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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第三章:終結螺旋
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007 寝坊助


 「おい、起きろ! あんぽんたん!」


 誰かが微睡む私を揺すっている。


 「────」


 その声が誰なのか知っている。

 なんだって私の一番好きな人なんだから当たり前だ。


 好きな人に起こされるのは、特別に良いものだ。

 このガシガシと強く揺すられる感覚は、まさに至福の時だと言える。


 「……後、五分」


 世界で一番大好きなお兄ちゃん。

 イケメンで、優しくて、格好良い。

 誰よりも正義感に溢れて、誰よりも真っ直ぐ私を見てくれる。

 たとえ血が繋がっていなくとも、この家族を慕う気持ちは本物だ。

 初めてを捧げても良いぐらいにお兄ちゃんを愛してる私は、構って欲しくて、つい我が儘を言う。


 「バカ、もう授業全部終わって下校時間なんだよ。いい加減起きろ、寝坊助」


 頭を小突かれる。

 ちょっと痛い。

 か弱き乙女になんて仕打ちだ。


 「いたた」


 気だるげな感じを装いつつ、寝起き眼で兄を見る。

 いつも通り、半目で私をじっと睨む姿に愛しさを覚え、思わず笑みがこぼれてしまった。


 「と言いつつ笑う余裕があんじゃねーか。さっきも言ったけど下校時間なんだよ。オレも他人のこと言えた義理じゃねーがもうちょい真面目に授業を受けやがれ」


 ちょっとゴツゴツした指でパチンとオデコを弾かれる。


 「もう! 女の子の身体は果物のように傷みやすいんだから優しくしてよ、お兄ちゃん!」


 でもこれ以上小突かれるのは地味に痛いので止めて貰おう。

 スキンシップは嬉しいが痛いモノは普通に嫌なのだ。


 「それなら、もう少し真面目になるんだな」


 兄は笑いながらそう言うと私に帰宅を促した。


 「むー。だが事実なので反論出来ぬでござった。ちゃんちゃん」


 軽口を叩きながら、荷物を鞄に詰めて準備する。

 折角、お兄ちゃんから誘ってくれているのだから、この機会はまたとない好機だ。

 つまるところ、私がお兄ちゃんをメロメロに籠絡するチャンスなのだ。


 「今、変なこと考えたろ」


 「そんなことないよー」


 夕焼け前の教室の扉に手を掛けながら兄がそんなことを言う。

 すかさず、私は取り繕った。


 こんな平和な日々が続けば良いのに。


 教室の扉を抜ける。

 そこで気づく。

 これが夢だと気づいてしまった。


 ジジジ。

 砂嵐。ノイズ。

 キュルキュルと巻き戻っては、場面が切り替わる。


 ぐるぐる回る、ぐーるぐる。

 回るような視界で記憶が再生されて可笑しくなる。


 笑っちゃうよね。

 そんな平和な日常なんかやってこないのに。


 「あれ? どうしたのさ、お兄ちゃん?」


 のぞき込む青い瞳。

 私を絶望から救ったヒーローが倒れてる。

 どんな窮地も駆けつける正義の味方が地べたに血反吐を吐いていた。


 「止めてよ。ねえ、いつもみたいに私の頭を叩いてよ。オレがやられる玉かって言ってよ。……起きて。起きてって。──起きてよ、お兄ちゃん!」


 もう頭を撫でてくれない。

 もう私を妹だなんて呼んでくれない。


 もう、もうもうもう、もう。


 「起きてよぉ、おにぃい、ちゃぁん!!!」


 大好きなお兄ちゃんと生きられない。


 地下聖堂の祭壇で二人の男が倒れ込む。

 兄の手は冷たかった。

 バカみたいに正義を貫いて、相打ちになって死ぬ。

