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19話 崩壊の刻

 ――見つけた。


 獲物を視界に捉えたライは獰猛な笑みを浮かべる。


 標的にしていた獲物――カティアは先程までの場所からほとんど動いていなかったようだ。



 アーネストを殺した後、ライは次の敵の元へ赴くべく行動を起こしていた。


 その際にライは、アーネストに追いかけられて走り抜けた道をそのまま真っ直ぐ引き返すのではなく、迂回するように少し外れたルートを使っていた。


 そうして戻る最中に、アーネストの通った痕跡を辿って追いかけてきたアネリアを確認したライは息を潜めて彼女をやり過ごした。

 一方のアネリアは弟の安否にばかり気を取られてライの存在には気付くことが出来なかったのだ。とはいえ、そもそも離れた草むらの中を隠れるように進むスライム一匹に気付けというのも無理があるだろう。


 そして追いかけてきているのがアネリア一人であることから、負傷したもう一人の人間――カティアが独り残されている状況を察したライは、カティアに止めを差すべくこちらへ向かってきたのである。



 初撃から一気に決めるべく駆け出した。


 カティアもその移動の音で気付いて振り向く。


 そしてライの存在を認めた彼女の動きが固まり、表情を引きつらせた。


「すっ、スライム……!?」


 カティアはライを遠ざけるべく慌てて魔法を使おうとする。



 だがもう遅い。



 ライの姿を認めた際の彼女の動揺は、その相手への対処を遅らせてしまっていた。

 その僅かな遅れが致命的だった。互いの距離と速度から鑑みるに、カティアの魔法が発動するよりも早くライの体当たりが命中するだろう。


 そしてライは、速度を更に上げるべく力を込め――


 


 ――カ、てぃア……



 その時、突然ライの心に逡巡の気持ちが湧き起こった。


 何故己が彼女を――恋人(・・)を殺さねばならないというのか。


 彼女の顔を見るだけで彼の中で戦意が萎え――



「――黙れ!」



 一喝して心中から湧き上がる迷いを振り払う。それと共にライは自分を取り戻した。

 死者の記憶のくせに惑わしやがって、と内心で毒づく。

 

 だが一瞬を争う戦いの中で、この時生まれた間隙は決して小さいものではなかった。

 我に返ったライはすぐにそのことを察した。


 カティアの前に大きな力が集まっている。彼女の意思と感情に呼応して、精霊が力を振るおうとしているのだ。彼女と同じ水属性の魔法を使えるライには、水属の精霊によるその動きをなんとなく認識することが出来た。


 奇襲もあって、本来カティアが魔法を放つよりもライの一撃の方が僅かに早いはずだった。だが先程の逡巡は、その僅かな差を埋めてしまっていた。

 これではおそらくカティアの魔法の発動に間に合わないだろう。


 このまま行けば、ライはカティアの魔法に突っ込んで直撃することになりかねない。

 だが下手に止まればそれこそ的になるだけだ。


 迷う。

 回避をするか。魔法でも撃つべきか。

 それとも一か八かでこのまま突っ込むか。


 ……いや、どんな行動をとったとしても結局のところ一か八かであることには変わらない。

 迷っている暇はない。ライは心中で舌打ちしつつも覚悟を決める。



 カティアの呪文の声が響くのはほとんど同時に、ライが一際強く地面を蹴った。




      ※      ※      ※



 そのスライムの姿を認識してから、カティアは半ば恐慌状態に陥っていた。


 つい先程自らの腕をへし折ったスライムが突如として現れたのだ。それも仕方が無いだろう。


 そのスライムを追っていったアーネストやアネリアはどうなったのか。二人の安否が頭によぎるが、それもすぐに吹き飛ぶ。今この場で最も危険なのは彼女自身なのだから。この場を逃れられなければ彼らに再会することも叶わない。


 慌ててカティアは魔法を放とうとする。だがパニックに近い精神状態の彼女はこの状況で如何なる魔法を使うべきか適切な判断が出来なかった。危機に対する経験の不足であった。


 それでも彼女の生存本能と恐怖が彼女を動かす。襲ってくるスライムを遠ざけたいというその一心が、彼女に一つの魔法を使用させる。


 それは彼女が扱える中で、最も強力な魔法であった。

 強力故に実際に使ったことはほとんどないが、それでもこの魔法を反射的に選んだのは彼女の恐怖心の大きさ故だった。


「……っ、≪落ちる激流(ウォーターフォール)≫!」


 その呪文と意思に従い、頭上に膨大な水が生み出される。

 生み出された水は重力に従い勢いよく地面に落ちて、壁となって前方を遮った。

 視界の中のスライムと自分が水の壁によって隔てられたことで、ようやく彼女は落ち着きを取り戻した。

 

