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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第二章:紅蓮迷宮
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006 夜の帳が下りる時


 昼休憩が終わる前に教室へ火鳥(かとり)と入る。


 「真弓(まゆみ)さん!」


 真弓さんの姿を探すと、直ぐに見つかった。


 「お、おい!」


 火鳥が止めるのごめんと一言謝っては、真弓さんの下へ向かう。


 「勇貴(ゆうき)さん、そんなに慌ててどうされましたか?」


 呑気な声で、彼女は問い返す。



 「どうされましたかって、大丈夫なの?」


 真弓さんは僕の様子に首を傾げながら、


 「何を心配して下さっているのかいまいち分かりませんけど、私なら大丈夫ですよ」


 授業で使うだろう教科書を鞄から取り出すと、机の上に並べた。


「それより勇貴さん、もうすぐ授業が始まってしまいますので席に戻られた方がよろしいかと。只でさえ勇貴さんはあのお方に気に入られてますので、先生方に目をつけられでもしたら大変です」


 真弓さんが僕を心配する。

 あれ?

 今、なんか変なこと言われた気がする……?


 「ん? いや、先生に目をつけられたら大変なのは分かるけど、」


 その違和感を聞こうとした時、校舎に鐘の音が響き渡ってしまう。


 「ほら、チャイムが鳴りましたし、急いだ急いだ。……もしかして今朝のこと、まだ引きずってると思ってるんですか? その件ならもう怒ったりしていませんよ」


 彼女がそう言うと同時に、ガラガラと扉を開けてハゲの教師がやって来た。

 いつも通りの退屈な授業が始まった。

 平凡な一日の始まりだと言わんばかりに、同じ話を繰り返す。



 「魔術において旧魔術(まじゅつ)派と魔導魔術(まどう)派の二種に別れており。自身の身体から生成される魔力と自然界から流れる生命力を魔力へと変換させ術式を行使する旧魔術が主に魔術と認識されています。従って、魔導魔術においての魔術はそれ以外の方法で魔術を行使する魔術であると一般的には認知されております」


 それにしても、真弓さん、様子が変だったな。

 僕と話しているというのに何処か遠くを見つめているような感じだった気がするし。

 何よりいつもよりも覇気がなかった。


 「魔導魔術の術式は、主に異星からの来訪者──つまるところ、外なる神と呼ばれており、その与える魔術は魔導魔術師は恩恵(ギフト)権能(チート)の二つに分類されて扱われている。何故、二つに分類されているのかと言うと、」


 ふと、気づく。

 いつも通り同じ授業の内容だって言うのに、何処か聞きなれない単語が入り混じっていることに。

 というより考え事やらしていて、授業で何を教えているのかも自分は理解出来ていなかったという事実に驚きが隠せない。


 ジジジ。


 「尚、自身の精神エネルギーの大部分を思うままに変化させ固定させる術はなく。魂の固定化は現段階では実現不可能と呼ばれています。故にダーレスの黒箱などの権能(チート)を施された術式が組み込まれた魔道具(アーティファクト)を通して多大な時間を使えば叶えられなくはないという話もあります」


 授業が、途中で跳ばされる。

 まるで、その情報を聞くのは未だ早いと誰かが言っているような感覚。

 気持ち悪い、嫌悪感が拭えない。


 ノイズが所々に入る。

 聞くに堪えない雑音が混じって、先生を通して誰かが僕に情報を伝えてくれる。


 キンコーン、カンコーン。


 「──おや、もうこんな時間ですか。では、本日の講義は終了です。起立、礼。それでは、お疲れ様」


 チャイムが鳴り終わり、誰もがその場を後にしようとする。

 真弓さんと話をしようと探すも、彼女の姿は見当たらなかった。


 「おいおい、錯乱してるにしてもあれはないぞ、お前さん。幾ら彼女が名城の嬢ちゃんに似ているからって、間違えんなよ。彼女、戸惑ってたぜ」


 彼女を探している僕を火鳥がそんなことを言って来た。


 「え? 火鳥の方こそ、何を言ってるんだよ。真弓さんだったろう、彼女」


 そこで何やら神妙な顔になる火鳥。


 「まあ、そんなことはどうでも良いことだったな。兎に角、今はお前さんを襲ったとされる人食い蜘蛛のことだ。それを何とかしなくちゃ先に進めないんだから、委員長に話ぐらいは通しておこうぜ」


 僕の腕を引っ張る彼の顔はよく見えなかったが、彼の委員長に話を通しておくという言葉に誰のことを指しているのかを案じた。


 「ん? もしかして、話に出てた相談窓口みたいな人ってシェリア会長のことを言ってるの?」


 僕が恐る恐る聞くと、火鳥は眉を細めては、こう言った。


 「あん? なんでそこで生徒会長が出てくんだよ? オレが言ってんのは、久留里の嬢ちゃんのことだってーの!」


 ん? 


