009 紅蓮迷宮
ザー、ザー。
真っ暗闇に僕はいる。
「────」
そこにいると、右も左も解らず、徐々に心が空っぽになる──そんな感覚に囚われてしまう。
ジジジ。
すると、自己愛が欠けて、自分という存在が希薄なものになっていく。
誰も見ない。
誰も期待しない。
その事実から逃げたくなって、さらに夢の世界へ溺れてしまう。
みんな正しい。
だって、眠っては覚めるだけの機械なんて見向きする価値もないでしょ?
ジジジ。
「──っ」
分かってた。
現実なんてそんなものだと理解してた。
凡人は主役になれない。
いつだってそれを任されるのは、才能あふれる人間と相場が決まってる。
……そうだ。所詮、人生のスポットライトは凡人に掠りもしないんだから、当然だ。
「く、そぉ……」
何度手をかざそうと、自身が非力な人間であることは覆せない。
「──嫌いだ」
七瀬勇貴は自分の手が嫌いだ。
かけっこでビリッ欠になる足も、平々凡々な事しか考えれない頭もそうだ。
──何より、何もかも他人の所為にする弱い自分が一番嫌ってる。
「お前なんか……嫌いだぁ」
嫌なことから逃げ続けた代償は重く、未だ自身の人生さえ主役だと認識出来ない。
それが生きることから逃げ出した罪だというのだから、堪らない。
「ううう……く、そ。──い、やだ。嫌だよぉ」
何が嫌で。何が嫌いなのか分からなくなっていく感覚に今見てる現実が嘘っぱちに思えてしまう。
──それこそ、どうして自分だけこんなに目に遭うのか神様に文句を言いたくなるほどに。
ザザザ。
見上げても、そこには果てのない無が続いてる。
稚拙な深淵が覆うそれにそんな自分を誰かが救ってくれるだろうと期待してる。
けれど。
「────」
変わらない。
そんな暗闇に希望を抱く自分が益々嫌いになる。
ザー、ザー。
砂嵐が視界をかき回す。
痛みとなってやってくるそれに、僕は胡乱な世界へ戻ろうと必死に目をつぶる。
そうしないと現実が終わるのだと強迫観念に突き動かされた。
──だから。
「■■さ■、■■■■■■!」
誰かが呼んでると思いもせず、■■■■は夢へ溺れるしかないのだ。
◇
傷口からブシャアと鮮血が吹き出す。
視界をクラクラさせて、満足に地を踏めない男を前に僕は突っ立てることしか出来ない。
「イヤァアアアアアアアアアアア!!!」
背後から天音の悲鳴がする。
それを耳にしても尚、未だ目の前の現実を直視することが出来ずにいる。
「……なん、で?」
顔をモザイクだらけにし、その身体を光の粒子となっていく四葉の姿に目を奪われたからだ。
「──いや! そんなのって無いよ!」
四葉の身体が消えていく。
粒子が星になろうと輝く光景がとても綺麗に見えた。
「なん、でぇ……何でなのよぉ!!!」
「──あ」
そんな自分を天音の悲痛な絶叫が無情にも現実だと教えた。
「……なんて、ことだ」
腹立たしい。
こうなると解って、四葉さんが動いたのは明らかだ。
「────」
何故、こんなことをしたのか解らない。
そして、それを迎え撃つという行動をした自分自身も信じられない。
ただ、そうしなければならないと漠然に切り倒したそれが頭から離れない。
また殺した。
また誰かの命を奪った。
──人殺し。
敵意を向けられたわけじゃないのに、それを平然と僕は行った。
どうして?
