003 役者不足
「う、ぐぅ」
真っ暗闇へ堕ちていく。
心が折れ、立ち上がることを拒否し、見渡す限りの影たちが僕を品定めする。
「ここまで、か」
抵抗空しく僕は死ぬ。
それは、体が死ぬという訳でなく心が死ぬという意味合いの死であった。
「──っつぅ」
消失する自我。
固執していた記憶。
星のように散った自意識が、この世界の欠片として改竄されていく。
「嫌だわ! そんなことってないじゃない!」
愛する彼女が泣き出した。
まるで自分のことのように悲しむ■■■■を見ても、何の感情も抱けなくなってしまった。
「────」
ともかく、僕と少女の夢は此処で潰えた事実は変わらない。
目の前の彼女が吸血姫として生まれ変わるのも時間の問題だ。
ジジジ。
空を見上げても、真っ黒に塗り潰された視界には、何も映ることはない。
「せん、ぱい」
声を振り絞る。
無意味だと解っていても、今も泣き続けてるだろう彼女に向けて。
ザー、ザー。
そうしなきゃいけない訳じゃない。
そうするべき義務なんかないけど、僕がしたいからするだけだ。
ズブズブ、ズブズブ。
掛け替えのないモノが、地べたを踏みしめた足が行き場をなくして底なし沼へと沈んでいく。
最期に/手を伸ばす。
ザー、ザー。
どうしても/後少しなのに。
ザー! ザー!
言いたかったことがあるのに/この手は彼女に届いてくれない。
それでも。
──それでも、僕は手を伸ばし続けた。
「■に、な■だって、■って!」
聞こえない。
名前が分からない少女の、その澄んだ声がノイズが邪魔して聞き取れない。
けど、まだ言いたいことを伝えれると安堵もした。
なら──。
「あ、い、し、て、る。──愛してるよ、■■イ■」
ずっと言いたかったことを。
最期まで伝えれなかった告白をしよう。
そうして。
「虫食い。消失。自我消滅。アストラルコードは変換出来ませんでした」
少女のアナウンスと共に誰かの慟哭だけが世界に響き渡った。
ジジジ。
また失敗。
失敗失敗、また失敗。
ループする。
ループしてはまた繰り返す。
三度目の結末はあんまりだ。
大好きな人は取り戻せませんで終わるなんて、いつも通りでつまらない。
でも、仕方ない。
理由は明白。
三番目の少女の敗因は、月が出なかっただけなのだから。
◇
圧倒的な廃騎士をリテイク先輩はその動きを封じて見せた。
流石と賞賛を送るべきか。
それとも、そんな力があるのならもっと早くから使ってくれよと文句を言うべきか悩むところだ。
ポカッ!
「いたっ!」
などとアホなことを考えてたら、頭を小突かれてしまった。
七瀬勇貴に十のダメージ。効果は今一つのようだ……。
「あら、そう? なら、もう一発殴っておきましょうか?」
すると、額に罰点マークを浮かべる小柄な吸血ガールに遭遇するんだから世も末だよ、全く。
「え、遠慮しておきます」
すみませんでしたと、ジャンピング土下座する。
「分かればよろしい」
えっへんと胸を張る先輩の姿に空気が和む。
「でも、どうしてリテイク先輩が此処に居るんです?」
僕みたいにダーレスの黒箱を持っている訳でもなさそうなのに不思議だ。
「あー。それ気になっちゃうわよねー」
なんか明後日の方向を向き出すリテイク先輩。
吹けもしない口笛まで吹こうとしてるから余程、答え辛い質問だったのかもしれない。
マズったか?
「いや、そうじゃないんだけどね。うーん、あれだ。廃騎士も私と同じ上位幻想ってヤツなのよ」
それで察しろとか言わないで下さいよ。
「察しなさいな」
そんな僕の思ってる通りのことを言わないで下さいよ!
「えー! だってー、せーつーめーいー、めーんどーいー!」
駄々コネないで頼みますよー!
ほら、この通り、一生のお願いですから!
