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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第三章:終結螺旋
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011 愚者の人生


 廃騎士を倒し、急いで中庭へ向かった。


 天まで届きそうな高さ――、無数の魔方陣が描かれた鉄塔が相変わらず聳え立っている。


 「──ゴクン」


 何度も訪れた鉄塔の外観に、思わず息を呑む。


 当たり前だが、門は固く閉じられている。

 でも僕は、開くと確信していた。

 そうでもしなければ現状は変わらないし、何より僕を止めることは出来ないからだ。


 「うん、……やっぱり」


 砂埃を巻き上げ、門が開かれた。

 その先の暗闇が手招きしてるようで、魔術破戒(タイプ・ソード)を握る手が汗まみれになる。


 この先は、きっと地獄だ。そんな予感が胸をざわつかせた。


 でも、前へ進まなければ何も始まらない。

 この先へ進む理由なんてそれで充分だ。


 門を潜って、その先に入る。

 暗闇に包まれた階段を下りていく。

 何故、下へと続く階段があるのかは頭で理解した。


 カツン、と下りていく。


 下りていく度に記憶が頭にちらつく。

 失われた■の記憶が蘇る。

 霞がかったそれが紐解いていった。


 ◇


 両親の仲が良くないことに気付いたのは、物心ついた頃だった。

 初めは些細な喧嘩をし、徐々に規模が大きくなっていたのを覚えてる。

 確か小学生の時には、もう両親が同じテーブルでご飯を囲むことが無かったのを寂しいと感じていたっけ。

 ああ、そうそう。そういえば、自分の人生に虚しさを感じるようになったのも、その頃からだったなぁ。

 学校でも仲の良い友人は居なかったし、逆に弱い立場でよくいじめられていたことも虚しさに拍車をかけてた。


 中学時代も変わり映えのしない毎日だった。

 独り寂しく、心を閉ざすのが日課の僕に拠り所なんて見つけられる筈もない。


 いつしか僕は生きたいと言える欲もない、空っぽの人間になっていた。

 これが人形でないと誰が言えるんだ?


 誰も自分を見てくれないと独り枕を涙で濡らす夜。

 命は粗末にするなとか、自殺する人に声を掛ける人間が居る。

 でもそういう人間は、その時の彼を見てるだけでそれまでの苦労を何も知らない第三者に過ぎない。

 だから、命を絶つ行為の重さを彼らは軽視する。

 その証拠に、親から貰った大切な命だからなんだのと語るそれが気持ち悪いと思える人間に僕はなった。


 殴られる。

 浴びせられる罵倒に、自分の力で生きたいと願う意思さえ奪われる。

 そんな無気力人間な僕でも、唐突に高校と呼べるものに通ってみたくなった。

 このまま無意味に社会の歯車として消費されるだけの人生を過ごすなんて嫌だ。

 何故か、そんな思いを抱くようになったんだ。


 だから、自分の学力でも合格できる学校を受験した。

 進路は誰にも相談せず、一人で勝手に決めた。

 親にはお金とか最低限のことしか頼りたくなかったから、自分で学費は払っていける夜間の高校に通うことにした。

 それに対し僕の両親は何も言わなかったし、もう家族の関係は無くなってたと言えた。


 つまらない人生で終わらせたくない。

 心の何処かでそう願い、必死で生きようとしたのかもしれない。


 でも、変わらなかった。

 そりゃあ、そうだ。

 少し頑張ったからと言って、自分の性格や周りの環境が変わる訳もない。

 案の定、その学校でも僕はいじめの標的になった。


 だから、魔が差したんだ。


 きっかけは、いつもの暴力だった。

 確か金を集られたとかだった気がするけど、理由は覚えてない。

 ……兎に角、そんなことがあって僕の心のメーターは吹っ切ってしまったんだ。


 踞る僕。

 それを楽しそうに見下す四人の男子生徒。

 一人の生徒が言った。


 「そーいや、お前の父さんって確かあの冴えないレストランのコックだったよなぁあ?」


 ゲラゲラ嗤う男たち。

 猿のように騒がしい嗤い声。

 ダニのようなそれが鳥肌を立たせていく。


 「な、なんでそれを?」


 這い蹲った僕が立ち上がろうとするも、腰を誰かに蹴飛ばされる。


 「ッグゥウ!?」


 痛い。


 「いや、なぁ。オレの友達に『  』と同じ中学の奴が居てよぉ。そいつが教えてくれたんだ」


 柄の悪いスマホを取り出して、画面に映る写真を僕に見せつける。


 「良いレストランじゃないか? オレたち、そこでランチ食って見てぇえよなぁ。でも小市民のオレらじゃ行けないような店だし、どっかの誰かが頼み込んでタダで飯食わせて貰えねぇえかな!?」


 耳元で気味の悪い声で叫ばれる。

 もう口も聞かない父親にそんなことを頼みに行けと言うのか?


