012 頬伝う
前回のあらすじ
● 主人公、先輩を殺す。
それでは、本編をお楽しみ下さい。
月のない夜。
血で浸水した半壊の教室の床を踏みしめ、僕は歩く。
「何で、だ」
どうして、僕は先輩との記憶を忘れてしまったのか。
真弓さんの名前を忘れるだけで飽きたらず、リテイク先輩まで殺したのか自分でも分からない。
「どうして?」
目指す先も解らず、夜の校舎を歩く。
いつだって、そうだ。
僕は、余計なことをしてしまう。
分かってた筈だった。
でも、解ってなかったから僕が先輩を殺したんだ。
「嫌だ。もう、沢山だ」
何も考えたくなかった。
このまま眠ってしまいたくなった。
さっきまでと同じように、都合の良いことだけ忘れてしまえば良かったのに。
これは夢だ。
質の悪い夢に過ぎないのなら、早く目を覚まさきゃいけない。
「教えて、よ。教えてくれよ」
なのに、未だ僕は目を覚まさない。
暗闇に一人佇むだけで、何も変わってなかった。
「誰でも良いから──!」
声が大きくなる。
自分が自分でいられない。
そもそも自分という存在が解らない。
七瀬勇貴。
それが、僕の名前だ。
七瀬勇貴。
それは、本当に僕の名前なんだろうか。
自分が何者なのかが疑わしい。
自分の記憶に自信が持てない。
何だよ、畜生。
一体、僕が何したって言うんだよ。
キキキ。
ピシャリ、と水を弾く音が聞こえた。
先の見えない暗闇を進んでる。
キキキ。
キキキ。
そんな時、何かに躓いて転んだ。
錆び臭い血をバシャンと浴びて、全身を濡らしてしまう。
「──い、たぁ」
自分の鈍くささに苛立つものの、何に躓いたのかを確認する。
「──え?」
ジジジ。
それを見た時、頭の中が真っ白になったと言っても良い。
呆然とその赤黒いモノを見つめる。
ぐちゃり。
嫌な音がした。
嫌な音がした。
嫌な音がしたけど、それが何なのか理解出来なかった。
びちゃり。
びちゃり。
潰れた頭部。
捻れた四肢。
倫理感を腐らせるそれが、誰なのか見覚えがあった。
「──ま、ゆみさん?」
面影が微塵も残されてない惨殺死体。
グチャグチャに潰れたそれを見て、何故か真弓さんだと断定する。
「なん、で?」
彼女と思える根拠なんか見当たらない。
しかし、頭の中ではそれが彼女なのだと決めつけてる。
「……う、うぅう」
吐き気がする。
死体を見てそんな可笑しなことを考えるなんて、どうかしてる。
びちゃびちゃびちゃ。
何かが弾ける。
吐瀉物のそれが何色をしてるか、考える余裕はなかった。
「──いや……」
無言でそれを見つめた。
数秒そうしてるだけで、それがただの肉の塊だと判断する。
「やっぱり違う。違う、じゃ、ないか」
何で思ったか。
どうしてそんな間違いを認識していたのか。
忘れる訳がないことを忘れるのもそうだけど、僕は普通じゃない。
何かが可笑しい。
何もかもがあべこべだ。
カチカチカチ。
まるで、僕の見ているモノを誰かにそう信じ込まされてるみたいだ。
「そうだよ。そうじゃないか」
ただの肉の塊。
無数に散らばる死体をどうしてか真弓さんと認識してる。
否、真弓さんなのだと信じ込まされている。
ずっと可笑しいと思ってた。
ずっと何かが違うと思ってた。
キキキ。
「──ゴクン」
おびただしい血で浸水した校舎、──現実離れした中心に僕は息を呑む。
「そういえば──」
そこで、可笑しなことに気が付いた。
「キキキって、何?」
背筋が凍るとはこのことだ。
キキキなんて声を僕は出してない。
だとしたら、この声は一体──。
「誰だって良いでしょう。考えても仕方のないことです。邪魔者が一人消えた。その事実だけが解れば良いんです」
何処かで聴いたことのある声が聞こえた。
「──え?」
周囲を見渡す。
暗い校舎があるだけで、誰の姿も見えない。
「そうです。考えても、考えても無駄なんです。……というか、貴方の頑張りは目障りなんです、私」
少女の声は止まらない。
キキキと誰かが嗤う声も続いた。
「誰? 誰なの!? いや、もう誰でも良いから教えてくれ! 僕が何者なのか教えてくれ! 何だって良いんだ! 頼むよぉ……ねえ、そこにいるんだろう!?」
幾ら叫ぼうと答えは返ってこない。
少女の声が一方的にするだけで何も変わってくれない。
「後は貴女だけです。貴女さえ始末してしまえば今度こそ、そいつをお兄ちゃんに出来るんです」
塵となる少女の影。
死者との再会を夢見た彼女を思い返す。
「──っつぅ。あ、たまが。頭がイタい」
幾つもの記憶が混濁し、頭の中をかき回す。
目障りなことこの上ないのに、それは容赦なく僕を苦しませた。
────「大丈夫。貴方ならまたたどり着けます。だって貴方は、私の希望。私のヒーローなんですから」
