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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第三章:終結螺旋
43/154

013 見たくないもの


 カタカタカタ。


 打ち込まれていく情報。

 組み込まれた世界に色を取り戻していく。


 チクタク、チクタク。


 イ=スの種族の時間干渉が始まる。

 世界は巻き戻り崩壊しようとも、その事実は失われない。


 故に、神を自称するあの男でも改竄することが出来たのだろう。

 全く、あの愚者にしては考えたものだと素直に賞賛する。


 ──だが。


 「やはり、ビジネスパートナーとして貴女は最高ですわね」


 すぐさま、次の打開策が打ち込まれていることにも感心した。

 それもその筈、引かれた伏線を介し、ドン・キホーテが交信の杖へと行く辻褄が見えたのだから。


 オレンジの髪が風に靡く。

 少女にとって自慢の髪だが、それもこの世界においてその艶を放っているだけだった。


 全てが偽りのこの世界において、綺麗も汚いも意味がない。

 大事なのはそこに何をもたらしたいか、だとワタシは思う。


 「フフフ。貴方にして頑張るではないですか『■■』さん」


 愚者に微笑む。

 すると、哀れな道化を手繰る糸の掴む力が強くなった。


 ◇


 チクタク、チクタク。

 巻き戻っては夢を見る。


 カチカチカチとテキストを打たれ、世界の筋書きは書き換えられていく。

 誰も彼も嘘になり、そして本当のこととなっているように思えた。


 夢を見る。

 いつまでも変わらないことを望む夢だ。

 このまま停滞することの方が、少女たちにとって幸福なことになるのは明らかだった。


 しかし、夢とは形のない幻に過ぎず。

 所詮、寝てるときにしか見られない無意識の中の意識でしかない。

 だから、少女の夢もそんな無意識の中で生まれた願望に過ぎないのだと思うのだ。


 砂嵐の中に一人、私は取り残された。

 そこに誰かの後ろ姿を幻視し、その背を呆然と見つめてもいた。


 「────」


 かつて、誰にも必要とされずその命を絶たれようとしたことがある。

 その記憶を覚えてる人はいないくても、私はずっと覚えてる。

 彼を思う。

 名前が剥奪され、遂にその存在さえも抹消させられようとした青年。

 要らないと言われた自分を必要だと言ってくれた彼が言っていた願いを思い出せ。


 ────「明日がみたい。どれだけ惨めで。どれだけくだらないって言われても。僕が僕自身で生きた人生をもう一度生きてみたい」


 泥臭くて、夢見がちな彼が遠い昔に言った。

 それを忘れたら、私が彼に残せるモノが何もない。

 キュルキュルとテープが巻き戻る。

 誰も彼も自分の願いに必死で助けを求める手を取れない現実で彼だけがその手を取った。

 映る記憶はどれもこれも私には掛け替えのないものに見えて、キラキラした大切なモノだった。

 書き換えられていく私のコード。

 誰かが私というルールを変えていく。

 そんな奇跡は意志を持たない『外なる神』には出来ない。

 だが、それと同等の力を持つ存在でなければそのルールは書き換えれないことを知っている。


 手を伸ばす。

 だけど、深い暗闇に堕ちている彼には、その想いは届かない。

 ジジジ。

 スクラップされていく概念が虚数の海へと沈んでく。


 「■■■■■■!!!」


 誰かの悲鳴は届かない。

 私の慟哭は消失(ロスト)し続ける。

 それは夢が夢である以上、避けられない運命だった。


 亀裂。残像。支配。偶像。消去。展開。

 奈落に堕ちて再構築する改竄せし幻想にて我、泡沫の夢はついぞ終結を迎えん。

 眠りを覚ませ。

 目を覚ませ。

 逆しまに宇宙(そら)を仰ぎ見て、それ即ち悲劇への第一歩を進ませよ。


 『外なる神』は嘲りながら、言葉遊びに夢中になります。

 ()ながらその姿は、遊び相手を得た子供のようでした。


 ◇


 崩れた鉄塔。

 交信の杖は最早、そこにある只のガラクタの山となった。

 チクタク、チクタクと確かに時間が逆行しているにも関わらず、それが廃墟となっているのも、きっとあの中にいる大バカ野郎の仕業だろう。


 「今更だけど、何を基準に時間が巻き戻ってるって解るんだ?」


