005 助けて
空白の名前。
第七回目の転生者の作成にインプットされていく私の思念情報。
記憶が拡張されると共に、選択の幅が広がり、私が好きになった貴方から遠ざかる。
繰り返す。
私は諦めない。
一度目の貴方じゃない、──本当の貴方の帰りを待っている。
それが魂を持った人たちを『外なる神』の存在を誤認させる。私は歯がゆくて仕方なかった。
「────」
空を見上げると、星のない宙に落書きの月が浮かんでる。
子供だましのそれを見ても、私の心の透き間は埋まらない。
会いたい。
貴方に会いたい。
誰からも必要とされない私を助けてくれた貴方に会いたくて仕方ない。
情報が喪失する。
魔導魔術王の影が嗤う。
嗚呼、こんなにも貴方を慕っているのに、誰も貴方を見つけない。
ループする。
誰よりも好きな人は今日も救われない。
ループせよ。
あの人が笑った夢を叶えるために、この不条理な世界を壊すのだ。
────「知るか。そんなもの知るか! そんなテメェ勝手なルールなんて知ってたまるかよ!」
絶対、諦めない。
たとえ、この身が消失しようとも貴方だけは救って見せる。
◇
ジジジ。
欠けた夢を見る。
いつまでも永遠に微睡める泡沫の夢。
繰り返す、僕のとある日常。
再現せよ。
誰も望まない仮初の平和を享受する。
誰かが起きてと呼びかける。
もう駄目だ。
もう駄目なんだ。
こんな弱っちい僕なんて誰も助けてなんてくれない。
立ち向かったってどうせ誰も見向きもしない。
もう止めた。
もう止める。
止めた。止めた止めた止めた止めた。
諦めれば、それで良いじゃないか。
君だってそう思うだろ?
暗闇が支配する。
底なし沼に堕ちていくのに誰も手を差し伸べてくれない。
そうだ、僕には出来っこなかった。
調子乗って立ち向かったって返り討ちに遭うだけなんだ。
だから、このまま眠ってしまえば良い。
ザザザ。
一人ぼっち。
永遠にこのまま。
自分が自分でいられない。
否定される自我。
多くの人間が僕よりも名前も知らない誰かを褒めたたえる。
どうして。
どうしてどうしてどうして、僕だけがこんな目に遭わなくてはならない。
────「初めから期待されちゃいない貴方は、漸く、その生きる人生に意味を持たせられるんです」
声が聞こえる。
声が聞こえるんだ。
僕を責め立てる声で埋め尽くされて、嫌になる。
頭が痛い。
見たくない現実。
聞きたくない現実。
目をそらしたくなる真実。
砂嵐。ノイズ。雑音。罵詈雑言。責め立てる人たちで僕の世界は満たされてく。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
もうたくさんだ!
────「死ね! 死んじまえ! テメェなんか誰も見ちゃいねぇんだよ! ココで心なんか壊れちゃえ!!!」
見なくて良いのなら、どうすれば良い?
聞きたくない怨嗟の声はどうすれば聞こえなくなる?
誰も期待しない癖に、いつまで僕は苦しめば良いんだ!
────「ダーレスの黒箱を探しなさい、勇貴さん」
止めろ。もう立ち上がりたくない。
────「貴方が救われるにはそれしかない。先に進むには、それを破戒するしかないのです」
どうせ無意味だ。
────「大丈夫。貴方ならまたたどり着けます。だって貴方は、私の希望。私のヒーローなんですから」
僕にそんな器の人間になれやしない。
空っぽだ。
何一つ真面に出来ない空白の人間でしかない。
だと言うのに。
────「それで良いの?」
声がする。
暗闇の中をひたすらに手を差し伸べる誰かの声が聞こえる。
────「本当にそれで良いの?」
一筋の光を求めた。
救いの手を差し伸べようとしている。
差し伸べたところで意味がないと嗤われようともその手を差し伸べることを諦めない誰かがいる。
────「辛いんでしょ? 辛くて辛くて、どうしようもなく悲しいんでしょ!?」
無償の愛。
親愛なる友達はこんな僕にどうして手を貸してくれるのか、理解出来ない。
────「大切なことだった。どんなに壊され変えられてもそれだけは手放さなかった! そんな大切なものを失くして平気な訳ないでしょう!」
だから。
────「そんな私にとって勇貴さんは、希望みたいなものなんです」
「……あ」
此処で諦めたら、無意味になる。
目を覚ませ、七瀬勇貴。
お前はどうしようもないヘタレ野郎だけど、誰かが苦しんでるのを見捨てれないバカだったろう?
