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14話 殲滅の時

 ライは草原に立ち入った人間たちを遠目に観察していた。

 久しぶりにやってきた人間の一団は全部で三人。雄が一人と雌が二人だ。

 おそらく雌の一人が魔法使いで、残りの二人が戦士。


 まず気になるのはこれまで相手をしてきた人間たちよりも上等な装備をしているようにも見えることだ。スライムであるライは人間の装備についてそこまで詳しいわけではないが、それでも彼らの身に付けている装備はこれまでの相手のものよりも上質なもののように思えた。そしてこれまでの経験からいって良い装備を身に付けた人間は総じて強かった。


 実際装備というのは冒険者の実力を計るのにうってつけの材料である。高価な装備を身に付けているということはそれを購入、維持できる程収入が多い高ランクの証であるし、加えてその装備に見合った強敵を想定した武装ということでもある。

 もちろん装備だけで相手の全てを計れるはずもないが目安にはなる。


 だがよく観察していると、その見立てに対して疑いの気持ちがわき上がってきた。

 彼らが草原を進む動きの端々からは探索に慣れた強者特有の動きが見られる。それは見立て通りとも言える。その一方で彼らにはやけに気の緩みのようなものが見えるのだ。

 もちろん永遠に緊張し続けることなど出来ないのだから、程度差こそあれ気の緩みというものは生まれるものだ。だが戦闘や探索に慣れた強者にしては、少々油断が大きいように思える。……あるいは強者故に油断しているのだろうか。

 人間たちがこのような状態ならば、うまく仕掛けることが出来ればそのまま崩せるんじゃないかと思う。


 ――三人の内の一人を除いて、だが。


 ライの意識がその人物へと向けられる。それは他の二人を見守るように最後尾を歩む女戦士――アネリアだった。

 彼女からは他の二人のような浮ついた雰囲気がない。仲間たちと言葉を交わしつつも、その間であっても周囲への警戒を怠らない。だからといって過度の警戒をしているわけでもなく至って自然体だ。その隙はライでは見つけることが出来ない。他の二人の緩みも彼女と共にいるからこそ際立って見えるのかもしれない。


 ふとアネリアが何かを感じたのか足を止めて振り返る。反射的にライはへばりつくように地面へと伏せる。

 アネリアの視線がライの隠れている方角を探る。

 やがて彼女は首を傾げながら一つ溜息を吐いて視線を前方に戻す。どうやら見つからなかったようだ。ライは安堵の息を吐いた。


 ……この距離で俺に気付いたのか。


 ライのいるあたりを探っていた間に二人と開いた距離を埋めるために小走りで追いかけるアネリアを見送りながらライは戦慄していた。

 距離を取って観察していたにも関わらず察知して見せた勘の良さ。そもそも彼らの周囲にはライ以外にも草原に住む魔物が何匹もいるのだ。にも関わらずその中から彼らへの害意を持つライを察知したのだ。優れた感覚を有していることは疑いない。


 間違いなく彼女は強い。これまでこの草原で見てきたどんな人間よりも。戦いの実力そのものを見たわけではないが、そう確信出来た。

 もしも一対一だったら勝てるのだろうかと想像してみる。だが己の想像の中であってもあまりよい結果は思い浮かばなかった。ライはこれまで多くの経験値を得て強くなってきたが、それでも強い人間と正面から戦っても容易には勝てない。加えて彼女は良質な装備も有している。強敵を相手にその守りを抜けるとは到底思えない。

 正面からが無理ならば搦め手しかない。この草原にはいくつか罠のようなものも仕掛けてある。ここ最近は人間が侵入してこなかったため罠の設置といった行動もできた。そこに引きずり込めれば、と考えてその案も否定する。彼女の様子を見るに、安易にそんな誘いに乗ってくるとも思えない。そして誘い込みが上手くいかなければそのまま殺されるだろう。


