041 舞台装置の神様
すみません、スランプ入ってまた筆が止まりました。
取り合えず、ユニークアクセス記念SSは書かず本編投稿しますね。
前回のあらすじ
● 虹色の花畑から抜け出した主人公は自分の部屋に戻ると、シスカと再会する。そして、真弓さんがナイ神父によって囚われていることを知る。
それでは、本編をお楽しみください。
ガヤガヤ、ガヤガヤ。
舗装された道に雑踏を掻き分け人々が歩いていく。
それは夢/本物じゃない者には許されない幸福。
それは幻/覚めることのない夢の住人には訪れない現実。
ザー、ザー。
「────」
多くの人がいた。
くたびれた黒のスーツの男性が忙しそうに走ってた。
それを追うように二人の女子校生が鞄から何かを取り出しクスクスと笑ってた。
大きなお腹の女性が誠実そうな男性と仲慎ましく喋ってたり、五人ぐらいの男の子が和気あいあいと駆け回ってたりもした。
知らないことだらけの街並みに『■』は夢中で目が離せなかった。
──だが。
ジジジ。
「こんな筈じゃなかった」
痛みが走る。
呻くように吐き出される男の後悔がちぐはぐな『■』の視界を塗りつぶしていく。
ザー、ザー。
ザー、ザー。
それは空っぽの言葉だった。
何の意思もない人たちが同じ記憶を繰り返してるだけの、意味のない慰めでしかなかった。
藤岡■■。
この世界じゃない世界から転生してきた人間で、『七瀬勇貴』のオリジナル。
そんな男は、未だ覚めない夢に引きこもるしか生きられない。
「暴れるな!」「おい、止めろ!」「抵抗するんじゃない!」「大人しくするんだ!」
喧騒が響く。
変な青い制服の男たちが緊迫した面持ちで何かを振り回す藤岡■■へ駆けつける。
「こんな筈じゃ、なかったんだよ!」
揉みくちゃにされる誰か。
一方的に浴びせられる罵声。
血でべっとり濡れたガラス瓶を片手に彼は押さえ付けられ、白と黒の箱のようなヘンテコなモノへと搬送されていく。
その姿を眺めるしかない『■』は、胸が締め付けられるようで苦しかった。
「────」
悲しさと空しさが募るだけの酷い光景。
そう思ってしまうほど、藤岡■■の記憶は惨めなものだった。
七瀬勇貴。
この世界で生まれ、この夢の中でしか生きられない魂。
そう、『■』の好きな人は現実での身体──『肉体』を持たない。
与えられた役割の中でしか自身を見出だせず、本来なら考える意思さえ持たなかった『藤岡■■』の複製体は今も尚、人間としての機能を奪われ続けている。
救いはないだろう。
何れ、魔導魔術王の人格を■■■■■■■によって上書きされてしまうのだろう。
そんな未来を『■』たちは知っている。
誰かの慰み物にしか成れない、人間の脳へ寄生することも自力でままならない影絵にはきっと何も出来ない。
────「だから、行こう! お前が描かなきゃいけない人生は僕が進んでってやる! だから、この手を取れ、『■■』!」
それでも、誰かの想いを引き摺って懸命に生きようとする姿に『■』は惹かれたのだ。
「────」
確かに藤岡友■は世界を酷く嫌った。
未だに過去の傷を引き摺って現実から目を背けるのは、どうしようもない絶望に呪詛を吐くしか出来なかったから。
「……それでも」
夢から覚めなくてはいけない。
まだ見ぬ空の青さを知らなくてはいけないのは、きっと──。
「それでも、知っているんです。貴方が他人の幸福を願える人だって」
だから、行かないと。
彼が自分の足で前へ進まないと、『私』は安心して眠れないのだから。
◇
「待ってよー!」
駆け出すように部屋を出たシスカさんの後を僕は追う。
「それは出来ません! 事態は一刻を争うのです!」
けれど彼女はそんな僕の制止を聞かず、風のように廊下を駆けていく。
「何が何やら分から──」
遠ざかる彼女を必死で追いかけていると──。
「つまらない。本当にオマエたちの行動は単純で捻りがない」
唐突に嗄れた男の声が響き渡る。
「──ぐっ!?」
すると先を走っていた筈のシスカさんが僕の方へと吹き飛ばされたんだ。
「うわっ!?」
それを間一髪で受け止める。
「う、ううう」