どうしてどうしてどうして──と頭の中の誰かはひたすら繰り返す。
まるで壊れたオーディオになったみたいで気持ちが悪かった。
「泣くな、天音」
そんな時、雨の音がした。
「これで良い。これで良いんだ」
血だらけで、死にかけだというのに男は愛しそうに叫ぶ少女へ喋り掛ける。
「所詮、オレたちは夢。叶うことのない幻。そんなオレがここまで生きて来られたのは、単に運が良かっただけだ」
命の灯火が揺らぐ。
僅かばかりの猶予を消費してまで、彼は必死で少女に喋り続けた。
「だから、オレはこんな最期で満足だ。──悪かった。でも、さ。こうでもしないとそいつはオレを殺さないだろう?」
此処に、呆然と立ってることしか出来ないでくの坊がいる。
自分のしたことに意思が無かったと言い訳をする醜い人間は、男の死に様に何も言えないでいる。
いつの間にか、後ろにいた筈の少女は倒れている男を強く抱き寄せていた。
「どうして? どうして、こんなことしたの? ……解らない。解らないよ、兄さん」
後ろから眺めてたから、天音の表情は見えない。
けれど、嗚咽の混じる声で泣いてるのが分かった。
「ゴホッ、ゴホッ! ──本当、お前は、そればっかりだなぁ」
咳き込む彼の下半身はもう無い。
「でもな、天音。これで良いんだ。こうして死ぬのがオレたちの運命なんだ。それに逆らっちゃいけないんだ」
消えていく男の手を握る誰かを見て、雨音は一層激しくなる。
「七瀬勇貴、コントロールルームだ。コントロールルームを目指せ。そこに奴がいる」
カチカチカチ。
誰かが物語に干渉するようにノイズが増して視界がまた壊れていく。
いい加減にこればかりだと文句が言いたくなる。
「鍵だ。世界を終わらせる鍵を握る奴が待ってる。──その鍵はお前もよく知っている」
それが何なのかは言わない。
けれど、それが何なのかは想像出来た。
「──え?」
ザー、ザー。
消える。
消える──消えていく。
消えていく誰かはそれを僕に伝えた。
「奪われた男。憤怒する人形。怒れ、怒れ、憎むな。止めろ。オレは。オレは! クソ、ダメか。もう消える。嗚呼、消えていく。……駄目だ。いや、良かった。バグだ。バグで、エラーになって良かった。邪魔をして良かった。これで良い。だから。だから──」
男の声だけが響き渡る。
塵となって消えていく光景に視界がブレる。
「だから、天音、泣くな」
声が途絶える。
すると強い地震が起きて、とてもじゃないが立ったままでいられない。
「うわっ!」
何もかもが崩れていく。
紙細工みたいに教室の壁が罅割れ、パキパキと卵の殻が割れる音が響くのだ。
「天音!」
目の前に膝をつく天音に向かって手を伸ばそうとする。
「────」
泣きじゃくってた少女が振り返る。
「──っ」
鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔だったけど、いつかの──僕を殺した時のような冷たい表情を向けている。
チクタク、チクタク。
世界が秒針を逆さまに回りだす。
落書きを直すみたいに神様は再び、トライアンドエラーを綴る。
ああ、そうか。
そこで僕はようやく気づく。
この時に『誰かの繰り返し』は始まったんだと──報われない願いを求め足掻く少女が生まれたのだと悟る。
幻想は願う。
存在を許されない自身と死んだ■■を求める。
「────」
そこで僕の意識は逆行する為に一度、閉ざした。
◇
ピギャア、ピギャアと耳障りな断末魔を上げる欺瞞の姿を眺める一つの影。
「随分と呆気ないものだったな」
鎖を現実化させ、顔の半分を仮面で覆う男は夢の世界を書き換えていく。
その為には不必要だと切り捨てた幻想を再生しなくてはならない。
「しかし、ここまでするとは余程の執念だな」
男は嗤うが、同時に嗤われてもいる。
見えない誰かが、『外なる神』を自称する上位種が哀れな愚者を嘲っているのだがそのことに男は気づくことは無い。
──何故ならそれ以上の干渉を気づけないよう男は設定されているのだから仕方ない。
