確かにどん臭いけど。
「海斗くんはなんであんな所にいたの?」
水をたっぷり含んだ靴が、歩く度にチャプチャプ音をたてる。
「...おれの前世の侍があそこで死んだんだ。」
「そっか。」
「怖かった。」
「...そっか。」
「あのねおにーさん、おれの前世ね、食べ物に困って、村の人の家から食べ物盗って、追いかけられて...殺されちゃった。」
その声は、いつか姉に前世を自慢していた声ではない。失望に近いような、ため息混じりの声だった。
「カッコ悪い。侍のくせに。」
「...そっか。」
どう返すのが正解なのかわからなかった。
「だからおれもねえちゃん困らせて怒らせてばっかりなのかな。」
雨はいつしかやんでいた。
何回目かの坂を登ると、登山道の端が見えた。
「ねえ、おにーさん、なんで前世なんて思い出さなきゃいけないんだろうね。」
誰もが1度は思ったことだった。最初で、最大の疑問だ。
「そうだなあ...。」
僕は暫く考えた。
「例えばね、僕の前世が階段で転んだとするだろ?それを思い出して僕は階段を使う時気をつけようって思うんだ。」
「うん...?」
「でも、急いでる時とか、気が抜けてる時とか、そんなこと忘れてるんだ。だから階段で転んじゃう。何回も転んだよ。」
「それはおにーさんがどん臭いだけじゃない?」
耳が痛い。いや、確かにどん臭いけど。
「そうじゃなくて...。それでね、僕はその度に、あー前世でも同じことしてたから気をつけようとしてたのにまたやっちゃった、って思うんだ。」
「うん。」
「もしかしたら神様は、そう思わせるために僕達に前世の記憶を持たせたんじゃないかな。」
「どういうこと?」
「同じ過ちをしてしまうのはしょうがないことだよ、そりゃ人間だからね。でもね、それを後悔するとしないとでは全然違うと思うんだ。」
僕は前世のことを、暫く思い描いた。
「後悔することも大事だってことさ。もちろんそれだけじゃ駄目だけど。」
「...分かった、気がする...多分。」
僕の頬は自然と緩んでいた。
山を降りて、家から新しいタオルをとってきた。そして舞ちゃんを捜した。
交番の中で、びしょ濡れになって椅子に座っていた。
「海斗...!!!」
舞ちゃんは、海斗くんを見るなり駆け寄ってきた。姉弟は抱き合って声を上げて泣いていた。
良かった。
「佐藤さん...本当に...ありがとうございます...!」
「ははは、嬉しいね...舞ちゃんみたいな可愛い子にこんなに喜ばれるのなんて人生で1度あるかないか...はは...」
多分僕はこんなことをほざいたんだと思う。よく覚えていない。
「な、な何言ってるんですか!というか、えらくボロボロじゃないですか佐藤さ」
視界がいきなり真っ暗になって、膝から崩れ落ちた。
「まじかよ...。」
1回目は、交通事故。曇天を見上げて自嘲するように笑った。
「いつも逢いに来てくれてありがとう...。」
2回目は、餓死。排気口の下で、汚れた毛並みを整えた。
「愛してるよ。」
3回目は、通り魔。暗くなる視界の真ん中には最後まで泣きじゃくる恋人が映っていた。
「ごめん...ね...。」
4回目は、転落死。痛々しいほどの青空に、涙を残した。
「俺が守ってやるからな。」
5回目は、火事。その屈強な腕には小さな赤ん坊を抱き、自分の両親を思い描いた。
「わたしは世界一の幸せ者だよ。」
6回目は、老衰。たくさんの人を愛し、愛された。
7回目はまだだよ、と言われた気がした。
まだお前は生きなきゃいけないだろ?




