007 私に託した希望なの
「これ、飛鳥ちゃんが君に渡しておいてって頼まれたの」
お決まりの台詞。
お決まりの態度。
お決まりの無力感。
もう何が正しくて、何が間違いだったのか解らない。
僕が僕でいることが間違いだったのか。
それとも、単純に僕のしていることが気に入らなかったのか。
だから、天音は僕を殺そうとしたのか。
何もかもが解らなくて、どうしようもなかった。
リテイク先輩が僕の手にダーレスの黒箱を渡す。
「────」
途端に、その手の平に納まるそれが憎らしく思えてきた。
「──っ! こんなの、……ぃるかよ」
弱い自分。
弱くて、弱くて逃げ出した卑怯者には自らの意志で生きる権利さえ与えられないのか。
思ってしまったら、そう言葉にせずいられなかった。
「こんなの、いらないよぉ」
膝が折れる。
前のめりになって、この箱を捨てれたらどんなに良かったことだろう。
誰も僕を助けてくれない。
ただ、僕が僕であり続けたいと願っただけなのに、誰も僕の味方で居てくれないんだ。
「……そうね。確かにそれは貴方には要らないものだったのでしょうね」
そんな自分を見て吸血姫が閉ざしていた口を開く。
「この箱を渡さずに黙って見捨てていれば、確かに貴方はこんな目に遭うこともなかった」
それは、たらればの話。
リテイク先輩がしなかった、もしもの選択。
「なら、ど、う、し、て?」
どうしてそんなことをしたんだと。僕を弄んで愉しんでるのかと、そんな想いが口から溢れそうになる。
「でも、それは出来ない。出来なかった。私たちに未来を想う心を踏みにじる権利なんてないから」
未来に何の意味があるのか。
権利に何の想いがあるのか。
手の平の黒い箱にリテイク先輩が何を見ているのか解らない。
「……け、ん、り?」
関心もなかった彼女の口から出たその言葉には、誰の意志でもない純粋な想いが込められていた。
「そう。貴方が先を進めるように。貴方がそれを笑えるように。他の誰でもない貴方の未来を夢見た誰かが私に託した希望なの」
これまでどうでも良いモノのように自分を見ていた先輩が、今になってどうしてそんな言葉をくれるのか解らない。
だけど。
「それをどうして何も持たない私が蔑ろに出来ると言うの?」
喉を詰まらせる何かが胸を締め付けるようで苦しかった。
誰かが僕を支えてくれている。
誰かが僕の未来を案じてる。
言われなかったら気付くことがないそれらを彼女は伝えてくれた
「……あーあ。これで私も目をつけられちゃったか」
ジジジ。
大雨を降らせるようにノイズが激しくなった。
それはまるで、僕の心を抉るようだった。
────「死ね、死ね死ね死ね、死ね。テメェ様なんて誰も見ちゃいねぇえんですよ!」
独りよがりな叫びが再び熱を灯った僕の心を壊そうと躍起になる。
「アドバイスしておくと、この現状は彼女が夢見た幻想なの」
ジジジ。
ジジジ。
消え入りそうな言葉が途切れ、リテイク先輩が見せる表情がモザイクと化していく。
「先、■進みた、い■ら。こっちの彼女を、た、■、りな、さ、い」
そこに居たという事実が消去され、吸血姫は夢の世界を追放されたのだった。
◇
ザー、ザー。
電波ジャック、電波ジャック。
次元が割れました。
世界が構築されました。
アナタを覗きます。
アナタの心を描写します。
ザー、ザー。
システムは順調。視聴するのは上位世界。
アナタの姿を私は見ます。
泡沫の幻。
胡蝶の夢に誰も彼もが溺れていく。
もしもが赦されるのなら、とそんな夢を人は願うだろう。
人間とは愚かで、浅ましい生き物だ。
その本質はどんな世界になっても変わらない。
チクタク、チクタクと時が流れる。