「あ、あア。ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ベッドから起き上がる。
悪夢を見た。
とびっきりの悪夢だったけど、内容は思い出せない。
散らかった部屋。
時計を探して、今が何時なのか調べる。
カチカチカチ。
七時に時計の針が回ってるのが見て取れた。
食堂へ行って朝飯を食べてしまおう。
腹が減ってるから悪夢を見るんだ。
寝ぼけ眼で食堂へと向かう。
酷い夢だった。
内容は思い出せないのに、嫌な夢だったということだけが思い出せる。
ジグザグ、ジグザグ。
切り離された記憶。
僕は運命に翻弄される操り人形。
誰かの期待を見ない振りする哀れな愚者は、くだらない夢に浸るのだ。
ジジジ。
「おはよう、七瀬」
赤い長髪の女の子が挨拶をしてくる。
気分はルンルンで、何処かそわそわしていて可憐に見える。
彼女のような美少女に挨拶をして貰えるなんて、今日はなんてツイてる日なのだろう。
「おはよう、■音」
声が裏返る。
自分でもビックリする。
何をそんなに怯えてるんだろう。
「今日はいい天気だな」
朝日が眩しい。
とても温かい日差しで、気分が晴れやかになるというものだ。
「そうだね。うん、良い天気だ」
話に詰まったら天気の話題でその場を濁す。
当たり前の処世術だ。
「そう言えば、今日だったかな?」
髪を弄りながら、もじもじと腰をくねらせ彼女は話す。
気持ち悪い。
「──ん? 何か特別なことでも今日あったっけ?」
思い出そうと首を捻るが、何も思い出せない。
「何って、名城の処刑日だろ?」
……?
処刑日って何?
「もう、そこからかよー。この間、裏切り者の名城をみんなで殺そうって決めただろう」
この間。
「この、あいだ?」
意味が解らない。
さっきから頭が痛いけど、放っておこう。
どうせ考えたところで無意味だ。
「そ、そっかー。それなら、クラッカー持ってお祝いしに行かなきゃね」
ザザザ。
酷い痛みに脳が搔きむしる。
目出たい筈のそれに嫌悪感を抱いて仕方ない。
「そうだな。よーし、そうと決まれば朝飯でも食いに行こうぜ」
男勝りな口調。
手を引いて食堂へと向かう■音に連れられ、走り出す。
……痛い。
何も考えないようにしなきゃ。
◇
食堂へ着く。
いつの間にか手を握っていた少女は消えていた。
役割を終えたからか、その存在を認知することが出来ない。
「おはようございます、せーんーぱーいー!」
いつもニコニコ、元気なアイドルに出くわした。
ズキリと頭が痛くなる。
「お、おはよう」
無視しろ。
痛みなんて幻覚だ。
そんな当たり前を忘れたのか?
「いやー、良いですねー。こうも賑わってくれていると、気分が快適になるものですよ!」
テンション高い。
ウゼェ。
「今日は何かのイベントかな?」
食堂をもう一度見渡す。
ザクザク。
ジュルジュル。
影絵が集まって、みんなを殺して回ってる。
実に愉快で甚だしい。
堪らない。嗚咽が堪え切れない累の姿を見てると何だかこっちまで気分が良くなる。
血だらけの死体の山を見て、僕の倫理観が崩壊する。
嗚呼、嗤えない。とてもじゃないが、嗤えないのに笑ってしまう。
「アハハ! アハハハハハハ!!!」
救えない。
なんてみんなハッピーなんだ。
「そうですよ! イベントです! あのにっくき、名城真弓のアバズレの首をちょんぱ出来るんです!」
食堂が賑わう。
阿鼻叫喚の光景なのに、僕の心は動かない。
そうだ。僕の心はもう死んだんだ。
「あの時。あの日の、あの憎悪は忘れやしません。いつかこうすることが出来ることを私は待ちわびていたのです」
テーブルに並べられる肉塊がジューシーで美味しそう。
隣にいるアイドルはそれを見て嬉しそうだ。
「さあ、食べ頃ですよ、先輩!」
満面の笑みで、箸を使って肉塊の一つを僕の口に近づける。
「はい、あーん」
ガブリとそれを頬張ると、目の前が真っ暗になった。
ジョキジョキ、──ジョキジョキジョキ。
記憶を切り離す。
嫌なことは考えない。
自分が良ければ、それで良い。
大丈夫、見ない振りは得意なんだ。
ぐるぐる回る。
屋上から飛び降りる人影も。
血反吐を吐いて立ち上がろうとする男も。
七度目にして心が壊れた男の満ち足りた笑顔を見れば、それも無駄ではなかったと思い込め。
「アハハ。──アハハハ!」
聞き覚えのある男が笑い出す。
キキキ。
キキキ!