 唐突に頭の中で時間が巻き戻っている事実に気づくのと同時にそれを同時に何故理解できているのかの疑問も尽きない。

 今、ここで考えても八方塞がりな現状は変わらないが、だとしてもこうも都合良く次に何をするのかが理解出来てるというのも気持ちが悪い。


 まるで、自分達の行動が誰かの思惑に沿って動かされているような気がしてならない。


 「胸くそ悪いったらありゃしない」


 崩れた交信の杖を見る。

 何とかしてこの中に入る手段を見つけないと永遠にじり貧だ。

 魔術破戒(タイプ・ソード)で建物ごと真っ二つにするなんて芸当は出来ないし、それをしたところで中にいるあの野郎ごと叩き斬ってしまうから却下。

 幻影疾風(タイプ・ファントム)で高速に移動したところで崩れた瓦礫の山の中に入るなんて無茶は出来ない。

 自分では何も出来ない。

 だからといって誰かに手を貸して貰うにしろ、助けてくれそうな人間がいない。

 累も火鳥も幻影疾風(タイプ・ファントム)を得た時に消えていってしまってる。

 頼める人なんていない筈だ。


 真弓さんはアズマにやられてから一度も会ってないし、リテイク先輩はあの怪我だ。会えたところで戦う余裕があるとは思えない。

 この夢の世界を夢だと認知してる人物なんて、それこそ僕を襲ってきた連中以外に思いつか、な、い?


 あれ?

 夢だと認知してる人間でないなんて誰がそんなことを決めたんだ?

 また思考が可笑しな方向に思考停止してしまっている。

 これもあの僕が思考誘導でもしてるのか?


 キーパーソン。


 もしかしたら、今まであまり喋ってこなかった彼女ならこの状況に手を貸してくれるんじゃないのかと思ってしまう。

 火鳥曰く、リテイク先輩と生徒会長のシェリアさんは仲が悪いらしい。

 けれど、僕を目の敵にしてるかと言われればそうでもない気がする。

 何より、このふざけた状況を打開する唯一の鍵を握ってる気がしてならない。

 それも思考誘導されているのだろうか。

 いや、きっとこれも誰かの思惑の一つなのかもしれない。

 けど、そんな思惑だろうと使えるものは使わなければこの状況は打開できない。


 シェリア・ウェサリウス。


 僕のクラスの委員長。

 少し変なお嬢様口調の文武両道な生徒会長。

 リテイク先輩と善戦するほどの実力を持つとされる魔術師。

 確か、二丁拳銃による召喚魔術に長けているとか何とか噂で聞いたような気がする。

 それとなく誰かの思惑が透けて見える。

 最近、何かを呼び寄せる召喚魔術を授業と称して練習していた。

 その時に彼女の姿は居たか?

 いや、あの時は累と火鳥しかいなかった。

 だが、その前の授業の時にはシェリアさんも教室で一緒に授業していた筈ではないか。


 中庭から校舎の方へ振り返る。

 きっとその先には、何かしら邪魔が入るだろう。

 もしかしたら僕では太刀打ちできない障害がそこにはいるのかもしれない。

 でも。

 もしかしたら、僕たちの教室に彼女が待っているかもしれない。

 そう思ったら、向かうことにした。


 ◇


 思い返せば、僕の人生は常に虐げられてきた人生だったと言えよう。

 頭が賢くなく、要領も悪い、誰からも好かれるという特徴すらないそんな不器用な人間。

 それが僕だったし、それ以外の何かに僕はなることが出来なかった。

 罅割れたモニターに映る愚者を見る。

 その顔を見ると、まだ僕との話し合いを諦めてないのが容易にわかる。

 見たくない現実。

 目を背けたくなる理不尽。

 全てが遅すぎた、意思の疎通。

 作り物の癖に自分よりも人間らしく生きようとする矛盾した存在。

 モニター越しに映る自分の姿を見つめる。

 オークを連想される肥えた男。

 一言で言い表すなら、やはりデブという単語がしっくり来る。


 「どう、して?」


 あの男は何がしたい?

 こんな自分を立ち上がらせようと何を期待する?

 解らない。

 解らないというのに何故、こうも僕は愚者のことが気になるというのだ。

 何度も作り上げては廃棄したヒロイン。

 それを再利用して作られた幻想たち。

 きっとそいつらも僕のことを嫌ってる。

 こんなにも好き勝手してる奴なんて好きになれる訳がなかった。

 そして自分の存在でさえ簡単に切り捨てようとした男だ。

 救いようがないと思われても仕方ない。

 それなのに、何故、愚者は手を取ろうとする?

