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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第三章:終結螺旋
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004 愚かな道化が舞台を踊る


 僕には、物心ついた頃に親と呼べる人間が居なかった。


 「く、来るなぁ!」


 走る。

 追ってくるヤツに追いつかれまいと、必死で逃げる。


 幼いながらも子供の足では追いつかれるのが時間の問題なのは分かってた。

 けど、生きたかった。

 たとえ、拠り所がない人間だとしても、本能がまだ生きたいと叫んでた。


 「ハァ、ハア」


 だから、死に物狂いで暗い夜道の追いかけっこに乗じている。


 走る。走る。

 涎を垂らした狼の遠吠えが木霊する。


 「──っうわぁ!」


 そんな時、何かに足を引っ掛けを転んでしまった。


 「いた、──っつぅ」


 慌てて体勢を立て直そうとしたら、近くに小石が転がってるのが見えた。


 なんて、間が悪い。

 こんな時に、小石に躓くなんて運がないとしか言いようがない。


 本当にツいてない、と相変わらずの運の悪さに嫌気が差す。

 それは、数秒のタイムロスだ。

 同時にそれは、僕にとっては致命的な隙であった。


 「……ウゥ、ウウウ」


 そんなものを腹を透かせた獣が逃がすはずもなく。


 「ウゥウウウ、ワァオォン!!!」


 尻尾を振ってやって来る。

 涎を撒き散らす犬畜生は、ご馳走を前に舌なめずりを忘れない。


 自慢の牙を見せつけ、強者であることをアピールし、立ち止まる。


 全く以て、不幸だ。

 こんな最期を迎えるだなんて僕は本当にツいてない。

 こういう時って大抵、走馬燈とやらが見えるって聞いたけどそんなのは嘘っぱちみたい。

 だって、今から死ぬっていうのにそんなものが脳を掠めてもくれないんだから仕方ない。


 寒気がする。

 とても寒い冬の夜。

 雪が降るんじゃないかってぐらい寒くて、とても辛い。


 嗚呼、どうせなら誰かに抱きしめて貰える人生を送って見たかったなぁ。


 綺麗な月をバックに、狼男がガブリと僕の喉元に食らいつこうと身を屈ませた。

 怖い。

 とても怖い。

 一秒後に訪れる激痛に備える為、目を思い切り瞑った。


 ──だが、それは来なかった。


 体になま暖かいモノが被さった。

 それは、鼻を曲げるほどの錆臭さを帯びた液体だった。


 「──ゥウウォオオン!!!」


 全長が三メートルを越える影が揺れる。

 ドサリと近くで何かが倒れてた。

 数秒後にやってくる筈の死が来ないことに疑問を感じて瞼が開く。


 「──え?」


 凍えるような寒さを紛らわした何かの正体が真っ赤な何かだと理解する。

 僕は痛くなかった。

 体をペタペタと触り確認しても、怪我は負っていない。


 僕を喰い殺そうとしていた狼男の姿を探しても、それらしき怪物は立っていない。

 目の前にあるのは、真っ二つに体を裂かれた狼男の死体が転がってるだけだ。


 いや、本当は気づいてる。

 だって、狼男が居た筈の場所に一人の男が立っているのが見れたから。


 「よう、坊主。不運だったな」


 狼男ほどではないが大柄な体格。

 益荒男を体現したような巨体はそのダンディな声を引き立たせるスパイス。

 厚手の黒いジャンパーを羽織っており、月明かりが無ければ男を視認するのは難しい。

 轟々とした威圧。

 ニットを被ったグラサンの男が自分などよりも遙かに強者であることが示唆された。

 まあ、こんな年端もいかない子供相手に大人が力で負けることはないのだが。

 それでも、僕にはどんな物語の主人公よりも男が何倍も格好良く見えたのは言うまでもなかった。


 「──っう、うん」


 だが、驚いた。

 こんな夜更けに怪物に襲われてるからと言って普通、助けに来るものか?

 子供ながらに目の前の大人に疑心暗鬼になる。

 どうせ、この男も今まで僕にすり寄ってきた奴らと同じなんだろう。

 僕は子供だ。

 どうしようもない孤児と呼ばれる、親のいないガキだ。

 そんな卑しいガキに誰も助けなんか来ない。


 「坊主、ずぶ濡れだなぁ。こいつは大変だ。そうは思わんか?」


 ダンディな渋い声が吐かれる。

 此処には男と僕の二人しかいないのに奇妙なことを言っている。


 「なーにー! 思うだろうが! 見たところ弱々しいのは見て取れるだろ? こんな夜更けにまた放っておいて見ろ、何処ぞの狗に喰われて死ぬのがオチだ」


 やはり、この男はどこか可笑しい。

 助けて貰っておいてあれだが、男もといおっさんと関わるのはこれで止めよう。

 今なら、走って逃げればどうせ追ってこないだろうし。


 「おい、坊主! お前さん、行く宛はあるのか?」


 そんなことを考えてたら、不意にそんなことを聞かれる。


 「──え?」


 まさか、おっさん、僕を助けようなんて言わないよね?


