影絵の住人。

 待っていた彼らは腕を広げ、中へと踏み込む僕を歓迎するみたいに取り囲む。

 それはまるで、迷い込んだアリスを睨む赤の女王率いるトランプ兵のような振る舞いだった。


 「どのようにして来たか存じませんが、それもこれで終わりです」


 カチャリ。

 魔女が二丁の魔銃を構え、せせら笑うよう影たちが逃げ道を塞ぐ。


 「──っ!?」


 直感が告げる。

 あの魔銃に撃たれたら、確実に僕の魂は死ぬのだと理解した。


 ドクン。

 幻影疾風(タイプ・ファントム)を発動させる。


 「さあ、死になさい!!!」


 コンマ一秒の世界に入るが、一足遅かった。

 何故なら既に引き金を下ろされ、その過程を僕は認識してしまった。

 そう、如何にコンマの世界──光速の領域と言えど概念を認識した以上は結果として『魔弾』は現実化(リアルブート)する。


 キキキ、と魔女が嗤う。

 放たれたら最後、その権能(チート)は発動さえすれば必殺の概念を以て敵を仕留める魔道具(アーティファクト)と化す。

 故に魔女は勝利を確信した。


 ……だが、それは過程が証明されているという前提条件があって成り立つことだった。


 カチャ、カチャ!


 「な、なんです!? どうしたと言うのです!?」


 乾いた銃声は響かない。

 それは、銃弾は具現されていないということで、終わりを告げる魔弾は放たれていないということ。


 ──つまり。


 「今ですわ!」


 シェリア会長の声が何処からともなく響き渡る。


 どんな勝負でも一瞬の油断が、一度の怠慢が勝敗を別つ。

 それこそが魔女の持つ権能(チート)の致命的な欠陥だった。


 キキキ!!!


 声高らかに嗤い続ける影絵たち。

 シェリア・ウェザリウスの手から魔銃が消滅していく。


 ──否、


 「な、にぃ──」


 シェリアの身体が二つに分断される。

 それは、()()シェリア会長が全力で抵抗した証であり。

 それこそが、魔女を出し抜く唯一の方法だった。


 『色欲』の権能(チート)をシェリア・ウェサリウスという借り物の肉体で扱うしかない魔女の弱点。

 それは、彼女が一つの肉体に対し二つの魂が支配権を奪い合っているということに他ならない。


 幾度の夢でアクセス権限を奪われても平気な顔をしていられたのもそれが理由。

 種が割れれば簡単なモノで、権能(チート)による攻撃を受ける時に肉体の制御を離すことで微粒子近い回避を可能にしただけの話。

 一つの肉体に複数の魂が入っていた人間にしか出来ない荒業で、それを何の躊躇いもなく実行に移す度量と寸分違わぬ技量が有ったから成しえた奇跡(うらわざ)


