6話 魔法対策
「あたしの力を貸して欲しい、かぁ……」
ライの頼みを受けたリースは、困った様な笑みを浮かべる。
協力してくれそうな雰囲気ではない。その表情はどう言って断るか考えているようだった。
(やはり乗り気じゃないか)
これまでの様子から正直それは分かっていた。
彼女はライに友好的ではあるが、決して何かに手を貸してくれることはなかった。
とはいえ、ミミネたちを戦闘後の後始末のために呼び集めたりといった間接的なことは意外とやってくれていたのだが。
しばしリースは視線をさまよわせていたが、やがて神妙な顔をして口を開く。
「実はね、ライ――あたしって結構強いんだ」
「ほう」
唐突な告白だが、その内容自体は普通に受け入れる。
もともと彼女は大陸を旅していると言っていた。当然その中では危険な出来事もあったはずだ。小柄で飛行も可能な彼女なら逃げることも比較的容易だっただろうが、それでも自衛の力は必ず必要だったはずだ。
人間相手なら握り潰されそうなほど小さい彼女にそんな力があるのかとも思ったこともあるが、先程見せてもらった『魔法』の力を有しているのならそれも分かる。
「あっ、驚いてる? まあ確かにあたしみたいにかわいくっておしとやかで可憐な美少女妖精がそんなに強いだなんて信じられないかもしれないけど」
「驚いていないから話を続けてくれ」
「えー」
不満そうな表情を浮かべつつも、咳払いを一つして気分を切り替える。
「どのくらい強いかっていうと、ライよりもあの人間よりも強いわね。ていうかあのくらいなら束になっても余裕ね」
「それは凄いな」
そう断言するリースにライは驚く。相応の実力を有していることは察していたが、それほどとは。
もちろん彼女の自己申告ではあるが、そこまで言うからには決して無根拠ではないはずだ。
「だからライの頼みを聞いて、あたしがあの魔法使いの人間を叩きのめすのは簡単なの。でも、出来るからといってそれをしていいのかっていうと……」
ライにはよく分からないが、彼女なりのルールのようなものがあるらしい。
だがそれを無理に否定することはできない。人を襲うのがライの事情ならば、ライの手伝いとして戦えないのがリースの事情なのだ。
「もともとライの戦いなのに、助けを求められたからってあたしが割って入って解決っていうのはちょっとね。それに実力差が大きすぎる相手を倒しても経験値は入らないんだけど、経験値が手に入らない戦いをするっていろいろよくないのよね……ピンチなのは分かるけど、ごめんなさい、ライ」
彼女は非常に心苦しい様子だ。言わば彼女は自分の価値観を優先にしてライを見殺しにすると宣言しているも同然なのだから、仕方ないだろう。
だが、そんな彼女に対してライは安堵の溜息を吐いていた。
「つまり、直接の戦闘に参加するのでなければ別に構わないということか?」
「え……?」
彼女が協力を拒むのがそういう理由なら大丈夫そうだ。
「俺がリースにしてもらいたいことについてなんだが――」
そういってライは自身の考えた火の魔法使いへの対策と、彼女にして欲しいことについて語る。
それを聞いたリースは難しい表情で考え込んだ。
「うーん、そのくらいならあたしが直接戦うわけじゃないし、いい……のかな?」
それでも反応は芳しくもないが、確かに揺れ動いている。
もともと彼女はライに友好的だ。別に好んで見殺しにしたいわけでもない。
「すまないが頼む、リース」
真剣に見つめるライに、リースは「あー」とか「うー」とか困った様に呻きながら視線を彷徨わせる。
だがしばらくしてようやく観念したのか怒ったように叫ぶ。
「ああ、もう今回だけよ! 次からはやらないからね!」
それは確かに承諾の言葉だった。
※ ※ ※
魔法使いヘイズは、来た道を引き返し、拠点であるイオの街に向かっていた。
往路にてこの道を共に歩いた相棒はもういない。謎のスライムの襲撃によって二度と動くことのない骸となった。
その死体は彼が死した場所に置き去りにしてきた。そのまま野晒しにしておきたくはなかったが、彼を背負ってイオの街まで歩くのは困難である。
そもそもあのスライムが再度襲撃してくる可能性もある。そんな時彼を背負っていればまともに動けずそのままヘイズも相棒と同じ場所に行くことになってしまう。
ここは一刻も早くイオの街へ戻るべきだ。そして冒険者ギルドに報告して他の冒険者の協力を得て死体を回収するしかない。
帰還の障害となるのはあのスライムである。