「ククク。これで、これで漸くだ」
願望を叶えろと、序章の幕が上がったと、プロローグを更新する時間だと観測者たちは大いに喜んだ。
「始まりを。始まりを開始する。再現の夜を──再現の夜を始めよう」
ジジジとノイズが混じる。
無様に立ち上がろうとするその──夢の中であんなにも殺意を向けられたにも関わらず未だ疑いもしない哀れな実験体を男は見つめ続けた。
キュルルル。
逆再生するテープ。圧縮されたデータを送り込む準備は万端。
消した、消した。
今度こそ、邪魔者は消した。
順調だ。順調に──邪魔な小娘どもは排除したとほくそ笑む。
「ククク。さあ、舞台の幕は上がった!」
歓喜する男の名を知る者は居ない。
その目的も何もかもが書き換えられた愚者はこうしてコントロールルームを掌握することに成功した。
だが、男は忘れている。
徹底的に間違いを見逃している。
だが、それで良い。
そうでなくては──物語は進まないのだから。
◇
堕ちる。
堕ちて、堕ちては、やがて融けていく感覚が意識を夢に逃がし、散り散りになった記憶の維持をダーレスの黒箱は僕に与える。
ジジジ。
余計なことを考える必要はない。
だって夢の世界に逃げる自分を誰も見ない。
──だから、誰も僕を責めることはない。
暗闇の夢を見る。
身体の半分が沼に浸かっている自分を誰も助けない。
それで良い。こんな夢に浸れるのだから、それで良い筈なのに──。
ザザザ。
────「ダーレスの黒箱を探しなさい、勇貴さん」
電波が乱れる。
声が聞こえる。
誰も見向きもしない筈なのに誰かはずっと僕を見てくれている。
────「貴方が救われるにはそれしかない。先に進むには、それを破戒するしかないのです」
こんな、こんな救われない僕を。
いつか、いつかこんな逃げてる自分にも誰かと一緒に笑うことが出来るんだろうか?
────「大丈夫。貴方ならまたたどり着けます。だって貴方は、私の希望。私のヒーローなんですから」
その問いに誰も答えない。
けど、答えてくれているような気もする。
矛盾。
嗚呼、とても矛盾してるというのに、どうして僕は独りでいることから逃げだそうとしてるのだろう?
ズブズブ、ズブズブと沼へ堕ちていく。
身体はもう暗闇から抜け出せない。
そこで意識は反転し、夢が覚めていき──。
目が覚める。
ベットから起き上がると、そこはいつもの僕の部屋だった。
モノが散らかった、荒れ果てた七瀬勇貴の自室。
「──夢?」
何処からが夢なのか。
何が現実で、何が本当で、何が正しいのか解らないけど──起き上がったばかりの意識はちっとも休まっていない。
「何なんだ?」
天音の兄さん──四葉を殺す夢。いや、天音が僕を憎んで殺す夢。
知っている人、手を差し伸べてくれる誰か。助言をくれるだけで人が消えてしまう世界。
どれも偽物のようで、それらの出来事が嘘だったんじゃないかと疑ってしまうほど曖昧に思考が融けていく。
「そうだ。あれが全て夢じゃないのなら、持ってる筈だ」
嘘じゃないんだったら、あの箱がポケットにしまい込んでる筈だ。
そう考えると、まだ重たい身体を引きずって、上着にしまい込んだモノを探した。
すると──。
「有った」
お目当てのそれを取り出す。
黒くて、手の平サイズの罅が入った無骨な箱を手に取って、夢が全て現実だったと悟る。
カチカチと時計の針が回る。
まだ朝になっていないのか、カーテン越しの窓から光は射し込まない。
時計を見る。
時刻は、まだ五時になったばかりだった。
「今、一体、いつなんだ?」
正確な日付が解らない。
前回蜘蛛に殺されたのは日付を確認しようとして部屋から出たのが原因だった。
なら、今は部屋から出るべきじゃないんだけど、──何故か中庭に向かわなくていけない気がする。
────「七瀬勇貴、コントロールルームだ。コントロールルームを目指せ。そこに奴がいる」
天音の兄さん、四葉が最期に言っていた言葉を思い出す。
そうだ。鍵を握る男がそこで待っていると言っていた。
「────」
