003 正規ルートへ
扉越しに喧噪が食堂から聞こえる。
バカみたいにはしゃぐそれを耳にすると、そんな一員に自分も加わるのは嫌だなと思ってしまう。
くぅううう、と腹の虫が鳴る。
「……ダメだな。やっぱり、食べないと昼まで保ちそうにないや」
深呼吸し、何とか落ち着かせる。
「いく、か」
意を決し、扉を開けると──。
「──そこだ! 燕返し!」
掛け声と共に男子生徒が宙を舞う。
その光景に傍観者の野次が飛び交い、火花を散らす激戦が繰り広げられる。
これは朝の恒例、人気メニュー『ゴールデン・カツサンド』争奪戦。
──言うならば、若者の活気を取り戻す戦いなのだった!
「うっしゃ、貰ったぁあああ!!!」
そんな中、剣を携えた男子生徒が躍り出た。
……累のヤツ、何処に行ったと思えば『ゴールデン・カツサンド』争奪戦に参加していたようだ。
いつも傍観を決めていたというのに、何でまた参加してるのやら。
そうこうしてると、腰の剣を参加してる生徒に掴まれてるし。
あーあ、だから剣なんか持っても邪魔になるよって忠告したのに……。
「甘い! 甘いぞ、如月!」
揉みくちゃになってる累に、赤髪の男子生徒が懐から何かを取り出し、告げる。
「「「──あ、あれは!!!」」」
食堂中に響く、野次馬の驚愕。
赤髪の男子生徒は乱暴に掴んだそれを振りかぶって投げる。
「必殺! 女騎士シスカのセクシーショット写真集!!!」
明後日の方向へ放り出される写真集。
アハハと笑う親友は、投げ出されたそいつ目掛けて駆けていく。
「……」
幾つかの野次馬も後を追うように走り出す。
「アハハハ!」
どうやら彼は、騎士を自称する前に健全な男子高校生らしかった。
キラン!
その証拠に、写真集を拾い上げると脱兎のごとくその場を去っていった。
うん、青春だ。
……後で、見せて貰えないかなぁ、写真集。
「止めておきたまえ。アレは禁書の一つだから見るべきじゃないよ、愚者七号。どうしてもと言うのなら、このボクを読むと良い。世界が変わるよ」
「……仕方ない。静かな食事は諦めるとしようかな」
ボクっ娘魔導書が変なこと言い出してるが気にしない。
そんなことより、どうやって累からあの写真集を見せて貰えるかが重要だ。
なんせ、あの累が夢中になる程だ。きっと素晴らしい桃源郷が拝めるに決まってる。
つーか、禁書とか君が言える立場じゃないだろ。
「いーや、アレがどういう女なのか知らないから、そんなことが言えるのだよ」
ハア、と魔導書が溜め息を吐く。
若干、声色が呆れたように聞こえるのは気のせいじゃない。
……そう言えば、この古本には僕の考えてることが筒抜けなんだっけ?
「いや、別にボクだけが思考を読めるわけじゃないんだけど……。まあ、良いか。そこら辺を説明するのも億劫だし、そういうことにして置こう。──それより、注文しなくて良いのかい? そろそろ頼まないと一限の授業に間に合わなくなるんじゃないかい?」
そうだった。
阿保やってる場合じゃない。
そんなこんなをしていると──、
「何一人でぶつくさ言ってんだ、アンタ?」
後ろから声を掛けられてしまった。
振り返るとそこには──、
「ああ、ごめん……って、天音か。おはよう。なーに、これから戦場に挑むので身構えようと思ってね」
赤い髪の少女が呆れた顔をしていた。
何だか、既視感を覚えるものの、少女──天音にこれから何をするか伝えてみた。
「はあ? ……アホくさ。良いから、そっちで注文しないんだったら、早く退いてくれない? 後ろ閊えてんの」
「──え?」
その言葉に違和感を覚え、天音の後ろを凝視する。
すると、数名の生徒が列を作ってるのが見て取れた。
「ありゃま? 気づかなかったよ、ごめん」
素直に謝罪し、急いで争奪戦をしてる方の券売機に向かう。
しかし、気配がしなかったなー。
まさかじゃないけど、みんなにステルス機能でも付いてるのか?
そんなことを思ってると──。
「……強ち、間違いじゃないんだよなぁ」
ボソリと天音が何かを呟いたような気がした。
◇
ガヤガヤ。
ガヤガヤ。
いざ、『ゴールデン・カツサンド』を頼もうとしたら、券売機には売り切れの表記がされる。
どうやら最後の食券は、何処の馬の骨に買われてしまったらしい。
その所為か、あんなにもうるさかった喧騒も止み、辺りに平穏が訪れている。
「な、何なんだよぉ。……これが人間のやることかよ! あんまりだぁあ!」
ファッキュー、飢えた亡者共め!
