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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第一章:欠ける記憶、日常再生
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004 黒い箱?


 リテイク先輩に促されるまま歩いていると、学園を囲む森林へと入ってしまう。


 「あ、あの! ちょっと待って下さい、リテイク先輩!」


 そのまま何も言わず森の中に僕を引き連れてくものだから、()えられなくなって先輩を止めた。


 「んー? 何かな、七瀬君?」


 こっちの心情を知ってか知らずか、ニコニコとリテイク先輩は笑みを浮かべてる。


 「飯貰っといて言うのもなんですけど、そろそろ話して下さい。此処まで連れて来るってことは誰かに聞かれたくないってのは分かるんです。けど、それにしたって流石にこれ以上進むのは次の授業もありますし、何より意味が解りません」


 虫の鳴き声すらない静けさ。

 見渡す限り緑で埋め尽くされた森林に二人きり。


 普通だったら、告白イベントの一つと考えるんだろうけど、如何せんこれは現実だ。

 尚且つ、一緒にいる人物は学園上の危険人物『吸血鬼』の少女、リテイク・ラヴィブロンツその人である。


 もし、この状況で危機感を抱かなかったら、そいつはとんでもない命知らずだ。勇者かよ。


 「もう七瀬君はせっかちだなー」


 そんなんじゃモテないよーと、おどけながらリテイク先輩は懐から何かを取り出してきた。


 「これ、飛鳥(あすか)ちゃんから渡しておいてって頼まれたの」


 それは、手のひらに収まるほどの大きさの黒い四方形の箱だった。


 「……何です、この箱? いや、そもそも飛鳥ちゃんって誰です?」


 飛鳥と呼ばれる名前に心当たりはなく、また箱を開けようにも蓋は固く閉ざされびくともしない。所々に罅が入っているのにどうしてこんな頑丈なのやら。


 「さあ? 仮にそれが何か解ったとしても、貴方には解りっこないでしょうね」


 そんな僕の疑問に吸血姫は興味なさげにそう返すだけだった。


 「……ええぇ、何すかそれ」


 遠い目をする先輩にそう言うしか出来なかった。


 ◇


 昼休みの一件から数時間後。

 時計の針は夕刻を差しており、虫の鳴き声が大合唱に入る間際。


 「──っ」


 ふと、何処にでもいる、当たり前の夢を見た少女の話を思い出す。

 確かその話の幕締めは、呆気ないものだった気がするが、どうしてこのタイミングで頭の中に過ったのかは分からない。


 ……あれ? 僕、また、変なことでも考えたりしたのかな? 時たま自分でも何考えてるのか分からなくて正直不安だ。

 まるで世界から除け者にされてるような、そんな強い疎外感を感じるんだ。


 ────「大丈夫ですよ」


 ごく自然に頭に過る声。

 堂々としていて、いつも自分の頭を撫でてくれていた気がする。

 そんな印象の強い少女の声。

 つまらない劇中歌を聴いていたように、何か大切なものを無くしてしまったような虚無感が僕を襲う。

 記憶喪失。

 丁度、一ヶ月前に目を覚ましてからの記憶がないのだ。

 どうして、記憶を失くすことになったのか。

 何処で生まれ、誰と過ごし、何を思って生きていたかすらも解らない。

 時折、自分が死に掛けた人間が見る夢のように思えてしまい、それが心の何処かに穴が開いた気分になり嫌になる。

 茜色の空の下で一人、廊下を歩く。

 帰る場所。

 そう、本当の意味で自分に帰る場所がない。

 記憶がないというのは、そういうことだ。

 自分が過ごしてきた時間がなくなるということは、その人の居場所を壊すってことでもあるのだ。


 「勇貴さーん!」


 そんな自分に声が掛けられる。

 空っぽの自分でも優しくてくれる声に、思わず口元が緩む。


 「……名城さん?」


 振り返ると、トテトテと近付く少女が見えた。

 小走りした所為か、腰まで届く長い髪が風に揺れていた。

 夕焼けの日差しが影となって彼女の表情はよく見えない筈なのに、どうしてか僕には笑っているように思えた。


 「そんな手を振ってどうしたの? 何か良いことでもあった?」


 陰鬱な気分を吹き飛ばしてくれたからか、嬉しくなってそんなことを聞いた。


 「いーえ。勇貴さんが一人でしたので、それが嬉しかったんです」


 ……。

 そんなに僕が一人なのが嬉しいのか?

 やっぱり好意を抱かれてるのは勘違いで、実は嫌われてるんじゃなかろうか。

 ショックで凹みそうだ。

 うん。それにしても、朝方、毒づいてたとは思えない笑顔をしてる。


 「そ、そうなんだぁ」


 名城さんのストレートな敵意に思わず頬を搔く。


 「ああ! その顔は誤解されてます! 違います、違うんですよぉ! 敵意とかそういうんじゃなくて! ……あれです! そう、プラシーボ効果というかサブリミナル効果というか、あれです。あれなんです! ──というより勇貴さんの方こそ、暗い顔をなされてどうかされたんですか?」


 なんか心配されてしまった。

 こっちの考えが読めるのだろうか?