「う、ぅううう。もしかして私が貴方に一生のお願いされると断れないの分かってて言ってるでしょう」
「何のことです?」
関係ない話だけど、口笛ってどうやって吹けるんだろうね。
今度、誰かに教えて貰おう。
「あああ! もう貴方って人は!」
先輩にだけは言われたくないですよ。
「あー、もう! ハイ、休憩終わり! さっさとコントロールルームへ行くわよ!」
無理矢理に話を終わらせ、ズカズカと先へ進んでいくリテイク先輩。
その後ろ姿に、僕は何処か懐かしいモノを感じたのだった。
◇
モニター越しに裏切り者の姿を見る。
折角、向かわせた廃騎士をいとも簡単に封じ込めた手腕の高さに畏怖の念を抱かずにはいられない。
「バカ、な」
悠然と腰を据えて待っているだけの私。
少しだけ戦力を削いでおこうとしたのに、この有様。
目の前の光景に開いた口が塞がらない。
カチカチカチ。
上位幻想へ停止コマンドを送るもエラーとなって返ってくる。
ふざけるな。
この場面を築けたのに一体どのくらいの犠牲を払って来たというのか解ってるのか?
そう憤怒するも、愚者がこちらへと向かう姿を止められない。
「クソ。クソ、クソ、クソ!」
エラー。
対象は停止しません。
エラー。
『アトラク=ナチャ』の凍結命令を解除しますか?
デスクに備え付けられたキーボードを叩き割る。
血がにじみ出る思いだ。
拳からはダクダクと血が溢れ出てくる。
憎悪する。
嫉妬の感情で胸が張り裂けそうだ。
憤怒した。
憤怒した。
憤怒して、やはり幻想共では役不足だと痛感した。
「ハア、ハア」
頭が割れるように痛い。
己の心臓に埋め込んだダーレスの黒箱がまだか、まだかと訴える。
「やはり、そうでなくては」
口元が歪む。
目つきを鋭くし、この焦がすような殺意に身を任せるべきだ。
理性は不要だと言っていたばかりなのに、自分はその理性を捨てもしないのだから仕方のないと割り切った。
狂え。狂え。
さあ、再現の夜を始めよう。
何度も繰り返す世界を構築するのだ。
こんな愚者しかループ出来ない不完全な世界ではない私の為のリセット世界。
そうだ。そうしよう。
その為には■■の魂を構成するアストラルコードの情報遺伝子を魔導魔術王に改竄しなくてはそれが実現されないのだ!
テロップが収束し、伸縮し、自身のアストラルコードへの干渉術式が決壊する。
世界を逆しまに回せ。
屍を積めばそれが現実化するのであればそうするだけだ。
そうと決めれば、こちらから向かうのみである。
バサッと白衣を翻し、私はコントロールルームの扉を開いたのだった。
◇
廃騎士を拘束し、先を目指す僕らを阻める敵は居なかった。
リテイク先輩という戦力も加わった僕はごり押しで再び現れたゾンビの群を突破し、中庭にまでたどり着く。
交信の杖。
こう名前を聞くと鉄塔について改めて考えさせる。
「なんで、交信なんだろうね」
天まで届くんじゃないかってぐらいその鉄塔は高い。
一本の支柱以外はそれほど高くないというのに、その中心の柱だけは異様なデカさだ。
その支柱自体が本命だと言わんばかりの存在感を放っている。
これについて疑問に思うのも無理はないってものだ。
「さあ? 私も知らないわ」
大古参のリテイク先輩ですら知らない。
けれどこれが無かったら僕は生まれなかった訳だし、何かと考えさせられるものがある。
──が。
「まあ、そんなこと考えてる時間はないよね」
ところで交信の杖の門ってどうやって開くんだろか?
