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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第二章:紅蓮迷宮
30/154

011 受け継がれる意志


 カツン。

 暗闇の底へ向かって降りる。

 閉ざされた門を後にして、目指す先に何を求める。

 踏み出す一歩。

 踏み出した一歩。

 その一歩、一歩の一つがとても重い。


 ──カツン。

 階段を一歩を降りる度に見たこともない記憶が蘇る。


 誰もいない部屋。

 沈黙が支配する世界。

 独りきりの生活で、悩みは誰にも相談出来ない。


 「何で、なんだよ」


 ちっぽけなプライド。

 この胸を抉った古傷が疼く。


 ────「大丈夫、大丈夫。コイツはそーいうのしないから」


 打ち付けられた心。

 もう痛まない心。

 その傷はもう見なくて良い悪い夢になったのだから。


 ────「そうそう! だーかーらー、こうするのは正しいんだよぉお!」


 誰も味方しない。

 僕の心は誰も救わない。

 声がする。

 声たちが聞こえる。

 暴力だ。

 何もかもが無駄であると訴えるそれを前に僕は足を止められない。


 ────「ギャハハハ! ぐぅえ、だって! 口をパクパクさせてやんの、金魚かってーの!」


 痛い。

 痛くて痛くて、頭が痛い。

 見たくないモノが見えてくる。

 胸にぽっかりと穴が開いたように虚しさばかりが溢れてく。


 ────「おいおい、止めてやれよー。イテェんだってさ、このグズ言ってるよー」


 「何で、こんなことしか思い出せないんだよ」


 本当の僕って何だろう?

 本当の記憶って何なんだろう?