 なんて立派な人なんだ。

 なんて尊い死だと、誰もがお兄ちゃんを褒め讃えることだろう。


 そんな名声より、私は只、大好きな人と過ごしたかっただけなのに。

 己の正義を貫いた兄の亡骸を抱きしめる。


 この日、あの場所で、私の心は死んだのでした。


 カチカチカチ。

 時間が進む。

 逆しまに巻き戻っては、私の時間を永遠にループさせることでしょう。

 幸福な時を過ごしては、それを絶望させる瞬間を何度も見せる。

 地獄以外の何物でもない。

 嗚呼、吐き気がする。

 私はそれを無かったことにする為に此処まで来たと言うのに何も出来ずに夢を見ている。


 進め、進め。

 進ませろ。


 「ねえ、瑞希ちゃん。協力して欲しいことがあるの」


 神妙な顔した少女が一人部屋に籠っていた私に声を掛ける。

 抜け殻の私に何を頼もうと言うのだろう。

 何を言ったところでどうせお兄ちゃんは帰ってこないのだ。


 部屋に入ってきた少女の言葉を無視しようとしたとき、


 「私、もう一度、古瀬(ふるせ)さんに会いたいの」


 少女のその言葉が死んだ私の心を射止めたのだ。

 いや、射止めたのではない。

 私だって会いたいと思ってる。

 この女はそんな私の気持ちを揶揄ってるのかと思った。

 そう思ったら、抑えられない感情が爆発したんだ。


 「そんなの。そんなの私だって、会いたいよ」


 少女の胸倉を掴み、私は出来るだけ冷静にそう答えた。

 でも止まらない。

 感情はそれで止まってなんかくれない。


 「私だって、お兄ちゃんに会いたい。会いたいよ。でも、それは無理なの。お兄ちゃんは死んじゃった。死んじゃったら会えないの!」


 会いたい。

 けれど会えない。

 死者と言葉を交えることは二度と出来ない。

 その願いは永遠に叶うことはないのだ。


 「方法が、あるの!」


 でも、そんな私の言葉に少女は叫び返す。

 胸倉を掴んでいた筈なのに、いつの間にか少女の方が私の胸倉を掴み返してた。


 「死者復活の方法が、あるの! あの魔導魔術王(グランド・マスター)さえ考えもしなかった方法が見つかったの! それには、貴方の協力が必要なの!」


 揺すられる。

 彼女の言葉が本当のことか解らない。

 世界中を震撼させた、鬼才の魔術師が出来なかった死者蘇生が可能だという。

 そんな馬鹿なと思うだろう。

 でも、私は少女のその言葉に縋るしかなかった。

 だって、もしそれが叶うのなら私だってそうしたい。


 お兄ちゃんに会える。

 死んだお兄ちゃんと再び、言葉を交わせる。

 今度こそ、愛してると想いをぶつけれるかもしれない。


 心が揺れた。

 と言うより、決心した。


 「それ、本当でしょうね」


 真っすぐに見つめる碧の瞳。

 その瞳に映る私の顔は決意に満ち溢れていた。


 「ええ、勿論よ」


 思えばお兄ちゃんが死んでから、世界はモノクロでしか見れていなかった。

 そんなモノクロだった私の世界に再び色が付き始めたのは、この時からだったのかもしれない。


 ザー、ザー、ノイズの雨が降り注ぐ。

 視界いっぱいに砂嵐が入って鬱陶しい。

 そこで私はこれが夢なのならば、目を覚ますことが出来るのではないかと思った。


 微睡む私は自分自身に喝を飛ばす。

 さあ、目覚めろ、私。

 ここで古瀬瑞希(わたし)が目覚めなきゃ、お兄ちゃんに一生会えないんだぞ。


 ◇


 「どうやら、七瀬勇貴、アナタには記憶をお持ちじゃないから状況が掴めていらっしゃらないのでしょうが、昨夜、先生の一人が巡回をしたきり戻られて居られないのです。これがどれほど深刻な問題かお分かりできませんか? そうお聞きになられて何も思わないのですって?」


