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7話 魔法使いへの道

 ――魔法について教えて欲しい。


 ライからの頼みを受けてリースはその頼みの翌日、早速そのための講義を行うこととした。

 戦闘の手伝いを頼まれた時は渋っていた彼女だったが、この頼みについては快く引き受けてくれた。


「さーて、かわいいかわいいリースちゃんの魔法講座、はっじまるよー」


 始まりの草原、その外れの森。ライにとっての主な拠点であるその場所に、少女の声が響く。

 リースは楽しそうな様子で唯一の生徒であるライへと授業を始める。


 既に日が傾きはじめた傾き始めている時間帯。ライが日課の食料集めと鍛錬を軽めにだが終えてから行っているためこのような時間帯である。


「まずは魔法とは何かってところからね。ライは分かる?」


 リースの問いに、ライは一日前に聞かされた説明を記憶の中から引っ張り出す。


「昨日は確か『火を生み出したり操ったりする技』と言っていたな」


「わぁ、あんな適当な説明だったけど、ちゃんと覚えててくれたんだ」


 適当だったのか、と呆れるライを尻目にリースは上機嫌な様子で言う。


「まああの時はあたしも人間の魔法使いも火属性の魔法使いだったから火を操るっていったけど、正確には火に限らず自然の力全般が魔法の管轄よ」


「……火、属性?」


 その説明の中に気になる単語を見つけ、ライは聞き返した。

 リースは聞き手のそんな反応の良さに気分が良さそうな様子を見せる。


「耳ざといわねー、ライ。そう、属性――あたしたち魔法使いの使える力はこの属性で決まるわ。属性は『火』『水』『風』『地』の全部で四種類。まあこれについては後で話すわ」


「なるほど、つまり魔法使いはそれぞれの属性の持つ力を操る、ということか」


「その通り――といいたいところなんだけど、実はちょっと根本的な部分が違うの」


 先程までの説明からこういう理解でいいと思っていただけに、その答えに戸惑うライ。一体何が違うというのか。


「この間、あたしは火の力を――つまり自然の力を操る(・・)と言ったけど、正確に言うと自然の力を操ってもらう(・・・)の」


 その言い回しの違いは何なのかと疑問に思うライに、リースは続ける。


「さて、話はちょっと変わるけど、ライは『精霊』って存在のことを知っているかしら」


「いや、聞いたこともないな」


 突然話の流れが変わったため、ライは更に訝しむ。


「精霊っていうのは、世界を管理する存在のことよ。神様がこの世界を作ったとき、世界を管理する役割と能力を持つ存在を作ったの。目には見えないけど世界中に存在して、この世界を管理し続けてる。火が燃えるのも、水が流れるのも、風が吹くのも、大地が崩れないのも、全部精霊たちのおかげなの」


 だが、ここまで来るとライにも話の展開がつかめてきた。


「なるほどな。魔法は自然の力を操ってもらう技――つまり精霊に操ってもらうというわけか」


「おおっ、察しがいいわね。その通り!」


「あの話の流れならわかる。そして属性というのも精霊に関係があるんだろう。後で話すというのも精霊について話してからのつもりだったのか」


「せいかーい。精霊というのがさっき言った四種類存在するの。魔法使いの属性っていうのはどの精霊の力を借りられるかってことね」


 これが精霊と属性、そして魔法の関係だった。


「大体わかったと思うけど、魔法って言うのは精霊に頼んでなんかいろいろやってもらうことよ。この間見せた≪火生(クリエイトファイア)≫もまるであたしが火を生み出したように見えたかもしれなけど、実際は『火をつけてほしい』って火の精霊に頼んで、火の精霊があたしの手のひらに火を生み出してくれたものなの」


 彼女の説明はわかりやすかった。

 魔法の原理のようなものは分かった。これらの知識の有無だけでも魔法使いを相手にする際に大きく違うだろう。

 ならば次に知るべきは一つだ。


「その魔法というものは俺にも使えるのか?」


「ライが魔法を? まあ経験値も稼いで位階(ランク)もそれなりに高くなってるし、できると思うわよ」


 その答えを聞いてライは安堵の表情を浮かべる。

 現状ライの攻撃手段は体当たりのみである。だがいつまでも体当たり一本ではつらいものがある。

 あの人間の魔法使いが炎を操ったように、自分も魔法による攻撃の手段が欲しいところだ。



「じゃあ次は魔法を使うための話ね」


 リースは続けて、ライの願い通り魔法を使うために必要な知識の話へと移る。


「まずは魔法を使うのに絶対に必要な要素――それが『精霊』と『魔力』よ。魔法の補助をするために使う『呪文』『詠唱』『術式』なんていうのもあるけど、これらはなくても最低限使うことはできるから今は置いておくわね」