だけど、今その奴がコントロールルームにいる保証は無い。
「……いや、行こう」
ドクン。
どうしてか今、行かなければいけない。
今、行かなかったらもう二度と会えない気がして仕方ない。
寝巻から制服に着替える。
その一連の動作をするだけなのに手が震える。
心此処に在らずと言った感じで、どうにも落ち着かないんだ。
ドクン、ドクン。
ハヤク、ハヤク行けと本能が叫んでる。
ドアを開ける。
何時だって灯りが点けられいる所為か、日が昇ってなくても廊下は明るかった。
「──!」
意を決し中庭に向かおうとして、そこでふと気づく。
「天、──音」
前方に誰かが──よく知る少女がそこで立って、今にも走りだそうとする僕を待っていた。
「今日はまた随分と早い時間に起きるんだな」
前の時間の天音とは違う、いつもの天音だ。
それと同時に僕を殺したいつか少女が不満げな顔をして睨んでる。
「おはよう、天音」
知り合いに会ったら挨拶をする。
どうしてかそんな言葉を口にする僕に彼女は苛々している。
「相変わらず鈍いんだな」
怒ってる。
天音はどうしてか怒ってる。
何がそんなに腹立たしくしてるのか、本当は僕もよく分かってる。
「知ってたんだ。この世界のこと」
本気で誰かを殺したいと思ってる人の顔。
このまま憎悪する少女の想いを知らない振りをしたかったけど、それは許してくれなさそうだ。
「知ってた。まあ、知ってるからなんだって話だけどな」
天音はこちらを殺す気で待ち伏せていた。
相手はしたくなかったけど、それでも今向かわないといけない気がしたから、──覚悟を決める。
「退いてよ」
イメージする。
これまで通り、敵を殺してきた魔剣を現実化する。
「──退くと思うか?」
多分、天音はコントロールルームにいる誰かを知っている。
そうじゃなければ、こうして邪魔をしない。
それが正しい選択なのだと言うことが実によく分かった。
「思わない」
悲しい。
ひたすらに悲しい。
何だって僕は彼女に剣を向けなければいけないのか解らない。
「でも、退いて貰わないといけない」
カチカチと神様は改竄する。
都合のいい世界へ今も変えていっているのだろうそれを確かめるには、コントロールルームへたどり着かなければならない。
「断る。此処で邪魔をすればアンタは夢を終わらせれない」
いつか見た彼女の夢は、きっと四葉が死なない世界なんだろう。
でも、それは本人が望まないモノで、何より死者を死なない為にするだけの身勝手な願いに過ぎない。
「そっか。それもそうだね。──なら、やることは決まってる」
話し合いは終わった。
此処で決断を迷ったら、それこそ最悪な未来しかやって来ないことはとうの昔に知っている。
「────」
夢の終わりを告げろ。その剣を向けることは対象の死を意味してる。
臆するな、それは相手も理解している。
迷うな、それは天音だって知っている。
──さあ、救いを求めて剣を取ろう。この世界を終わらせるにはそれしかないのだから。
「決まってる? 決まってるですって?」
だと言うのに少女はえずいてる。
誰に聞かせることのなかった決意が吐き出そうとしている。
「決まってなんかない。決まってるだなんて可笑しい。そんなの間違ってる!」
地団太を踏む天音。
空気が重くなり何かが罅割れる中、僕は魔剣を構える。
「間違いじゃない。間違ってなんかいない」
そうして、天音の癇癪を突き放す。
駄々をこねるそいつを無視して先を目指す。
だって、在ったことを無かったことにするなんてそんなのは間違ってるじゃないか。
「間違ってるだって? 間違いじゃない、これは間違いじゃない! ──だって、あんまりじゃない、あんなのが最期だなんて」
声にならない悲鳴な叫びが世界に響き渡る。
「お前に殺されて良かったなんて、あんまりじゃないか!」
今、膨大に膨れ上がった殺気を爆発させた少女の怒号によって、争いの火蓋が切って落とされたのだった。
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