014 奇跡を描くみたいな光景
自分の部屋のベットから起き上がる。
部屋に備え付けられた時計を見て時刻を確認する。
今が何日の何時とか相手にとっては意味がないが決められたルーチンワークなのだから止められない。
「午前一時。なんて半端な時間なんだ」
やるせなさとこれからするであろうことに緊張感が胸を押し寄せ、決戦の支度をする。
やれることは考えた。出来ることは一つだけ。
その同時は、彼女の助けがなければ叶わなかった。
記憶に靄が出来ては、感情が欠けていく。
そうか、もう彼女の能力の干渉を受けることになるんだ。
重くて固いドアノブを音立てて回して開く。
まるで、見てはいけないものから僕を遠ざけようと扉が抵抗してるように思えた。
思ったこと全てが彼女のモノだとすると、これは神様だと比喩したくなるのも無理はないなとも思った。
「決戦の時だ」
人類の滅亡よろしく、僕の二度目の人生を賭けた戦いの鐘を鳴らしに出かけよう。
もう思考停止の人形は飽き飽きしていたところなんだ、良いだろうよ。
部屋から出ると、そこに充満する鉄の臭いに鼻が曲がりそうになる。
ドクンと心臓が跳ね上がる。
コンマ一秒に満たず不安が脳を支配する。
ピチャ。
足に粘着いた液体が浸かってしまい、思わずもつれて転びそうになる。
「うわっ!」
危ないとも思い、バランスを取ろう体勢が変わる。
「それはこちらの台詞ですよ、先輩」
僅かな隙を逃さないように嗄れた男の声が掛けてきた。
「なら、早く兄さんになって下さい。そうすればそんな考えもしなくて済みますよ」
二メートルを超える身長の修道服を着飾った狂人がやって来た。
気配もなく、そこにプログラムされて出現したかのような速さで。
砂嵐みたいなノイズで画面越しの視覚なのか、その存在の維持が不安定なものになっていたけど確かにそこに存在を獲得していた。
姿かたちが、あやふや。
確定された情報は僕の障害であるということ。
それは、嗤いながらこちらに歩み寄って来る。
黒い修道服に継ぎ接ぎが出来ては、学園指定の女子の制服に時折見えて。
嗄れた男の声は、学園のアイドルを自称する彼女の声に近くなっていく。
地面に沈むような感覚が襲う。
お前は此処で終わりなのだと告げているような錯覚だ。
「どうしてアストラルコードが修復されてるのか知りませんが、いい加減に疲れました。ハヤクしなければ私は私を維持出来なくなるンです。ですから、今度こそココで終わらせてアゲマス!」
男なのか女なのか、その存在が出鱈目に変化していく男との距離は五メートル行くか行かないかの中距離。
魔術破戒の剣先が届く前にエイプが放たれて僕が終わる未来が見える。
僕には大した戦闘の才能なんかない。
前回は、相手が油断をしこちらの手札が見えなかっただけの偶然だ。
ビギナーズラックは期待できない。
否、元より期待してない。
いつだって自分はギリギリだったのだ、これぐらいの悪条件で意思を捨てる道理はならない。
そして、何よりも。
名城さんとの再会を諦める選択など出来る筈もないのだから。
必要ないと決められた、意思を剥奪されつつある僕を自身の限界ギリギリまで諦めないでいた少女を助けたい。
「……ア、アハハハハハハ! そうですか、そうですかい、そうデェエすカ! あの泥棒猫。これが済んだら今度こそスクラップ同然に消去して差し上げますわ! ええ、それはもう、無様に泣き喚くだけなんて致しません。存在していたことを後悔させるようなそんな惨めでグロテスクな最期にしてヤロォじゃあありませんか!!!」
糸が切れた。
駄々洩れの殺意がこの場を支配した。
もう取り繕う必要もないのか、それは狂ったように叫んだ。
──キキキ、キ、キシャアアア!!!
叫びと共に現実化される影絵の猿。
狭い廊下で展開される無数のそれを対処するには絶望的な戦力差なのは明らかだ。
タッ!