 問いかける。

 何度も、何度も心の中で問いかける。


 真実は正しい。

 だってそれは本物だから、正しい。

 真実とやらは、本物でとても眩しいものだから、きっと大丈夫。

 この一歩進んだ先に待つ誰かはその正しいってことを何よりも理解していることだ。

 間違いない。

 正しいから正しい。

 たとえ、それが自分が見たくないと閉ざした記憶だろうと僕が進むために必要な希望になると思うから。

 だから、間違ってなんていない。


 ────「ハア、ハア」


 息遣いが激しい。呼吸することが困難だ。

 立ち向かおう。

 この夢を築く誰かと。

 立ち上がろう。

 見ない振りして逃げている僕が。


 馬鹿げてる。

 馬鹿げた話だ。


 ────「ハア、ハア」


 胸が苦しい。喉が渇いてカラカラだ。

 どうしようもないことで。

 些細な勘違いで救われなかったとしても、この苦しみから逃れられるのならそれは、仕方のない処置だ。

 だから、この何もかもが嘘っぱちな世界をぶち壊してしまおう。


 ────「やってられないよ」


 やってられない。

 それは、知らない記憶の何処かで僕が言っていた言葉。

 そして、それは今、僕が何故か口にした言葉。


 ────「お前なんて死ねば良かったんだ」


 想像する。

 背後に警察官が僕を見ている。

 硝子の向こう側にいる母さんが僕にそんなことを言った。

 死ねば良い。

 嗚呼、死ねば良かった。

 誰からも必要とされない自分など見向きもしないのだから、そうすれば良かった。

 救われない。

 救われなくて、とても悲しく痛かった。

 何故、自分だけがこんな辛い思いを背負わなくてはならないとは、なんて神様は酷い奴なんだと文句の一つも言いたくなる。

 でも言えなかった。

 神様なんて存在は僕の前に現れなかったからだ。


 「こんなことしか、僕には残されてないのかよぉ」


 誰の指図もない。誰の意図もそこにはない。

 只、僕が一番に印象的に残った記憶だからでしかない。

 名前よりも大切で、良かった記憶なんかよりも大事なことだったから、この記憶は僕の深層心理の中に残っているだけに過ぎない。

 それが、とても悔しい。

 それが、とても嫌だ。

 こんなことなら、僕のことなんか放っておいて欲しかった。


 カツン、カツン。

 暗闇を只管、下りていく。

 螺旋状の階段を下りては、こんな筈ではと後悔する。


 ジジジ。

 ノイズだ。ノイズが僕を狂わせる。

 いや、狂わせてなんかいない。

 僕が見たくないと願ったそれを見ない振りで解決させようとしているだけ。

 たったそれだけの思いやりだというのに、何故だか僕はそれを忘れてしまっていた。


 ────「私の名前? ああ、そういえば教えてなかったっけ」


 始まりの僕。一度目の僕。名前を捨てた僕。記憶のない僕。僕、僕、僕……。


 全て、僕がそれを願ったから、こうなった。


 いつの間にか頭の中を流れていた記憶が途切れ、見えなくなっていた。

 どうやらこれ以上、下は無いらしく暗闇の底に辿り着いたようだ。


 ピーガガガ。


 灯りが点く。

 そこには前に訪れた時と同じような大理石で出来上がった壁と柱で構築された部屋が出迎えた。

 そうだ。奥に真弓さんが寝そべっていた祭壇が在った筈。


 でも、今は違った。

 そこには緑のドアがあった。

 あの時と違う、見たこともない鉄のドア。

 何処かの部屋に続く扉がそこにポツンと備え付けられている。


 失った記憶、夢の世界を終わらす鍵、僕が知りたい真実を知る誰かがその先で待っている。

 そんな気がして仕方ない。

 胸が弾む。ドクドクと血液が血脈を通る。

 血が通って、心臓がドクンとポンプの役割を果たして鼓動を鳴らす。

 和太鼓を連想されるビートで脈打つそれを感じながら、奥へと足を進ませる。


 ザリ、ザリと足を擦らせ、扉の前に立つ。


 ────「奴だ。世界を終わらせる鍵を握る奴が待ってる。鍵はお前がよく知ってるモノだ」


 錻力(ぶりき)の手で堅苦しいドアノブを回す。

 ドアからは錆びた鉄の悲鳴が聞こえ、開けた先の光景を僕は見る。


 カチカチと画面が幾つもの映像を見せる巨大なモニター。モニターを監視する為に備えられたデスクとチェア。

 監視室。

 その部屋を一言で表現するのならば、そんな言葉が相応しい。

 思えば、コントロールルームと呼ぶと言うのに、部屋の内覧ぐらい想像できるものなのに何故、思い浮かばなかったのだろう。

 まあ、そんなことを考えたところで興味もないし、意味もない。


 そんなことより、今は目の前のそいつのことを考える方が先だ。


 「ようこそ、ドン・キホーテ。いやはや、関心したものだ。君がコントロールルーム(此処)へ来てくれて嬉しいよ」


 部屋の巨大モニター前に、行儀よく身構えている青年が一人立っていた。

 何処かでよく見る、ざっくばらんに切り揃えた黒髪の学生服。

 日本人独特の黒目に黄色の肌は健康そのものの色合い。

 鼻立ちは高くもなく、背丈も僕と同じものだと窺える。

 実に鼻につく言い回しをする口は、何処かで見たスマイルを浮かべそうで怖気が走りそうだ。


 「────」


 声を聴いて益々、驚きのあまりに口が開く。

 青年の顔はとてもよく似た顔の人物を知っていたから、それも無理はない。

 寧ろ、こんな奇跡みたいな体験は滅多に体験出来ることもない。


 「まあ、驚くのは無理もない。オレもそうだったし、そんな反応をするなと言われれば、それは無理ゲーだと言いたい」


 薄ら笑いが気持ち悪い。

 わざとらしく咳払いをするのも気持ち悪い。

 呆然とする僕に向かってくるその姿勢の何もかもが吐き気がしてきて悍ましい。


 「──君は、誰だ?」


 後ずさる。

 その姿に徐々に恐怖が湧いて来る。

 得体の知れない存在に背筋がゾッとして身体が思うように機能しない。


 「聞きたいか?」


 アハハと笑い声が部屋中に響き渡る。


 幻。

 これは、夢。

 現実として認識してるそれも、きっと誰かが生み出した妄想に過ぎないのは理解している。

 知識として理解出来るのと理性を抑えられるかは別物だ。

 それに対して、何の感情も隔たりも無くすのは果てしなく不可能に近い。


 「誰、なんだ?」


 壊れたオーディオが僕には相応しい。

 同じ問答を繰り返すしかないのだから、それもやむを得ない。

 そして男がそう言うように、そうなってしまっても仕方がないと納得もする。


 「良いだろう。教えてあげようじゃーないか。まあ、その為に君は此処に来たのだから、当然、オレには教える義務があるんだろーしね」


 カツン。

 静寂に響く乾いた足音。

 息遣いが聞こえる距離、そこまで来て漸く、彼は足を止めた。

 三日月のように歪んだ口元。

 スマイルゼロ円、良い響きだ。


 「六花(むつはな)(すぐる)。六つの花と書いて六花で、傑作の優れるという漢字の意味合いで傑。それが今のオレの名前だし、それ以上の名前を持ち合わせていない。──もっとも、君が知りたいのはそんなことじゃないだろうけど」