毎回勝手に開いてるから、解んないんだよね。
そんなことを考えてたら、交信の杖の周りのオブジェが動き出す。
ゴゴゴ、なんていつもの音を立てて門が開かれるのだ。
「うおっと、まさか僕が来ると勝手に開いてくれる自動ドア的な何かなのか!?」
思わずビックリして、某有名なシェーのポーズを取る。
「──ん? その奇怪なポーズがシェーのポーズだと言うのは分かったけど、自動ドアというのは何なのかしら?」
おや、此処に来て現代知識を知らないとは僕もビックリ。
「そんなの当たり前でしょ。この世界は、どっかのバカの妄想でしかないのよ。そんなもん描写出来るほどリアルに出来てないんだから」
なんと、酷い言われようだ。
「しかし、リテイク先輩も人が悪いなぁ。門の開け方知ってるなら先に言って下さいよ」
すかさず、不思議がるリテイク先輩に向かってヤジを飛ばす。
「何言ってるの? 私、この門の開け方なんて知らないわよ」
けど、そんな僕に彼女はあっけらかんと言い放つ。
え?
じゃあ、どうして開いてるの?
「バカね。そんなの一つしかないじゃない」
門が完全に開き切る。
果てのない暗闇がこちらの心境を読んでいるように覗かる。
「中にいるヤローが開けたのよ」
というか、僕も薄々そんな気がしてた。
「さっさと入ってこいってことでしょうね。全く随分と余裕じゃない、アズマ」
アズマ。
六花傑が言っていた男。
そういえば、オートマンから伝言も託されたんだっけ。
アズマがどういうヤツかは知らない。
どんな想いで僕と対峙してるのか分かりっこない。
けれど、そいつに負けてなるものかと心から思ってる。
その思いに嘘偽りはない。
「──っ」
ないんだけども足が何故か止まった。
「スゥー、ハァー」
大きく深呼吸する。
一度目は真弓さんを助ける為。
二度目は四葉さんからの指示で向かった。
今度は何の為にコントロールルームを目指すのかを考えてしまう。
成り行きで僕は此処まで来た。
瑞希ちゃんは死んだお兄さんにしようと僕を改竄しようとした。
天音は自分と死んだ兄を現実の世界に生き返らせる為、僕を■■にしようとした。
どちらも自力で叶えられない願いだ。
けれど、今の僕は自分の意志で行動したいだとかじゃなく、その場の勢いで動いている。
そこに誰かの願いを邪魔する権利なんてあるんだろうか?
「なーに、迷ってるの?」
うん。
いつだって迷ってる。
グジグジ迷って、息詰まってる。
「迷ったって変わらないよ?」
後ろにいるリテイク先輩の顔は見えない。
僕が俯いているから見えなくなってしまってる。
「私はそれで良いと思うけどなー」
それで?
それでって何が?
「だから、その場の勢いとかそーいうので良いって言ってるの」
その言葉に。
その思いに。
「よく、ないでしょ」
否定してしまう。
そんな意志で願いを奪うなんて意味が解らなかったから。
「そうね。相手にとってそれでよくないでしょうね。……でも、そんな相手のことなんか貴方には気にする必要はないわ」
そんなことは。
「良いわ。良いに決まってる。だって、瑞希も天音も■■■■も自分のやりたいことをやってるでしょう? それなのに貴方だけ駄目だなんて可笑しいじゃない。叶えられない願いだとかそんな後付けの理由に貴方の選択を否定する余地はないし、誰も他人の選択を咎める権利なんて持ち合わせちゃいないんだから」
いつの間にかリテイク先輩が僕を追い越して、暗闇に吸い込まれるように門の入り口に入っていく。
「────」
通り過ぎる時に微かに見えた横顔が、何処か微笑んでるような気がした。
嗚呼、そうか。
そうだった。
もう彼女と過ごした僕の魂はいないけど、確かにこの胸には受け継いだ何かを知っている。
その不器用な優しさを魂の何処かで覚えてるんだ。
「……うん」
なら、リテイク先輩の言う通り胸を張るべきで、堂々とすれば良い。
お前が決めた選択が誰かに否定される謂われはないと──彼らが願った『意志』をこの手は掴んでいるんだから。
「そうだ、──そうだよ」
今も尚、光輝く剣となって僕に力を貸してくれている。
