007 夕焼けの屋上
書けたので、投稿しようと思います。
前回のあらすじ
● 母親の本音を聞いた主人公はショックで部屋を飛び出し、行き着いた先の屋上では車椅子に乗った少女──リテイク·ラヴィブロンツと出会うのだった。
それでは引き続き本編をお楽しみ下さい。
僕は知っている。
虫食いの顔と辛かったという想いがあったことを。
僕は忘れない。
痛くて、苦しいだけのそれに確かな幸福があったことを。
見なくてはいけない現実。
耳を傾けなくてはいけない事実。
────「わたしだ、って、三木、あ、い、し、て、る、よ」
そして、逃げてはいけない真実があることを僕は覚えている。
「──君は」
車椅子の少女は見知らぬ人。
「ああ、失礼。あまりにも貴方の顔が綺麗でしたので名乗るのを忘れておりました」
夕焼けを背にこちらに近づく彼女は名乗りを上げる。
「私の名は、リテイク。リテイク・ラヴィブロンツ。見ての通り取るに足らない小娘ですが、宜しければ話ぐらいは聞きますよ」
「あ、──う」
ドクン、ドクン。
心臓が脈打ちほどに、その車椅子の少女──リテイク・ラヴィブロンツに僕は見惚れるのだった。
「……ああ、もしや貴方はいつの日か古本さんが言っていた真世界帰閉ノ扉を通して訪れた転移者の七瀬勇貴さんだったりします?」
見惚れる僕の様子にリテイクさんはそんなことを聞いてきた。
「あ、はい。僕は七瀬勇貴ですが──転移、者? いや、すみません。そもそも真世界帰閉ノ扉って言うのが何なのか解りませんが──って、古本が言っていたとは何です?」
「そうなんですね。もしかしてそれを知らずにこちらの世界へ転移してきた感じですか。……ふーん、なるほどね。それで古本さんは満足に説明してないのか。そうなると、この世界が外なる神によって滅ぼされそうになってるのも知らない感じかな?」
「ほ、滅ぶ?」
いきなりフランクな口調になるリテイクさんに驚きつつも、彼女が話題にした突拍子のない言葉を思わず口に出してしまう。
滅ぶ。
そんな実際に起こり得ないよた話を──ああ、でも確か母さんもそんなことを言ってた気がする。
いや、やっぱりこの世界が滅亡一歩手前なんて僕には正直思えないや。
「信じられないと言った顔だねぇ。……まあ、あれを知らなかったらそう思うのも仕方のない話だしね」
遠い目をするリテイクさん。
「でも、事実よ。正確な日は知らないけど、少なくとも古本さんはあの繭が孵化するのに後数ヶ月だって言ってたしね」
「──え? 繭? 繭って、何の繭が孵化するの?」
「……本当にこの世界のことを何も知らないみたいね。──良いわ、この研究所の先輩でもある私がこの世界について教えてあげましょう」
無邪気に胸を張りながら、彼女は僕に目を向ける。
「う、うん。お願いするよ」
「アハハ! 同じ欠落者のよしみですもの、これぐらい教えてあげるわ。……しかし、それならこの研究所──第三共環魔術研究所について先に説明した方が解りやすいかしら」
「そう、かな?」
「ええ。まあ、簡潔に言ってしまえばこの世界が滅ぶ元凶──貴方がいた夢世界に存在する外なる神『ナイアルラトホテップ』の端末であるナイ神父を観測し研究する施設なのよ」
「──え?」
リテイクさんは語る。
「そもそもこの世界と貴方がいた夢世界のある世界は別次元に位置する並行世界なの。それをあらゆる世界に存在するとされる真世界帰閉ノ扉という大型の古代兵器を通じナイ神父があらゆる世界に干渉している。まあ、結果的にこの世界はナイ神父によって滅亡一歩手前に追い込まれてるってわけ」
「────」
「言葉が出ないかしら? でも、それがこの世界の現状よ。この間、この研究所を襲撃してきた負荷蝙蝠だってそう。きっとあの『ナイアルラトホテップ』が送り込ませたんでしょう。ええ、実に不快なことですけど貴方という座標をあいつらは生かしておく理由はないもの」
座標?