 それは『魔女』だからではなく、ルーベンという国の『王族』であったが故のモノで。

 まさに、シェリア・ウェザリウスという人間にしか出来ない技術だった。


 「ぅううう、──っらぁあああ!!!」


 だからこそ、見過ごすという選択は取れない。

 何故なら、この抵抗は一度しか使えない奥の手に他ならないから。


 間合い十数歩。

 この手にあらゆる幻想を殺す魔剣が握られる。


 「──っ!?」


 シェリアが目を見開く。

 だが、遅い。

 赤と青の二重螺旋は放たれ、言葉を紡がせるよりも速く渾身の一閃が赤髪の少女を薙ぐ。


 「そん、な。……そんな馬鹿な!?」


 支配から逃れようとした人たちによる紙一重の攻防。

 それらが一瞬の隙によって終結を語りだす。


 「あり得ない」


 二度目の反旗はないと踏んだ女王は、人の想いを軽んじた。

 故に、駒である少女の想いを汲むことはなかった。


 「──あり得ないわ!」


 だから、そんな僕らの勝利にシェリア・ウェザリウスは慄いたのだ。


 砂塵となる魔女の身体は、生き永らえるという夢に届かない。


 「ふざけるなよ、粗悪品! 一度ならず二度もこのワタシの邪魔をするのか!!!」


 人形は反旗を翻した。

 そんな簡単な現状を認めることさえ、今のシェリア・ウェザリウスには出来ない。


 「何故、今になって抵抗した? 何故? ……何故、何故、何故!?」


 魔女は喉元を搔き、狂ったように取り乱す。

 否、初めから狂っていたから少女は人の想いを軽視したから、そうなった。


 「計画は完璧だった。名城を始末し、古瀬と討伐隊から思考能力を奪い、貴様という粗悪品には何の自由も与えなかった! それなのに何故、愚者であるソイツが此処へ来たのです? あまつさえ、このワタシに魔術破戒の一撃(それ)を与えるなど──!」


 シェリア・ウェザリウスは未だ敗北を受け入れない。

 ……だが、現実はそんな彼女を待ってなんかくれなかった。


 「い、嫌! ワタシは、ワタシはまだ──」


 塵となる魔女は神に懇願する。


 「死にたくない! まだ死にたくないのです! なのに、こんな願いすら叶えられないのですか!?」


 悪の華は散る。

 美しくも儚くも血溜まりを這い、惨めに死に絶えようとする。

 それは皮肉にも、彼女が罵った虫けら(ひと)たちと同じ末路だった。


 「あ、ああ、ぁああああああああああああ!!! ふざけるんじゃなくってよ! ゆ、ゆるさない! 許さない、絶対にオマエら許さない!!!」


 最期まで恨み言を魔女は吐き続ける。


 「ワタ、シ。ワタシは!」


 けれど、そんな罵詈雑言の嵐は終わる。

 儚い夢のように消失する魂が宙に融けていく。


 「ワタシは只、人並みの人生を送れれば良かったのにぃ!!!」


 ──そうして。

   空を掴もうと伸ばした手は届かず消えた。


 「────」


 最期の断末魔は何でもない人間の生存欲求に他ならなかった。

 救いを求めるだけの、よくある人間の死を見ただけ。


 それなのに僕らの心は穴が開いてしまったように、魔女が消えた場所をジッと見つめることしか出来なかった。


 「……ワタクシはあの魔女を生かす為に造られた複製品(クローン)なのですわ」


 そうしていると、いつの間にか隣に来たシェリア会長の口が開いた。


 何でもないことのように話し出す彼女の顔は見えない。


 「シェリア会長」


 辛うじて声が出た。

 けれどその声が届かなかったのか、彼女は淡々と話の続きをした。


 「あの魔女、シェリア・ウェザリウスは余命僅かの身体と自身の複製品(クローン)──所謂、人造人間(ホムンクルス)に魂を転写させることで延命させる計画を立てたのです。ワタクシはその為に造られた複製品(クローン)人造人間(ホムンクルス)でしかありませんでしたわ」