 惜しむべくもなく、躊躇うこともなく、涙など当然流すこともなく、気味悪い笑みを張り付けた顔は毎朝鏡で映る僕の顔だった。


 同じ顔の男。もう一人の自分だと名乗られたらあっさり信じてしまいそうになる男の名前は、六花傑。

 もう一人の人間を見てしまうと死んでしまうとか、よく聞く都市伝説だけど、何故かその単語が思い浮かんだ。


 「信じられないって顔だーね」


 芝居ジミた男の口調。

 まるでこちらの神経を逆撫でにしてる感じがして癪に障る。

 何だろう、男を見ていると自分のことのように腹立たしく感じてしまう。


 「信じれないって言うか、何だろう、頭が真っ白になって言ってることを鵜呑みに出来ないって感じだ」


 我ながら情けないことに、それしか言葉が出ない。

 ドッペルゲンガー。

 言われてみればもう一人の自分なんてものが出てくるというのは創作物ならあるあるの鉄板だな、とこの時は思った。


 「まあ、気持ちは分かるけど。解るんだけど、この場は置いておこう。そうしよう。それが良い。それがベストだ、そうだろう?」


 グッと親指を立て握り拳を造るポーズは、調子に乗った僕がよくする煽りスタイル。

 実に腹立たしい。

 というか、なんか苛つく。


 「うわっ! 今回のオレって煽り耐性無さ過ぎってヤツか!? そんな怒らんでも良いだろうよ! 悪かった、からかったのは謝るから、その物騒な魔術破戒(タイプ・ソード)を向けるのは止めろー!」


 跳び退く六花。

 つーか、今、何か爆弾発言しなかったか、こいつ?