 ……間に合った。


 安堵の溜息を吐く。強力な魔法故に発動に若干時間がかかることもあり、正直このタイミングでは間に合わないのではという考えに至ったのは魔法を選択した直後だった。

 実際に発動するまで不安に駆られていたのだが、幸いにも間に合ったようだ。


 彼女が使用したのは自らの前に滝を生み出す魔法。この滝の壁に不用意に触れようとするならば、その水圧によって瞬く間に地面に叩きつけられ、その身が砕かれることだろう。


 そして更にこの魔法は防御だけの魔法ではない。

 飛沫を上げながら勢いよく地面に落下した水は、そのまま彼女の前方にある全てを呑み込む激流へと化したのだ。激しい水の流れは全てを呑み込み、押し流していく。


 魔法で生み出した滝が消えるまで十秒にも満たなかった。だがカティアの眼前の壁が失われた時、その眼前に広がった自らの魔法の影響は小さいものではなかった。

 滝と激流によって大地は抉れ、生い茂っていた草は押し流され、それらの破壊の痕を水で覆い隠すようにちょっとした池ができあがっていた。


 あの激流に呑み込まれた者は無事では済まないだろう。


「や、やったの……?」


 目の前の光景を見たカティアは力尽きたようにぺたりと地面に座り込み、大きく溜息を吐く。

 危機を乗り越えたことで完全に弛緩し、もう立ち上がる気力も残っていなかった。今の魔法によって多量の魔力を急激に消費し、疲労がのしかかってくる。自身の手に余る強力な魔法を、ろくに詠唱もなく使ったせいだ。

 

 しかしいつまでもそうしているわけには行かないことに気付く。

 アーネストやアネリアはどうなったのか。合流して確認するべく、疲労で怠い身体に鞭打って立ち上がろうとする。


「……!?」


 だがその時、彼女は側頭部に強い衝撃を受け、ぬかるんだ地面に顔から倒れ込んだ。

 突然のことに痛みよりも何が起こったのかという混乱に襲われた彼女は、倒れたままに視線を巡らせる。


 原因はすぐに分かった。

 彼女の視線の先。そこには倒したと思ったあのスライムがいたのだ。


(躱されてた……!?)


 自身の最大の一撃が躱されていたことを知り、カティアは愕然とする。


 あの魔法の発動の一瞬、間に合わないと判断したライの判断は横へ跳び回避することだった。

 その行動はカティアの前方を押し流す≪落ちる激流(ウォーターフォール)≫の範囲と上手く噛み合って、辛うじて逃れることが出来たのだ。ライにとって幸運であり、カティアにとって不運なことであった。

 いや、カティアにとって真に不運だったのは、魔法を躱されたことだけではない。

 ≪落ちる激流(ウォーターフォール)≫によって生み出された滝の壁によって、自身の視界が封じられてしまったことである。このせいでカティアは自身の魔法が確かに相手を仕留めたのか確認することが出来ず、大きな隙を作る結果となった。攻防一体のはずの魔法は、逆に彼女を追い詰めることとなったのだ。


 いや、不運という言葉を用いるのは正しくないかもしれない。この魔法を使うことを選んだのは彼女自身なのだから。

 ライを発見した時にもっと適切な魔法を使うことが出来たかもしれない。そうすればライも回避することが出来なかったかもしれないし、当たらなかったにしてもその後の行動を見失うようなことはなかっただろう。

 にも関わらず恐怖と混乱に任せて魔法を使ってしまったのは彼女である。その不用意さが招いた結果であった。

 平静を保つ事の出来なかった彼女の落ち度であり、加えて自分の魔法に対する不理解もまた彼女の失態であった。


 視界の中のスライムがカティアに止めを差そうと動く。それに気付いてカティアも慌てて逃れようとする。


(逃げなきゃ……)


 だが疲労とダメージで起き上がることすら辛い。逃げるべく必死に立ち上がろうとする彼女へと容赦なくスライムは迫る。

 どうやったところで間に合わない。そもそも先程の魔法を回避された時点で詰んでいた。それを理解した、彼女の表情が絶望に染まる。彼女に出来ることはただ迫るスライムを見ていることだけだった。



