008 一人の少女の始まり
螺旋のように廻る日常。
儚くも散る命を前に後悔が後を絶たず、どれだけ願ってもそれは叶わぬ奇跡となった。
そんな無意味の中、『アタシ』は生まれた。
「やあ。お目覚めかい、お姫様?」
皮肉混じりの挨拶に、ついアタシを造った神様を睨んだ。
「おやおやー。そんなに怖い顔をしてどうしたんだい? 寧ろ、ボクは感謝されるに然るべきなんだけど……、まさかキミは恩を仇で返す人間じゃないだろう?」
人を小馬鹿にする姿で、こいつは嫌いな人間なのだと直感する。
「別に造ってくれと頼んだ訳じゃない」
「確かに頼まれていないとも。……だが、ね。頼まれてはいないが、キミは願いもしただろう?」
心の底が覗かれる。
それが堪らなく気持ち悪くて、その場で吐いてしまいたくなった。
「──それで?」
「うんうん。切り替えが早いのは、キミの良いところだ。他の娘だとこうはならないから助かるよ。全く、二人とも面倒な娘たちでね」
短く切りそろえた黒髪をイジる少女。
その姿が何処となくアタシのモデルとなった少女と被ってしまい、顔を見るのも嫌で仕方なくなった。
「どうやらキミも我慢の限界のようだし、本題に入るとしようか」
華奢な少女はそう言うと、おぞましい笑みを浮かべるのだった。
◇
「ハア、ハア」
赤ん坊ほどの大きさの蜘蛛が這いまわる廊下を一心不乱に走る。
「ハア、ハア!」
兄さんならこの状況を何とかしてくれると一途の望みに賭け、上級生のいる三階を目指した。
ジジジ。
ジジジ。
その間も視界にノイズが走った。
頭の中に響く声が誰かは分からないが、本能がこの先を目指すなと告げている。
立ち入り禁止、この先を目指すべからず。
そんな誰かの叫びが幻聴となって脳を揺らす。
「うるさい、うるさい、うるさい!」
自分がやることは自分で決めるからアンタは引っ込んでろと心の中で叫ぶ。
階段を上がり、三階の兄さんが待つ教室への廊下に出る。
そこにも廊下一面の蜘蛛たちがアタシを出迎えた。
気持ち悪い。
この光景を見るだけで吐き気がする。
すると心臓が鼓動を速くなる。
アドレナリンが沸騰し、自分の中に潜む怪物が眠りから覚めようと許可を促す。
ハヤク、メザメサセロ。
ハヤク、ソレヲクワセロ。
頭がクラクラして、視界がブレる。
「キキキィイイイ!!!」
不安定なコンディションで蜘蛛たちの嘲う姿を睨む。
道は閉ざされた。
ワラワラと蜘蛛たちが襲い掛かる。
三度、心の中で邪魔だと呟いて──。
「邪魔、だって──」
掛けていた眼鏡を外す。
三半規管が麻痺してるのか。
それとも目の前の障害を除けようと、己の血に酔っているのかフラフラして倒れそうになる。
理性ガ邪魔ダ。理性ヲ外ソウ。
頭の中の得体のしれない誰かがアタシに囁き始める。
「言ってんでしょうが!」
己の中に在った封印を解く。
目の前が真っ赤に染まるのを感じながら、その理性を本能に預ける。
熱い身体を抱きしめながら。
自身の背後に現れるそれを見ること無く、──只、純粋にその湧いてくる殺意にその身を委ねた。
◇
「キッシャアアア!」
縦に一閃。
そうすることで蜘蛛は切り裂かれ、醜い悲鳴と共に塵となった。
「次から次へと!」
未だ暴れる蜘蛛たちの中心にたどり着けないのは、その圧倒的な数の多さなのは間違いない。
「キキキキキッシャアアア!!!」
廊下一面が蜘蛛から流れた血で川が出来るんじゃないかってぐらいの惨状。
「ッハア!」
蜘蛛を一閃しては、一度、大きく後ろへ下がる。
このままでは埒が明かないと悟る。
「ハア、ハア、ハア!」
蜘蛛はこちらの様子を窺うように、ジリジリと間合いを詰めていく。
このままでは数の暴力でじり貧なのは間違いない。
持久戦になれば明らかに不利なのはこちらだ。
「どう、する!」
視界の淵に現れる蜘蛛を斬る。
空を切るかのようにあっさりとその蜘蛛は斬られて、塵となって消滅する。
今更だが、この魔術破戒はチートだ。
自慢じゃないが僕は何の力もなければ特別に鍛えている訳ではない。
だが、ここまで化け物相手に接戦を繰り広げられるのは、この魔術破戒が在ってこその成せる技だと言えるだろう。
だが、チートと言えどそれを扱う僕はチートではない。
「キキキ!? ッキキキキキキィイ!!!」
な、何だいきなり?
