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バッドエンド・ガールズ  作者: 青波 縁
第一章:欠ける記憶、日常再生
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016 そこは、■■って呼んで下さいよぉ


 暗闇を降りる。

 深淵に近いそれは、僕が囚われた底なしの沼を思い浮かべた。


 突如、モノクロの光景が目に映る。

 体の自由が利かないのか自分だけが白昼夢でも見ているようで、足は止まらない。


 ────「そいつはただのシステムでしかねぇ。庇ったところでテメェに得はねぇえ!」


 その光景は、人形のような男と対峙する夢。

 継ぎ接ぎの顔が特徴の、気味悪い紳士面した喪服を男は着ていた。

 ぬいぐるみを連想される白髪が嫌に目立つ。

 その男が誰なのか名前さえ思い出せないのが、自棄に気になる。


 ──でも。


 能力のない、幸運もない、あるのは愚か者の烙印しか持っちゃいない僕が背中に何かを守ろうとしていた。


 ────「テメェは死ぬし、そいつは此処で消す。それは絶対だし、何よりテメェに拒否権なんてもんはねぇのをいい加減解れよぉ……。嗚呼、そうかよ。それがテメェの拠り所ってヤツか? だったら尚更、消去するっきゃネェエよなぁあ!!!」


 紅いルビーの瞳を細め、男は口を歪ませる。

 そして、持っていた銀色のアタッシュケースを開く。

 嬉しそうに、哀しそうに、呆れながら憤怒するよう乱暴に何かを取り出す男の狂気は止まらない。


 モザイクが掛かる。

 その記憶を見るのはまだ早いと修正が脳を襲う。


 ────「知るか。そんなもん知るか! そんなテメェ勝手なルール知ってたまるかよ!」


 後ろに居るはずの守るべき人が思い出せない。

 忘れるしか出来ない自分の不甲斐なさに腹が立つ。


 ──カツン。


 暗い底へ足が着く。

 どうやら永い階段を降りきったらしく、僕の意識に靄が掛かる。


 「──っ」


 それを──。


 「ちょっと、大丈夫かい、愚者七号! ボクの声が聞こえるなら意思を固めるんだ。そうすればキミの身体はキミの意志のモノとなる! 早くするんだ!」


 魔導書が呼び掛ける。

 しかし足下が泥になり、溺れる感覚が抜けない。

 僕の思考は曖昧な虚数の海へと堕ちていく。


 「大丈夫だよ。ユーキは此処にいるよ」


 声がする。

 僕を心配するお節介な友達の声。


 その声を聴くと体の底から力が湧いてきた。


 「……あれ? どうかしたの、二人とも?」


 未だ朦朧とする意識を振り払い、立ち上がる。

 そうだ。虚勢を張ってでも、この先に居るであろう名城さんを迎えに行かなくちゃいけないんだ。


 「どうかしたじゃないさ! こっちは突然キミが倒れたものだから心配したのだよ……全く。大丈夫かい?」


 魔導書がそんな僕に突っ込む。


 「大丈夫。まだくらくらするけど、まだ動けるよ」


 そして、心配する魔導書に大袈裟に体を動かし平気だと答える。


 「そうかい? ……まあ、それぐらい虚勢を張れるのなら、良しとしようか」


 魔導書が僕を気遣う。

 その声色に安堵のモノが感じられた。


 「おろ? あ、あそこに居るのナシロちゃんじゃない!?」


 累が前方を指さす。

 その先には、如何にも何かを奉ってそうな祭壇が目に留まった。

 祭壇に寝そべる一人の少女に傷一つない。

 ただ眠ってる姿に安堵する。

 同時に何処か既視感を覚えながらも、彼女の無事を確かめようと僕は駆け出した。


 「名城(なしろ)さん!」


 タタタッ!


