020 奇跡を願うより大切なこと
────「失くしたモノが在るんだ」
崩れ落ちる世界で、黒髪だった彼が言いました。
────「僕はそれを取り戻したい。いや、取り戻さなきゃ、いけないんだ」
誰も見向きもしないのに。
誰も期待なんてしてないのに。
それでも、彼は手を伸ばすことを諦めなかった。
────「うん。解ってる。だから、いい加減に過去にしがみ付くのは止めろって言いたいんでしょ」
これは、失われた過去の断片だ。
そんなモノを未だ手放さず持ってるなんて、つくづく私は罪深い幻想だと思う。
ジジジ。
そんな私に目もくれず、モニター越しの彼を魔女は嗤う。
「■■さん」
名前は消えてしまう。
この世界で彼の存在は証明出来ない。
それほどに■■のデータは消失してしまっている。
「それでも、私は貴方に見せてあげたいんです」
貴方の残した微かな願いを。
この世界の先にある本物の空を見せたいのです。
◇
机とか椅子とかもない、何もない空間。
二胡に放り込まれたのか、そこに僕はやって来た。
「ヤバい。何がヤバいかって考えも出来ないぐらいヤバい!」
真弓さんとシェリア会長と分断された。
それはつまり、このままだと魔女の思う通りに事が進むということだ。
「……あ、そうだ! 魔術破戒ならこの空間から出られるんじゃないか!」
そんなことがあったな、と思い出す。
「そうと決まれば──」
魔術破戒を現実化するに限る。
いつも通りこの訳の解らない空間を勢い任せで斬ってやろうと魔剣をイメージする。
「……あ、あれ?」
──しかし幾ら念じようとも、一向に魔術破戒は現実化されない。
「おかしい。……えぇい! それならもう一度!」
再び魔術破戒を現実化しようにも、あの光輝く剣がこの手に握られることはなかった。
「まさかと思うけど、此処だと魔術破戒は現実化出来ないのか?」
何もない空間に呟く。
けれど、それに対し返事が来ることは無かった。
「……なんで? なんでだよ、畜生!」
僕の権能。
僕だけが使える最強のチート。
それが、現実化出来ない。
忘れてるとかそういうのではなく、僕の意志に反して扱えない。
「ふざけんな! こんなところで、こんなところで立ち止まったら駄目なんだよ!」
何度も。
何度も試す。
この手に握るのは、最強のチート。
この手にイメージするのは、最凶の剣。
「──っぐぅ、ぅううう」
しかし、何も出ない。
この手にあらゆる魔術を破戒する剣は握られない。
「此処で立ち止まったら! 此処で進め無くなったら!」
忘れてしまう。
全て無かったことにされてしまう。
■葉さんや■花が託した意志も。
■■■■先輩と■が必死で託したことも。
奇跡を願うしかなかった天音たちの断末魔さえも否定される。
そんなのが許されるのか?
そんなの身勝手が罷り通ると言うのか?
……冗談じゃない!
「嫌だ。そんなのは嫌だ、……あんまりだ。あんまりじゃないか! それって、奇跡を願うより大切なことだろ!」
空を切る手は、何も掴まない。
無音の世界で、僕は独りうな垂れる。
どうしようもない結末に地団太を踏もうが誰もそれを咎めない。
「違う。違う、違う違う違う! 僕らは間違いでも間違いじゃなかった!」
壁を越える為に。
いつか見た誰かと肩を並べる為に。
願いを薪にして、世界を紡いだのは無駄じゃなかったって胸を張り続けたいのに……。
そうすることが贖いだ。
そうすることで僕は自分が犯してきたであろう罪を背負えるんだ。
「だから、お願いだ。お願いします! 僕に。僕にもう一度──」
何度も掴んだ最強の剣をイメージする。
けれど、それは訪れない。
「う、うぅうううううううう!!!」
うな垂れる。
どうしようもない虚しさが胸を締め付けた。
◇
モノクロの視界。
継ぎ接ぎのテキスト。
在りもしない妄想が世界を形成する。
「クスクス。クスクス」
大きなモニターを前に燈色の髪の少女が嗤う。
「あーあ、面白いわ! 思わず腹が捩じり切れそうなぐらい笑っちゃったわ」
独りでに、誰に語るでもなく呟く少女は画面の中の男を見て言うのです。
「全く、こんなことならもう少し早くアナタの手を借りるのでしたわ。ええ、そうすればあの古瀬瑞希などというガキを起用しませんでしたよ」
後ろを振り向く少女。
その金色の瞳に歪な影を映します。
「どうかしら、これからもワタシと手を組む気はない?」
手を差し伸べる少女。
だが、その手を影は取ることはなかった。
「────」
「そう、残念ね。……まあ、良いわ。それもアナタの自由です。例えそれが泥船と分かっていても夢に溺れたいと願うのは、醜い人間の性というものでしょう」
カタカタカタ。
キーボードに文字を打つ音が世界に響き渡る。
「しかし、あんなのが欲しいだなんてアナタも変わっているのね」
そう言って、少女は再びモニターに視線を戻した。
「ああ、キミには解らないだろうね」
ポツリと影はそんな言葉を漏らすのであった。
◇
諦めた訳じゃない。
諦めた訳じゃないけど、気づいたら僕はその場でゴロンと寝転がっていた。
目には何も見えない。
砂嵐とか、暗闇とかそういう表現できるものじゃない。
真っ白な空間と呼称するにしても、見えるモノが白と表記出来ないと脳が錯覚している。
おかしくなりそうだった。
いや、もう既におかしくなっているのかもしれない。
「────」
何も出来ない。
所詮、僕には何の能力もないのだ。
偶然、権能の力を授かっただけで元から僕は簡単に諦める人間だったんだ。
「────」
ああ、そうだ。
このまま諦めちゃえ。
何度もそうしてきたんだから、そうしたところできっと誰も責めない。
「────」
それにしても、何だよ。
奇跡を願うより大切なことって。
馬鹿馬鹿しい。
そんな理由で立ち上がるなんて、本当に馬鹿馬鹿しい話だ。
────「私、勇貴さんが思ってるよりいい人間じゃないです。誰からも愛される事もなく憎まれる。勇貴さんはそんな嫌われ者の私にとって、希望なんです」
どうしてだろう。
────「貴方が先を進めるように。貴方がそれを笑えるように。他の誰でもない貴方の未来を夢見た誰かが私に託した希望なの」
なんで。
────「奴だ。世界を終わらせる鍵を握る奴が待ってる。鍵はお前がよく知ってるモノだ」
思い出すんだ?