やっとのこと『ゴールデン・カツサンド』を勝ち取ったというのに、この仕打ち。
お前ら、万死に値するぞ!
そう叫びたくなるのを堪えながら、僕はその隣の『海老カツサンド』を泣く泣く注文する。
「まあ、こうなるとは思ったよ。……しかし、愚者七号は運がない」
愉快そうに古本が喋りだす。
「うるさいやい。……良いんだよ、その代わりエビカツが買えたんだから」
それを謎理論で言い負かし、魔導書を小突く。
「や、八つ当たりは、よくない」
抗議の声を無視して、『海老カツサンド』のラッピングを紐解く。
ふっくらとした、ジューシーな海老の匂いが出迎える。
頼んだエビカツサンドは美味しく頂きましたとさ。
めでたしめでたし。
「じゃないよ!」
一人突っ込みする僕を誰も咎める者は居なかった。
……。
…………。
エビカツサンドを食べ終わり、食堂を後にする。
いつも通りの生活。
いつも通りに何も知らない平和。
神父との激動の跡形もなく、嘘のように何もなかった。
「昨日の出来事が嘘のようだ」
確かに殺し合ったのに。
僕らが残したものが存在していたという事実すらもなくなっている。
「そんなものだよ、愚者七号。外なる神は、ね。この世界の認識すらも変えてしまう程の力を持っているんだ。……だから、その力が何者かに持ち去られたという現状がどういうものなのかがこれで分かっただろう?」
食事をしていても、誰も瑞希ちゃんの話題も出さない。
聞いてもそんな女子のことなど知らないと言う始末。
それは、まるで瑞希ちゃんという存在自体が消滅していたかのようだ。
「さて、となるとこれからどうするかを考えると──」
魔導書が続けざまに何かを喋ろうとすると、そこで真弓さんが声を掛けてきた。
「おはようございます、勇貴さん。今日は絶好の記憶探し日和ですね!」
「うん、おはよう。それも重要だけど……。真弓さん、聞いてくれ。どうやら、外なる神の力が何者かに持ち去られたらしいんだ」
キラキラと眩しい笑みを浮かべる彼女。
何故だか、彼女を見ると焦っていた自分の心が落ち着いてくる。
「そう、なんですか?」
「そうだとも、真弓。キミがこれから幾ら探そうとも『外なる神』の力は見つからないだろう。何せボクが確かめたから、確実さ」
魔導書が肯定すると、空気が一変する。
「……そうですか。貴方が仰るのなら、それはそうなのでしょうね」
「何だい、真弓? 何か引っかかる言い方だね?」
明らかに態度を変えた真弓さんを訝しげに魔導書は見た。
「ええ。あの厳重なロックをたった一日で突破する──なんて果たして可能なんでしょうか? 魔術防壁だけなら兎も角、外なる神の力を利用してでの認識操作に干渉するなんて容易な話じゃない筈です」
淡々と事実を真弓さんは述べていく。
「考えたくない話ですが、あの場に居たであろう人物の誰かが外なる神の力に何らかの細工をしたと考えても仕方ないでしょう?」
疑心暗鬼になる空気。
「フム。その通りだとも。そして、そんなことが出来るのは、ボクかキミの二択だね」
亀裂が走る。
仲が良かったとは言わないが、これでは互いを疑う状況に陥ってしまった。
「そこまで言えるのなら、答えて下さい」
ドクン。
心臓が跳ねる。
蛇に睨まれた蛙のように思えるぐらい、彼女は鋭い目つきで僕を睨んだ。
「──貴方は誰ですか?」
そうして僕の目を見ながら、そう言った。
ドボン!
突如、水底に突き落とされる感覚が僕を襲う。
服が水を吸ったように重たくなって、身体の自由が徐々に利かなくなっていく。
モゴモゴと息が泡となって吐き出される。
どんなに足掻いても、暗い底に引きずり込まれる感覚は恐怖という感情を呼び覚ませた。
手を伸ばしても救いは来ない。
数秒にして永遠の瀬戸際だが、それも後数秒でカウントがゼロになる。
ボコボコと泡が小さくなっていっては、落とされた人間の溺死が確定していくんだ。
人が死ぬ瞬間とは呆気ないモノだ。
故に一度しかない死の立ち会いには慎重になれと言いたい。
「ハァイ、カット」
映画監督はリテイクを要求する。
それは、役者が選択を誤ったということ。
映像にするには何かがダメだとダメだしをしたというのが正しいのかもしれない。
ピー、ガガガ。
ピー、ガガガ!
「駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ! 全然、面白くない! つまらない! 駄目だ、駄目だ! こんなのは全然、面白くない! やり直しを要求する!」
散乱するポップコーン。
客人がブーブー文句を言い出し、金を返せとヤジを飛ばす。
つまらない。
つまらないなら、死んでおけ。
地の文にまで罵倒されるとは、──何て始末だ。
「さて、何処から戻すべきか考えなければいけないなぁ」
繰り返す。
つまらない世界を何度だって繰り返す。
どんなにチープだろうと、それは続けられるのなら永遠。
故に、終わりない物語としての停滞は受け入れるべきなのだと神様は願いました。
カチカチカチ。
物語が書き変わる。
進むのを止め、時間が逆しまに戻ってしまう。
認識が曖昧なものとなり、今がなくなる。
ジジジ。
「■■さん、手を、■ばし、て!」
世界は、そこで途切れました。
……。
…………。
切り抜き、切り抜き。
ジョキジョキ──ジョッキン!
切り抜いたら張り付けて、そこから開始。
◇
「これ、飛鳥ちゃんが君に渡しておいてって頼まれたの」
突然、リテイク先輩がそんなことを言って僕に黒い箱を渡してきた。
「……え?」
名城さんがいなくなった。
というより、さっきまで廊下にいた筈なのにどうして僕は森にいるんだ?
「じゃあ、確かに渡したから。……今度は上手くやるんだよ」
リテイク先輩はそう言うと、森の奥底に行ってしまう。
「え? いや、ちょっと、待ってください!?」
慌てて後を追うが、そこにはもう先輩の姿は消えていた。
「い、行ってしまった」
その場に取り残されてしまい、僕は呆気にとられてしまうのだった。
◇
森に取り残された僕。
熊さんにでも出会ってしまわないか不安です。
どういうことだ?
「えーと、此処は森か?」
虫の鳴き声、鳥の鳴き声、木々が風に靡き葉っぱが擦れる音。
「うーん。……まさに、大樹海! 山賊王に僕はなる!」
虫の鳴き声、鳥の鳴き声、木々が風に靡き葉っぱが擦れる音。
「何やってんだろー、僕ー」
言っててなんだけど、顔が真っ赤になっていく。
恥ずかしい。
羞恥のあまりになんだか悶えて来た。
「いや、本当にさっきからお前、何やってんだ?」
突然、背後から声がかけられる。
「うおっ!!!」
ドテン!
バナナの皮に滑って転ぶみたいに思い切り尻餅をついた。
「ビックリしたぁ…」
尻餅をついた体勢から首だけを後ろに向く。
「えーっと。……何時から見てた?」
怪訝そうな顔をした火鳥がそこにいた。
「バカ面したオメェが、リテイク先輩と森に入ってくとこからかなー」
それって今の恥ずかしいやり取り全部見てたってことだよね!?
穴があったら入りたい気分だよぉ!!!
◇
「んで? お前、本当に何してんの? もしかしてさっき何かリテイク先輩から手渡されてたモノが何かの呪いのアイテムだったとかそういう類のもん貰ったのか? だとしたらバッチィから生徒会長とかにでも押しつけとけよ。嬉嬉としてそいつを持ってリテイク先輩に喧嘩売りに行くだろうからよ」
他人事のように笑う火鳥。
毒づいた彼を相手にするのはなかなかに面倒くさい。
「い、いや、別に良いよ。それより、ごめん。実は帰り道が解んなくなっちゃってさ。良かったら教えてくれない?」
今がどういう状況下は解らないが、自分が知っている場所さえも帰れなくなっている現状に彼が来てくれたことは正に渡りに船だ。
「んあ? アア、良いぜ。お前のバカさ加減も見れたことだしな」
はいはい。
「ありがとー」
心の親友に感謝する。
「明日、学食お前の奢りな!」
前言撤回。どうやら、彼は心の親友ではない只の金の亡者だったらしい。ちくせう!