「──っ」
目が覚めると、死体の山が僕を出迎える。
積み上げられたそれは膨大なテキストデータとなって捨てられていく。
嫌だ。
あんな最期はごめんだ。
こんなのは可笑しい。
涙が止まらない。
嗚咽が止まらない。
震えが止まらない。
我慢が出来そうもない。
「もう、嫌だ」
嫌になる。
なんで僕がを繰り返す。
「お前なんかに! お前なんかに彼女を渡してなるものか!」
暗闇の世界に醜い男の嫉妬が木霊する。
身体が動かない。
不細工。デブ。ニート。引きこもり。ダメ男。親のすねかじり。
誰かを愛そうと出来もしないのに自分だけを甘やかしてくれる存在に固執する。
醜悪だ。
見るに堪えない。
「そうだ、こうしてやる! お前なんてこうしてやる!」
頭が痛くなる。
ガシっと頭を影に掴まれて、銀の鎧の騎士が断頭台へとやって来る。
客席から歓声が上がって最高だ。
嗚呼、やっと終わる。
この地獄から解放される。
もう痛いのは嫌だ。
これで死ねると思うと嬉しくて涙が出てくる。
────「それで良いの?」
「良いよ」
────「本当にそれで良いの?」
「もう良いんだ」
────「良いわけ、あるかよ!!!」
幻の硝子が砕ける。
頸が落とされようとする。
明確な死を前に死にたくないと思ってしまう。
廃騎士の幻が両刃の剣を構えた。
振り落とされるまでカウントしよう。
三。
出せる手はない。
魔術破戒は現実化出来ない。
二。
ならば、僕に何が出来ると自問自答する。
何も出来やしない。
僕に出来ることは何もない。
一。
嗚呼、全てがどうでもよくなった。
自暴自棄になって、全てがスローモーションとなってくる。
────「友達ってのは困ってるダチを助けるモノなんだろ?」
不意に。
そんな言葉を思い出した。
零。
首から下へ向かって、断罪の剣が振り落とされた。
同時に叫ぶ。
ありったけの声で助けを求める。
「助けて!!!」
それが無駄なことだとしても。
掠れて、声というには小さな懇願であったとしても。
疑うばかりで、誰の声も信じれなくなっていても。
──それでも、僕は信じてみたくなったんだ! 友達が言った、善意の塊ってのに賭けてみたくなったんだ!
ゴウッ!
瞬間、暗闇に焔が生まれた。
焔は闇を掻き消すほどの光を宿し、燃えている。
掴まれていた身体が後ろに引っ張られ、廃騎士の剣が空を切る。
闇が晴れると、景色は地下聖堂になっている。
助けを聞いて駆けつけて来た一人の男の背中が見えて──。
「次から次へと厄介な!」
廃騎士の幻はそんなアズマの声と同時にかき消えた。
影の観客はヤジを飛ばすこともない。
「おそ、かった、じゃ、な、い、の」
未だ死にかけのリテイク先輩。
続けざまに僕とアズマの間に割って入る人影は、待たせたなと啖呵を切る。
「オレのダチに手ぇ、出してんじゃねぇえ!!!」
絶望から希望へ一筋の光を求め、不死鳥は産声を上げる。
さあ、反撃の狼煙を上げろ。
さすれば、救いの導きが下るだろう。
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