エピローグ2 復讐の連鎖
この日、初心者冒険者の街イオの冒険者ギルドは、久方ぶりの賑わいで満ちていた。
「やっと始まりの草原の封鎖が解禁されたな」
「ああ。危険な魔物がいるからって立ち入り禁止になっていたからな。始まりの草原で冒険者デビューしようと思ってた新人達が不満ばかり漏らしていたし、ようやくギスギスした空気から解放されるぜ」
そんなことを言って笑い合う冒険者たちの姿がそこかしこに見える。
この賑わいの理由は彼らの言うように、ずっと封鎖されていた始まりの草原の立ち入りが解禁されたからだ。
危険な魔物がいるということで長い間立ち入りを禁止されていたフィールドが解禁されるという、実質的な安全宣言である。それは新人だけではなく、とうに始まりの草原を突破している直接的には関係無い者たちにとっても喜びと安堵をもたらすものだった。
「確か強いスライムがいたんだったか。空飛ぶミミネズミの群れの次はスライムって、始まりの草原で一体何があったんだ?」
「さあな。しかし二ヶ月近く封鎖されてたけど、いくら強くてもスライム一匹殺すのに二ヶ月もかかるなんてな」
呆れたようにそう言う冒険者の男の言葉に、別の冒険者がその勘違いに気付いて訂正する。
「いや、結局例のスライムは殺せていないらしい。始まりの草原中を大捜索したけどそんなスライムはまるで見つからなくて、二ヶ月経って捜索打ち切りになったみたいだ」
「は? なんだよそれ。じゃあもしかして今も草原にその強い魔物が潜んでるかもしれないのか。大丈夫なのか?」
「どうだろうな。もしかしたら、また封鎖されるようなことが起きるかもしれない」
始まりの草原の一件は、一応の解決を見た。
しかしながらその結果は、喜ぶイオの冒険者たちの心に一抹の不安を残すことになる。
だがそんな不安とは裏腹に、その後始まりの草原ではもう強力な魔物に人間が襲われるという同様の事件は起きなかった。
イオを大きく騒がせた事件。
だが新人ばかりのため入れ替わりの激しいイオの冒険者たちから、やがて今回の件について忘れ去られていくことになるのであった。
※ ※ ※
冒険者ギルドの一室。
そこでアネリアは支部長であるマルコスと面会していた。
面会の理由は、世話になったマルコスへの旅立ちの挨拶のためだ。
「そうですか。アネリアさんはもうイオを出ますか」
「ええ。この二ヶ月、散々探し回っても例のスライムは見つかりませんでした。おそらくもうこの地から去ったのでしょう。他の街から来た応援も既に多くがイオを発ちましたし、イオとしても私たちを留める必要がないでしょう」
「確かにそうですね。一応まだ潜んでいる可能性もあるので、封鎖を解いてからもしばらく残っていただける人は欲しいのですが……」
アネリアたち『赤光の灯火』がライによって壊滅させられてから二ヶ月。アネリアやイオの冒険者ギルドはその脅威を取り除くべく精力的に働いていた。
Dランクパーティーの敗北の報によって緊急度が上がったことを訴え、他の街の同等以上の冒険者パーティーを複数引き入れることに成功した。
彼らとアネリアやイオのEランクパーティーのいくつかで協力させて、始まりの草原を徹底的に捜索したのだ。
特にアネリアは他の街からの応援が来るまで一人で捜索し、応援が来てからもろくに休むことなく必死に捜索を続けた。
今度は一パーティーの単独ではない。相手の実力もアネリアからの事情聴取で概ね把握している。発見次第その戦力で確実に始末できる。
しかしながらどれほど探してもあの名有りのスライムらしき存在はどこにもいなかった。数多くいる通常のスライムの中から一匹の名有りを探し出すのは困難であったものの、漏れはないだろうというくらいに調べて回ったのだ。
その捜索中、スライムに殺されたと思われる新人冒険者たちの死体が数多く地中から発見されて騒ぎになったりもしたが、肝心のスライムは見つからなかった。
結局二ヶ月に及ぶ捜索の結果、最早始まりの草原にはいないと判断されたのである。
そして応援でやってきた冒険者たちは、肩透かしを食らったような気持ちで報酬を受け取り去って行ったのだった。
アネリアも彼らに倣ってイオを去るのだろう。
「ですがアネリアさんはこの二ヶ月ほとんど働き詰めでした。せっかくの故郷なのですし、少し心と体を休めてからの方がいいのではないでしょうか」
マルコスの気遣いだが、アネリアはそれに首を振る。
「ここは私の故郷ですが、同時にアーネストとカティアの故郷でもあります。二人の家族は、一人生き残った私を見れば快くない思いをするでしょう」
そう言って困ったような笑みを浮かべる。
確かに彼らはアネリアに対してあまり愉快ではない思いがあるだろう。
弟であるアーネストの家族はアネリアの家族でもあるが、それでも複雑なものがあるはずだ。
同じ街に居れば遭遇することもあるだろうし、アネリアの側も心穏やかに休養とはいかないだろう。
「あー……もしかして何か言われましたか?」
言葉を濁しながら問いかけるマルコスに、アネリアは苦笑いを浮かべて答える。
「パーティーメンバーの責任として、一度両家に報告のために伺いました。……本来なら二人の婚約の報告に行くはずが、死亡の報告になってしまったのです。あんな反応になってしまったのも当然ですね」
マルコスは深い溜息を吐いた。
どうだったのか直接的なことは口にしていないが、いろいろ察してしまう。
遺族が心穏やかに事実を受け入れられないのは仕方が無いが、タイミングも最悪だったのだろう。
そんな気まずいマルコスに、アネリアは微笑みを浮かべながら続ける。
「それに私にはやるべきことがありますから、そんなに休んでなんていられません」
「やるべきこと……ですか?」
彼女は微笑みを浮かべている。その表情はこの二ヶ月で落ち着いたかのように、大切な人を喪った陰りは見て取れない。
だがその瞳は、その奥に見える色は、時間などではその傷は癒えぬとばかりに激しい感情で染まっていた。
「あのスライムは――二人の仇は、私が必ず討ちます」
※ ※ ※
人と魔物は遙か昔から命を奪い合う関係にある。
人は魔物を狩り、魔物もまた人を襲う。
故に今回起こった出来事も、そんな彼らの歴史の中ではありふれた争いの一幕に過ぎない出来事だったのかもしれない。たとえ、当事者達にとってはどれほど大きな出来事だったとしても。
客観的に今回起こった出来事を要約してしまえば単純だ。
人間の冒険者パーティーが一つ壊滅した。
そして、その生き残りの一人が復讐を決意した。
それだけの、よくある話であった。