 「──あ。心が読める能力は持ってないオレでも、今、君が考えてることが解るぞ」


 スゲー、エスパーかこいつとは思わない。

 誰が見たって、そんなことを言われていたらそれの信憑性とやらを疑うものだ。


 「そうだな。そっから話をしてやる方が君も現状を把握しやすいだろうし教えてやるよ」


 六花はそう言うと、おもむろに背後のデスクにあるキーボードに触れた。

 砂嵐になっているモニターの映像が切り替わった。

 誰でもない、誰かの記憶がそこには映っていたのかもしれない。


 途切れる。映像が切り替わる。

 ジジジと音を立てて、それが再生される。


 さあ、真実を知る時間が始まった。


 ◇


 パキパキ。

 卵が割れる。卵が割れた。

 ハンプディダンプティ。中身がこぼれて、地べたに広がる。

 透明な白身とグショグショになって掻き乱れた黄身が混じって良い感じ。

 グチャグチャ、グチャ。

 噛みしめる男は、苛立ちを隠せない。

 クチャクチャクチャ。

 どうにも外なる神は召喚された後らしい。


 目の前に広がる光景はそんなことを揶揄するぐらい簡単だった。

 血生臭い。

 積み上げられた死体の山。

 誰もそれを咎めない。

 誰もそれを許容する。

 許されざる罪がそこには在った。


 「酷いものだね」


 隣のバディが顔をしかめて苦言を漏らす。

 惨殺、死刑執行、罪人抹殺。惨めな最期で彩った地下聖堂。

 聖母マリアが見たら、抗議の嵐が殺到間違いなし。


 物言わぬ死体たちを前に黙祷を捧げる時間は用意されてなかった。


 「キキキ。キ、ィキキキキキ!」


 気味悪い鳴き声。

 それは、よく聞くと猿の鳴き声であることが解る。

 躾のなってない山猿がよくする挑発だと男は直感した。


 「良いねぇ。良いねぇ! 丁度、オレ様も退屈していたところだったんだ!」


 持っていたトランクを開けだした。

 中に入っていた魔物が喜びの声を上げた。

 奇怪なそれが狂ったように現れて、歪な魔物を作り出す。


 不条理。不能。出来損ない。憤怒しては、それが起きあがる。

 魔物は(マネキン)だ。

 人の形をとっていた。

 いや、それが人で有った試しはない。

 けれど始まりは人型であったのは事実だ。

 目覚める。

 目覚めた。

 瞼を開けて、眼孔に光を灯す。

 間接がグキリと鳴らし、カタカタと背中のネジを回し始めた。


 嫌だ。それを表現することが嫌だ。

 堪らないぐらいに気持ち悪い。

 憎悪して、嫉妬して、見下して、貶める。

 それらを愛した。それらを纏めた。

 負の感情を封じ込めて造られた殺戮人形(キラーマシーン)が銀のトランクから這い出てきた。


 女の顔か。それとも醜い男の形相か。

 理解出来ない。理解出来ない。

 表現をしようとしたら、気が狂ってしまう。


 「さーて、出てこい。腹一杯に食わせてやる」


 継接ぎの男。醜い形相だと誰かが噂するのも無理はない。

 男のトランクから這い出てきたそれを見てしまったら、男の歪さが嫌でも理解出来てしまうのだから、そんな噂を立てずにはいられなかったのだろう。


 「アズマ、ウェ■リウス、■■も下がってろ。コイツらの相手はオレ様がやらぁア!」


 影絵の猿が現れる。

 キキキと奇声を現れて、自分たちを死体の山の住人に追加しようと躍起になる。


 ほらほら、ほーら!

 神様、神様、出番だよ!


 オートマンがやってくる。

 残虐非道のオートマンがやってきた。

 キキキと顔を歪ませ、殺しを愉しむそいつが幻想たちを殺しに来たのだぞ。


 死体を中心に円描く猿たちに向かって、這い出た人型の何かが動き出す。

 腰をくねらせ、首を百八十度回転させ、片腕を一匹の影絵の猿へと向けた。


 「ピーガガガ」


 人型のそれから音がする。

 頭部にある口から出たのでない、胸部に備えられたスピーカーから漏れ出た音声だと理解した。


 「ガガガ。ガガガガガガ!」


 突如。

 向けた腕が。

 跳んできた猿へと向かって。


 「──キキキキキィイイイイ!!!」


 影絵の猿の心臓へと伸びていった。


 ズブリ。

 鮮血を流すように影が散る。

 光をかき消すみたいな感じでその身を塵となってしまうのだからそれが適切な表現だ。


 影絵の猿は円になる。

 宴だと言わんばかりにハシャぐ様子は子供のように無邪気さを現していた。


 「お手並み拝見と行きましょう」


 とある少女の呟きは、乱戦によって誰の耳に届くことは叶わなかった。


 ズブズブ、泥沼に浸かっていく。

 ドンキ・ホーテは夢を見る。

 愚か者には相応なメモリーをくれてやろう。


 意識が変わる。

 場面が切り替わっては、モニター越しの映像は終わる。

 ボイスは聞こえない。

 音調設備が故障したみたい。


 錆びた鉄の悲鳴を響かせて、ドアは開かれた。

 ドアから見覚えのある青年が入ってくるのが見えるのだ。


 ◇


 切り替わった映像。乱雑に見えた僕の記憶。

 目に映る情報がダーレスの黒箱を得て知ったことと似たことを教えてくれた。


 死者蘇生。

 誰もが禁忌として扱い、永遠に達成されることのない奇跡。


 ある男が死んだ。

 男が死ぬと、その男に親しかった者は悲しみのあまり、男の死を無かったことにしたがった。

 死者蘇生。それが叶うことならば誰もが実現させることだろう。

 夢物語を少女たちは叶えようと必死で取り組んだ。

 死者の魂を呼び寄せることが叶わない。そもそもそんな上等な魔術が出来るのなら故人たちが実現している。


 だから、少女たちはアプローチを変えた。

 夢という仮想世界にて外なる神を召喚する。

 そうすることで外なる神の力、権能(チート)の恩恵で別世界の人間の魂、『転生者』を呼び寄せれるのなら、新しい魂を現実へと招き入れるのが可能なのではないか。

 少女たちは考えた。

 如何なる失敗も想定して、シュミレートを何度も試した。

 そうして、彼女たちは外なる神を召喚することに成功する。

 成功と呼べるか解らないが、確かに、自分たちとは別次元の人を喚ぶことが叶った。


 「結論から言おう。オレと君は現実世界に生きた人間ではない」


 説明をしていた。真弓さんと同じようで少しズレた話。

 目の前の六花は悪びれる様子もなくそれを続ける。


 「瑞希たちは、この地下祭壇である一人の男を喚び寄せた。そいつの名前をオレは知らないが、それでもそいつを元にオレたちは創られた。オレたちはそいつが、もしもこうなっていたらという可能性の一つなんだって教えられたよ」