それが停止することはあり得ない。
それが許されるのは空想上の中だけだと相場が決まっている。
書き続けろ、書き続けろ。
終わらせろ、終わらせろ。
何度、自分に言い聞かせてきたことだろう。
誰からも読まれなくとも。
誰からも期待されなくても、停滞した物語ほど残酷なものはないのだから。
カチカチカチ。
不意に開けた窓から空を見たくなった。
「────」
真っ暗の中をお星様とお月様が輝く海原はどんよりとした気持ちを軽くした。
デスクに置いておいたカフェオレを口にする。
自分の現状そのものを体現しているかのようにそれは温かった。
「────」
鬱屈とした気持ちがまたやってくる。
誰でもない誰かの書斎。
そこに独りで稚拙な物語を執筆するのは、何とも言いようのない倦怠感に包まれて嫌になる。
「オレの人生もやり直せたら良いのになぁ」
叶わない願いだと自嘲する。
だって、それもその筈。
この物語は、あの時の自分が逃げ出していたらのもしもの話なのだから。
先はある。
この物語に続きがある。
でも、今、この次の展開に持っていくことが正しいことなのかと思うと筆が止まってしまった。
だって、そうじゃないか。
作中の主人公も思っていたじゃないか。
あんまりだって言ってろ。
「あーあ、オレも二次元に行けたらなぁ」
そんな、オタクなら誰でも思うことを口にした。
この時はそうなったら良いなと思った。
ザー! ザー!
ノイズが入りました。
これ以上は閲覧不可となりました。
「さあ、日常を再開しましょう」
つまらない人間の一章を見ました。
アナタが貴方を描くそんな描写に過ぎません。
アクセス権限を行使します。
ソレでハ、続キを楽シミまショウね。
◇
一瞬、真っ暗となる視界。
どのくらいの時間換算をして伝えれば良いのか解らないが、それは数秒のような間隔の出来事だった。
「こっちの天音を頼れ、か」
その言葉でリテイク先輩もこの世界が夢の世界だと気付いてると考えて間違いないだろう。
誰かが見る夢の世界。
天音も死んだ人の復活を願うにしては、どうにも引っかかる。
……多分だけど、天音が取り戻したい人と瑞希ちゃんが復活させたい人は別人だ。
そう思うのは、瑞希ちゃんが口々に言っていたであろう『兄さん』が天音のお兄さんってことになると考えたからだ。
本人たちの言葉を鵜呑みにするなら、そうなるんだけど──。
何度考えても違和感しかない。
それはどうしてかと言うと、先ず瑞希ちゃんと天音は顔が全然似てない。
あれじゃあ、どう見たって家族とは違う赤の他人だ。
必ずしも血が繋がっていることが家族だと言うつもりはないけど、他にも彼女たちが姉妹でない根拠がある。
それは瑞希ちゃんが僕を兄さんにしようとしたのに対し、天音は自身と兄さんを現実化させる為に僕を殺すのが目的らしいことだ。
人間の魂を改竄し死者そっくりの人間にしようとしてるのは、まだ解る。
そうすることで死んだ人間との再会を果たそうとするのは、理屈としては理解も出来よう。
しかし天音は兄さんを現実化させようとしてるとかで、それで死者との再会が果たせるのなら改竄などせず瑞希ちゃんもそっちをすれば良かったって話になる。
それをしなかったのは、つまり二人の目的が別だと言うことに他ならないからだろう。
「火鳥ー、いるー?」
そう結論付けると、三度目の正直で友達を呼ぶ。
だが、待っていても火鳥が来る気配はない。
「……火鳥もかー」
どうやら、あっちの天音は徹底的に僕のメンタルを叩き壊す気のようだ。
「ってことは、一人でこっちの天音の元に行かなきゃいけないのかー」
前会った時はなんか怒ってたみたいだし、どうしようか?