 それが、僕とおっさんとの出会いだったと言える。

 とても寒い冬の夜のことだった。


 ジジジ。


 ノイズが襲う。

 空間が歪む。

 世界が暗転して、意識が浮上する。

 これは、夢。

 過去の記憶。

 遠い昔の出来事で、僕が魔術師を目指した目標でもあった。


 ザー! ザー!


 目を覚ます。

 懐かしい夢を見てた。

 救われた。

 確かにこの時、私は救われた。

 魔導の道を進むきっかけが、まさかあんなありふれた出会いをするとは子供ながらに思わなかった。


 ◇


 「ようやく、会えたよ」


 立ち上がるのもやっとのリテイク先輩を庇うように、再び魔術破戒(タイプ・ソード)現実化(リアルブート)させる。

 満身創痍の体を引きずっている姿を見て、アズマを相手にリテイク先輩が善戦出来るとは思えなかった。


 「ククク。そうだな」


 嫌な笑み。

 上から目線で偉そうに振る舞う姿は、まさに道化師と呼ばれるに相応しいと言える。


 「随分と余裕なんだな」


 多分、リテイク先輩とサシで殺し合ったのだろう。

 その筈なのに、アズマは全くの無傷。

 これがどういう意味なのか考えつかないほど僕は腑抜けちゃいない。


 「余裕だとも。人間が蟻を相手に大怪我を負うとでも思ったかい?」


 パチンと指を鳴らすアズマ。

 瞬間。

 アズマの背に十を越える銀の杭が現れた。


 「言っておくけど、君だけが権能(チート)の恩恵を受けている訳ではないんだよ。私にだってこの通り、外なる神による(コード)が備わっているのだ」


 空間を歪ませて出現する杭に異様な重圧を感じられる。

 それは、あまりにも禍々しく。

 それは、強大な異能だと言う証明か。


 ギチギチギチ、ギチ!


 何十と呼ばれる鎖が重なり、僕たちを包み込むように檻を形成する。

 一瞬にして展開されるそのコロシアムに言葉が出ない。


 「そうだ。そうさ。そうだとも! 君だけではない! この私こそが選ばれた者。この私だけが万能なる神に等しい使者となる!」


 震えている。

 アズマは自分の体を自分で抱きしめて、歓喜するみたいに震えてる。


 「その為に邪魔だ。君の理性が邪魔だ。君の感情が邪魔だ。君の魂は改竄されなくてはならない!」


 目を見開き、血走る姿は狂人の域を達した。

 それがこちらの言葉を理解することは望めない。

 鎖がギチギチと鳴らし、獣をいたぶるだけの拷問劇場となったのは明白だった。


 「再現の夜だ! 再現の夜を始めよう! 君の心を真っ白にするのだ!!!」


 己の力の在らん限りを尽くし、魔術師は絶叫する。

 同時に宙に浮かぶ鉄杭の雨が僕ら目掛けて降り注ぐ。

 圧倒的な数の暴力。

 鈴手アズマが何を目的に僕を襲うのか今一理解出来ないが、雑にあしらっても気に食わない。

 まるで子供の癇癪か何かのようで、こちらのことなんか考えてもいない主張。

 聞くに堪えない戯れ言だ。

 そもそも再現の夜でお前のその願いとやらが叶えられるのかも甚だしい。


 要らない思考で二秒無駄にした。

 回避は出来ない。

 出来たとしても、直ぐ近くに満身創痍のリテイク先輩がさらに傷を負わせることになるので却下。

 思い切り横に一閃。

 コンマ一秒の判断で繰り出されるカウンター。

 正解だ。

 瞬時に理解する。

 手に痺れる感覚が付加され、一撃を防いだ時の火花が巻き起こる。

 一歩駆け出す。

 コンマ十秒で相手との間合いを五歩ほど縮まる。

 ここまでは順調。

 容赦ない一撃が休める暇も与えず放たれてる。


 ジジジ。


 一撃を往なす毎に、脳裏に掠める知らない人の記憶たち。

 スパークした。

 廃人一歩手前の頭が残された猶予の残高を教えてくれる。


 この杭をマトモに受けていたら、きっと僕は死ぬ。

 体が死ぬのでなく、きっと心が何かに殺される。

 魂の情報をグチャグチャにかき回されて、理性のない廃人へと生まれ変わるだろう。


 危険。

 危険、危険。

 これをマトモ相手するのは危険だ。

 今更ながら本能が危険信号を送り出す。

 数秒が無駄になる。

 思考が定まらない。

 アズマと僕の距離はまだ数歩先で、魔術破戒(タイプ・ソード)の間合いには届かない。

 只の攻撃ではない。

 精神汚染なる精神攻撃を目的とした(コード)