この状況を攻めあぐねていると、突然、蜘蛛たちが散開していった。
その数秒後。
僕は何故か身体が目に見えない何かに吹っ飛ばされる。
「──ッガ!」
思わぬ衝撃に上手く堪えることが出来ず、廊下の柱まで行ってしまう。
視界がブレる。
ノイズが走る感覚。唐突の頭痛。割れるんじゃないかってぐらいの絶妙な痛み。
また、誰かが僕の頭を弄ろうとそれを行使する。
ふざけやがって。
僕は決してモノじゃないんだぞ。
そんなホイホイ記憶を消そうとしやがって、何様のつもりだよ?
痛みに堪える。目の前に意識を向けようとして、それに目が留まる。
それは、見えてはいなかった。
だが、目を凝らしたことでそれがはっきりと僕の目から脳に視認させることに成功した。
蜘蛛とは別の何か見てはならない怪物。
トカゲか何かを象徴したようなフォルム。
廊下の天井まで届くのではないかと心配してしまう程の大きさの体格。
筋の入った頑丈そうな灰色の鱗を纏ったそいつが、ご自慢の腕を振り回しては、逃げようとする蜘蛛たちを裂いていく。
「グルルル! ッグルルルゥウ!!!」
尻尾を一度丸めたかと思うと、すぐさま広げて地にベタンと音を上げて叩きつけられた。
衝撃で圧縮された空気が地べたの蜘蛛たちの血を吹き飛ばす。
それの顔はよく見えない。
なのにそれどんな顔をしてるのかが何となく理解する。
それと同時に、その何かの前によく知る少女が倒れているのを見つけた。
「あ、天音?」
まだグラグラとする視界。
もう一度よく目を凝らして、観察する。
「グルルルルゥラァア!!!」
巨体が咆哮を上げると同時にその姿が透けていく。
「天音!!!」
怪物が消えるか間近で漸く倒れている天音の下を駆け寄った。
◇
間違えた。間違えた。
アタシはきっと間違えた。
後悔することが多くて、どうしようもない現状に何をすれば良いか解らない。
夢のアタシは間違える。
アタシが夢見たアタシなのにアタシと同じ末路を辿ろうと愚かな選択を選び続ける。
認めない。
アタシは決して認めない。
その事実も。その選択も。その運命も何もかも認めることなんて出来ない。
「あんまりだあんまりだあんまりだ」
誰もいないコントロールルームで独り呟いた。
イ=スの種族の時間干渉の魔術によって、アズマという幻想が此処に居ないことにしてから数分後。
アタシは夢の中で立ち上がる彼を見ては焦る。
障害となる敵は排除した。
アタシと同じような幻想も、権能を持っている二人もこの夢には干渉出来ない。
だというのに、アタシの夢を壊そうと下位幻想たちは邪魔をする。
「邪魔だ、邪魔だ、邪魔をするんじゃない!」
そう言いながら、邪魔をする奴らのデータはみんな消去してやった。
一番、プロテクトが固い、名城真弓と自我に固執する如月を真っ先に排除したというのにそれでも彼らは間違える。
この叶うことのなかった奇跡の世界を誰も否定する。
耐えきれなくなったアタシはついに、彼に正体を明かすことにした。
お前の存在は在ってはならないモノだと教えてあげた。
それなのに。
「そう。貴方が先を進めるように。貴方がそれを笑えるように。他の誰でもない貴方の未来を夢見た誰かが私に託した希望なの」
それなのにどうして、立ち上がらせる?
意思のない人形。全てがこちらの意のままに操られるだけのデータ。
パラメータを弄ればどんな人格に早変わりのそんな人間たち。
夢を見た。奇跡を願った。
只、アタシは当たり前の幸福を得ようと現実を足掻いただけ。
それが、この有様。
何て愚かで、醜い存在。憎たらしい。
「……あんまりだぁ」
地に足がつく。
くしゃくしゃに髪を掻きむしり、どうしようもない現実に涙が出そうになる。
誰もアタシを助けない。
誰もアタシを味方しない。
それがこんなにも悲しい。
「な、何なの!?」
画面越しのアタシ。アタシが創ったもう一人のアタシ。
もしもそんな風に生きれたのならばを考えて作られた夢の自分。
そんな自分もこの夢を可笑しいと認識しだしてる。
この願いは叶わない。叶えてはならない願い。
だとしても届くのならば、目指したって良いだろう?