 突然、そんなことを耳元で叫ばれた。


 「うわっ!」


 鼓膜が痛い。

 耳鳴りが激しく、とても痛かった。


 「おいおい、こいつにそんなことを言ったところでアンタが求める答えは返ってこねーよ。……第一、非常事態だとか言われても、オレたちに何が出来るって話でもねーし、脳天気すぎてるなんてそれこそ当たり前だろ。つーか、一介の生徒がどうにか出来るって案件じゃねーよ」


 耳元でガミガミ叫ばれる僕を見かねて、火鳥がそんなことを少女に諌める。

 突然のことで、思うように現状が理解出来ない。

 後ろの方で、


 「おーぼーだーよねー」


 大げさにうんうんと頷く累の姿が見える。


 「そ、そんなことは解ってますわよ。だからといって何も警戒しないことには始まりませんわ!」


 バン、と目の前の机を叩き、今の状況がどれほど深刻なのかを熱弁するオレンジの髪の少女。

 そのツインテールの少女の名前は、確か──。


 「シェリア会長?」


 思わず、声が出る。

 きょとんとして、呆然としてる僕に向かって、何を思ったのかその少女が胸倉を掴みかかって来た。


 「ア、ナ、タ! もしかしてワタクシのこと、馬鹿にしてらっしゃいますの!?」


 今畜生とでも言いたげに、僕をグワングワンと揺するシェリア会長。

 それを落ち着かせようと、おいおいと宥める二人の友達。


 「どう、どう。ステイ。ステイだ、生徒会長。そいつが抜けてるのはいつものことだろう?」


 落ち着かせようとしているのか、それとも揶揄っているのか解らない火鳥のフォロー。

 なんか、その後ろでは累が鉛筆サイズの赤旗を振ってた。


 「兎に角、一介の生徒がどうしたところで、あの怪物に太刀打ちは出来ねーのは明白だ」


 そうだ、そうだーと野次を飛ばす累。

 うん、後でなんか累は後でぶん殴っておこう。

 そうしよう。


 「うぅ! しかし、今、此処で処理をしておかないと後々面倒なことになるのも明白なのですわ」


 シェリア会長が口ごもる。

 その姿を見て、何かが可笑しいと思った。

 根本的な何かが違う。

 僕は以前、これと同じような場面に遭遇したようなそんな気がする。

 デジャブ。

 そうデジャブだ。

 さっきまで何か恐ろしい光景に遭遇していたそんな気がしてならないのだ。


 違和感が脳を搔きむしられるような痛みと共に僕を襲う。


 ──それを。


 「まあまあ、シェリアちゃん。もうその辺で良いじゃないか。キミが何をそんなに焦ってるかどうかわかんないけどさ。カトリも言ったように()()はボクらの手に負えないってことは幾らキミだろうと理解出来るでしょ?」