 「それこそ天音が委員長だなんて話になるんだよ? 彼女、永遠の帰宅部目指してるってぐらい面倒くさがり屋だったろう?」


 何か部活でも入らないのと聞いた時、そんなことを活き活きと語っていたあの天音からは想像もつかない話だ。


 「いやいや、お前さん。それこそあり得ない話だろ。あのブラコン(こじ)らせまくりで兄さん、兄さんって愛想よく振舞っている久留里がそんな面倒くさがり屋な訳ないだろう!?」


 また、だ。

 また、どころか大きく違ってる。


 ダーレスの黒箱を受け取ったところをやり直してから、自分が知っている世界がズレている。

 小さな違和感のようで、決定的な違和感が僕を襲って来た。


 「あー、もう。兎に角、あの相談窓口に蜘蛛の怪物が夜な夜な出没することを話しちまおうぜ。まあ、このお前さんが言う情報もあちらさんは、もう知ってるかもしれねーけどよ」


 呆れた顔をしながらも、火鳥は天音の姿を探し始めた。


 「何やらアタシの名前が聞こえた気がしたんだけど、二人ともどうしたの?」


 そんなことをやり取りしてると、懐かしい活気のある少女の声が後ろから掛けられた。


 「おうよ、丁度良いところに来たぜ。久留里、まさにお前さんの話をしてたところだ。四葉の兄さんに話を通して欲しいんだが、頼めるか? 何せ、オレの友達が昨日の夜、蜘蛛の怪物に襲われて大変だったって聞いたもんでよ。ちょいと小耳に入れて欲しいのさ」


 そんなことを頼みながら彼は後ろにいるであろう彼女の方に手を振った。

 振り返る。


 「友達が襲われたって、誰の話? 言っとくけど、助けてくれなんて言われても、それは無理な話よ。残念だけど昨晩の被害者は全員、仏さんになっちまってるって兄さんが言ってたもの」


 だから、名前は教えてやれないと少し強めの言い方で火鳥を納得させる赤髪の少女が居た。


 でも、その少女は僕が知っているようなヤサグレた感じの姿ではなくて。

 男勝りよりも逆の年相応な少女のような身だしなみをしていた。


 パチクリと瞬きをする。

 頬に手をパン、パンと叩きながらも目を擦ってはその姿を凝視する。


 「何よ? あんまり人の顔をジロジロと見ないでくれる? そういうのセクハラの一種だって兄さんが言ってたわ」


 身だしなみどころじゃなく、口調も態度も全然違う。

 誰だ、君?


 「ごめん、今更かと思うんだけど、本当に天音?」


 思わず見惚れてしまう上品な立ち振る舞いをする少女にそう聞かざる得なかった。


 「失礼な話ね。アタシは天音に決まってんじゃない」


 天音と名乗る少女は可笑しなものを見る目をした。

 そのジト目で見つめられると、何だか少し罪悪感が湧いて来る。


 「いや、でも」


 「……何よ? 言いたいことがあるならハッキリ言ったら良いじゃない? 今更アンタの馬鹿さ加減に怒ったりしないわ」


 少し張りのある胸を突き出しながら少女は答える。


 「じゃあ、聞くんだけど、同性同名の双子の姉か妹が居たりはしなかったりしない?」


 頬をポリポリと搔きながら、愛想笑いを浮かべて聞いた。


 「アッハッハッハ」


 そんな僕に彼女は笑いながら、


 「まさかそんな冗談を言うためにアタシを探してる訳じゃないでしょうね!!!」


 ちょっと怒ってしまったのだった。


 「あーあ」


 そんなやり取りをする僕と彼女に火鳥は頭を抱えたのだった。


 ◇


 「フンだ! もう勝手にしたら良いじゃないの! ばーか、ばーか!」


 一通り怒って、天音と名乗る彼女がその場を後にしてしまう。

 何をそんなに彼女が怒ってるのか分からないが、どうやら僕は怒らせることを言ったみたいだ。


 「どうすんだよ、お前。あれじゃあ、今日はまともに話を聞いてくれないぜ」


 ちょっと納得がいかないがどうやら今の僕にはこれ以上出来ることは無さそうだ。


 「あー、そうだな。……取り合えず、今晩は部屋に籠ってることだな。確か午後八時頃だったか? その人食い蜘蛛に襲われたのって?」


 「うん」


 「まあ、部屋に鍵でもしときゃ、大丈夫だろう。余程のことでも起きない限り、人食い蜘蛛も学生寮まで入って来られねーよ。あんなところでも学生寮(あそこ)には結界も張られてる。それに何よりオレら他の生徒だって居るんだし、何かあればみんなで対処すりゃあ良い話だしよ」