「魔法は精霊の力を借りる技だ、精霊が必要なのは当然だな。だが魔力とはなんだ?」


「魔力っていうのは魔法を使うために必要なエネルギーのことよ。精霊に魔力を渡すと、その魔力を使って精霊が魔法を使ってくれるの。だから当然これがなければ魔法は使えないわ」


「その魔力っていうのはどうすれば手に入る」


 完全に初出の要素である。魔法に絶対必要とのことだが、自分がそれを得ることができるのだろうか。どんなものか分からないだけに若干不安になる。

 だがそんなライにリースはあっさりと言う。


「魔力は魂が生み出す力よ。だからライも含めて魂を持つ者ならだれでも持っているわ。もちろん扱えるかどうかはまた別だけど」


 魂――また初出の単語だ。


「魂……よくわからんが、俺がそれを持っているのか?」


 その疑問に対してリースは困った様な表情を浮かべる。


「魂っていうのは、まあ生命の核みたいなもので、とりあえず人も魔物もみんな持ってるわ。そもそも経験値って魂を育てるための力だから、もし魂を持っていなかったらいくら人間を殺しても成長しないし」


 さらりと気になることを言われ、ライは訝し気な表情を浮かべた。


「経験値が魂を育てる……? 確か経験値は相手を殺したときに得られる力、としか聞いていないが」


 その言葉にリースはきょとんとした表情を浮かべる。


「あれっ、そうだっけ? まあその方がわかりやすいでしょ」


 あっけらかんとしたその様子にライはため息をついた。


「……お前は説明するときざっくりと簡単にしすぎる癖があるな」


 確かに予備知識がない時期の説明としてはわかりやすいが、ざっくり簡単な理解のままでは誤った解釈をしてしまう恐れもある。

 そんな心配をするライをよそに、リースは話を戻す。


「まあとにかく、魂が生み出す魔力を使って魔法を使うの。でもそのためには、魔力を扱える様にならなきゃいけないの。いくら魔力を持っていても扱えなければ意味がないわ」


「魔力の扱いか、どうすればいいんだ?」


 そこでリースは少し困ったような様子を見せる。


「その説明が一番難しいのよね。はっきり言ってその辺って感覚だから。でも一度出来るようになればその感覚も身につくわ」


 リースはびしり、とライを指さし真剣な様子で言った。


「そういうわけで、魔力を扱う感覚と、あとライにとって相性のいい精霊の属性、その両方を知るための訓練をやるわよ。結構辛いから覚悟してね」


 ライは頷く。辛い訓練など慣れている。強くなるためならどんなことでもやり遂げる覚悟が彼にはあった。

 彼を突き動かす暗い感情が自身の内から無限に沸いてくるのだから。





「――偉大なる四族の精霊よ、我が声を聞きたまえ。全てを燃やし浄化する猛き火の精霊よ、大地に恵みをもたらす清き水の精霊よ、世界を巡り淀みを掻き消す疾き風の精霊よ、全てを支え基盤となりし堅き地の精霊よ、我が前にその力を示したまえ」


 ライの口から紡がれる言葉、それは拙いながらも精霊へ語りかける言葉であった。


「そうそうその調子~」


 微笑みながらも茶々を入れるリースに、言葉を一旦止めて睨み付ける。

 そもそも今彼が精霊への言葉を口にしていたのは、リースの指示によるものだ。その意味も分からないままにやらされれば苛立ちもする。


「これは一体何なんだ」


 若干うんざりしたようなライへ、リースはなんてことのないように言う。


「これは詠唱よ」


「詠唱――たしか魔法を補助するとかいう要素の一つか」


 リースは頷いた。


「詠唱っていうのは精霊を称える詩みたいのを謳い上げることよ。魔法を使う時にこれをやると、精霊が気分よくなって、魔法の効果を高めてくれるの。要するにお世辞ね」


「お世辞……」


 お世辞で気分を盛り上げたところを働かせる。魔法というのはなかなかろくでもない手法のようである。


「実戦ではいちいち詠唱する時間がないから省略することも多いけど、まだ魔力の使い方が分からない以上、精霊が反応しやすいように詠唱しているの。無意識にでも魔力が扱えたら、即座に精霊が反応してくれるわ」