「だ、大丈夫?」
先ほどまでの元気は何処へ、彼女の体には無数の傷が出来ていた。
カツン。
「やはり、いらない。オマエたちのような塵芥はこの世界に不要だ」
足音が聞こえだす。
空間を軋ませ現れるそいつの姿に心当たりがあった。
カツン、カツン。
黒い修道服が擦れていく。
尊大な言葉を振りかざし、影もなく歩み寄る男の顔は無機物かと錯覚してしまうほど感情が見えない。
「ぐぅ、ううう」
シスカさんが呻く。
まだ立ち上がろうと小刻みに震えてる。
それなのに僕は何も出来ず、突っ立ってることしか出来ない。
「何も出来ない。そう、オマエは何も出来ない。元より何も期待されていないのだから当然のことだ」
「……ナイ、神父」
白髪を揺らし、一直線に歩いてくる二メートルを超える背丈の男の名前を口にする。
「ククク、如何にも。そう、私がナイ神父だ」
──カツン。
口元を歪ませ、足を止めるナイ神父。
その正体は外なる神『ナイアルラトホテップ』の一端末であり、まさに神の信徒にして他ならない。
────「──ほう。人形の次は吸血姫と来たか。これはこれは奇特なものだ。態々、死に来たのか?」
クククと押し殺した嗤いがいつかの記憶が呼び覚ます。
ドクン。
まるで敵対は死を意味すると告げるよう心臓が鼓動する。
「──っ」
ゆっくりと歩み寄るその姿だけで解る。
否、その本能が本物であると嫌でも理解し、一歩退くことを余儀なくさせた。
カツン、カツン、カツン。
永い、永い沈黙が体を縛り付け支配する。
ガキン!
「ハァ、──アアア!!!」
ようやく立ち上がれたシスカさんがナイ神父に向かって、跳ぶ。
「相変わらずの猪突猛進か。全く学習しないな、オマエたちは」
「問答無用!」
揮われる虹の剣。
一瞬を煌めく光の彼方。
「フン」
凄まじい速さの跳躍を以てしても、神父は赤子の手をひねるように嗤い──。
キキキ。
空気が凍る。
冷や汗と共に怖気が走る。
シスカさんの跳躍が、否、僕たちの行動そのものが間違いだと脳が危険信号を発令する。
「────!」
瞬間、神父へと真っ直ぐ跳ぶシスカさんが空中で止まる。
「キキキ、キキキ! つまらない! 嗚呼、本当につまらない! これしきで止まるなど、塵芥に等しいぞ!」
動かなくなった彼女に嘲笑が吐かれる。
「うぐぅ、は、放せ!」
シスカさんが叫ぶ。
それが宙に縫い留められた彼女に出来る最後の抵抗だが、地を這う虫けらが人間に踏み潰されるのと同じで拘束が解けることは叶わない。
「クク、ヒャヒャッヒャ! そうか、そうか! この程度も振りほどけないとは、なんて嘆かわしい! いやぁー愉快、愉快!」
尚も腹を抱える男は神職に携わる者の姿ではなく、寧ろ反対の天に歯向かう悪魔的な何かに見えた。
「久方ぶりに嗤わせて貰った、感謝する。退屈を強いられるほどに不出来な代物であったが、それだけは伝えておいてやろう──では、死ね」
指を鳴らし、一瞬で能面のような顔へ切り替える神父。
キキキ。
そこに影絵たちが嗤い、共鳴するよう無数の影の手が伸ばされる。
「────」
哀れな少女は、切り貼りされた役割に抗うことを許されず迫りくる死をジッと見つめてる。
「──シスカさん!」
絶体絶命の窮地に無我夢中で駆け出す。
チクタク、チクタクと時計の針が回る幻聴まで聞こえ、見える景色がスローモーションのように過ぎていく。
「すまない、先に逝くぞ、真一」
覚悟を決め、少女が誰かに最期の別れを口にした時。
ジグザグ、ジグザグ、
「ヤッパリ、ソレだけハ認メらレナイ」
──ジョッキン!
何処からか飛鳥の声が響き、目の前の空間が軋む。
そして、宙に縫い留められていたシスカの姿が消える。
ブゥン、とナイ神父の攻撃が空回る。
「──っち!」
そして、その地を揺るがす一撃が廊下の壁に外へと通じる穴を作り出す。
「また邪魔か! どいつもこいつも!!!」
ナイ神父が狂ったように首を掻き毟る。
「こッチだ、愚者七号!」
咄嗟に手を引かれる。
「面倒な。面倒だぞ、──オマエたち!!!」
そんな僕を追い掛けようとナイ神父は手を伸ばすが──。
ガキン!
