005 異変
食堂にたどり着き、出入り口に備え付けられたメニュー表を見る。
実は夜の時間帯には日替わり定食というメニューが食堂にある。
日替わりでメニューが変えられ、奥が深く味もある水曜を除くと美味い。
昨日は色々な種類のから揚げが載せられるという、味のあるもので。
鳥は勿論、ありとあらゆる種類のから揚げとキャベツの千切りがドカッと大皿に盛られ、具沢山な豚汁と山盛りのごはんがマッチして美味しかった。
「名城さんは、何食べるの?」
券売機に財布から諭吉を一枚飲み込ませると、後ろにいる名城さんに何食べるのか聞いてみた。
いつも朝食にワンホールのケーキを食べている彼女のことだ、きっと晩飯も洋風のコース料理に違いない。
そんなことを考えてたから、券売機には目を逸らしていた。
ピロリロリン!
券売機から軽快な電子音が奏でた。
「勇貴さんが昨日食べていたのと同じものを食べてみようと思いまして」
いつの間にか隣に来ていた彼女は、そう言ってウィンクする。
「……エヘとかそんな笑みを浮かべていたら、君は可愛いんだろうね」
ドヤ顔の名城さんを見て素直な感想を言ってあげた。
券売機にすき焼き定食のボタンを押し、注文する。
「ご馳走さまです!」
彼女はメニュー表を見ていなかったのだろう。
今日は水曜日。
日替わり定食のメニューで最もハズレが多い曜日だ。
さっき確認したら、日替わりの内容が『地獄の闇鍋定食』と書かれていた。
何故、水曜日にこんな地雷メニューにするのかは分からない。
その後のことは、まあ察して欲しい。
彼女の悲痛の叫びが食堂中に響き渡ったのだった。
「な、何ですかぁあ、これは!?」
ザマァ無いなと思ったりはしてないよ、僕。
「何笑ってるんですかー!」
パシーン!
平手打ちを貰ったのは、理不尽だと思う。
◇
カチ、カチ。
深夜零時、綺麗な月明かりが校舎の廊下に差す。
カツカツ、と暗い廊下に足音が響き渡る。
昼間の明るさが嘘のように、夜の校舎は物言わぬ不気味さが漂っていた。
「うーむ。何処も異常はないのぉ」
ライトを片手に巡回する男性教師は目を細めてはそんなことをボヤいた。
何も不自然なことはないし、異常など見えない。
生徒たちが時折噂している影の化け物なんて居る訳がないと思うが、それでも学園側としては警戒をするに値する事案であった。
「──む?」
二階にある教室に差し掛かった所で何かの気配を感じた。
教師は懐から杖のようなものを取り出す。
その杖の先端には虹色に光る鉱石が取り付けられており、如何にも魔法使いがするようなマジックアイテムらしさを醸し出していた。
一歩、また一歩と教室の中に居る気配へと近づいていく。
ドクン、ドクン。
男性教師の心臓の鼓動が鳴る。
息を呑んで少しずつ、気配の方向へと間合いを詰めていった。
気配は濃くなるばかりで弱まることを知らない。
そうして、一秒を待たずして自身の気配を殺して到着する。
「動くな!」
大声と共に教室の中へと侵入する男性教師。
不意打ちとばかりに杖を軸に術式を展開した。
まさに早業。
賞賛されるに値する、歴戦のものだった。
──が。
教室の中に居たとされる気配は何処にもなく。
「キキキ! キッシャアアア!!!」
自身の背後にそれが回り込んでいなかったらの話だが。
「──っな!?」
体勢を直そうとも、大きな影が手を伸ばす方が速く。
猿の鳴き声のような咆哮をし、男性教師の喉元を抉る方が確実だった。
「──キキキキッ!」
男性教師の姿が暗闇に呑まれ、消えていく。
いつの間にか雲が覆い被さって月明かりが遮られ、今日も影の猿は元気に跳ね回る。
愉快そうに次なる獲物を求め、鳴くのであった──。
◇
リテイク先輩から黒い箱を貰った翌日。
知り合いに聞いたり色々調べたが、未だに黒い箱が何なのか見当もつかないでいた。
それと同時に休み時間の教室は、幾つもの噂話が飛び交っていた。
夜の校舎に巨大な蜘蛛の群れが夜な夜な徘徊して人を襲う噂。
午前零時丁度、寮館ロビーの大鏡に女学生の幽霊が見える噂。
そして最も騒がれているのが、夜の校舎に影絵の猿に出会うと行方が知れなくなるという噂だ。
その内二つの噂がヤベェと思う。
どうして影絵の猿なんて言い回しなのかは解らないが、此処最近学園で行方不明者が後を絶たないのも事実。
同時に尾ひれがついて、それらは魔導魔術王だったあのお方が蘇って起こしたと言われる始末だ。
というか、魔導魔術王って誰よ?