 その説明で、ライは今やっている行為の意味を察する。


「つまり、実際に精霊が魔法を使ってくれるまで、詠唱を続ければいいってことか」


「そう。四精霊全てに語りかけることで、ライにとってもっとも相性のいい精霊が真っ先に反応してくれるはずよ。これで魔力の扱い方も、ライの属性も分かるわ」


 詠唱によって魔法の発動しやすい状況を作り、魔力の扱い方が分からないライでも魔法の発動しやすいようにする。魔力の扱いに成功して魔法を発動させることが出来れば、その経験と感覚を元に魔力の扱いが分かるようになる。そしてその際にライに呼応する精霊の属性で、ライの属性も分かる。

 それがライが行っている修行である。


「そういえば詠唱を俺の言葉――共通魔物語でやってるが、それは大丈夫なのか?」


 魔法を人間が使っていたということは、あの人間は詠唱をする時には人語を使っていたのだろう。共通魔物語が精霊に通じなければどんなお世辞、もとい詠唱でも意味はない。

 だがリースはその心配を笑い飛ばす。


「大丈夫よ、精霊には感応能力があるからどんな言語でも伝わるわ。一応精霊語とか好みの言語はあるみたいだけど、それ以上に大事なのは言葉に込められた意思と感情よ。真剣にやっていれば伝わるわ」


 その言葉に安堵する。修行についての理屈は分かった。もう心配することはない。

 気を取り直して再度詠唱を始めることにする。

 真剣に修行に取り組み始めるライの様子をリースは微笑みながら見つめた。


「だいたい三日から十日くらいでできると思うわよ。大変だけど頑張ってね」


「長くても十日で魔法を使えるようになるのか、むしろ思ったより短いな。それじゃあ今後はしばらく日課にこの魔法の訓練を加えるようにしよう」


 だがその言葉にリースはきょとんとした表情を浮かべた。

 そしてライの勘違いに気付くと、笑ってそれを否定する。


「ちがうちがう、十日間ずっと(・・・)詠唱を続けるの。飲まず食わずで延々と、魔法が使えるようになるまで」


「……なに?」


 さらりと言ってのけるその言葉に、ライは愕然とする。

 だが冗談でも何でもないようで、リースは続ける。


「瞑想を通して少しずつ自分の魂と魔力を認識して、って方法なんかの方が一般的だけど、それだと使えるようになるまで年単位はかかるからね。でもこの方法だとたった数日でいっきに魔力を扱えるようになるからそっちの方がいいでしょ。ちょっと荒行だけど、そのくらいやれば疲労や意識の混濁で朦朧としてる状態で、無意識に魔力が放出されるわ。ま、なかなか出来なくても出来るまでやれば必ず成功するからへーきへーき」


 その地味に壮絶な修行に、ライは戦慄した。


「まあちゃんと監督してないとそのまま死んじゃうこともたまにあるみたいだけど、そうならないようにあたしがしっかり見ててあげるから。ついでに詠唱中に人間が来ないかどうかも見張っていてあげるから。安心安心」


 リースはそう言ってなにやら魔法を行使する。なんでも周囲の見張りや修行の監督を補助するための魔法らしい。やはり本気のようだ。

 思った以上に厳しい修行でライは内心僅かに怯む。


 ――だがこれも強くなるためだ。

 彼には強くなりたいという思いがある。力を得て、その力をぶつけたい相手がいる。

 そのためならどんな苦行でも乗り越えてみせる。


 そう覚悟を決めると、ライは再び精霊を称える詠唱を唱えだした。



「偉大なる四族の精霊よ、我が声を聞きたまえ――」


 何度も、何度も繰り返す。その言葉に精霊は応える事はない。だがたとえなんら変化がなくともただひたすらに詠唱を繰り返した。

 詠唱の最中に空腹が襲ってくる。言葉を発し続けたために乾きはそれ以上にある。食事を取りたい、水を飲みたい。だがそれらの誘惑をねじ伏せ必死に詠唱を続ける。

 詠唱という苦行を続ける内に生まれた眠気もどんどんと強くなってくる。眠気に抗いながらも必死に口を動かす。極度の眠気がライの肉体に変調を与え、思考には苦痛が混じる。

 詠唱を始めてから何日が過ぎただろうか。空腹、乾き、眠気、そして詠唱を続けたことによる疲労、全てがライを苛み続ける。だが最早それらを解消するために動くための気力も体力も残っていない。ただそれでも詠唱のために微かに口許だけが動いていた。