「──ムゥ!?」
響く鉄の悲鳴、軋む空間。
不可視の力がナイ神父の体を止める。
「ふ、ふざ、ふざけるなよぉおおお、このクソ共ぉおおお!!!!!!」
そうして、走り去る僕たちに神父は憤怒の叫びを木霊させた。
◇
ひとしきり走り、僕たちは寮館から中庭へ出る。
「ハア、ハア」
全力で走った為か、息が乱れるほど疲れた。
「ウン、此処マデ来レバ、……大丈夫カな」
黒髪の少女はそう言って、僕から手を放す。
「……飛鳥」
……可笑しい。以前の彼女ならこちらが少し走れば、直ぐに息が切れた筈なのにそれが見られない。
体力がないことが嘘だったのか、それとも現在の彼女と以前の彼女が別人なのか、そういう類の嘘を疑ってしまう。
でも、何故とは聞けない。
きっと彼女にも考えがあってのことなんだろう。
「────」
分かっている。
分かっている筈なのに。
「──フム。此処でボクが何故キミを助けたのかを聞かないト言うコトはアル程度ノ操作ガ入ってるト見テ良イのカナ」
そんなことを考えていたら、唐突に飛鳥が訳の解らないことを言い始めた。
「……操作?」
「アア、コレは疑問ニ思えルんダネ。ト言うコトは単純にキミの頭ノ回転ガ悪イってコトかナ? ジャア……うン、そうダネ。ボクたちガ認識しているコノ現実ガ夢ノ中ノ世界だってコトは知ってるダロウ?」
「うん」
「ト言うコトは、ダ。コノ世界デハ肉体ヲ通して世界ニ干渉するノデなく、魂などヲ何らカの方法ヲ通して意識体ニ変換させ世界へ干渉するコトにナルんだ。──ケド、ソンナこと通常デハ実現出来ないコトだ。だって、人間は意識体だけデ構成サレタ生物デはなく、肉体ヲ通して世界ニ干渉する──三次元専用ノ『感情動物』なんだから。つまり夢世界ノ中デ意識ヲ通じて世界ニ干渉するニハ、ソウする為の変換器ニ一度魂ヲある意識体へ変換する必要ガあるノさ」
…………。
「愚者七号。幾らキミと言えど此処マデ説明されたら分かるダロうガ、念のタメ言ってオク。散々、キミの頭を通じて説明サレ続けた『影絵』とイウのは意識生命体ナンダ。本来の人間の魂はソンナモノに変換する用途がないから、コノ世界で活動スルにはアル程度ノ負荷ガ掛かるんだケド──嗚呼、コノ話ハ『操作』ニハ関係ないコトだったネ。悪いケド省略させて貰うヨ。つまり、何ガ言いたいカト言うト、魂を影絵へト変換する際ニ、変換器ニ存在スル『ある男』の疑似知能生命体ト干渉スル必要ガアルんダよ」
疑似知能生命体? /検閲削除。
それって、──何だ?