「ユーキ、何やら黒い箱ってのをリテイク先輩から貰ったんでしょう? それ、メッチャ気になるから見せてよ!」
何処からか黒い箱の噂を嗅ぎ付けたのか、僕の周りをクラスメイトの一人がぴょんぴょんと跳ね回る。
茶目っ気が目立つ、愛玩動物を思わせる翠の瞳をウルウルとさせる男子生徒だ。
癖のある茶毛を三つ編みに、思わず女子と勘違いしそうになる美貌を持ち合わせた青年に自分の悩みがバカらしくなってしまう。
同時に一緒にいると気分が晴れるのだから、不思議だ。
そんな癒し系マスコットが黒い箱を見たいと言い出した。
「いや見せるのは良いけど、ちょっと待っててね、累」
累。
フルネームは、如月累。
主に腰に携えた剣を使って魔術を行使する、魔法剣士みたいな魔術師。
以前、本人にそれって魔術師じゃなく魔法剣士とかそういうのじゃないのと聞いたことがある。
その時は違うと否定されたが、僕には理解出来ないだけで明確な一線が累にはあるらしかった。
まあ、彼が魔術を行使する姿を一度も見ちゃいないから何とも言えないんだけどね。
「あー、ルイ? 黒い箱も気になるだろうがよ、一先ずこっちの話に集中しろ。頼むから。な? ……良し、言うぞ。今日からお前も巡回参加な? ──って、おい! 聞こえない振りしてんじゃねぇよ! 吹けもしない口笛吹こうとすんな! 耳塞いでんじゃねぇえ!!!」
赤毛の青年が累を宥めようとするも、遂に怒りを抑えきれず肩を掴みかかる。
「ボク、それ参加したくないなぁー。だってその巡回にはシェリアちゃんもいるんでしょう? ならボクなんか会った早々、絶対説教されるに決まってるよー」
激しく肩を揺らされながらも、累は嫌そうに顔をしかめる。
「そ、れ、は、お前さんが問題行動ばっか起こすからだろうが!」
自業自得だと言い、更に累をシェイクする青年。
「うぅう! でもでもー! それ抜きにしてもさー、やっぱり苦手なんだよねー。……というか、ギブ。ギブだって、カトリ! そろそろ気持ち悪くなってきたから! 止めてよねー!」
ばつの悪そうな顔をしながら、カトリと呼ばれた青年は累の肩から手を離す。
「うへぇ! 酷い目に遭ったよ」
よよよ、と累は泣き真似をしだした。
火鳥。
火の鳥と書いて火鳥で、フルネームは火鳥真一。
それが、このざっくりと切った赤髪の青年の名前である。
彼はある意味死んでも死なないとクラスメイトたちから言われてるんだけど、その理由が自分の体を炎にして物理的な攻撃を回避する離れ業を持っているからだそうだ。
まあ、確かにそんなこと出来るんだったら無敵じゃないかと思う。
「あー。有った。これだ、これ! どう、何か見覚え有ったりする?」
そんな彼らを遠巻きにあの黒い箱を出す。
うわっ! 何か黒い箱から禍々しいオーラが滲み出てるし!?