 こうまでして詠唱を続けるのは何故だろうか。それを思考する力すら残っていない。ただ内なる何かに突き動かされるように、詠唱を続ける。その口から音すら既に発せられていないのに本人は気付いていない。詠唱を続ける、ただその意思だけが音もなく漏れていた。

 ライの口が詠唱を口ずさむように動き続ける。自身が気絶していることにも気付かないまま――



      ※      ※      ※



 ――夢を見ていた。


 夢の中でのライはスライムではなく、人間の少年になっていた。

 夢の中の彼もまた、修練の日々を送っていた。

 瞑想を通した己との対話。

 物心付いた時から行ってきたそれは、少年に魔法使いにとって必須である魔力を扱う能力を芽生えさせた。

 そしてこの日、少年は初めてその能力を行使することになる。


「いいか、この世のあらゆるものは地水火風いずれかの属性に属している。その属性は四種の精霊の内、どの精霊の影響を最も強く受けているかということだ。それは生物であっても同じだ」


 自分に魔法の手解きをしてくれる人物が語りかけてくる。

 かつてすぐれた冒険者であったこの人物が彼の師として魔法について指導してくれるのは、彼の親戚だからだ。

 血縁者であり師であるこの人物を心から尊敬する彼は、その教えを真剣に聞く。


「魔物が魔法を使う場合、その魔物の属性の魔法しか使うことができない。だが我々人間は違う。人間はどれか一つの属性に偏っておらず、四つの属性全てが釣り合っているからだ。それ故に、魔法を身につける際に、どの属性の魔法を使うか選ぶ余地がある」


 何度も聞かされてきたことだ。だからずっと考えてきた。自分がどの属性を選ぶかを。


「魔法使いが扱うことができる属性は多くとも二つまでだ。……まあ世の中には四属性全てを扱えるような例外もいるが、お前はそうじゃない。まずは一つの属性を極め、そしていつか一人前となった時必要に感じればもう一つ属性を選ぶのがいい」


 自分が最初に身につける属性はとっくに決めている。

 それはかつて現役時代の師が得意としていた属性だ。

 四属性のうち最も攻撃に長けるその魔法で、親友とともに魔物と戦うのだ。


「世界を守りし偉大なる精霊よ、我が声を聞きたまえ」


 想いを胸に、自身へ力を貸してくれる精霊への詠唱を朗々と謳い上げる。


「世界の熱と炎を司る偉大なる精霊よ。汝はその力を以て全てを呑み込み、全てを破壊し、そして全てを清める。その力、我が道を照らし、妨げる敵を滅ぼすための助けとなることを願う」 


 精霊の心に訴えかけるように詠唱を紡ぎながら、同時に自身の奥底へと意識を向ける。

 そこには長年の瞑想によって認識できるようになった己の核――魂がある。その魂から湧き出る力を汲み上げる。その行為によって溢れた魔力を精霊が受け取り、そして力を行使する。


「精霊よ、どうかその力を示したまえ――!」


 その言葉とともに、彼に呼応した火の精霊が、彼の眼前に小さな炎を生み出した。



      ※      ※      ※



 冷たい感触が顔に触れたのに気づき、ライは意識を取り戻した。それは冷たい水の感触だった。

 思わず顔を拭おうとするが、拭うための手がないことに気付く。


 ――そうだ、自分に手があるわけがない。自分はスライムなのだから。


 それもこれもつい先程まで見ていた夢のせいだ。

 思わず自身に苛立ちがわく。人間を憎む自分が、人間の夢を見るなんて。

 そんなライの気分をかき消すように、少女の祝福の声が響く。


「おめでとー、ライ! 魔法をついに成功させたね」


 そういってリースはライを祝う。その顔には色濃い疲労が見て取れる。これまでずっと彼女も修行の監督や見張りをやっていたのだ、その疲れも当然である。

 だが今はその疲労がかき消えるほどに、ライが魔法を成功させたことに対する喜びの方が強く浮かんでいた。


「ライの属性は『水』だね。この感覚を忘れないようにね」


 あたりを見れば、まるで通り雨の後のように水に濡れている。どうやらこれがライの初めての魔法によるものらしい。

 だがライは思わず口に出す。


「水属性? ……火じゃないのか?」


 その呟きの後、自身が未だに夢の人物に引っ張られていることに気付いた。



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