真弓さんの言葉が頭を過ぎる。
「ぐぅ、う。……うぁ、ぁあ!」
崩れるように僕は倒れる。
そうして、目の前が真っ暗闇へと堕ちていき──、
そこで意識が途絶えた。
◇
■を見た。
酷い■だった。
先輩を殺す■を見たんだ。
ズブリと突き刺す感触が拭えない。
いや、突き刺したんじゃなくて、真っ二つに斬ったんだ。
キキキ。
まあ、どちらだって同じことだ。
ザー、ザー。
ザー、ザー。
フィルムが巻き撮られる。
その間、砂嵐が画面を支配した。
ノイズがする。
ノイズがする。
ノイズが止まらない。
頭が痛くて、胸が苦しかった。
汗が止まらず、心臓がバクバクとうるさかった。
僕は見たくもない現実から逃げたのに。
楽になりたくて死んだってのに、酷いものだ。
キキキ。
神様なんていない。
神様なんていない。
もし神様がいても、そいつはとんだ糞野郎だ。
考えても、考えても■は終わらない。
死んだ。
死んだ。
また殺した。
誰も彼も殺し尽くしても、その悪■から覚めることはない。
「────」
積み上げられた死体の山──その頂に佇み、僕は見下ろした。
「酷い話じゃないか」
四面楚歌の状況。
血みどろな世界。
ツギハギの記憶と二重螺旋の複線に男は酔いしれる。
「そうだとも、これは酷い話だ。人形に自我を残すなど、あの女狐共は正気の沙汰じゃない」
あべこべな言葉が僕の口から吐き出され、キキキと嘘つきの男は嗤う。
「嘘ではない、事実だとも。──まあ、嘘であったとしても結果は何も変わらなかっただろうし、どれだけ心を強くしようが凡人の域は越えられまい」
僕の意志に反し、誰かが喋るのは自分の身体じゃないみたいで気持ちが悪かった。
これじゃあ、操り人形だ。
でもこれは■だ。
僕が僕じゃないとしても、それは気にすることじゃない。
「そうだとも、気にする必要はない。何れ、その考えも失われる。だから、安心して眠るが良い」
どのみち、考えるの嫌になったんだ。
それならば、男の言うとおりにしていれば良い。
楽になるのなら、そうするべきじゃないか。
ズブズブ。
ズブズブ。
微睡みが抜ける。
悪■が終わり、意識が闇に呑まれる。
そうして、僕の自我は消えようとして──。
「駄目です! そんなのは駄目です、■■さん!!!」
──それを少女の悲痛な叫びが止めた。
前を見る。
すると、暗闇に光が灯った。
ザー、ザー。
ザー、ザー。
ノイズの嵐が邪魔をする。
でもその先に見覚えのある少女が立ってる。
「────」
綺麗だと思った。
少女の姿が眩しくて、目に涙が溢れた。
「ま、ゆみ、さん?」
腰まで届く髪が風に浚われる。
栗色のそれが光を浴び、美しいものを見たと高揚感を与えた。
ドクン。
妖精のような翠眼が見つめると、嫌なことの何もかもが消し飛んでいく。
「あ、あああ、」
■■さんの姿に嗚咽が止まらなかった。
「立って下さい、■■さん。貴方はこんなところで終われない。いや、終わってはいけないんです」
早くと■■さんが手を伸ばす。
「ああ、あああ!」
ズキリ、と割れるような頭痛がやって来る。
何度も悩まされてきた痛みは■■さんが見つめるだけで、力が漲って全身に力を込めれた。
「そうです。何度繰り返そうが、貴方は立ち上がる。そうでなくては生きられない。■■さんが知らなくても、それを私は覚えてます。大丈夫。貴方なら出来る。──だって、こんなにも貴方は強くて優しいんですから!」
弱い僕が地べたを這いずるのは、見苦しいのかもしれない。
────「だって僕は、最高のヒーローなんだろ? そんなヒーローが現実の一つ変えられなくてどうするんだよ!」
けど僕は『■■』にヒーローだって言った。
ならば、どんなに無様でも最期まで戦わなきゃいけない。
そうでなくては、こんな自分を信じた『■■』を裏切ることになる。
「──っ!」
差し伸べられた手を掴む。
その手の温もりは、どんなモノよりも優しく心地よかった。
「ハア、ハア」
闇を掻き消す少女の名前は思い出せない。
だが、掴んだこの手が僕を立ち上がらせてくれたことは忘れない。
「えへへ」
少女が微笑むと、その姿は幻のように消えてしまった。
「──あ」
先ほどの出来事が何なのかは分からない。
けれど、どんなに辛くとも前を向いて行こうと思えた。
「行こう」
拳を強く握り、半壊した教室を後にするのだ。
本日、31歳の誕生日を迎えました。その記念に本編を投稿することにしました。本編の書き直しはメンタル激落ちで進まないです。ごめんなさい。
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