狂う。狂う。アタシは嫉妬する。
ふざけるなと憤怒する。
「そうだ、兄さんなら何とかしてくれるかもしれない」
間違いだ。
それだけはしてはいけない。
それをしたら、この夢は耐えきれなくなって壊れちゃう。
止めないと。止めないと!
アタシは再び夢の世界に潜ろうとして、そこで気づく。
「な、何だ?」
跳躍、認証不可。
固有魔術、心理情景発動不可。
アクセス権限が解除されていますので使用許諾が下りません。
よって、跳躍出来ません。
機械のガイダンスみたいに少女のアナウンスがコントロールルーム内に響き渡る。
「どういうことだ!?」
モニターに向かって叫ぶ。
キーボードに向かってコードを書き換えようとして──。
「どういうことも何もそういうことだ」
突然、背後から声を掛けられたんだ。
「──え?」
反射的に振り返ろうとしたアタシを鈍い衝撃が襲う。
「ぐぅ!?」
渇いた音と舞う血飛沫。
腹を貫く鉄の感触がじわりと熱を呼び覚まし──。
「隙だらけだ、幻想よ。──まあ、紛い物のお前には無理もない話か」
全身に幾多の鎖がジャリジャリと巻き付き拘束していく。
「アズマァア!!!」
そこで悟った。
コイツはアタシを罠にはめたのだ、と。
「貴様程度が私たちを欺けると思ったか?」
白衣の男を睨むと、そいつはいつか見た顔の半分を覆い隠した仮面を被ってた。
「そうなら、残念だったな。取り敢えずコントロール権は我々が奪っておく」
三十センチほどの大きさの杭が空中に現れる。
「──っ!」
それが次に何をするのか理解した。
だから、アタシは叫んだ。
「ヤ、ヤメロォオ!!!」
声が嗄れるんじゃないかってぐらい叫んだのだ。
必死の抵抗も虚しく傍にいた妖精に鉄杭が貫いた。
──ピッギャアアアア!!!
コントロールルーム中に妖精の悲痛の叫びが響く。
「妖精の消失を確認。これより、悠久なるアポカリプスが解除されます」
聞きなれた少女の声が聞こえ、そこでアタシの意識は一度途絶えるのだった。
◇
掴んでいた魔術破戒を離し、その場にいた天音に駆け寄る。
「大丈夫、天音!?」
想像していたよりも軽い彼女を何度か揺すって、意識を確認する。
「うぅうう」
そうすると、天音が目を覚まそうと声を上げる。
「良かった! 目を覚まして、本当に良かった!」
今だ焦点が合わない目でこちらを見つめる天音に対して労いの言葉を贈った。
彼女に会ったらどんな顔をすれば良いのだろうと悩んでたのに、倒れている天音の姿を見た時にはそんな考えは何処かに吹っ飛んでしまっていた。
「勇、貴?」
小さな声。
耳を澄まさなければ聞こえないかと思う声量。
「うん、そうだよ。無事で何よりだ」
どうして天音がこんなところで倒れてるだとか、色々な設問をした方が良いのかもしれない。
だが、何故だかこの時はそんなことよりも彼女の無事の方が気になった。
「そっか。アタシ、また能力を使ったんだなぁ」
能力?
「う、うん? それより身体は大丈夫?」
そんな心配する僕に向かって天音はちょっとばかし頬を赤くしながら言う。
「大丈夫よ。まあ、しばらくは無理な動きは出来ないでしょうけど、これぐらいは毎度のことで慣れてるわ。それより、勇貴の方は可笑しいって思わないの?」
何がだろうか?
ひょっとして、今の現状のことだろうか?