「──っう」
故に走る。
否、五メートルの間合いを少しでも詰めるよう駆け出す。
「うおぉぉぉおおお!」
同時に、イメージする。
自身が持てる最高の魔剣を現実化して一閃する。
「無駄! 無駄、無駄、無駄無駄無駄ァア!」
影絵の猿の数の増殖は止まらない。
夥しい数のそれは神父と僕のある種の壁となった。
圧倒的な物量で押し潰す。
それは強者が取るには当然の戦法。
相手の土俵に立つ必要などない当然の権利。
「サア、潰れてしまいなさい!」
だが。
それはこちらが魔術破戒しか持ち得なかった場合に限る。
何より、こちら側の状況が見えなくなるということは、何か企むと知っている側には悪手としか言いようがない。
「ふん! 貴方の思惑に乗るのは少し腹立たしいけど流石にこれで何もしなかったら興ざめですもの。感謝ぐらいはしなさいな」
逆行する時間において、戻る時間はランダムに決められる。
時刻は深夜一時を回る。即ち、夜の一族の活動時刻。
彼らが最も活躍出来る時間帯。
能力を最大限活かせる最高のコンディション。
思えば彼女も僕の味方だった。
冷めた言い回しだったのも、つれない態度だったのもこの為の布石。
虎視眈々とこの絶好の機会を狙っていたのは、既にあの時に手を貸してくれたことで分かったのだから。
「──何で、すって?」
吹き飛ぶ影の肉壁。
衝撃波とか気にせずに駆け出すペースは変えない。
勢いを殺さず、ただ神父の懐に近づくのみ。
「こ、来ないで!」
こちら側に何かを感じたのか。
神父の状況は未だ優位であるのに関わらず怯えていた。
まるで戦うということが本来は慣れていないようだった。
でも。
それはこちらには関係ないことだ。
距離二メートルを切る。
コンマ数秒単位で削られる体力を振り切って全速力でその間合いに達した。
──が。
「来ないでって、言ってるでしょうがぁあ!!!」
しゃがみこんだ男は叫んだ。
ガキの悪あがき染みた動作だけどそれはこの場の流れを変えるにはベストタイミングで良策だった。
耳をつんざく絶叫と共に真っすぐこちらに現実化された影絵の猿の集合体。
無数のそれが混ざって完成されたそれを回避するには余りにも距離が近すぎた。
懐に入る前に此処でそれに捕まってしまったら一巻の終わりだというのに!
絶望的なコンマ一秒の間。
その状況下で聞こえる筈のない青年の声が聞こえた。
「──イイイヤァア!!!」
背後からの咆哮。
こちらに駆け出してきたそれは、僕を追い越し絶望的なそれに一振りの剣を振るう。
その勇姿は普段の姿とは打って変わって格好良いものだった。
「る、累!?」
自称騎士、如月累。
または僕の友人。
その彼が此処で僕の為に来てくれたことは予想外。
それは当然、僕だけじゃなく。
「な、んで!?」
一撃で影絵の猿を消され、呆然とする男。
画面が切り替わるように姿は完全に神父から見覚えのある少女の姿に変わっていく。
「行っけぇえ! ユーキ!!!」
奇跡を描くみたいな光景だ。
一分を切るか切らないかの攻防でここまでの奇跡が起こるなど人生であるかないかの幸運の大振る舞いだ。
「ゥウォオオ──」
ありがとう! 愛してるぜ、親友。
一メートルの間合いを通り抜け、数歩の間合いにたどり着く。
すかさず現実化された魔剣を解除し、懐から沈黙を決めたそれを出す。
最後の機会。
こんなチャンスはこれを逃したらやって来ない!
「──ォラァア!!!」
ぶつける一冊の魔導書。
お喋りがここまで黙っていられたことはこの絶好の機会を伺っていただけのこと。
──パリン!
硝子の瓶が砕けるような音が鳴り響く。
しゃがみこんだ瑞希に黒の魔導書がぶつけられただけ。
それだけで、あの複雑で高度だと言った術式を破戒したのだから、やはり彼女は天才なのだなとも同時に思った。
「な、何で、すって?」
崩れだす瑞希の身体。
砂嵐のノイズが見えて、その少女の外観が消失へと近づいて。
再度、現実化する魔術破戒を振りぬくのだった。
永遠に近い決戦の幕が下りる。
勝負を焦りすぎた彼女の敗北と幾多もの奇跡に支えられてきた愚か者の勝利が此処で決まる。
「そんな。そんなのって、ないわ…」
終幕の喇叭は鳴った。
アンコールの用意されない、実に決定的なまでの勝敗は此処で確定された。
「う、嘘。嘘嘘嘘、こんなの認めない。認められるものですか!」
塵となる少女の影。
幻想となる少女の姿に何処か悲壮なものを滲ませて。
「認めない、認めない認めない。こんな結末、認められるものですかぁあ!!!」
死者との再会を夢見た少女の絶叫を最後に舞台は終演を迎えたのだった。
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