 真っ直ぐに告げられる。

 その話が真実味を帯びているか、六花の目は雄弁だった。


 「名字に数字があるヤツは、幻想でない意志のある一つの魂。名前に数字があるヤツは、幻想として魂がイジられた上位幻想として扱われる」


 数字の名前。

 それを聞くと、二人の男が思い浮かべた。


 一人は、僕の友達。不死の鳥を象った能力の持ち主。

 もう一人は、天音の兄さん。

 四葉さんは、この事実を知っていたのだろうか。


 知っている。

 知っていたに決まってる。

 知っていたから、僕にこのコントロールルームに行くよう指示を出したのだ。


 「オレたちは、少女たちにとって代えの利く実験動物に過ぎない。ふざけんなって話だ。オレたちは人間だ。たとえ、この記憶が誰かに造られたモノだとしてもオレたちは意志がある。自分の足で立って動ける身体がある。人間でたくさんだ。人間で十分だ。オレは。オレは──」


 ジジジ。

 地響き。足が竦んで立ち上がることが出来なくなる。


 見たくないものを見て、苦しむことに何の意味があるだろうか。

 答えない。

 誰も答えてなんかくれない。

 視界が暗闇となっていく。

 そうだ、眠ってしまえばもう現実を見る必要がないじゃないか!

 それが良いに決まってる。



 パン!

 渇いた音が聞こえた。

 目の前に色が戻る。

 見ていたものが変わっていて、見たくないモノを見ていた。


 「勝手に眠りこけないで欲しいものだーね」


 道化みたいな言い回し。

 目の前の男は何を話していたのかが思い出せない。


 「ふむ。思いの外、アズマのヤローも油断出来ないものだ。もう意志(コード)を取り返しに来たか」


 男は遠い目をしてる。

 諦めた。諦めた。諦めた目をしていて恐ろしい。

 僕を見るな。

 僕を見ないで。

 いや、僕を見てくれよ。

 独りは、独りは嫌だ。

 誰も傍にいないのは、あんなにも辛い。

 暗闇に独り取り残されるのだけは嫌なんだ!


 「独りが嫌か?」


 三日月みたいに口元を歪ませて、男は役者ジミた動作で僕の顔を掴みとる。

 天に捧げるようにグイッと顔を持ち上げては、ジッと僕の目を見つめるのだ。


 「い、や、だ。嫌に決まってる。誰だって独りぼっちは嫌に決まってるだろう」


 その言葉を聞いて男は、


 「仕方がなーいなー」


 と言って、懐から黒い箱を取り出した。


 突如、頭に見たことのない記憶が刷り込まれていく。

 まるで、最初から男の目的がそれだったのではないかと勘ぐってしまうほど、それは果たされていく。


 黒髪の少女。祭壇を前に語る二人。

 僕と彼女は誰でもない自分を取り戻そうとして、失敗した。

 最期に見た光景。

 空を見上げても、星のない空があるだけ。

 苦しい。苦しい。苦しい。

 息が出来ない。

 モガいても、モガいても水の中で溺れる感覚。

 僕が死ぬ。

 二度目の生を奪われる。

 影絵の猿に殺される。

 痛い痛い痛い。

 身体が締め付けられる。

 喉元が引きちぎられて、四肢がバラバラに食らい尽くされる。


 僕が死ぬ。

 何度も殺されては、別の僕が生まれては殺される。

 記憶のない僕は新しい僕。

 過去も何もかもがその場で構築された新しい魂だ。


 違う。

 僕は僕だ。僕一人しか居ない。

 否定してやる。否定しなければ可笑しくなってしまう。

 僕は正常だ。僕は普通の人間だ。

 何も可笑しいところなど僕は持っていない。

 特別な能力も持ってないことは誰でもない僕が一番よく分かってることじゃないか。


 「そうだ。これは君の物語じゃあない。これはオレの物語だ。何だ、随分と解ってるんじゃなーいか。──っちぇ! こんなことなら、こんなもん使わなくても良かったじゃねぇか」