「だって、みんなモザイクが掛かったり、変なことを言ったりしてる。挙句の果てに建物中に変な亀裂が入ってたりしてるじゃない!」
力が上手く体に入らないのか、少しふらつきながらも彼女は立ち上がって僕に不安げな顔で詰め寄る。
その姿に、まるで怯えてる子供みたいに感じた。
「もしかして天音もみんなが可笑しくなってるに気づいてるの?」
そんな彼女の姿に目を丸くしながら僕は聞く。
「当たり前じゃない! その様子じゃ勇貴もみんなが可笑しくなってるって気づいてるみたいね?」
「うん、そうだね」
そんな僕の反応に彼女は安心したような顔つきになると、
「じゃあ、情報交換をしましょうか!」
少しだけ活気がある声で元気を取り戻すのだった。
「良いよ」
元気になってくれた彼女を見ると僕はそう返事を返すのであった。
「と言えども。これと言ってアタシが分かってることというか認識出来てることは今のところアタシと勇貴以外の人間はこの異常事態を認知出来てないってことぐらいね」
意気揚々とした天音は悪びれもせず、無邪気に現状がどう認知出来てるのかを話す。
やれ、ノイズが掛かったように他の人たちの顔が見えなくなったとか、さっき口で言っていた通りのことしか分かってないらしい。
「そうなんだ。僕は教室の窓から蜘蛛の化け物が落ちていくのを見かけたから、もしかしたら何か原因がわかるかもって思ってここに来たんだ」
僕がそう言うと天音は何だか、やっぱりと言いたげに誇らしげに胸を張った。
「やっぱり。三階には兄さんが居るもの。実は此処に来たのもアタシ、兄さんなら何とかしてくれるんじゃないかって思って来たの」
僕が此処に来た理由を簡潔に話すと、天音も此処にどうして居るのか話してくれた。
「ってことは、そっかー。勇貴も今、どうしてこうなってるのか分かんないってことね」
残念だなと一言呟きながら、長い赤髪を掻く天音。
「そうなるね。けれど、この先に君の兄さんが居るんだろう?」
天音の兄さんに会えば、何かこの異常事態を何とかしてくれる手掛かりになるんじゃないかと期待する。
「ええ、そうね」
「何はともあれ、会いに行く価値はあるさ」
そう言うと、彼女と僕は天音の兄さんが居るとされる教室へと向かうのだった。
◇
誰もそれは望まない。
誰もそれを求めない。
ぐるぐる回る。
世界が何度も壊れて、時間を幾度もやり直す。
彼は死ぬ。
心が一度死んで、記憶を維持することが出来なくなった。
奇跡を願う娘たちはそれを喜び、仲良く手を取り合った。
「アハハハ! アハハハ!」
気持ち悪いと神様は嗤いました。
それは醜い男の顔をしていました。
誰も彼を救わない。
でも思うのです。
きっとそれも彼は乗り越えるだろうと私は諦めない。
ジジジ。ザー、ザー。
ノイズが視界をジャックする。
暗転。
それは、誰でもない誰かが綴った妄想。
この物語はきっと、そんな誰かの序章的な何かなのかも知れません。
◇
蜘蛛たちをかき分けて、進んだ教室のドア。
3-Cとプレートがドアに留められた簡素な扉に僕は息をのむ。
「此処が兄さんが居るクラスの教室だよ」
天音が言う。
その教室の窓だけが何故かスモークが張られたようにモザイクがあり、中の様子が窺えない。
その先を見ることを恐れた誰かの仕業だろうか?
「って何をそんなに考える必要があるんだ」
不安をグッと堪えて、ドアを開ける。
そのドアは重く、とてもじゃないが前までの僕であったならそれを開けることに躊躇して開けれなかっただろうと思った。
ガラガラと音を立ててドアが解放されると、そこに見えるモノがよく分かった。
ジジジ。
世界が終わる。
ザザザ。
それを見つけた。
「兄、さん?」
少女の声が呟かれる。
何も知らない僕でさえ言葉が出なかった。
だから、目の前の光景を男を知る彼女でさえも吞み込めなかった筈だ。
「──来たか」
傷だらけの男は口を開く。
死体と間違えても大差ない全身傷だらけの男は教室の中心に立っている。
ザー、ザー。
見てはいけないと誰かが叫んだ。
ザー! ザー!