 解らない。

 解らない筈なのに、この胸に込み上げる何かが痛む。

 何もかもが偽り。

 何もかもの全部が自分が創り出した幻。

 こんなのは妄想の類だ。

 でも、そんな妄想でしか自分を大切だと肯定出来ない自分がいる。

 誰も僕を救わない。

 誰も僕に見向きもしない。

 みんな、自分が救われることで必死で誰も痛がる自分に手を差し伸べない。


 「う、ぅう、あ」


 言葉がつっかえる。

 喉から嗚咽しか出ない。

 息をするのが億劫で、この胸の痛みを幻想で紛らわせようとイメージする。


 僕の牙城。僕の砦。僕の要。

 愚か者の僕が神様でいられる僕だけの夢の世界。


 そんな世界の為ならば、僕は何だってするというのに。


 ジジジ。

 手を差し伸べる誰か。

 差し伸べて言葉を掛ける誰か。


 只の偶像に過ぎない彼が突き進んだ道を見る。

 僕が生み出した理想の僕。

 自分には出来ない過酷な道。

 記憶と意思を消費してでしか生きられなかった姿を僕は強いと思った。


 まるでヒーローみたいだ。


 狂おしい。惨めだ。自分よりもこの世界を満喫しやがって。

 どうして折れない。

 どうして何度も立ち上がる。

 僕だったらもう諦めているというのにどうしてあの男はこんな僕に手を差し伸べにやって来る!


 その答えを知らない。

 その感情を知らない。

 誰よりも悔しさを知っていると言うのに、僕はその手を取れないでいた。


 愚者が踵を返して、校舎に戻る。

 諦めたのだろうかと思いホッとする自分とやっぱりお前もそうなんだと落ち込む自分。


 さあ、そろそろこの微睡みから覚める時間だ。

 誰かが僕らを見下ろしてはそう言っていたような気がした。


 ◇

 

 砕かれる理想。

 逃げ惑う私を(マネキン)が殺しにやって来る。

 邪魔だと言って、私というエラーを削除しようと必死になって向かってくる。


 怖い。

 私は誰からも不必要だと蔑まされてる。

 生まれて数分で厄介払いされる私。

 元の名前を引き継がされただけだと外なる神の傀儡(くぐつ)にされるのだとかで殺される。

 勝手に生み出しておいてなんだよ、とか思ったりした。


 死ね。

 死ね、死ね。

 お前なんか必要ない。

 お前が存在するだけで世界は歪む。

 誰も私を助けない。

 死にたくないと泣いて、血だらけになってその人から逃げていく。

 その後ろ姿をみんなは馬事雑言を投げかける。

 痛い。

 痛い痛い、痛い。

 止めて。私を虐めないで。

 只、そうであれと願われただけなのにみんなどうして酷いことをするの?

 そんな悲痛な叫びに誰も耳を傾けません。

 当然です。

 その存在を許しては、全ての人間が呪われてこれ以上にない非道に見舞われるからです。

 何故もどうしてもありません。

 存在するだけで悪と定められた者の居場所なんか最初からないのです。


 ガガガ。ガガガガガガ!