 それが、魔術師、鈴手アズマが持つ権能(チート)のようだ。


 マズい。

 足下がオボツカナくなって、意識が遠くなる。

 杭に体が貫かれた訳でもないのに、体が重く感じてきた。


 ジャリリリとかそんな幻聴が聞こえる。

 四肢が何かに縛られて、時が止まったような感覚に陥った。


 それでも、一撃を与えればどんなに優れた権能(チート)を持っていようと対象を消滅(ロスト)出来る。

 しかし身体は動かない。

 指先一つすらマトモに機能しない。

 後数歩先へ踏み込んで渾身の一撃を食らわしてやるだけで良いというのに!


 一秒が止まる。

 意識が。意識が定まらない。

 足元がおぼつかない。

 なんだ、これは?

 僕はまた、何も出来ずに終わるのか?


 夢を見る。

 知らない少女が血塗れで倒れてる。

 ギュッと強く抱き寄せて、声を掛ける僕。

 焦点の合わない少女の瞳。

 呼びかける。

 その死を許さないと泣き叫ぶ。

 地下聖堂の祭壇前で二人の夢が潰える。


 六花は死んだ。

 これは僕の記憶じゃない。

 僕の記憶でなくとも、その意志は確かに引き継いだのだろうと鼓舞する。


 動かない身体。

 鎖が全身を締め付ける。

 魔術破戒(タイプ・ソード)の柄をギュッと強く掴む。

 イメージしろ。

 この魔術破戒(タイプ・ソード)はありとあらゆる魔術を破戒する幻想殺しの魔剣であると強く思え。

 意志を強く念じれば、こんな拘束など解ける筈なのだから。


 「──ぅうううおおおお!!!」


 スイッチが切り替わる。

 止まっていた一秒が動き出す。

 彼らの無念を晴らすのなら、此処で立ち止まることは赦されない。

 足を踏み込む。

 霞んでいた視界が晴れて、目の前のバカ野郎の姿を捉える。


 ジジジジジジジ!


 だが。

 そこで。


 衝撃が走る。

 再び、戦慄する。

 何度もそれを繰り返す。


 ギギギと間接が悲鳴を上げて。

 先ほどまで居なかった第三者の姿を捉えてしまった。


 「──っえ?」


 この場に居ない筈の人物。

 見覚えのある少女が鎖に雁字搦めにされていた。

 喉元に杭が押しつけられて、ほんの少し力を込めてしまったら喉元に食い込んで殺されてしまう。

 僕はその少女にいつだって助けられてきたのだから、見間違える筈がない。


 瞬間。

 腹にドスンと衝撃が掛かる。

 続いて四肢が鎖に絡め取られて、組伏せられる。


 「──っぐぅう!」


 苦痛。苦悶。激痛。鮮血が口からコボレる。

 痛い。

 あまりの痛みに脳が掻き毟られる。

 まるで頭の中にムカデか何かが入り込んだみたいだ。


 「あ、ぁあ、アアア。アァ、アアア!!!


 痛覚。抹殺。苦痛。激痛。

 脳が這い回る。

 チクタク、チクタク。動き出す。

 鮮烈に、静粛に、最悪に、醜悪に、ありとあらゆる痛みが全身を掛け巡る。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 気持ち悪さが汗となって滲み出て、溢れんばかりの絶叫が喉を通して世界へ進出する。


 手から魔術破戒(タイプ・ソード)の魔剣が離れる。

 最強のチートが現実化(リアルブート)出来ない。


 吐血しては立ち上がろうとするが力が入らずその場に倒れる。

 身体が抗うことを拒否して、脳が思考停止する。


 「さあ、再現の夜を始めよう」


 先ほどの狼狽が嘘のように、静かに男は宣言する。

 それを僕は聞くしか出来なかった。


 目の前が真っ暗になる。

 眠るように意識が深い闇へと堕ちていく。


 「勇貴さん、立って下さい!」


 何処からか真弓さんの声が聞こえたが。


 夢を見る。

 夢に溺れて、僕は再び胡蝶の夢へと誘われた。


 「さあ、再現の夜を始めよう」


 開幕乱舞、至極玉砕。

 弱者崇拝、微睡ム夢二溺死セヨ。


 外なる神。

 空白の男。


 ──完結を遠ざける意味不明な文字の羅列によって、今、舞台の幕が上がる。



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