 「そんなに僕の顔、可笑しかった?」


 明るく振舞う名城さんに弱いところを見せたくないと思ってしまい、取り繕ってしまう。


 「ええ。今朝と違って酷く思いつめた顔ですよ」


 そんな僕に対し、名城さんは夕焼け空のような顔をしながらも真っ直ぐ向き合った。

 その懸命な姿に思わず目を奪われる。

 不覚にも、その優しい笑顔に見惚れてしまった。


 「そっかぁ。──ねえ、聞きたいんだけど、さ」


 だからだろうか。

 彼女の健気な姿に、今まで怖くて逃げていたことを聞いてみたくなった。


 「な、何でしょうか?」


 名城さんは真っ直ぐこちらを向いて聞き返す。


 夕焼けの明るさが徐々に抜けていく廊下で、見つめ合う僕ら。

 大した話でもないのに、我ながら緊張してしまう。


 「どうして、僕みたいな奴に構うの?」


 もっと、僕以上に惚れる人間がいるだろうと付け加える。


 「さあ? どうしてでしょうね」


 そんな僕の質問に対し、曖昧な言葉で濁す。

 やはり、言いたくないのだろう。

 当然だ。

 僕みたいな駄目な奴にはそれが相応しい。


 「嗚呼、でも」


 けれど、数秒後には曖昧な返答の続きを彼女は告げる。


 「私、勇貴さんが思ってるよりいい人間じゃないです。誰からも愛される事もなく憎まれる。勇貴さんはそんな嫌われ者の私にとって、希望なんです」


 だからかも知れませんね、と言いながら彼女は笑う。

 僕にはそんな彼女の笑いが儚げなものに思えた。


 「そんな事、ないよ」


 それで彼女を嫌いになることはなかった。

 好きではある。

 だがそれは、likeであってloveじゃない。

 愛とは別物の、友情というヤツだ。


 「君が笑う姿は可愛いし、君が拗ねるところも可愛い。どこから見たって普通の女の子じゃないか。そんな君を僕はとてもじゃないけど嫌わないよ」


 僕は何一つ魔術なんて使えないし、特別な力も持ってない。

 記憶が欠落した云わば人形のような人間だけど、そんな僕にだって心がある。


 「だから、君はもっと笑っていいよ。そんなに可愛い顔をしてるんだから、勿体無いよ」


 悲しげな顔は似合わない。

 天真爛漫な笑顔こそ相応しい。

 

 「……だから貴方の傍に居たいんです」


 そんな心情を知ってるのか分からないが、名城さんは満面の笑みを浮かべたのだった。


 ◇


 それから名城さんとはそれから他愛のない話をした。

 今日の授業はどうだったとか、昼飯に何食ったとか。

 そんな、何気ない会話。

 昼休みにリテイク先輩と会っていたことは何だか言えなかったが、それでもこの時間が楽しかったと言えよう。


 日が落ちて、暗くなっていく。


 「あれ? もうこんな時間か」


 時間が経つのが早く感じるものの、そこでいつの間にか廊下に人が集まってきたことに気づく。

 隅で剣の素振りをする男子生徒や、鏡を手にお色直しをする女子生徒とか。

 他にも色んな人たちが廊下にはいた。

 少なくないが、多くもない生徒で溢れた学園。

 ふと、この魔術を学ぶ学園にはどういう事情で入ってくるのだろうと疑問に思った。

 自分には入るまでの記憶がないけど、彼女には記憶がある。

 聞けば学園に入った理由を教えてくれるかもしれないが、それを聞く気になれなかった。

 今のこうした繋がりを保ちたかったんだ。

 きっと名城さんもまた、そんな普通の繋がりを求めてるだろうから。

 夢見る普通とかけ離れた学園に通い続ける理由は、きっと生半可の事情ではないだろうしね。


 「もう遅いでしょうし、このまま食堂へ行きませんか?」


 名城さんがそう提案してきたので、僕もそれに賛同する。

 食堂へ繋がる渡り廊下を進んでくと、夜風に誘われてなんとなしに外の景色を見る。

 虫の鳴き声と木々が夜風に騒めく音がする。

 不吉なカラスの鳴き声など聞こえない、至って普通の夜だ。

 人の手が加えられていない手つかずの自然の景色に、一人の少女が溶け込むように立っていた。


 癖毛がちょこんとある短めに切りそろえた黒の髪に、底知れぬ黒い瞳。

 精巧に造られた日本人形のような綺麗な顔。

 自分よりも華奢な身体は誰がどう見ても可憐な少女といえた。

 僕らと同じ黒の制服を難なく着こなす姿が、底の見えない不穏さをうかがわせる。

 

 「──あれ?」


 だが瞬きをしたら、そんな少女の姿が忽然と視界から消えたのだ。


 「どうかされました?」


 傍にいた名城さんが、呆然とする僕に声を掛ける。


 「あー、いや、……なんでもないよ」


 不安げな名城さんに首を振って答えた。

 そうして僕は再び食堂のある校舎へと足を進ませる。

 ……今思えば、それは見落としてはならない始まりだった。



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