 地下聖堂に怒声が響き渡ります。

 世界中の誰よりもそれの恐ろしさを私は知っています。

 私と同じように悪逆を望まれて造られた魔導兵器が私の生存を許さないのです。


 苦しい。痛い。辛い。

 止めて。


 「私に絶望(それ)を見せないで」


 記憶を映す画面から目を逸らそうと泣きじゃくってもそれは叶いません。

 少女たちは私の頭を掴んでは、その映像を見せ続けるからです。


 「いいえ、止めませんよ」


 燈色の髪の少女は嗤って言いました。

 きっと彼女は悪い魔女なのです。


 「それが貴女の罪なんです」


 黒い髪の少女は私の懇願を聞いてくれません。

 そうすることで私を『私』ではない誰かに作り替えようとします。

 二人の少女はそんな私の苦しむ様子を微笑ましいものを見るような顔で見ているのです。


 喜怒哀楽、狂気乱舞、いと美しき慈悲なるユートピアが訪れる。

 誰が望むこともないその幻想は、あの愚か者が夢見た願望に過ぎません。

 嬉しきかな、哀しきかな。

 あの人がそんな夢を抱いていたとは思わず、ふと涙が堪えることが出来ませんでした。

 世界は純粋で綺麗でとても残酷だ。

 それほどまでに残酷なそれを私は受け入れるしかなかったのです。


 あの人は未だに夢から覚めません。

 願うならば、どうかユートピアへ至っても私のことを見つけて欲しいものです。


 そうして私の意識は改竄される。

 夢の中でまた出会えることを祈るばかりで物語は停滞を迎える。


 最期に。


 倒れ伏す私の前に、怯えながらもマネキンの前に立ち塞がる彼の姿をこの目に焼き付けれたことに感謝しながら私は意識を手放したのでした。


 ◇


 崩壊した交信の杖を後にした僕。

 向かった場所は僕が通う教室。

 そこできっとシェリア会長が待っているような気がした。

 誰でもないこの状況を翻す一手を持っているのは彼女ぐらいしか思いつかなかった。

 教室に向かったところで彼女は居ないのかもしれない。

 彼女と会えても僕の話に協力してくれないかもしれない。

 ないないばかりでどうしようもない考えが頭の中を駆けまわる。

 何時になく僕はその可能性を否定する。

 否定しては根拠のない謎の自信がそれを打ち砕く。

 今まで遠巻きにしていた彼女が何処で何をしているのか全く分からないけど。

 それでも、彼女はこんな何もない停滞を望むだろうかと問い続ける。


 「でも、確かめなきゃ」


 そう確かめなくては何も始まらない。

 何も終わらない。

 時間は止まらない。

 時が止まるなんて描写をしても、その止まった描写だけで本来の時間は止まらずに流れ続けてる。

 止まらないものなんか何処にもない。

 時間は進む。

 無情にも進んでは、停滞を望む僕らを置いていく。

 時間だけが平等だ。

 不平等になってくれて良いのに、全てのモノに平等に進んでは無慈悲に終わりを伝えてる。

 なら、こんなところで立ち止まってなんかいられない。

 止まったまま終わるだなんて、僕の為に犠牲になった人たちの行いが無駄になる。

 そんな結果は許されない。

 何よりも誰よりもそれが大罪なのだということを現実を生きていたあの男ならばそれを痛感しても可笑しくないのだから。


 カタカタカタ。

 カチカチカチ。


 チクタク、チクタクと時計の針が進んでる。


 昼なのか夜なのか曖昧になる世界で僕は只管に教室を目指した。


 キンコーン、カンコーン。


 誰もいない校舎を走り抜けると、もうすぐそこにやって来た。

 短いようで長い道のりで僕が足蹴もせずに通った教室の前に立つ。


 ガラガラと古びたドアを開ける。

 何時ぞやの真弓さんと歩いた夕方を思い浮かんだ。

 彼女に会いたい。

 もう一度、誰も傷つかない世界で笑い合いたい。

 そんな願いを胸に開けたドアからその教室にいる誰かを見た。


 夕焼けの教室の窓辺に独りで空を眺める少女がいる。


 開けた窓から風が吹き込み、夕日の光をオレンジの髪が融けたように入り混じっていく。

 まるでこの教室が一つの世界で、僕と彼女の二人だけの世界が造られたような錯覚をする。

 不覚にも、その儚げに外の景色を見る横顔を見て、綺麗だと思った。

 誰よりも世界を愛した、そんな描写をしても可笑しくなかった。

 カチカチ。

 静寂を掻き消す秒針の回る音にハッと目を覚ます。

 どうして、こんな胡乱な少女に見惚れてしまったのか解らなくなる。

 如何にも待ってましたと言わんばかりにいる彼女は見るからに怪しさ満点だと言うのにそれを不思議に思わない。

 どうかしてる。

 いや、元から僕はどうかしてたんだ。

 だって、未だにこの状況で立ち止まることもなく困難を乗り越えようと必死になってるんだから。


 「シェリア、会長?」


 言葉が所々つっかえてしまったが、勇気を振り絞って少女を呼びかけた。

 その僕の呼びかけに少女は何とも言えないような表情をしながら、振り返ってはこちらに微笑んだ。


 「はい。ワタクシに何の御用ですの?」


 ジッと見つめる少女の黄色の瞳。

 その瞳は月明かりのような色で僕の気持ちを飲み込んでくれそうな優しさが見えた。


 「シェリア会長なんだよね?」


 再び問う。

 そんな僕に彼女は付き合うように質問に答えてくれた。


 「ええ。ワタクシはシェリア。シェリア・ウェサリウスでございますわ」