 安心しろと言って火鳥は話を締めくくり、その場は別れることにした。


 ◇


 夕方に食堂へ向かおうと廊下を歩く。

 一人でその先に向かおうとして、そこで誰かに会うこともなかった。


 「ダーレスの黒箱、ね」


 懐に入れたダーレスの黒箱を取り出す。

 所々に溝が入った、蓋が開かない黒い箱。

 真実を話してくれた彼女と離れてしまう前に、言っていた言葉を思い出す。


 「……ダーレスの黒箱を探しなさい、勇貴さん。貴方が救われるにはそれしかない。先に進むには、それを破壊するしかないのです、か」


 確か、そんな風に言っていた筈だ。

 こんなものを探して破壊しろなんて言ってたけど、この固そうな箱を破壊する手段なんてあるのだろうか疑問だ。


 夜の帳が下りようと、夕日が地に落ちようとしていた。


 ピーガガガ、ピーガガガ。


 その時だった。

 前から女子生徒が来た。

 その女子生徒が通り過ぎたときに、頭の何処かにノイズが走った。

 それは、普通に生きていたら考えられないことだった。


 唐突の頭痛。

 キンキンと痛みが走っては、全身に気だるさを感じた。


 「なん、だ。これ?」


 痛い。

 頭が割れるように痛かった。

 こんな痛みを何処かで味わった気がする。

 嗚呼、そうだ。

 彼女の名前を忘れてしまった時と同じ痛みだ。


 「歩かなきゃ。どう、にかして。せ、め、て、へ、や、に、か、え、ら、な、ぃと」


 グチャ、グチャ。

 音がする。

 舌なめずりまで聞こえてきそうな嫌な音だ。


 ズキリ、ズキリ。

 頭が割れそうになるぐらい痛いのに、体はちっとも前に進んではくれない。

 自由が利かない。

 どうして身体が真っ当に機能しないのか、考えることすら億劫になっていた。


 「キャハハハ! キャハハハ! それはデェスねぇ、テメェ様が気づいちまいそうだったからデェスよ」


 キャハハハ、キャハハハと嘲う女の幻聴。

 何処となく切羽詰まったような感じの声だった。

 いつの間にか、目の前に黒いスーツを着た女が居た。


 「──え?」


 何の気配もなかった。

 否、それよりも胸騒ぎがする。

 本能が全力でこの女から離れろと訴える。


 「いやはや、どうしようもねぇってもんですよ。アタクシ様が幾ら邪魔者を排除しても、次から次へとゴキブリみてぇにホイホイ現れるってもんですよ。いい加減、面倒になってきちまったってもんデェスよ」


 ワラワラ、ワラワラと何かが近くに集まる気配がする。

 それは、一匹や二匹の話じゃなかった。


 「だから、コイツァ仕方ない。仕方ないって訳さ」


 今にも倒れそうな僕をそれはグイっと抱き寄せた。

 そうして。


 「グフゥ!」


 腹に何かを押し当てられたかと思うと、すぐさま熱を帯びだす。


 ザシュッとチープな効果音を鳴らしながら、歩くことが億劫になっていた身体にそれが追い打ちをかけた。


 「アハ! 良い(ザマ)ね! ほら、もっとその悲鳴をアタクシ様に聞かせてチョーダイ?」


 女の素顔がよく見えない。

 せめて死に際ぐらい意地を見せようと顔を上げる。


 恨み言の一つは言ってやらないと気が済まなかったというのに……。


 「ええ! ええ! とっても最っ高の顔よ、アンタ!」


 ザー、ザー。

 ノイズが割れる。


 「な、んで?」


 女の顔はよく見た顔だった。

 それは狂ったように赤い長髪を掻き上げては、僕の顔を片手でがっしりと掴んでた。

 そして忘れるなと言わんばかりに僕の顔を睨みつけた。


 「忘れなさぁい! 忘れろ! 忘れてってば! 忘れなさいヨォオ! アンタがいつまで経ってもそんなんだから、七瀬勇貴にならないんじゃない! そうしないとアタシたちは次へ進めないじゃない! アンタがなってくれないと、アタシと兄さんを現実化(リアルブート)する段階に移行(シフト)出来やしないじゃない!!!」


 男勝りで、けれど誰もが羨む美貌に惚れてしまいそうな少女の金切り声。


 女は思いっきり腕を僕の腹に刺す。

 何処にそんな鋭利な腕を持っていたとかそんな皮肉を言ってやる余裕もない。


 だって、あんまりだ。


 「死ね! 死んじまえ! テメェなんか誰も見ちゃいねぇんだよ! ココで心なんか壊れちゃえ!!!」


 グチャアと臓物が引きずり出される。

 もう既に痛みが麻痺して感じられなくなった。


 馴染みのある少女の罵声を最期に僕の意識はそこで途絶えた。


 ──辺りは既に暗い闇に包まれているのであった。



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