「あー。少なくともオレにはねーな」
「ボクもないよー」
二人はそう言って、黒い箱を見せる僕から離れていく。
──すると。
「そこ! 学園の一大事かもしれないのに何してらっしゃいますの!?」
背後から突然、ズカズカと女の子が大声を上げながら近付いてきた。
「うげ! シェリアちゃん!?」
累がシェーの人みたいなポーズする。
僕もいきなりで驚いたが、流石に累みたいな反応は出来なかった。
「あん? 別に休み時間にオレらが何しようが自由だろ。
──まさか、心優しき生徒会長様は、シスカみたいに騎士道がどうだとか自分のルールを押し付けるなんて真似はしねぇよなぁ?」
隣の空席に腰を下ろし、向かってくるオレンジの髪の女の子に火鳥は皮肉げに言う。
「ムムム。確かにその通りですわね。しかし、アナタ方もこの非常事態によく仲良く談笑しておいてますわね?」
ムキーと喚き散らし、最終的に唇を噛みながらキィッと金色の瞳を女の子は睨み付ける。
清く正しく生徒の模範となろうとする姿は何処か生き急ぐように感じられ、そんな少女を見ていると痛ましく見えて声が掛けれなかった。
カツカツと規則正しい足音を立て、堂々と胸を張る少女の名前を僕は知っていた。
寧ろこの学園で彼女の名前を知らない人は居ない。
それぐらい彼女の武勇伝は多くの人たちに知られている。
学園で関わってはならない七人の内の一人。
生徒会長。
魔弾使いの魔女こと、シェリア。シェリア・ウェサリウスがこちらを不満げに一瞥した。
「七瀬勇貴、どうやら記憶をお持ちじゃないアナタには状況が掴めないのでしょうが、昨夜巡回をした先生の一人が戻られて居られないのですわ。これがどれほど深刻な問題かお分かりできませんの? ……まあアナタには、そうお聞きになられても何とも思わないのでしょうが」
火鳥に口では勝てないと思ったのか、仕返しと言わんばかりにシェリア会長のマシンガントークが僕に炸裂する。
あまりの大声に僕の耳が痛くなるほどだった。
「おいおい、八つ当たりはよくないぜ、生徒会長様。こいつにそんなことを言ったところでアンタが求める答えは返ってこねーし、──第一非常事態だとか言われても、オレたちに何が出来るって話でもねーだろ。そりゃあ、脳天気すぎてるなんて当たり前の話じゃねーか。つーか、一介の生徒がどうにか出来るって案件じゃねーだろ、これ」
火鳥の言葉に同調するように累が相づちを打つ。
「そ、そんなことは解ってますわ。だからといって何も警戒しないことには始まりませんのよ!」
近くの机をバン、と叩くシェリア会長。
その姿に余裕はなく、焦っているのは誰の目から見ても明白だった。
「何をそんなに焦ってるかどうかわかんないけどさ。それにしても今回の事件でボクらが出来ることって言ったら、噂の化け物に遭遇しても尻尾巻いて逃げるぐらいしか出来ないよ」
累が珍しく真面目な意見を言う。
普段からこういう真面目なこと言ってくれたら僕と火鳥も肩の荷が下りるんだけどね。
「と、とにかく! 生徒会から各生徒に夜間の巡回を任命致しますわ! 良いですこと? これは、決定事項ですのよ!」
だから僕ら生徒より各上の教師陣が手を駒根く問題だというのに無謀すぎるよ。
「そうだな。確かに無謀としか言いようがない。けど良いのか、ウェサリウス? 幾らなんでもこれは想定外なんだろ。今回の件は、流石にあっちも馬鹿じゃないんだから、アタシもコイツらに賛成だ。……まあ、アタシにはどうでも良いことだけどよ」
今まで沈黙を取ってた天音が口を出してきた。
「ええ。それに関しては心配ご無用ですわ。策は打っておりますのよ」
それらに対しシェリア会長はそう言って、微笑むのだった。
キーン、コーン。カーン、コーン。
授業が始まる。
ふくよかな女教師がやって来る。
あれだけ騒いでた生徒たちも席に戻っては、シェリア会長が号令に従う。
女教師は、講義を熱弁する。
すると突然、僕の意識が堕ちていくのだった。
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