でも、その男が積み上げた死体の山を見てしまった。
台風か何かに遭遇したような酷い荒れようだった。
他人事に表現してしまうほどにその現状を直視することは常人の理性には耐えられないものだったともいえる。
「随分と遅い到着だったな、主人公」
まだ名前も知らない男は僕に向かってそんな言葉を贈った。
まるで、友好的な恩師のような振る舞いだなと場違いに思うほどの言葉遣いだと思った。
「……貴方は?」
思わず口から誰だと尋ねる。
目がくらむ。意識が飛びそうになる。
脳がスパークして神経を麻痺させてクラクラと視界を揺れ動かす。
一言、そんな言葉を口にしただけで何故だか頭に痛みが走った。
「ふん。こちらは貴様の到着を待っていたら酷い歓迎をされたのでな。だから殺した」
こちらの質問に答えず、べらべらと自分の言いたいことを話す男。
皮肉気に口元を歪ませる形相は、何処かあの天音に似ているものを感じた。
「兄さん、何があったの?」
背後にいる天音は現実を理解することが出来ないみたいで、男に質問を繰り返す。
「納得がいかない顔をしているな、七瀬勇貴。まあ、貴様としても事情が掴めていないだろうし、それも無理からぬ話か。どの道、この夢は終わる。今、アトラク=ナクアが打ち取られたのが確認された」
男の鋭い目がキッとなったかと思うと、次の瞬間にはモザイクが掛かり表情が見えなくなる。
カツン。
積み上げられた死体の山を背に名も知らぬ男は悠然とこちらに歩み寄る。
「ねえ、聞いてよ。質問に答えてよ。ねえ。ねえってば──」
カツン、カツンと男がこちらに近づく度に声を荒げる天音。
二人のそんな様子に心臓が煩くなって、重苦しい空気が充満していく。
「話を聞いてよ、四葉兄さん!!!」
天音の感情が限界に達したその時、四葉はニコリと微笑んだ。
「天音。お前には散々言ってきただろう。──夢は覚めるものだとな」
傷だらけの右腕を前へ突き出して。
その右腕から突如、魔法陣が現れて。
「──え?」
数秒も経たずに紅い閃光が僕の背後に向かって放たれた。
「何、してるの!?」
無意識に展開した魔術破戒で、閃光を掻き消す。
四葉が何をしたいのか理解が出来なかった。
「質問に答える義理はない。──が、敢えて言ってやるとするならば、慈悲だ」
嗤う。四葉は狂ったように笑いながら、僕と天音に歩み寄る。
「くだらない三流役者の真似事だが、カーテンコールぐらいはしっかりと降ろしてやるものだろう? さあ、構えろ、ドン・キホーテ。哀れな役者に止めを刺してやれ!」
「──何を!?」
男の真意は掴めない。
だが、友達を殺されそうになって止めない理由はなかった。
四葉と僕らの間合は三メートルにも満たず、走れば数秒で詰められそうな距離。
ゆっくりとしかし確実に男はその歩みを止めない。
何かを自嘲するように、殺気を纏って男は紅い閃光を放つのを止めない。
何もかもが意味が解らないけど。
それでも、何も知らずに誰かが殺されるのを見捨てれるほど白状になり切れなかった。
「兄さん、止めて! ねえ、本当にどうしちゃったの兄さん!?」
天音はその場に膝を折れてしまう。
立ち上がることを止めて、現実から逃げるようにまだ優しい兄の姿を忘れられない。
また、一歩。
天音が言葉を吐き出すほど、彼と天音の距離は縮まっていく。
放たれる刃となっている閃光が増していき、
やがて──。
「だから、オレを。オレを兄さんと──」
闇雲に魔術破戒を振るってもケガが出来るほどの間合い。
こちらの意図を見透かしてか。
それともこちらの心情を見透かしてなのか。
モザイクで表情が見えない顔で立ち止まると、
「兄さんと呼ぶなと言っているだろうが!!!」
瞼を思わず閉じてしまいそうなほどの光を掲げていた右腕に収束させる四葉。
数秒後に予測される未来に耐えかねて、掴んでいた魔剣を構えて男の間合いを詰める。
天音の手を取って逃げ出す選択は頭から無かった。
けど、これ良かったのかもしれない。
きっと、その選択こそ、僕が気づかないだけ繰り返したことの結果だったのかもしれない。
何もかもが理解出来ない現状をしてしまった最中で、誰かが笑ったような気がして。
右腕が振り下ろされようとした。
それと同時に彼を切り裂く僕がいる。
そんな地獄の光景を観測した天音はその場で何もすることなく地べたに座り込んでた。
────「ヤ、ヤメロォオ!!!」
何故だか、そんな誰かの絶叫が頭の中に響き渡った。
◇
世界が終わる。ねじ回る。
パラパラ漫画の如く、それは無理やりに終わらせた。
パタンと本を閉じる。
きっと誰かじゃない誰かが、その本を閉じた。
誰もが救われない世界を読み漁る読者が皮肉気に微笑む。
彼女は何処にも居て、何処にも存在することを許されない。
「彼女がこうなることを予測できていたけどね」
自身の存在として欺瞞していた黒い包装のそれを手に取る彼女。
「まあ、運が悪かったとしか言いようがないよね」
教室の窓から見える空は、継ぎ接ぎだらけで子供の落書きにしか見えない出来栄えだった。
彼女の言葉に賛同する声は何処にもなく。
「うん、うん。さて、物語は漸く動き始めれるぞー」
誰に対しての言葉か解らないことを言いながら、その少女はその場を後にしたのだった。
面白い、続きが気になる、応援してると思ったらと少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!
批評、アンチ何でも励みになりますのでよろしくお願いします!