僕のことだし、フラグなんて建てちゃいないだろうしね。
そんなことを思いながら、森を出ることにした。
◇
「何だよ、これ?」
森を抜け、校舎に向かっていると様子が可笑しいことに気付く。
「一体、何がどうしたら、こうなるのさ?」
目蓋を擦り、注意深く何度も確認する。
それは端から見ても異常な光景であった。
「それでねー、それでねー」
顔面がモザイクで表情が見えない女子生徒。
「そっかー! そっかー。そうなのかー?」
その女子生徒の話を聞いてるのか解らない反応をする男子生徒。
「アガガガ! アガガガ、ガァア! 我らに救いを! 我らに栄光ある死を! どうか我らにそのお慈悲を!」
蜘蛛に丸齧りされても平気な顔で訳の分からないことを宣う集団。
「ピーガガガで、イーガガガなフジコ戦争勃発な員謝謝謝であるのですぅ!!!」
ハゲの教師が半裸になって、意味不明なことを叫んでる。
そんな状況になっているというのに、学校中の人達はそれが見えてないかのように過ごしてる。
まるで、それが穏やかな日常の一コマだって言ってるみたいで気持ちが悪かった。
パリン!
校舎の窓が割れる音がした。
数秒後に、赤ん坊サイズの蜘蛛と共に砕かれた硝子の破片が降ってくる。
「うわわわっ!」
降ってくる破片に慌てて僕は校舎の方へと入ってしまう。
「って何で、僕は校舎の中に入っちゃった!?」
慌ててたからって考えなしに動いてしまった自分を責めるが、そこでふと立ち止まる。
「いや、ちょっと待てよ」
僕を襲った人食い蜘蛛を誰かが窓から突き落としたってことになる。
そうなると、あの異常な中を異常だと認知してる人が校舎の中にいるってことになるんじゃないか?
そう思うと、あの蜘蛛がどの辺りから落とされたのかを考える。
「確か、三階の教室だったよね?」
事態の究明に繋がるかもしれない。
ダメもとでも向かってみる価値はありそうだと思い、僕は三階を目指すのだった。
◇
校舎の中も所々に亀裂のようなモノが入り、学生と思われる人の顔にもモザイクのようなものが出来てとてもじゃないが人間と呼べるものではなかった。
この世界が造りモノの世界じゃないと知らなければ、この光景を僕自身が可笑しくなってしまったんだと錯覚してたかもしれない。
ガヤガヤ、ワイワイ。
それにしても、何かのイベントにでも参加してるような活気で辺りが騒がしい気がするなぁ。
「嫌な予感がする」
そう思い、蜘蛛が投げ捨てられたと思われる窓の教室へ階段を使って駆け上がる。
全速力で駆け上がるものだから三半規管が酔いそうになる。
「ハア、ハア、ハア!」
そう言えば天音がこうまでして救いたいと願った人はどんな人なんだろう?
僕はその人を知らないし、会ったこともない。
それても、あの天音が形振り構わず助けようとする人間なんだから好い人なのは間違いないだろう。
階段を登り終える。
息を切らしながらも、目的の割れた窓の近くへ行こうと廊下を走ろうとした。
そこで、僕は見た。
校舎の外から見た光景とは違う、異常な光景がそこにはあった。
「うわぁ……」
蜘蛛。
廊下一面の蜘蛛の群。
いや、群というより死骸の山が積まれていると言い直すべきか。
トラウマになりかけた人食い蜘蛛がこうもあっさりと死んでいる。
僕を食い殺した時の蜘蛛の数より倍以上の死骸に思わず圧倒する。
バリン!