スライムという魔物の強さは彼も知っている。本来ならスライムに人間の命を奪うことのできるほどの力を持たない。にもかかわらずにあのスライムはディルクを殺してのけた。異常なスライムだ。
そのためあのスライムが再度現れないか周囲を必死に警戒しながら引き返す。警戒のためいつもよりも移動速度は遅く、また疲労も大きい。途中で何度かスライムを見かける度に大きく動揺したが、どうやらどれも普通のスライムだったらしくそのたびに胸を撫で下ろす。
往路ではディルクの下手な警戒に呆れたものだが、自分のそれも無様なものだった。
あのスライムと遭遇した時の対応も考える。
動きは素早く、そしてその勢いのまま強力な体当たりを繰り出してくる。
ディルクが一撃で瀕死の状態になっていたことを考えると、身体的に彼より劣る自分も一撃食らえば終わるだろう。
だが幸いにも自分の炎の魔法が大きく効いていた。あれはかすめただけだったが、まともに当てればきっと恐るべきあのスライムも焼き殺せる。つまり相手の体当たりを食らうよりも早く魔法を当てればいい。
以前の戦いから判断するに、あのスライムが体当たりを放つよりも早く、自分は魔法を放つことができる。詠唱する暇はないが、詠唱で威力を高める必要はおそらくないだろう。あとは確実に当てるだけだ。
いざという時に使用する魔法を考えておく必要がある。例えパニックに陥って思考が吹き飛んでも反射でその魔法を放てるように。
――危機が迫った時、身体は精神を無視して反射で危機から逃れようとする。だが私たち魔法使いは身体ではなく精神を動かさねばならない。
冒険者としての、そして魔法使いとしての師である叔父の言葉を思い出す。
あの状況で咄嗟に≪炎盾≫を張ることができたのは、パニック時でも防御魔法を張れるように叔父から訓練を受けていたおかげだ。
先程使用した≪炎盾≫を使うのもいい。実際あのスライムに効いており、あのまま炎の壁に突っ込んでいればそのまま焼き殺していただろう。だが万が一魔法をかわして回り込まれたら危険だ。もう一度魔法を撃つ暇があるかどうかわからない。
ならば防御ではなく攻撃のための魔法で迎え撃つべきだ。真っ先に最も基本的な火属性の魔法である≪炎弾≫を思い浮かべる。だが、この魔法による直進する炎は威力こそそれなりに高いが回避はそこまで難しくない。前回の戦いを見るに威力過剰と思われる。
ならば広範囲に渡って広がる攻撃魔法だ。必要なのは威力ではなく範囲の広い魔法だ。≪炎盾≫の炎で大打撃を受けていた相手だ。威力は二の次で十分だろう。
スライムへの対応法も定めたヘイズの視界が泉を捉えた。休憩所として重宝されている泉は、往路でもディルクとともに休憩した。
ここでヘイズは一旦ここで休憩するべきかと考える。相棒の死という衝撃の出来事と、ここまでの警戒をしながらの移動で想像以上に疲労している。
「おいおい、休んでいる暇なんてないだろ。ここは一刻も早くイオの街まで戻るべきだ」
そんな声が聞こえた気がした。思わず周囲を見回すが、いつものようにそんな無鉄砲なことを言うような人物はもはやいない。
だが、もしいたのならきっとそんなことを言っていたのだろう。
そして自分はこう反論するのだ。
「まだイオまでは大分距離がある。ここで急いだところでそう変わらない。いや、むしろ休憩をないがしろにした方が結果的に速度は落ちるだろし、疲労しているところを襲われたら大変だ。短時間でいいから休むべきだ」
思わず流れた涙を拭ったヘイズは、泉のほとりへ向かう。
ほんの短時間でいいから休んで、そしてすぐにイオへ帰還し――
「はぁ、なんであたしったらあんな頼みを引き受けちゃうかなぁ」
ふとそんな言葉がヘイズの耳に届いた。
声がしたのは彼より高い位置だ。泉に背を向け見上げると、そこには手のひらに乗るほど小さな少女が空中に浮かんでいた。
少女は背中から生えた透明な羽根を羽ばたかせて滞空しながらも人の言葉でブツブツと愚痴るように呟く。
「現地の魔物に肩入れしすぎて過度な介入するなんて、こんなことご主人様に知られたらなんて言われるか……いやもうばれてるかも」
空を漂いながらも器用に少女は頭を抱えて悩んでいる。
「今回のくらいの協力なら確かに大したことじゃないかもしれないけど、わざわざご主人様に問い合わせるのも藪蛇かもしれないし。いっそもっと強い相手ならあたしの経験値稼ぎのためって協力できるのに」
空を舞う小さな少女。目にしたのは初めてだったが、ヘイズの知識の中にはあった。
魔物の一種ではあるが、少なくとも始まりの草原に生息する魔物ではなかったはずだ。ヘイズは呆然と呟く。
「……妖精?」