 ケラケラと笑う男。

 思い出す。

 男の名前は、六花傑。

 こんな短時間の出来事をどうして忘れていたんだ。


 「持って行け。これを託す為にオレは此処に来たんだ。オートマンの野郎がくれた奇跡も無意味じゃねぇんだってところ見せてやれ」


 男の手からそれが渡される。

 心臓に向かってそれが埋め込まれていくのが解った。

 オートマンという人物が誰を指しているのかは全然解らないが、それでも何となく嫌なヤツには思えなかった。


 ジジジ。ジジジジジ。

 モザイクが掛かる。ノイズが乱れて六花の顔は苦悶の表情を浮かべる。


 「──っ痛ぅ。ハハハ、そりゃあ、こうなるわな」


 ダーレスの黒箱。

 記憶を維持する為に必要な魔道具(アーティファクト)

 六花の身体に亀裂が生まれては苦しそうに膝を着いた。


 「教えてやりたいことは山ほど有ったんだけどよぉ。どうやらタイムリミットらしい。畜生、アズマめ。ヤロー、こんなに優秀だったか? まあ、良いや」


 亀裂から見える見たことがある男になる。

 顔面が糸で縫いつけられて出来た醜い姿に変貌して。

 クケケケ、と変な嗤いを浮かべては喪服の格好に早変わり。


 神様は嘲笑う。

 お前らのやっていることは無意味だと告げている。

 ポップコーン片手に指さして、拍手喝采していて腹立たしい。

 ふざけるな。

 何度、心を折ろうとも僕たちは絶対に諦めない。

 僕たちは人間だ。

 人間で十分だ。

 意志を持つ一人の人間なんだ!


 「クケケケ! 嗚呼、最悪だ。最悪じゃねぇか」


 ノイズが支配する。

 ジジジと幻聴。五月蝿い。

 ザザザと視界が乱れる。

 マジで鬱陶しい。


 男は懇願する。

 六花の姿はもう保てない。

 オートマンは必死でそれを食い止めようと僕に何かを訴えてる。


 「消える。消える、消える。消えちまう! オレが消える? 消えたくない。消えたくねーな。消えるなんて嫌だ! お願いだ。お願いだ! どうかオレを助けてくれ!」


 いつの間にか地べたに銀のトランクケースが落ちていた。

 独りでに開こうとトランクが音を立てて暴れてる。

 見るな。

 アレを見てはいけない。

 第六感が危険を伝えてくる。


 ザー、ザーとノイズの雨がやってくる。

 聞くに堪えない雑音が耳障りで脳が震える。


 「オレは消えたくない。只で消えたくない。どうせ消えるのなら、テメェのそれで殺してくれ。そうじゃなきゃ駄目だ。そうやらなきゃ、無意味になる。オレ様もアズマもこのままじゃあ、一生アイツラの操り人形じゃねぇえか!」


 足にすがりつく男。

 知っている。

 その目を知っている。

 惨めでも、必死になる姿を僕は知っている。

 何度も打ちのめされた僕が一番、その姿を理解しているんだ。


 イメージする。

 トランクケースから何かが飛び出してくる。

 見なくても解る。

 そのオゾマシい何かの気配なんて感じ取れない人間は居ない。


 手に握る、最凶のチート。

 あらゆる幻想を葬って来た魔術破戒(タイプ・ソード)現実化(リアルブート)する。


 グキリと骨の砕ける音が間接を曲げて背中のゼンマイを回す。

 キリキリと嫌な音。

 一秒も無駄に出来ない。猶予はもう三秒を切った。


 「カカカ! そうだ、そうしろ! それで良い。それが正しい。是非、そうしろ!」


 雑音が酷い。

 ラップ音が激しく、耳鳴りがする。

 バクバク心臓を鳴らし、呼吸が困難となる。


 急げ、二秒を切った。


 魔術破戒(タイプ・ソード)を構えて、男の心臓に向かってその刃を振り落とす。


 ガシャン、ガシャン。

 硝子が砕ける音。

 世界がひび割れる。


 相変わらず血は飛び出なかったけど、六花だった男の身体は真っ二つとなってしまった。

 一頻(ひとしき)りクケケと嗤うと、その身体を構築していたアストラルコードが塵となって消えていく。

 消失していく彼の姿を見て、そのタイムリミットがゼロとなるのを感じた。


 そこで僕の意識は真っ暗となって、途絶える。


 「そいつはカヲルさんは望んじゃいねぇって、オートマンの散り際の言葉だとアズマに会ったら伝えといてくれや。なぁに、七回も立ち上がるテメェなら大丈夫だろ」


 最期に意味深な言葉で激励を送る男の姿がこの目に見ることが出来なかったことが残念で仕方なかった。


 ──そうして、僕は胡蝶の夢から覚めたのだった。



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