 駆け出し近づくと、眠る彼女を抱きしめる。

 どれだけ彼女に辛い思いをさせたのかは分からない。

 けれど今は、名城さんが無事でいてくれたことが嬉しかった。


 「名城さん。名城さん、名城さん! ああ、良かった。本当に良かったぁ!」


 やっと名前を言えた。

 やっと彼女を思い出せた。


 それが堪らなく、嬉しくて涙が流れた。

 他人から見れば、名前を思い出すことなんて小さなものに過ぎないかもしれない。


 けれど、これは僕自身の意思で、力で勝ち取った結果なんだ。

 それが、とても誇らしくて涙が止まらない。


 「う、うぅん」


 眠り姫の瞼が開かれる。

 キスしそうなほど顔が近づいていたからか、目が覚めた彼女の顔を見ると頬に熱が篭った。


 「おかえり、名城さん」


 そんな彼女を更に強く抱きしめるのであった。


 「……そこは、真弓(まゆみ)って呼んで下さいよぉ」


 抱き締められた名城さんは一瞬目を見開くけど、そう言って何処か物足りなそうに頬を膨らませる。


 「──っご、ごめん!」


 そんなことをする名城さんに一瞬呆けてしまったが、直ぐ謝る。

 そうだ、僕は何をしている?


 色んなことがあって忘れてたけど、僕は彼女を泣かせてしまったのだ。

 それを謝らなくちゃならない。


 「──いや、あの、その。そうだけど、そうじゃなくって! あの時、君を、名城さんを忘れてしまって……ごめん!」


 彼女の目を見ながら、教室でのことを謝る。

 筋違いかもしれないし、見当違いなことをしてるのかもしれない。


 でも、僕は彼女に謝りたかった。

 名城さんを傷つけたのは、僕なのだからそうしたかったのだ。


 「────」


 そんな僕を名城さんはまじまじと見つめると、口を開いた。


 「そう、ですね。私、傷ついちゃいました。傷ついて、傷ついて。勇貴さんに傷物にされちゃいました」


 それにどんな想いが込められてるか解らない。

 それにどんな意図があるのか解らない。


 「でも、許します。許しちゃいます。その代わりなんですが、私のこと、下の名前で呼んで下さい」


 彼女はそう言って、満面の笑みを浮かべた。


 「────」


 綺麗だ。

 目と鼻の先にある彼女の顔がとても可愛らしい。

 ここからどうしたら良い?

 下の名前で呼べば良いのだろうか?


 それはちょっと、恥ずかしいなぁ……。


 「いやー、青春だねぇー!」


 急に累が冷やかすような声を上げた。


 「「はい?」」


 そんな累を僕と名城さんは一斉に見つめる。


 「ありゃ、無自覚? でもそんな熱烈な抱擁をしてるんだから、からかってもバチは当たらないっしょ」


 訳が解らないでいる僕らを累は指差した。


 「熱烈?」

 「抱擁?」


 名城さんと目が合う。

 お互いの吐息が掛かる。


 そこで自分たちが何してるのか思い出す。


 「「──うぇえ!?」」


 驚きの余り、勢いよく離れる僕ら。

 そんな僕らを累は笑った。


 名城さんの顔が真っ赤になる。

 僕も顔が真っ赤になってるのか、頬が熱くなった。


 「……あ」


 そうすると、名城さんが物足りなそうに声を漏らした。


 「──ぅうう」


 しまった。

 何か喜びそうなことをしなくちゃ、また彼女を泣かせてしまう!

 そう思うと居てもたってもいられなくなり──。


 「ま、ままま、真弓さん!」


 咄嗟に、下の名前で彼女を呼んだ。

 我ながら意味が解らないものだと思ったが、何となくこの時はそうすれば良いと思った。


 「──っ!」


 そんな僕にまた名城さんは目を丸くする。

 だがそれも直ぐ笑顔になると、


 「……はい、勇貴さん!」


 今度は真弓さんの方から抱き付いて来たのだった。


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