 真面目な顔をした累の発言で拭われたのだった。


 「そ、それもそうですわね」


 一瞬、怯むような目をしたシェリア会長は累の言葉に賛同する。


 キンコーン、カンコーン。

 授業開始を告げるチャイムが鳴る。

 いつも通りの日常が再開される。

 別にどうってことのない循環だ。

 気にする必要は何処にもない。

 見ない振りしていれば、終わるのだ。


 しばらくするとハゲの教師がやって来た。


 「起立、礼。着席!」


 席に戻ったみんながシェリア会長の号令に素直に動く。

 終わらない平和な日常が再び、始まった。


 チクタク、チクタクと時計の針が進んでく。

 教師が垂れ流す、無意味な術式をノートに書き綴ってく。

 今、教壇でを授業をする名前も覚えてない教師が何か大切なことを教えている。

 例えば、あのお方が如何に偉大な魔術師であったのか。

 その魔術師を殺した愚か者がどんな末路を至ったのか。

 全てが無意味であり、全てが僕にとっては無価値なこと。

 それら全てを、その短い授業で詰め込んでいく。


 「それでは、本日はここまでとする」


 授業が終わる。


 「起立、礼。着席」


 シェリア会長の号令と共に授業が終わる。


 キンコーン、カンコーン。

 授業終了のチャイムが鳴った。


 「さーて、次の授業は何かなー」


 次の講義の内容が思い出せない。

 あれ? 可笑しいな。

 不安になる。

 何だろう、何か大切なことを忘れている気がする。


 「おーい、ぼうっとしてどーしたのさ、ユーキ? 次は移動教室なんだから、早いところ準備しないと間に合わないよ?」


 累がこちらに近づいて来る。

 小動物なつぶらな目をして、頭を押さえる僕に間の抜けたことを言った。


 「え? ああ、そうだったっけ?」


 慌てて僕は、そう返す。


 「そうだよー。まさか、次、何やるか忘れちゃったの?」


 もうおっちょこちょいだなーと言いながら、次の講義が何処で行われるかを教えてくれる。


 「ごめん、ごめん。それで、次は何やるか教えてくれる?」


 累の気遣いにそう返して、尋ねる。

 そんな僕の対応に気軽に答えてくれた。


 「良いよー。次はグラウンドで異星の蝙蝠(ビヤーキー)の召喚魔術の実習だよ。だからみんな、それっぽい教材持ってグラウンドに向かってるだろう?」


 早くしないと間に合わないよ、と累が急かす。

 ……異星の蝙蝠(ビヤーキー)って何だよ?


 「そ、そっかー。それならハヤク行かないといけないよね」


 机から適当にノートとそれっぽい教科書を手提げ鞄に詰めていく。

 文房具も突っ込んで、さあ、グラウンドに向かおうと累にお礼を言う。


 「教えてくれてありがと、累。お陰で助かったよ」


 そう言って、次の講義への支度をして教室から累と一緒に出る。

 ガラガラ、と教室のドアを開けて、バタン、とドアを閉める。

 それだけの動作。

 何の不自然なことはない。


 なのに。


 「良いともー! さあ、早いところ向かおうか!」


 どうしてこんなに僕は焦ってるんだろう。

 何がそんなに気に食わないのだろう。


 駆け足でグラウンドへと向かった。


 ◇


 ピピピ! ピピピピピピ!!!


 コントロールルーム内に喧しく鳴る電子音で目を覚ます。

 重い瞼を擦りながら周囲を伺うと、傍にいた久留里天音の姿が無くなっていた。


 「そう、あいつにしては目を覚ますのが早いんですこと」


 嫌味の一つも呟きたくなる。

 現状がどうなっているのかをモニターを通して調べる。

 地下聖堂に幻想たちが鈴手アズマによって制圧されている映像が確認できた。


 「バレないようにしなくちゃねー」


 もうすぐコントロールルームにアズマが戻って来て、私の強奪(コード)を手に入れようとするだろう。

 そうしたら、アズマと『外なる神』を同時に相手することになる。

 流石の強欲の権能(チート)でも、無理がある話だ。


 「──っち。そりゃあ、アクセス権限は持ってくよね」


 自我がある程度削られているとは言え、アズマは討伐隊に選ばれた魔術師だ。

 それぐらいの知恵は働かせれるに決まってる。

 だからこそ、今の状況はこちらが圧倒的に不利だ。

 せめて、シェリアがこの場に居てくれさえすれば状況はひっくり返せるのに。


 「まあ、無いもの強請りをしたところで意味はない、か」


 影絵の猿(エイプ)を使ってしばらくは身を隠そう。

 『外なる神』となっている男が如何に優れた権能(チート)を保有していようと、流石にあの影絵の猿(エイプ)の隠蔽は見破れない。


 カチカチカチ。

 キーボードを叩く。


 「なーるほど。これが私の影絵の猿(エイプ)を突破したイレギュラーね」


 外なる神への対策をしていると、モニター越しにそれを認識することに成功する。

 ■■飛鳥を騙るそれの正体もそれで看破したのだった。



 どうか面白い、続きが気になる、応援して下さると少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!


 批評、アンチ何でも励みになりますのでこれからもよろしくお願いします!


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