「……ウン、ソウだネ。知らないヨネ。分からないヨネ。当然さ。生きてる筈ノない人間が実在出来る──、ある種の魔法なんだから」
虚ろな目をする飛鳥。
その瞳の先に何が映っているのか知らない。
けれど、きっと今の僕たちには届かない領域の誰かを見つめてるんだと、この時の僕は思った。
「良いんダ。今は理解出来なくトモ、いつか理解出来る日ガ来るカラね。──さて、ソロソロ切り取ったシスカがこちらニ来る頃カ。……マア、彼女ならあの真弓の状態を何とか出来るかもしれないネ。仮にソウなったら、幾らこのボクと言えどもコノ状態ヲ保てないのでオ先ニ失礼させて貰うとしヨウ」
「……一緒にはいられないの?」
去ろうとした飛鳥に僕は言う。
「ソレが出来たら、ボクたちはこうならかっタよ」
そんな言葉に彼女は遠い目をして、そう言った。
「…………」
諦めか。
それとも別の何か、か。
造り物の自分にはそれが何なのか、よく分からなかった。
「──そっかぁ」
けれど、その覚悟を蔑ろにするようなことは言えないと思った。
「そうだとも」
ジグザグ。
何かが裂けるような音が響く。
ジグザグ。
それは、世界と世界を切り離す異能。
この夢の世界で■■飛鳥だけに許された特権が今、行使されようとしている。
──ドクン。
心臓の鼓動と共に、背筋に冷たいモノが伝う。
「────!」
嫌な予感がする。
そう思い、飛鳥を呼び止めようと声を掛けようとして──。
「おや? 人を傷ものにしておいて、一体何処に行こうと言うのかね」
カツン。
聞きなれた男の声が中庭中に響き渡ると先ほどまで明るかった空が急に暗くなった。
「……バカな、アノ拘束ヲ数分足らずデ解いたッテ言うのカイ!?」
飛鳥が上を向く。
「ああ、全く酷い話だ。そんな惨たらしいことをする愚か者は串刺しにされたところで問題あるまい」
その先に突如として頭上に現れたナイ神父が仰々しく手を振り落とす。
「──っな」
すると、数十に及ぶ影で造られた槍が飛鳥へと雨のように降り注ぐ。
ザシュ、ザシュ、──ザシュッ!!!
人間が蟻を潰すように、何の躊躇いもなくそれは少女の全身を突き刺さる。
「──っ!!!」
悲鳴を上げる間もなく、飛鳥は一瞬で標本の虫みたいに身体の至る所を貫かれ磔にされる。
「いい気味だ。しばらく、そこで反省でもしておけ」
皺くちゃに髪を掻きながら、ナイ神父はこちらへ向かって降りていく。
「待った、待ったぞ。待ちに待ち侘びた瞬間だとも。アア、ダーレス。オマエの復活を夢に見なかったことはひと時も無かった」
カツン。
頬を赤らめた男の足が地へ着いた。
「────」
三メートルの距離に風が吹く。
この心許ないボーダーラインを死守しなければ、そのまま神父が一直線に僕の元へ向かうのは目に見えた。
「ゴク、リ」
同時に、この後起こるだろう未来も想像し息を呑む。
ドクン。
心臓を鼓動させ、コンマの世界へ埋没する。
「──っ」
耳鳴りが聞こえる。
頭が割れるような痛みもする。
それでも、懸命に幻影疾風を発動させ、この場を離れようとした。
カツン。
──だが。
「あ、──あれ?」
突如、足首を何者かに掴まれたような感覚が僕を襲う。
そうすることで、スローモーションになる筈の世界が遠ざかってしまう。
「無駄だ。そんな付け焼刃など、どうとでも改竄出来る」
神父の瞳が赤く煌めく。
それに呼応するように、彼を囲むように暗闇から影絵たちが這い出て来る。
「──時間だ」
カツン。
中庭の地面だと言うのに、まるで石細工の廊下を歩くような足音を響かせ続ける。
「ククク、この場において惨たらしい悲鳴など不要。されど、ビチャビチャと滴る活気ある苦悶は格別の祝詞となる」
そうすることで神父を囲む影絵たちがその体中に纏わり、特にその右腕が人間の頭蓋骨など一瞬に砕いてしまうような野太い魔槍を形成していく。
「なん、で!?」
身体が動かない。
まるで多くの人間に押さえつけられているかのようにビクともしない。
「さあ、祝福の鐘でも鳴らそうか」
確実な死の訪れを前に僕は声が出ない。
何の抵抗もなく、体は無意味にそれを受け入れようとして──。
「終わりだ」
神父による影絵の槍が僕の首を撥ねようと振るわれる。
「──っ」
避けられない、そう思った時。
ドンッ!
背後から突き飛ばされ、その場を転倒してしまう。
瞬間。
「──っな!?」
柘榴の潰れる音がした。
辺り一面に果肉を散らばせたそれが、起き上がろうとした僕の全身に血飛沫を滴らせた。
「あ、ぐぅ──ハ、ハハハ。見たかい、傑。ボクだって、やる時はやるんだ、よぉ」
そうして挽き肉となった誰かはヒラヒラのスカートを靡かせながら、懸命に僕へと微笑んだ。
次話の投稿は本日中の午後を予定しております。尚、五章は次で終わりです。そんな本編が面白い、続きが気になる、応援してると少しでも思ってくださったら画面下の☆からポイント入れて頂けると嬉しいです!
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