「カティア――!」



 その時、彼女を呼ぶ声が響いた。その声にカティアは我に返る。その声を発した相手の姿はすぐに見つかった。自身に迫るスライム、その向こう側だ。

 その距離は遠く、姿は小さく見えるのみだ。だが彼女には相手がしっかり認識することが出来た。


 アネリアだ。恋人の姉であり、彼女が最も信頼する頼れる女性。カティアの状況を察して戻ってきたのだろう。カティアの下へ駆けつけるべく必死に走っている。

 カティアは思わず安堵の溜息を吐いた。アネリアが来てくれたなら大丈夫だ。カティアの恐怖と絶望に強ばった表情は弛緩し、状況も忘れたかのように微笑みを浮かべた。



 ――次の瞬間スライムの一撃によって、彼女の生命はその逃避めいた希望ごと打ち砕かれた。



      ※      ※      ※



 自身の一撃で崩れ落ちた人間をライは一瞥する。

 確かに死んだことを確認するとすぐに意識を切り替えた。一番手強いであろう相手もまたこの場にやってきているのだ。戦いの最中に戻ってこなかったのは幸いであったが、今度はそちらに対処せねばならない。

 経験値が己に流れ込む感覚をよそにすぐさま動こうとする。


「……!?」


 だがそのライの動きが止まる。自身の異常に気付いたからだ。


 これまで幾度となく経験してきた経験値の取得。それによる殺した相手から流れ込んできた経験値を取り込む感覚。その感覚はもはや慣れ親しんだものとなっていたが、今回はその感覚がこれまでのものとは違った。


 たしかに最初はいつものように取り込んでいく感覚があった。だがその感覚が突然切り替わったように感じた。

 例えるならば、渇きから水を飲んでいたのに、満たされたにも関わらず外から流し込まれ続けるような感覚とでも言うべきか。

 自身に経験値を取り込んでいたはずが、経験値に自分が取り込まれている。まるで激流に呑み込まれ、押し流されるように。


 自身が押し流され、打ち砕かれる恐怖を感じる。これは経験値を自身が取り込み切れなかったが故の出来事だ。多量の経験値を立て続けに取り込み続けた結果、己に限界が来たのだと。


 そして、自己が砕ける感覚を最後にライの意識は深く沈んでいった。



      ※      ※      ※



 始まりの草原、その上空。


 そこから地上を見下ろす小さな影があった。

 少し前には多くのミミネズミたちが飛翔していたのだが、彼らが飛んでいた高さよりも更に高い位置から地上を見下ろす存在がいた。

 

 それは草色の髪をした妖精の少女――リースであった。


 彼女の視線の先にはライの姿がある。地上からは彼女を発見するのも困難な高さであるが、彼女からはまるでライが至近距離にいるかのようにはっきり見えていた。

 しかしその視線にはさしたる感情は籠っておらず、さながら観察対象を見るような冷たい眼であった。


「……どうやらここまでのようだな。やれやれ、せっかく忠告させた(・・・)というのに、無駄だったな」


 呆れたようにそう呟く。その言葉は、ライがここまで(・・・・)だという彼女の判断を端的に表していた。


 そんな彼女の様子からはライといたときのような、明るく楽し気な少女の面影は失せていた。その口調もまたかつての彼女とは全く違う。

 まるで――少女の中身がそっくり別人に入れ替わったかのように。


 リースは――いや、リースの姿をした何者かは、遥かな高みから地上を睥睨する。


 彼女の視線の先にいるライには、現在はっきりとわかる異常が発生していた。女魔法使いを殺した直後からのことである。そして彼女はその原因を察していた。


「殺した相手の魂を己の魂に取り込むことによって成長する、それが経験値を得るということだ。しかし取り込みきれない程の魂を取り込もうとすれば、耐えきれずに――己の魂が崩壊する」


 それこそがライの異変の原因。ライ自身もリースの警告を受けて気をつけていたわけだが、ついにその恐れていたことが起こったのだ。


 ライを討伐に来た人間もあと一人残っている。

 だがもはやその勝敗に意味がないだろう。


「壊れた物が元の形を取り戻すことはないように、魂もまた一度崩壊すれば決して元に戻ることはない。……仮にあと一人の人間を打ち倒すことが出来たところで、彼奴の命運は変わることはない」


 やれやれと独り言ちる。

 そして彼女はつまらなそうな表情を浮かべながらも、眼下のスライムへと視線を向けた。



「……まあこれも縁だ。その最期の戦いくらいは見届けるとしようか」




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