 震える声で、かつて自分が負うはずだった役割を語る。

 何故か、苦し気な彼女を見るのが僕は堪らなく辛かった。


 「会長」


 先ほどよりも大きな声で呼びかける。

 けれど、シェリア会長は喋るのを止めない。


 「ええ、そうです! ワタクシはシェリア・ウェザリウスになる為に生まれた──、アナタと同じ誰かの為の代用品でしかなかったのですわ!」


 空白とならない独白に頭痛(ノイズ)はやって来ない。

 それでも、シェリア・ウェサリウスは痛がった。

 自分が必要とされない人間だと責め立てるしか出来なかった。


 「シェリア会長!」


 そんな彼女を抱きしめる。

 たとえどんなに酷い扱いだったとしても、存在理由だったものを殺めるのが辛いことだと分かっていた。


 だけど、自分を責めないで欲しいと僕は力いっぱい抱きしめた。


 「シェリア会長は、シェリア会長です。生まれた理由がどうであれ、僕と同じ人間の、クラスで学級委員やってるシェリア会長はシェリア会長だけなんです!」


 替えの利く誰かでは務まらない。

 それは、目の前で涙を抑えている彼女にしか出来なかった。


 たとえ、そうあることを義務付けられた人形だったとしても。

 一人の人間として生を紡いだ、シェリア・ウェサリウスは彼女でしかない。


 「だって……、だって!」


 焦点の合わない瞳が助けを求めるように僕を見つめている。


 「良いんです。──良いんですよ!」


 生きることを求め、生きることから逃げている矛盾した存在。

 それが目の前の人間、──シェリア・ウェサリウスという少女の正体。


 「ワタクシは人形でしかありません」


 少女は空に手を伸ばす姿はまるで、星を掴もうと伸ばしているみたいだ。


 「でも、ワタクシは人形でいたくないと思いましたわ」


 けれど、どれだけ頑張ろうとその手には星を掴むことは叶わない。

 人間には出来ない領域で、それは決して叶えられない夢の話だ。


 「カレがワタクシに生きろと言いました。その言葉をワタクシは何よりも大切にしたかったですわ」


 淡々と語られる言葉。

 何処までも本当で、何もかも嘘の想い。

 しかし、その独白は意味のないものだけど、無意味なことではなかった。


 ──なんて矛盾。


 でも、人は時にその矛盾を抱えなければならない生物だった。

 これは、それだけの話。


 「────」


 不器用な、不格好な、ぎこちない笑顔が向けられる。


 「──っ」


 その笑顔に中てられた。

 ずっと下ばかり見てきた僕らには、その笑顔は太陽のような眩しさがあった。


 「……そうだね」


 人形でしかなかった君と人形ではいたくない僕の、そんな強いられた二人の視線が交じり合う。

 不器用で、ぎこちない、けれどいつか壊れてしまう絆。

 だけど、それは僕らが魔女と打ち勝って得た、確かな時間(幸福)だった。


 儚げに少女は笑い続け、唐突に吹いた風にオレンジの髪がさらわれる。


 嗚呼、そうだ。

 これが、これこそが、生き続けたいと願った少女の夢を薪に僕らが明日を勝ち取った意味なんだ。


 「シェリアさん」


 ぎこちない笑みは止まらない。

 ゼンマイ仕掛けの少女に手を伸ばす。


 「行こう。僕らは何があっても前へ進まなきゃいけないんだ」


 犠牲にしたモノを背負って、現実へ帰ろう。

 累とリテイク先輩、瑞希と魔女が果たせなかった日常をなりふり構わず生きるのだ。

 そうしなければいけない。

 そうでなくては、振り払った願いへの償いにならない。


 僕らは人間だ。

 人間でたくさんだ。


 「そう、ですわね」


 手と手が繋がれる。


 カチリ。

 何かの欠片が填まっていく。

 夢の終わりは、もう近いのかもしれない。


 「────」


 そこで、僕の意識は再び閉ざすのだった。


 ◇


 断末魔が響く。

 いつも通りの展開に飽きが来ると嘆く影。


 今、この瞬間に盲目な愚者は力を手に入れた。


 ドクン。

 幾つもの伏線に散りばめられた意志が鼓動する。


 「ふん。所詮は年端も行かぬ少女であったか」


 月明かりに影が差す中、漆黒の修道服が風に揺らし、白髪の男は忌々しげに少女の最期を見届けた。

 男がその終わりを遠ざけようとしたのは、きっと彼が焚きつけたからかもしれない。


 「くだらん。実につまらない幕締めだ。やはり、こんな姿をしているから都合が悪くなる」


 神父は次なる世界に目を向けた。

 彼が闇夜に暗躍するのは、このつまらない世界を運営する為に他ならない。


 「しかし。これは酷だぞ、大罪の王よ」


 醜悪な貌で神父は原初の愚者に言葉を贈るのであった。



 これにて四章完結となります。次回、五章の投稿は今月末もしくは来月の上旬を予定しております。


 さて、この作品が面白い、続きが気になる、応援してると思ったらと少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!


 批評、アンチ何でも励みになりますのでよろしくお願いします!


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