意志を引き継ぐとは、そんな自分を大切にすることでもあるんじゃないのか。
それを否定することはきっと神様にだって出来やしないんだ。
「行こうか」
門を潜り、暗闇へと下る。
途端に、頭の片隅に見覚えのある記憶が掠めていく。
「あ、ぐぅ」
それは、僕の人生。
失ったとされる■■が生きた設定。
後悔だらけのそれが、第二の人生を歩もうとする僕に訴える。
────「死ねば良かったんだ」
最期は絞首台に立たされた。
四人の男子高校生を殺害した罪で立たされた。
釈明だとかそんなものはしなかった。
言いたいことをぶちまけた。
罪の意識なんてものは、僕が受けた仕打ちに比べたら安いものだと思ってた。
そうしたら、お母さんが泣いてた。
それを見て、こんな僕を誰かは想ってくれていたと気付いてしまった。
嗚呼、大切にしてくれていたのに、僕はそれを無視して人生を台無しにしてしまった。
気づいた時は何もかもが遅すぎた。
首を括って死んだ、嘘つきな僕の生涯はそこで終わって──。
そこで記憶は途切れ、ループする。
多分、僕をせき止める為の映像がそれぐらいしか思いつかなかったのだろう。
「────」
止まらない。
そのまま螺旋の階段を下りていく。
不意に何か見えない幕のようなモノにせき止められる。
暗闇の底はまだたどり着けてない。
先に行っていた筈の先輩の姿は見えない。
これは、壁だ。
きっと僕自身が閉ざした心の壁だ。
誰にも傷つけられないように固く閉ざした心の扉。
邪魔だ。
邪魔をするな。
邪魔をしないでくれ。
僕はその先に行く。
その先にふんぞり返ったバカに文句を言ってやらなきゃいけない。
闇を照らす一筋の光を僕は握ってる。
そうだ。暗闇をかき消す為の手段を自分はとうに知っている。
「──っ」
もうやった。
これで二回目だ。
あの時は無我夢中でしていたけど、今度はやり方は分かってる。
目を見張る。
一歩後ろへ下がって、狙いを定める。
「────」
その一撃はどんな幻想だって破戒する。
それは目に見えない心の壁だって同じ筈。
「う、らぁあああ!!!」
助走なんて要らない。
それは、廃騎士が僕に見せてくれた。
故に、この一振りで決着がつく。
そして、大振りにドスンと重い一撃を放たれた。
パリン!
硝子が砕ける音と共に視界が晴れ、三度目の地下祭壇へとたどり着く。
「こうして出会うのは、初めましてになるか」
べちゃり、べちゃり。
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃっ!
目の前にいる白衣の男が嗤っている。
片腕に見知った少女の頸を掴んで僕の到着を待っている。
支配者気取りのそいつが、顔の半分を覆う奇妙な仮面を被って道化役者を演じてる。
「君がアズマ?」
そいつが何者であるか直感で理解し、魔術破戒の柄を握る。
「──ふん」
僕の言葉と同時に男は手に掴んでいたモノを放り投げた。
「──っ!」
華奢な体が宙を舞う。
放物線を描くように投げ出された彼女を受け止めた。
ズシンと両腕で受け止めた彼女の身体は小柄ながらも年相応の少女の重みが掛かる。
魔術破戒を放したからか、その重さを支えきれず一緒に倒れこんでしまう。
「ぐぅ、ううう」
全身が傷だらけ。
満身創痍の、死に掛けの少女から苦悶の声が漏れる。
「大丈夫ですか、リテイク先輩」
小声で声をかける。
目の前の敵はそんな僕らを見て口元を歪ませた。
「これが、だいじょ、うぶに。見える、なら。ほけん、し、つ、すす、め、る、わ」
息も絶え絶えの返事だが、意識があることに安堵する。
「そうだとも、私がアズマ。鈴手アズマだ」
風も吹いてないというのにパタパタと白衣を翻し、男は先ほどの僕の問いに答えた。
起き上がり、仮面越しに覗く男の目を見る。
リテイク先輩とは違う真っ赤な瞳が爛々と輝いてた。
「そうなんだ。──ああ、ようやく会えたね」
アズマと僕は睨み合う。
カチリ、と運命の歯車が何処かでズレたような気がした。
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