その呟きが彼女まで届いたのだろう。妖精の少女はびくりとその身を震わせると、ヘイズの姿を認めて慌て始めた。
「やばっ、考え込んでたらもう来てた! ああもう、引き受けちゃったんだしやるしかないわね」
そう言った彼女は手を高く掲げた。
魔法使いであるヘイズは妖精の周囲から火の精霊の気配を感知する――魔法を使うつもりだと察してヘイズは身構える。
「頼まれた目的考えるとこれがちょうどいいかしら――≪灯光≫!」
そして彼女の魔法により、その掲げた手から、強い光を放つ光球が生み出される。
暗闇を照らすための明かりを生み出す魔法。それが妖精の少女が使用した魔法だった。それにヘイズは戸惑った。
当然戦闘用の魔法ではない。太陽は頂点をとうに過ぎているが、まだ明かりが必要な程暗くもない。陽光で魔法の光がかき消されてはいないが、別に目が眩むというわけでもない。何の意味がある行為なのか理解が出来なかった。
そう、確かにこれだけでは何か意味のある魔法ではない。だが、合図としては十分だった。その光はヘイズではなく、届けたい相手まで届いたのだから。
直後、ヘイズの背後――泉から、大きな水柱が上がった。
慌てて背後へと振り返ると、そこには水しぶきと共に宙を舞うスライムの姿があった。
「まさか、泉の中に!?」
泉に先回りして、ここで休憩するヘイズを待ち構えていた。そのことを察して愕然とする。
泉のほとりに着地したスライムは一直線にヘイズの元へ向かってくる。
だが、動揺こそしたがヘイズも心の準備は済ませていた。事前に用意していた魔法を放つ。
「――≪火炎の舌≫!」
彼の呪文に火の精霊が応え、炎が巻き起こる。
巻き起こった炎は前方から放射状に広範囲に広がり、まるであたりを舐め尽くすように広がる。
このタイミングで、この広範囲の炎をかわすことは出来ない――!
だがスライムは回避する素振りも見せず、一直線に駆け、炎に向かって跳んだ。
魔法の炎がスライムの身体を焼く。しかしその身体を濡らしていた泉の水が炎の熱を遮り、その身を焼き尽くすのを遅らせていた。
その身が炎の中で燃え朽ちるより早く、スライムは炎を貫く。
そしてそのままスライムの身体は無防備だったヘイズの頭部に直撃した。
※ ※ ※
「ぐっ、身体が熱い……」
「無茶するわね、炎の中に突っ込むなんて」
炎に焼かれた身体を泉に浸かって冷やすライに、リースは呆れた視線を向ける。
「これしか手段が思いつかなかったんだ、仕方がないだろう」
「いやー、実にシンプルかつ力業で、聞いた時はびっくりしたわよ。水をかぶって火の中に突っ込むなんて」
それがライが火の魔法使いへの対策として行った手段である。
泉で多くの人間たちは休憩する。だから泉の中で待ち伏せて、水に浸かった身体で火の中に突っ込む。体当たりのためのほんの一瞬だけならば水に濡れた身体が炎をも耐えるのではないかという考えだ。多分に賭けだったが、結果は成功だった。
泉に潜むというのは待ち伏せとしても有効だった。水中に潜むスライムの青い身体は、ぱっと見での発見が難しい。別に完全に溶け込むわけではないのでよく見れば見つけることもできるが、それが出来るほど近づいてきていればそこは既に射程距離と言ってもいい。
ただしこの作戦にも大きな問題があった。
泉に隠れ潜みながら的確なタイミングで襲撃をかけられるかである。
隠れながら人間の行動を観察することは難しい。そもそも泉で休憩を取らずに素通りされる可能性も十分あり、それを見過ごしてしまったらそこで終わる。
そこで必要だったのが人間の動きを見て、ライに知らせる人物――それがリースである。
襲撃の頃合いを彼女が魔法で合図する。それが彼女の役割だった
これならば戦闘に直接は関わっていないので、彼女の協力も得られると考えたのだ。
「でもあたしの協力は今回だけだからね。今度はもしライがピンチでも助けないから」
不機嫌そうにリースは言う。
今回は彼女に曲げて特別に手伝ってもらったのだ。それは仕方がない。
「分かった……だが戦いそのものの手助け以外で、協力して欲しいことはある」
その返事を聞いてリースは露骨に警戒の表情を浮かべる。先程彼女の意思を曲げて協力してもらったばかりだ、その警戒は仕方ないだろう。
だがやって欲しいことは、先程彼女自身が口にしていたことだ。
「さっき言っていただろう――魔法について教えて欲しいのなら説明する、と」
ライは魔法について何一つ知らない。今回の危機はそれゆえのことだった。
今後も戦う上で、決してなおざりにしてはいけないことだった。
「俺に魔法について教えて欲しい」