「僕が座標って何のこと?」
「うん、そうね。座標って言うのは、この世界と夢世界──ううん、外なる神とそれを造り上げたとされる観測者たちがあらゆる世界を捕捉する為の基点のことを呼ぶのよ」
「観測、者? 確か外なる神が物凄い力を持った地球外生命だってのは覚えてるけど、──え、それを造った奴らを君たちは相手してるの?」
「そうよ。でないと世界が滅んじゃうもの、仕方ないよね」
彼女はそう言うと優しげに目を細める。
「まあ、この研究所は表向きは滅亡を回避しようとする為に建設されたんでしょうけど、あわよくば自分たち人類を観測者たちへ進化させようって思惑もあるんでしょう。それはきっと許されないことよ。でも、私たちはそれに縋るしかなかった。だから、観測者が世界に干渉する基点である座標の貴方を手に入れる必要があった」
息を飲む。
自分にそんな大それた価値があったなんて思いもしなかった。
あの世界では自分という存在が意思を持つことさえ許されなかったのだから、頭が真っ白になるのも仕方のない話だった。
「夢世界というのは、こちらの世界でも死亡した彼の魔導魔術王『ダーレス・クラフト』がウルタールの猫の頭の中にある影絵と呼ばれる意識生命体を真世界帰閉ノ扉に転用して造ったとされる疑似空間。その影絵を維持させるのも多くの人間の意識を奪い、感情エネルギーを得ることで賄ってるとされてるわ。現にこの世界でも多くの人が負荷蝙蝠などの神話生物を通してその贄の為に昏倒させられているわ」
「……それは」
「眠りながらにして死ぬ。痛みがない最期というのを多くの人たちは望むのでしょうけど、私はそうは思わない。どんなに辛くとも、悲しくても、何もせず死ぬなんてそんなの胸張って生きてるなんて言わないもの」
少女の顔に夕焼けが差す。
「時たま、その昏倒から抜け出して意識が戻る人間がいるわ。大抵そういう人間は身体の一部を何処かしら欠損させているの。みんなはその人たちことを欠落者って呼んでるわ」
「────」
「生まれながらにして欠落する者、深い昏睡から醒め人間から欠落する者。私はどちらかと言われれば後者に値するのだけど──どちらだろうと私が取るべき選択は変わらず泥臭く生きるでしょうね」
僕の目をずっと見つめる紅いダイヤの瞳。
「貴方はどうするのかしら」
それは迷いのない目だった。
「────」
答えれない。
僕はそれに答えることが出来なかった。
「……まあ、良いわ。きっと今日明日に世界が滅ぶ訳じゃないでしょうし、焦らずゆっくり考えなさい。────今日はこの辺で切り上げましょう、職員さん」
そう言うと彼女は屋上に備えられている貯水漕へ声を掛ける。
「畏まりました」
すると待機してただろう白衣姿の男の職員さんが出てきて、車椅子の彼女を引いていった。
「それじゃあ、お先に失礼するわ」
振り返ることなく手を振るリテイクさん。
「────」
僕は止めることもせず、黙ってそれを眺めるしか出来なかった。
◇
フラフラとした足取りで自分の部屋にあーしは戻ると、そのままベッドへダイブした。
「何だよぉ、別にちょっとのことだし良いじゃんかよぉ──ナコっちゃんのバカ」
口負かされたのが悔しく、彼女と喧嘩した時はいつもこうして枕を涙で濡らす。
「本当、大したことないってのにいつも大袈裟にしやがって、さ」
嫌になる。
この窮屈な研究所に入るきっかけになったのも、友達と仲悪くのも決まってこの改竄の異能が原因だ。
確かにこの力は慎重に扱わなければ世界を壊しかねない代物なのは頭の悪いあーしでも解るけど、あんな言い方しなくても良いじゃん。
「それにあーしは良い子してんだし、神様もきっと大目に見てくれるっしょ。……うん、そうだよ。たまには──」
ジジジ。
きゃわわ! きゃわわ!
こちらのあーしは随分お気楽なモノなんですこと──でも、残念ながらそんな都合の良い神様はいねーんすわ!
居るとしても、この世界の中をずっと眺めてるだけのクソゴミな観測者ですけどね!
そう、外なる神。
ずっと神様気取りしてる奴らが用意した外宇宙からの来訪者。
まあ所詮、アイツらは自らに課せられた使令通り動く舞台装置でしかねーから、どーしようもねーのは変わんないんだしぃ。
「──っ!」
突然頭が痛くなる。
それはいつも知らないあーしが知らないことを教えてくれる。
「ひ、ぐぅ」
あーしが物心ついた頃に目覚めた異能『現実改竄』は、ある程度の現実を自分の想像の範囲内ならば都合の良い改変を行うことが出来る。
目の前の物質を元から別の物質であったとすることも、他人の記憶を自分の都合の良い内容だったと置き換えることも、今日の天気さえ自由自在に変えられるという優れものだ。
まあ、その代償に別世界のあーしの意識が混じってしまうんだけど、あーしはあーしだ。
どの世界のあーしでも、あーしという人間は変わらない。
だから、どんなにこの『現実改竄』を使っても何も怯える必要はないのだ。
「あ、う──がっ」
頭が痛い。
あーしが今のあーしでなくなっていく。
ジジジ。
いつからだったろう?
あーしがあーしでなくなることに恐くなくなったのは。
「……ひ、ひぃ!」
ジジジ。
あーしはあーし?
いつまでそんな戯言ほざいてんの?
あーしはあーしじゃなく、今はナコっちゃんやってんでしょーが!
「ち、ちが──違う!」
ベッドから転がり落ちる。
「あっ──つぅ、……ううう」
固い床に全身を打ち付けた衝撃が痛かった。
「違うもんか」
でも、あーしの口が勝手に動く。
「いつか、いつかこの身体もあーしのものにしてやるんだ。次元の壁だとか関係ない。このあーし──道化師『メアリー・スゥ・ドリーム』が奪い取ってやるんだ」
踞りながら、あーしは周囲に黒い靄のようなものを見る。
それは蜃気楼のように漂い、こちらを嘲笑うみたいに何かを囁いてる。
人影とも違う、まるで子供の落書きを黒い切り絵にしたようなそんな幻。
「キキキ」
恐い。恐くて、恐くて仕方ない。
まるで自分たちがそこに存在しないものとして扱われてるような気がしてくる。
「ああ、そいつは影絵。あーしたちの夢世界を構成する意識生命体なんだけど──何で此処に現れてるか説明するのは、もう忘れるんだしぃ関係ねーっしょ」
そうあーしが言うと頭痛が強くなり、意識が曖昧にさせられる。
ああ、あーしはまた忘れる。
そんな都合の悪いことは、夢世界にいるあーしが許さないと言わんばかりに無様を晒すのだ。
ジジジ。
「ん──あ、あれ? またあーし、寝てた?」
そうしてまた愚か者は無駄な時間を過ごすのだった。
次話の投稿は未定となっております。そんな作品が面白い、続きが気になる、応援してると少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!
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