────「畜生! 畜生! オレがオレでどうしようもないって知ってるのに! なんで、そんなに必死になれんだよ!? どうしてそんなに脳をかき回されて冷静にオレを受け入れんだよ!? これじゃあ、どっちが本物なのか解んねぇえじゃないか!」
「────」
立ち上がる。
────「──どう、して? どうして今になって立ち上がるの!? もう良いって言ったじゃないか! それなのに、どうして立ち上がるんだよぉお!!!」
拳を強く握る。
────「それでも。それでも、僕は知りたい。誰の救いだとか関係なく、何もせず後悔はしたくないから」
壁がある。
きっと此処には見えないだけで、僕を隔離する壁があると思い込む。
「諦める訳には、いかないよね」
壁をイメージしろ。
余計なことは考えるな。
────「ユーキ!」
幻の壁に向かって、ぶん殴る。
「────」
空を切る拳。
だが、気にせず第二打をぶつける。
何も掴めず、拳は空を切るばかりだったけど、必死で殴り続ける。
────「忘れ物だよ!」
ズシャア!
勢いが強かったのか、体勢が崩れ倒れる。
「──っづぅ、あ!」
────「だから! 早く行って殴り飛ばして来い!」
それでも、立ち上がって幻想の壁に殴りつけた。
パリン!
硝子の砕ける音が響き渡る。
「憤怒を司る『ダーレスの黒箱』のプロテクトが解除申請を確認。『同調』の浸食の使用許諾を了承しました。これより、自己投影の現実化を開始します」
はっきりと機械的な■■のガイダンスが僕の脳内を駆け回る。
「──っだ、らぁあああ!!!」
頭が割れるような痛みが襲う。
見えているものが。
感じているものが。
ありとあらゆる現実が塗り替えられていく。
モノクロになる視界。
色鮮やかにテキストが追加され、見ている景色に存在が与えられる。
誰も居ない空間が消失し、物が散乱した馴染みのある部屋へと僕の意識は戻った。
「ゆ、勇貴さん!」
展開していた魔法陣を解き、僕が居たであろう場所へ駆けつける真弓さん。
「さーて、これで一対二になった。まだ分が悪いと言えば分が悪いけど、別に構うことは無いっしょ」
ブン、と大剣を振って二胡が自慢げに言う。
「よくもやりやがりましたわね!」
シェリア会長の二丁拳銃が二胡へと弾丸を放つ。
「そんな弱い攻撃、私に届く訳ないでしょ!」
瞬時に二胡はその攻撃を大剣で弾き、シェリア会長の懐に間合いを詰める。
「──っな!?」
「貰ったよ!!!」
踏み込んだ二胡が一閃する。
「きゃあああああああ!!!」
鮮血が舞い、シェリア会長がその場に崩れ落ちてしまう。
「これで、終わりぃい!」
シェリア会長に止めを刺そうと二胡が大剣を振り落とす。
消失した僕。
現実化する僕。
二つの存在が合わさって、世界に融合を果たす。
「終わりぃ──」
ドクン。
小刻みに動く世界を体感しながら、僕はシェリア会長の元へ駆けた。
「──じゃないんだよぉお!!!」
ガキン!
容赦なく振り落とされる大剣を弾き、火花が散る。
「──っな、なにぃい!?」
二胡が驚く。
否、誰も彼もがその姿に目を見張る。
「邪魔者は消したと思った? ……残念だったね。僕、諦めが悪くなったみたいでさ。この通り、舞い戻って来たよ」
対峙する二胡へ向かってそう言うと、青と赤で装飾された無機質な剣を構えたのだった。
力尽きた。尽きてしまいました。
続きが書けない。後、二、三話ほどで四章を終わらせる予定なのに……。
何とか書いて、明日投稿したいです!
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