◇
森を抜けたら、そこにはいつもの中庭が見えた。
大きな鉄の柱、それを中心にするかのように幾つモノ柱がグニャグニャと交わって建てられたオブジェが有った。
魔法陣とか、そこはかとなく描かれている、魔術的な意味合いでは意味があるのだろうそれは、一般ピーポーな僕にはちんぷんかんぷんでいまいち何がしたいか解らない。
「いつ見ても、これが何の用途で此処に建てられたのか解んないよねー」
気づくとそんなことをボヤく。
でも何故だか、自然とそんな言葉が出てくるのだから不思議だ。
「オレも専門ではないから詳しいことはよく解らんが、名前だけは知ってるぜ」
先導していた火鳥が立ち止まっていた僕を見かねてなのか、そんなことを言い出した。
「へぇ。なんて名前なの?」
何やら自信満々だったので聞いてみることにした。
「お? 珍しいな。お前がそんなことに興味持つだなんてよー」
ケラケラと笑いながらも彼は言葉を続ける。
「『交信の杖』って魔導魔術カジってる連中は言ってたな。何を呼び寄せるだとかは別に興味もなかったんで聞いてなかったが、それだけは流石のオレも覚えてらー。そーいや、一時期、あれを建てる為に多くの生徒の命が犠牲になったとも噂されてたっけ。まあ、オレは真偽は知らねーけど、ゴシップ好きのヤツらが騒ぎ立ててた鬱陶しかったな」
人間嫌いで他者と関わることが好きでない彼でもそのオブジェの名前は有名らしい。
僕自身も今まで興味もなかったから、その手の話題は聞かないようにしていたが、聞いた途端、何故か妙な胸騒ぎがして仕方がなかった。
────「キミは一度失った大切な存在に会えるとしたら手を出してみたいと思わないかい?」
心の何処かが引っかかる。
何か、大事なモノを見落としてるような感覚がした。
「そう、なんだ」
かろうじて、そんな言葉を言えた自分を褒めてやりたい。
「ありがとう、助かったよ。明日はちょっと控えめなメニューで頼むね」
これ以上、この場にいるのも何となく気が引けたので此処で火鳥と別れることにした。
手に持った購買で買ったであろうパンの詰め合わせの中から、適当に一つ見繕っては手渡す。
「そいつぁ、お前の態度次第だなー」
あいよ、と返事をする火鳥。
二人して、アハハハと笑い合った。
僕は知らなかった。
全てが出来すぎてることに何の疑問も持たなかったのだ。
◇
始業のチャイムが鳴り響く。
……どうしてか解らないが、どうやらリテイク先輩から黒い箱を貰った日に時間遡行をしたみたいだ。
みたいだという表現を使ったのは、火鳥と別れてから他の生徒に話を聞き回ったことで今日が何日の何時なのかを知れたことが大きかった。
それが分かった僕は、取り合えず教室に戻って前回と同じように授業に出席することにした。
「どういうこと? 何で、僕にそんな超能力が備わってるんだ? 今まで無かった筈なのに、どうして?」
混乱してボソリとそんなことを呟いてしまう。
いかん、いかん。少し整理しよう。
先ず、真弓さんを助けてから二日後の朝に何故か僕に疑いを掛けてきたのは、どうしてか。
推測は立てれるが、どれも決定的なモノにはなれないので飛ばそう。
黒い箱をあの魔導書が名乗った名前の人物、藤岡飛鳥がリテイク先輩経由で僕に渡したのは何故か。
僕に渡して彼女に何のメリットがあるのか解らんのでこれも飛ばそう。
黒い箱を貰ってからの五日間に瑞希ちゃん(?)が僕を(理由は解らないが)襲ってきたという記憶がある。
さっきまで体験したことが白昼夢とは思えないほどリアルに感じた。
これに関しては僕の主観的意見な為、現実に起こったことかどうかの判別が難しい。
そして何より。
「藤岡飛鳥が無くなってる?」
そう、何故だか持っていた黒の魔導書が無くなってる。
これがどういう意味か分からない。
だが、もしかしたらヤバい状況なのかもしれない。
あの魔導書が無かったら、二日後に来るであろう瑞希ちゃんを倒せない。
つまり詰むということだ。
「うおぉお! もしかしなくてもヤバい状況じゃないかー!」
考えたらあまりに状況のヤバさに思わず頭を抱えてしまう。
「どうしたのかね、七瀬くん。授業中ですぞ、静かにしたまえ」
禿の黒スーツ先生が黒板に何やら落書きジミタ記号を書き記していると、そんな僕を見かねて注意した。
「す、すみません」
授業中だというのに声を荒げてしまった僕はその事実に気づくと素直に謝罪した。
「よろしい。授業は真面目に受けるように。君はなんて言ったって、あのお方に選ばれた人間なのだからもっとよく頑張って授業に取り組むように。それでは、授業を再開する」
そう言うと、先生は落書きを描くのを再開した。
ん?
何か可笑しくないか?
あのお方って誰?
というか、選ばれたって何に?
そのことに誰も疑問を持ってるようなこともなく授業は進められていった。
蝶が舞う。
何処かの砂漠で砂嵐が起こるように僕と世界の認識がズレていく。
「キャハハハ! キャハハハ! 本当に嗤える野郎だこと!」
誰かが僕を嘲うのに気づけない。
面白い、続きが気になる、応援してると思ったらと少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!
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