 澱みのない真っ直ぐな視線。

 私の名前だと言わんばかりの名乗りに彼女であると確信する。


 「そっか。シェリア会長か。急な話なんだけど、ごめん。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」


 窓辺にいる彼女にそう言いながら近づく。

 十メートルもないような距離なのに、壁を感じたからか僕は彼女の傍に向かった。


 「何ですの? ワタクシ、ちょっと夕日を見るので忙しくってそれどころじゃありませんのよ」


 それは一種の拒絶の声だった。

 お前の用事などよりも無意味な行為に耽る方がマシだと言っている。


 「ごめん、ごめん。でもさ、ちょっとだけ頼みたいことがあるんだよ」


 一歩、二歩と近づいて。


 「それ以上、こちらに近づかないで頂けます、ミスタ?」


 ガチャリ。

 いつの間にかシェリア会長の手に収められている拳銃の銃口が僕に向けられた。

 きっと彼女が引き金を絞ればその込められた弾丸は僕に放たれることは容易に想像できた。

 本気で彼女は僕の頼み事が嫌だと拒絶している。

 それが明確な敵意を向けられていることに動揺もしない。

 こうなることは想像していた。


 「話をしないか?」


 その場で優しく語り掛けるように話を持ち出す。

 それでもそれが何の効力も持たないことは彼女の目を通じて伝わった。


 「お断り致しますわ。ワタクシ、別に貴方がどうなろうと知ったことじゃありませんもの」


 突き放す。

 容赦ないシェリア・ウェサリウスの本音で僕は突き放された。

 知っていた。

 彼女じゃなくても僕が僕であることを許さないなんてことは知っていた。

 瑞希が居た。

 天音が居た。

 そして、アズマともう一人の神様の僕が居る。

 それらが僕と言う一個の人間の感情を改竄しようと躍起になっていた。

 もしかしたら目の前の少女もその一人なのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。

 そうでなくては、こんな夢の世界にいない。


 「それが、君のやりたいことだから?」


 だから聞く。

 僕を否定する理由が彼女にとってどれだけの対価を支払うに相応なものなのかを聞いた。


 「はい?」


 目を丸くしたシェリア会長。

 突然の僕の切り替えしに言葉の意味が解らないと言いたげだ。


 「だってそうでしょ。君のやりたいことだから僕と言う存在を許せない。僕が僕と言う人間を止めて君たちの求める人間になることが君の目的なんだろう。それならば、今、こうして僕の頼みを断るのも君のやりたいことの天秤にかけた話だってことになる」


 僕の話を黙って聞く少女。

 夕焼けは沈まない。

 相変わらずその日の光を僕らに照らしてる。


 「でも、今の君を見てるととてもそうには見えないんだ」


 感覚の話だった。

 だって、少女の目が余りにも迷ってたからとしか言いようがない理屈だったから。

 根拠のない只の思い付きで彼女の考えを話してる。

 その銃口の得物の引き金を引っ張られても文句は言えない。


 けど。


 「どうして。どうして、そう見えるのかしら?」


 少女は問う。

 僕の言葉が本当のことだったのか。

 それとも単純に好奇心が働いただけなのか。

 それでも少女が引き金を引くよりも重要だと認識したことなのは確かだった。


 「だって、此処で君は僕を待っててくれたから」


 誰にも気付かれずに隠れることは出来ただろう。

 僕の認識を誤魔化すことも幾らでも出来た筈だ。

 それが出来なくても僕から黙って逃げて、見えないところに姿を隠すぐらいの余裕はある筈なんだ。

 それらをしないってことは、つまり僕と話をしようと思ったから。

 僕がこれからしようとすることに少しでも手を差し伸べようと思ったから、こうして僕と喋っている。

 推測に過ぎない。

 都合のいい戯言にも過ぎない。

 でも、今の彼女が此処に居なければならない根拠なんてそれぐらいしか思いつかなかった。


 「僕の考えは上位幻想には筒抜けなんでしょ? だったら、答えてよ、シェリア会長」


 僕に手を貸して欲しい。

 その能力をあの馬鹿野郎の為に使って欲しい。

 これをしたら君は死んでしまおうとも、僕はそれを頼むことでしかこの状況を打破する未来が見えないんだ。


 それを黙って彼女は見る。

 その思いを息を吞み込んでジッと見つめてる。


 再び彼女の下へ近づいた。

 引き金は引かれなかった。

 夕日は段々と沈んでくのが何故か分かった。


 「貴方、酷い殿方なのですわね」


 手を差し伸べる僕を見て彼女はポツリと文句を言った。

 彼女と僕の距離はもう残り五メートルを切っていた。

 一分もしない内にシェリア会長とは握手が出来る距離に近づける。


 「知ってる」


 きっと彼女の中の止まっていた時間が動き出したのだろう。

 そんな言葉を口にしたら、構えていた銃口を降ろしてた。


 「──はあ。なんか馬鹿らしくなってきましたわ」


 窓際に着く。

 差し伸べた手が取られ、握手を交わす。


 夕焼け越しのシェリア会長の顔は何だか誇らしげな笑みを浮かべていた。


 また一人、見たくないものから目を背けずにいる人が増えていった。



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