 「オレら友達だよな! お前とオレらは親友だ。そうだろ、みんな!?」


 そうだ、そうだと宣う男たちは僕の腹を蹴り飛ばす。

 痛い。

 止めてくれ。


 「そーだ。今から食いに行こうぜ!」


 スイッチが押される。

 暴力の嵐に耐えかねた心がそれは嫌だと抵抗する。

 何としても止めないと。

 そう思えたら、居ても立っても居られなくなった。


 目の前が真っ白になるとは本当のことだった。

 怒りで我を忘れるとはそういうことだった。

 どうしようもない感情に支配された獣へ僕はなった。


 持っているのは硝子の瓶。

 砕けたそれを手にとってブン殴る。

 破片で血だらけになって痛かったけど、心の中には何一つ残らなかった。


 「ハア、ハア」


 死体が転がる。

 脳内にアドレナリンが回って、冷静な判断が出来ない。


 「ハア、ハア、ハア、ハア」


 目の前の出来事が嘘みたいだ。

 新聞のスクラップ記事を眺めてる気分だ。

 パトカーのサイレンと救急車のサイレンが平行して聞こえ出す。


 「やってられないよ」


 そうして、僕の初めての殺人は終わりを告げた。

 死にたくなる毎日が訪れたのだった。


 何処で道を踏み外しても。

 何処かで道を踏みとどまっても、その結果は変わらなかっただろう。


 僕の手は血で汚れてる。

 僕の手は糞野郎の血で染まってる。


 警察に取り押さえられて、最終的には絞首台に立たされた人生。

 そんな人生に一体、何の価値があるか分からない。

 もし、人生をやり直せるというのなら、僕は一体何処からやり直せば良いのだろうか?


 誰も答えない。

 誰も知らない。

 そんな都合の良い結果など誰も解りはしなかった。


 膝を抱えて踞る僕がいる。

 忘れてしまった人生を覚えてる『  (ぼく)』がそこに居た。


 欲しかった記憶。

 取り戻さなければいけない真実は、こんなにも最悪なものだった。

 それを戻して、僕はどうすれば良いのだろうか?


 答えない。

 大切な問いなのに、いつだって誰も見てくれない。

 必死で悩んで生きてるというのに、誰も見向きもしてくれない。

 救いの手を伸ばしても、誰も手を取ってなんかくれないんだ。


 泥沼に堕ちていく感覚が襲う。

 奇跡なんてものは来ない。

 現実なんてそれだけで構成されたものだ。


 それなのに、それが欠けては前に進めないという自分がいる。

 どうして、それに拘るのか理解出来ない自分もいる。


 ────「拘るさ。だって自分のことだから。自分がやりたいって思って進みたいのに、他人の身勝手でそれを阻まれてる。誰かのワガママでどうしてボクたちが不幸にならなくちゃならない!」