廊下の先の窓が破られ、蜘蛛の死骸が雪崩みたいに落っこちる。
明らかに僕が外から見た時よりも落とされる蜘蛛が多い。
「まあ、此処で考えても仕方ない、か」
あらゆるモノを破戒する魔剣を現実化する。
目の前に現れた光輝く剣を掴むと、身体が羽を得たかのように軽くなる。
ドクン。
心臓の鼓動が早くなり、一秒、一秒の感覚が短くなっては、どんなモノにも負けない強い自信が芽生えた。
「さあ、反撃開始だ」
襲い来る蜘蛛の群れへ、僕は魔術破戒を構えた。
◇
最近、嫌な夢を見る。
アタシの能力が暴走して兄を殺してしまうというものだ。
その時の死に際の兄を抱く感触が余りにも現実的で、どうしようもない絶望感に胸が押し潰されそうになるところで目が覚める。
そんな悪夢。
「嫌な夢」
アタシの両親は遠い昔に魔導の外道魔術師に殺されて、この世に居ない。
だから、家族と呼べる人はもう兄さんしか残されていないのだ。
男で一人、あらやる外道魔術師たちから守ってくれた家族。
いつしか、そんな兄をアタシは家族として慕う以上の想いを抱えてしまっていた。
彼の息づかい。
普段する、ちょっとした仕草。
兄さんがアタシの知らない人に恋心を抱くんじゃないかって不安を抱えては、嫉妬する。
この想いはきっと叶わないし、叶えてはならない。
その夢を抱くのは、間違いだと理解してる。
けれど、そんなもしもを叶えることが出来るのならアタシは──。
最愛の人。アタシが憧れる正義の味方。
もし、そんな人が自分の手で殺してしまったとしたら、きっとアタシは──。
そう思ってたら、いつもの退屈な日常に変化が起こった。
日に日に生徒たちが行方不明になるのだ。
生徒たちが居なくなる。
この学園では日常茶飯事な事件だというのに、何故か胸騒ぎがした。
とても大切な何かが終わってしまうないんじゃないかと恐れてしまった。
最愛の兄が死ぬ、そんな予感が頭に掠めて仕方なかった。
ジジジ。
「キキキ! ッキキキキィイ!」
今日も何も変わらない日常の始まりだった。
今朝、勇貴に会って少し口論をしてしまった。
それは何気ない、ちょっとした意見の違い。
朝食の目玉焼きに何を掛けるのがベストチョイスなのかという下らない理由。
そんな些細な喧嘩で感情を抱けるとは夢にも思わなかったけど、それでもやっぱり勇貴のチョイスはあり得ないなと思う。
だって目玉焼きに醤油だよ?
普通、ケチャップとマヨネーズのダブルトッピングでしょう!
それなのに、彼はそのチョイスの方があり得ないなんて言い出す始末なんだから、こちらもつい感情的になってしまった。
けど、何となく気が合う同じクラスの男子生徒。
彼を意識し始めたのがいつだったか解らないけど、それでも何処か大好きな兄みたいで放っておけなかった。
記憶喪失の何の力も持たない彼をどうして兄さんの姿に重ねるのか解らないけど、気の抜けた雰囲気が兄さんが時折見せる横顔と同じだったからかもしれない。
授業を受けて、何気ない生活を過ごして。
それから──。
そして、それは突如として起こった。
「キキキキキッシャアアア!!!」
昼休み、蜘蛛の怪物が現れた。
至るところに現れては生徒たちを襲っていく。
そんな阿鼻叫喚な光景に対し、誰も気にしない。
それどころか、変なことを言ったりする人も現れたりもした。
可笑しい。
みんな、どうして平然とそんな何食わぬ顔をしているの?
日常が壊れていく。
誰もそれを認識していない。
奇妙な光景。狂った光景。壊れていく世界。
「キャアアアアアアアアアアアア!!!」
思わず叫ぶ。
教室を抜け出す。
だが、何処へ行ってもそれは続く。
あろうことか、生徒たちの顔にモザイクのような靄が掛かる始末だ。
「な、何なの!?」
アタシだけなのか。
アタシしかこの異常に気付いていないのか。
助けて。助けて。
誰か助けて。
「そうだ、兄さんなら何とかしてくれるかもしれない」
兄さんならこの狂った光景を何とかしてくれると、希望を持つと、早速兄さんのいる教室へ向かうことにした。
その選択が間違いだったとはこの時のアタシには思えなかった。
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