001 始まりの朝
目が覚めたら、白い天井だった。
「……ゆ、め?」
夢を見ていた気がする。
どんな夢だったかは覚えてないが、この全身に吹き出す汗が飛びきりの悪夢だったと告げている。
「ハア、ハア」
チクタク、チクタクと回る時計の針は七時を指していた。
「……起きる、か」
欠伸を噛み殺し、なんとかベッドから起き上がる。
「うおっ──っと!」
すると何かに躓き、転びそうになった。
「……何だ、これ?」
足下を見ると、そこには鍵の形をした銀色の何かが落ちていた。
「うーん」
手にとって眺めてみるが、それが何なのか僕にはよく解らなかった。
「何なのか解らないけど、──まあ、別にいらないよね」
ポイっと何処かに放り投げる。
そんなことをしてるから、部屋が汚いんだと他人事のように思った。
「その内片付けないとなぁ」
そう呟くけど、実行しないのも僕の悪い癖だ。
「…………」
ササッと一張羅である制服に着替え、部屋を出る。
「──っつぅ」
すると、目が眩むような朝の日射しが僕を出迎えた。
ズキリ。
「いた、い」
同時に傷だらけの男子生徒の姿が脳裏に過る。
白銀の髪をした、吸い込まれそうなサファイアの碧眼が印象的で──。
「あ、れ?」
名前も知らない筈なのに、未だ見える青年の幻が自分のように思えてしまう。
「だ、誰なの?」
そんな幻に思わず問いかけるも、更に頭が痛くなってそれも考えれなくなる。
「──っ」
痛い。
とても痛くて、苦しいのに何故か僕の足は先へ進もうする。
──そんな時、
「朝から辛気臭い顔してんなぁ、七瀬」
後ろから馴染みのある声が掛けられた。
「──ふぇ?」
振り返ると、腰まで届きそうな赤髪の少女が立っていた。
「よお」
「うわっ!?」
驚きの余り仰け反ると思い切りドアに頭をぶつけてしまう。
「っつぁ!」
痛みに耐えかね、ぶつけたところを手で押さえる。
それを冷ややかな目で少女は見つめている。
「イタタ、……何で後ろに居るのさ、天音?」
声を掛けてきた少女の名は、久留里天音。
クラスメイトの女子で、僕は彼女のことを親しみを込めて天音と呼び捨てにしている。
「──ッハ! アタシが何処に居ようがアンタには関係ないだろ」
素っ気ない態度ながらも、天音は僕の質問にそう返してくれる。
「そりゃそうだけどさぁ。それでもそんなところに立たれたら心臓に悪いよぉ。……後、別に辛気くさい顔なんて僕してないし」
売り言葉に買い言葉を返し、思わずそっぽを向く。
「「…………」」
会話が途切れてしまった。
どうしよう。
悪いことしてない筈なのに、何だか気まずい。
そう思い、何となく天音の方を見ると目が合った。
「……あ」
そう、彼女の湖のような碧眼が僕を見つめている。
もしかして、天音もちょっと気にしてくれてたのかな?
「──!」
そう思うと頬が熱くなった。
ドクン。
心臓の鼓動が速くなる。
甘酸っぱい空気になり、なんじゃこりゃと言いそうになる口を慌ててつぐむ。
だ、駄目だ!
そんなことをしたらからかってくるに決まってる!
……全く、普段の僕なら天音をそんな色眼鏡で見ないのに、どうかしてるよ。
そんな感じにドギマギしていると、天音の髪をビュウと風がさらう。
……そういえば出会った当初、その髪と男勝りの性格も合わさって不良かと勘違いしたこともあったっけ。
今ではそんなことはないって分かってるけど、親しくない時とでは彼女の印象は違ってくるよね。
「ふーん」
あれ?
何で君、そんなリンゴみたいに顔を赤らめてるのさ?
「──!」
普段の天音からは想像つかない姿に女の子らしさを感じ、素直に可愛いと思った。
「~~! ~~!」
しかも、こうして改めてみると天音は美少女だと言える。
特に、そのたわわな胸やスラリとした腰回りはエッチィと言わざるを得ない。
「…………」
そうだ。
つい先日、彼女のスカートから覗かせた足肌に僕も釘付けになったじゃないか。
天音はエロい、間違いない。
「ほーう」
ゾクリ。
急に天音の視線が冷めたものに変わった。
「な、何さ?」
もしや、考えてることが口に出てたか?
いや、さっきから口は瞑ってるし、それはないだろう。
「べっつにぃー」
含みのある声。
以前から思ってたけど、天音はコミュ障の割には妙に勘が鋭くないか?
……それはそうと、やっぱり天音が朝っぱらからこんな場所に居るのか気になる。
少々しつこいかもしれないが聞いてみることにした。
「そういう天音こそ、こんな場所で何してんのさ?」
「……さっきも言ったけど、アタシが何処で何しようがアンタには関係ない話だろ」
一瞬だけ目を丸くした天音だったが、直ぐに眼を鋭くして僕を突っぱねる。
「そっか」
これ以上の追及はますます天音のヘソを曲げてしまうだろう。
そうだ、これまでの付き合いでそんなことは分かってる筈だ。
ならこれ以上の追及は野暮ってものだし、ね。
「──っち。アンタ、いつもそうだな」
背を向けて天音は立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってよ、天音」
慌ててそんな彼女を引き止める。
「何だよ。もう話すことなんかないだろ」
掴まれた手を天音は煩わしそうに一瞥する。
「その様子だと朝飯はまだなんでしょ。これから一緒に食べに行こうよ」
何だか子供みたいで放っておけず、そんなことを思わず提案してしまった。
「はぁあ!?」
天音は声を上げ、キッとこちらを睨む。
「良いでしょ」
「……ハア」
物怖じしない僕を見てため息を吐く。
「こんだけ冷たくされて、よく食事に誘う気になったな?」
「うん」
悪態をつく天音に、そう返事をする。
「────」
すると、そんな僕に向かって彼女は微笑んだ。
「──?」
これは、もしかしてOKってことかな?
そんなことを考えると、突如、脇腹に衝撃が襲った。
「ぐぅふ!」
その衝撃に思わず、天音を掴んでた手を離してしまう。
「──ふん!」
どうやら、天音が僕を蹴ったみたいだった。
そうして手が自由になった彼女はそのまま食堂へと歩いて行く。
「ら、乱暴だなぁ」
断るにしても、もう少しマシな返答があるだろうに。
そんなことを思う僕を無視して先へ進む天音だったが、不意にこっちへ振り返りこんなことを言った。
「何、ボサッと突っ立ってんだよ? 置いてくぞ」
一瞬、何を言ってるか理解出来ず、首を傾げる。
「……はい?」
数秒、そうしていると『ある考え』が過る。
もしかして、今のはOKって返事なのか?
いや、でも。
それなら別に蹴らなくても良かったんじゃないか?
「ちょっと天音──」
文句の一つでも言ってやろうと思ったが、既に彼女は廊下の突き当りに差し掛かってる。
「ま、待ってよー!」
慌てて、天音の後を追う。
開けた窓から吹き込む風が自棄に冷たく感じたのは、きっと蹴られたところがまだ痛かったんだろう。
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