 きっと誰かの言葉が、僕を後押ししてる。

 誰でもない僕がそれを大切だって知っている。


 見たくない現実も、知りたくもない真実も、聞きたくもない嘲りも全部、僕が生きる上で大切な障害でしかないんだ。


 螺旋の階段を下ってく。

 それを合図に、視界がひび割れていく。

 今、この手にはフザケた幻を握ってるけど、きっとこの先にはもっと大切な誰かの手を取っている。

 そんな時に逃げてたら、きっとその誰かを守ることなんて出来ない。


 音を立て、砕ける記憶。

 その手に取る一筋の光を振り被り、暗闇をかき消した。


 死ねば良いのに。

 お前なんて誰も見ちゃいない。


 暗闇が晴れ、地下聖堂へと足をつける。

 耳に聞こえる戯れ言は、相も変わらず僕を責め立てる。

 そいつは幻聴、──僕の心を壊そうとする精神攻撃。

 目前の鉄の扉は、来るなと言わんばかりの気配が見て取れた。


 とんだ引きこもりがいるものだ。


 ガチャ、ガチャ。

 ドアノブを捻っても鍵が閉められていて開かない。


 「──面倒だ、ね!」


 魔術破戒(タイプ・ソード)を構える。

 こんな薄い鉄板なんぞ、ありとあらゆる幻想を屠る魔剣にとって紙切れ同然だ。


 思い切り振りかざし、その刃を突き立て、こじ開ける。

 力技のなんのそのだ。


 そうして、最後の防壁を突破し、僕らは邂逅する。


 錆びた鉄の臭いが充満し、部屋一面に満たされたモニターの所々がひび割れて使いモノにならなくなっている。

 備え付けられたデスクもチェアもその形状が維持できない程に破壊されており、そこにもたれ掛かる一人の男の姿がその惨状の原因なのだと知れた。


 酷い顔だ。

 豚のように肥えた腹周りをした醜い男。

 艶もない黒髪は不衛生さを如実にしており、濁ったような黒目はまるでヘドロか何かのような淀みを見せている。

 まるで、僕の顔とRPGに出てくるオークを融合させたような面。

 それが、目の前の男だ。


 「君が、僕?」


 静かに、はっきりと男にそう僕は問う。

 まあ、聞くまでもなくその男こそ、『始まりの僕』であることは感覚で理解出来た。

 だけど、一応の通過儀礼で聞いておくことにした。


 「ち、違う!」


 だが、目の前の死に体の男は否定する。


 え?


 「お前なんか! お前なんか、僕じゃない!」


 地団太を踏む。

 満身創痍であるというのに、目の前の大きな子供は僕を認めない。


 「お前は弱い! そして、酷い男だ! こんなのが僕だなんて認めない! 僕はもっと優れてる! お前なんかと違って、僕は最強の能力も持ってる! お前とは違う! お前とはお前とは──」


 息継ぎをする暇もなくそれは喚き散らす。

 子供の癇癪に付き合わされる大人の気分だ。


 「お前は僕と全然、違うじゃないか!!!」


 不細工な■■(ぼく)が絶叫する。

 それと共に身体の中の何かが悲鳴を上げた。

 神経が麻痺するぐらいに、僕の身体は活動を停止させていく。


 「──っぐぅう!」


 く、苦しい!

 喉元に何かが引っ掛かって、思うように息が出来ない。

 心臓が鼓動を拒絶して、肺が息を取り戻すことを止めてしまう。


 「そうだ! お前なんか、僕の命令一つで動けなくなるんだ!」


 子鹿のように膝を振るわせる男の姿は、まさに醜悪なゾンビそのもの。

 B級映画のゾンビなんぞより、真っ当に生きる屍をしてる。


 「僕は、いや、オレは神なんだ! この夢の世界では神様やれてるんだ!」


 愚鈍な神は、息を荒げて喚き散らす。

 自分のことながら、醜態を晒すのは止めて欲しい。


 「お前が。お前なんかが。お前なんかが神であるオレ様に逆らおうだなんて、百億年早いんだよぉお!!!」


 男が地団太を踏む。

 その度に地が揺れ、頭が掻き回されるようで気持ち悪くなる。

 何より、最も醜い存在がその吐き気を催して仕方ない。


 でも、……それも僕だ。僕でしかない。


 「ち、が、わ、な、い、よ」


 身体が止めろと訴える。

 その命令を無視して、身体に活をいれる。


 ──そうだ。いつだって、理不尽に困難を乗り越えてきたじゃないか。


 そうして、僕は立ち上がる。


 弱い自分。

 醜い自分。


 全部が自分に足りないから、拾わなくちゃいけない。


 僕は無敵じゃない。最強じゃない。

 ちっぽけな人生を生きる人間だ。


 喉が裂けそうで辛くて、身体が真面に動けそうもない。

 『 (ぼく)』に有って僕にないものが目の前にある。

 なら、止まれと命令されても関係ない。

 だって、そいつを手にしなければ前に進むなんて、夢のまた夢の話だ。


 「違う! 違う違う違う! お前には解らない! オレのことなんかちっとも理解出来ない! そうだ。絶対にそうだ! 誰にも、……誰にも解ってたまるもんか!」


 不可視の力が僕を吹き飛ばす。

 コントロールルームから身体が弾き出された。

 蹲る僕を見て、醜悪な『 (ぼく)』は地団太を踏み続ける。


 「これで良い。これで良いんだ! 物語はこれでお終い! 永遠に完結しないから、オレは幸せを手に入れれるんだ!」


 何かが嘆く。

 不可視の力で醜悪な『 (ぼく)』は僕を押しつぶそうと躍起になる。


 誰でもない『 (ぼく)』の記憶が、いじめられた過去が頭を押し寄せた。


 不幸だ。

 惨めだ。

 あんな人生は懲り懲りだ。

 折角、神様みたいな能力を授かったんだ。

 だったら、『 (ぼく)』だって、思い描く最高の主人公になったって良いじゃないか!


 そんな思いが僕の頭を支配されていく。

 魂が改竄されるとは、こういうことなのかもしれない。


 「ハア、ハア」


 でも、駄目だ。

 これじゃあ、駄目だ。

 そんなんじゃあ、あまりにも救われない。

 だって、まだ見てない。

 僕はまだ、何にもしてない。


 ジジジ。

 幾つモノ奇跡が頭に過る。

 魂を改竄され、多くのモノを取りこぼした僕たちだ。

 それらは一つも無駄に出来ないし、目の前の男のあり方も否定してはならない。


 「よ、く、な、ん、か、な、い」


 震える声で、最強の権能(チート)現実化(リアルブート)する。


 立ち上がれ。

 立ち上がれ。

 此処で立ち上がらなきゃ、僕たちは一生このままだ。


 這うように身体を引き摺って、前へ進む。

 吹き飛ばされ、男との距離は遠い。


 「……な、なんだよ?」


 醜悪な『 (ぼく)』はそんな僕を見て、酷く怯えた。

 どうして立ち上がれるのだと叫んでる。


 確かに、魔術破戒(タイプ・ソード)に目覚める前の僕だったらこんなことは出来なかった。

 臆病で、傲慢で、意志が弱くてちっぽけな人間が僕だ。

 それを自覚したら、目の前の男も僕と同じなのだと気付いた。

 何処も違わない。

 なら、立ち上がるのは問題ない。


 「なんで立ち上がれるんだよ! 弱くて脆くて、諦めが早いのがお前だろう!?」


 『 (ぼく)』の絶叫は耳障りで、心の中が張り裂けそうで痛かった。

 ……確かに、見たくもない現実は目を逸らしたくなることもある。

 現実から逃げたくなるのは、誰だってそうだ。


 でも、駄目だ。

 駄目なんだ。

 それじゃあ、ここまで僕に尽くしてくれた多くの犠牲が無駄になる。

 何より、目の前の男を救ってやれなくなることが酷く我慢ならない。


 そうだろ、真弓さん。

 救いの手を差し伸べるのはヒーローのセオリーじゃないか?


 立ち上がる。

 吹き飛ばされる。

 それでも、何度も血を吐きながら立ち上がる。

 怯える『 (ぼく)』にそれを何度も繰り返す。


 「バカじゃないのか!? オレとお前じゃ次元が違うんだよ! 僕は上位者。お前は下位者。つまりセレブと底辺の差だ! そこに明確な壁がある! それをいつだって見せつけられて来ただろ? だったら、諦めてくたばれ、死に損ない!」


 目が眩む。

 脳が揺さぶれ、視界が閉ざされて真っ暗になる。

 息をするのも億劫だけど、前へ進むことだけは諦めれない。


 「そうだ。僕は弱くて脆くてちっぽけで、どうしようもない駄目な人間だ」


 何度も立ち上がり、前へ進む。

 言葉は自然と出た。

 きっと、神様がくれた権能(チート)の力じゃない。


 「だから、同じだ。僕と君は同じだ。そこに上も下も関係ない」


 永遠の停滞を望む男。

 見たくもない現実から逃げることを止めた僕。

 そのどちらが欠けても僕は僕じゃいられない。

 弱い自分を肯定して強くなる。

 それは生きようとする人間なら誰でも通る話だ。


 「僕たちは止まれない。神様でなんかいられない。──僕は僕だ。七瀬勇貴だ。僕は、記憶なしだった七瀬勇貴だ!」


 満身創痍の姿に男は息を呑む。

 地下聖堂が揺れる。

 半壊した扉から中に入った。


 「あ、ああ、あああ!」


 狼狽える男は救いを求める子供でしかない。

 その手を差し伸べるのはいつだってヒーローと相場が決まってる。


 「一緒に行こう。独りで神様やったって寂しいだけだよ」


 軋む身体を引き摺り、手を差し出す。


 「ふ、ふざけるな!」


 でも、それが彼の逆鱗に触れたみたいで。


 「……オレは。オレは、お前らとは違う! お前らみたいに造りモノじゃない!」


 僕を何処か遠い場所へと吹き飛ばす。


 意識が飛ぶ。

 記憶がグチャグチャに散って、見なければならない現実が遠くなる。


 「──ッガ!」


 グラグラと崩れる世界。

 チクタク、チクタク、と不可逆な時間が巻き戻る。


 「嘘だろ!?」


 交信の杖から弾き出される僕。

 あの男、何処まで聞かん坊なんだ!


 「絶対に変わってなるものか! この物語は永遠の停滞を迎えるんだ! こっちに来るんじゃねぇえ!!!」


 交信の杖が崩れる。

 コントロールルームへの道は完全に閉ざされた。

 『 (ぼく)』と接触する機会が失われたのだった。



 どうか面白い、続きが気になる、応援して下さると少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!


 批評、アンチ何でも励みになりますのでこれからもよろしくお願いします!


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