 ならばやはり狙うとすれば残りの二人だろうか。無論彼らも強いのだろうが、こちらは付けこむ隙がいくらでもありそうだ。最後尾の女戦士と上手く引き離すことさえできれば、どうとでもできるだろう。もう一人の戦士――アーネストの装備もそう変わらないものに見えるが、そうにも関わらずこちらは随分と与しやすそうに思える。


 と、そこまで考えてライはようやく気付く。いつもの癖でどのように人間を殺すかという思考をしていたが、自分が今回の襲撃を行わないことを。

 弱い人間(Fランク)を殺しても経験値を得られなくなったライだが、彼らを殺せばおそらく多量の経験値を得られるだろう。だが仮にそうなったとしても、その先に待っているのは魂の崩壊だ。

 リースの言うそれが今回訪れるとは限らない。だがもし避けられたとしても症状が深まるのは間違いない。敗れて死ぬか、勝って魂の崩壊による死か。どちらにせよ死ぬならば戦うことに意味はない。



 その時、視線の先にある人間たちに若干慌てたような様子が見られた。 

 彼らが自分たちに向かって飛行するミミネズミたちに気づいたのだ。

 自分たちに向けて飛来する無数のミミネズミ。その光景は総じて人間たちに大きな衝撃と動揺を与える。

 いつもならばここでライも襲撃をかけるところだ。動揺しているところに奇襲でさらに混乱を広げ、ミミネズミへの対処を行えなくする。それはミミネたちへの援護でもあるが、それをしなければミミネズミたちが瞬く間に人間たちを全滅させてしまい経験値を総取りされるのを避けるためのものでもある。


 その奇襲を今回ライは行わないのだが、仮に行うつもりだったとしても実際に奇襲を行えたかどうかは分からない。なぜなら、人間たちはすぐさま動揺から立ち直り、奇襲を行える隙がほとんどなかったからだ。


 魔法使いの少女――カティアが詠唱を始めるのを見て、ライは焦燥を感じた。

 彼女の呼びかけに呼応して水の精霊が力を行使する。同じ水の精霊による魔法を使うライにも精霊のその動きは知覚できたのだが、その力はライの扱うものよりも遙かに大きいということは容易に理解出来た。

 彼女が何の魔法を使うか詳しくは分からないが、ミミネズミの群れに対処できるものなのは間違いない。


 ミミネたちを助けるには詠唱中のカティアへライが攻撃して魔法を妨害するしかない。だが魂の崩壊の件がライの脳裏によぎり、どうしても及び腰になってしまう。

 だがその躊躇いがあったからこそ気づけたのだろうか――この場でもっとも脅威となる人間に。


 その人物、アネリアはただ立っているだけのように見えた。

 だがその意識は目に見える脅威であるミミネズミたちにはほとんど向けられていない。むしろミミネズミよりも周囲へと意識を忙しなく向けられていた。

 ライは直感する。彼女は、自分たちへの――いや、詠唱中の魔法使いへの奇襲を警戒しているのだ。

 彼女の立つ位置を見れば守る相手である魔法使いの少女から少々離れてはいるが、それでも一足飛びに駆け付けられる距離だ。それを考えると単に奇襲を警戒しているというよりも、むしろ奇襲を誘っているのだろう。

 そのことに気づかずまんまとライが奇襲をかけたのならば即座に返り討ちにあうのは想像に難くない。


 どうすればいいか迷う間にも時間は進む。そして有効な手段を思いつくことができないライを置いて、カティアは詠唱を終えて呪文を口にした。


「≪飛沫の礫(スプラッシュブラスト)≫」


 呪文と共に生み出された水の塊が、ミミネズミの群れへと向けて放たれる。

 はじめは拳程度の大きさだったそのそれは空中で成長し、ミミネズミたちの元に届くころには人間をも呑み込む程の巨大な水球となっていた。


 自分たちへと迫る巨大な水球を目にし、ミミネズミたちに動揺がはしる。

 あの水球はなんなのかという困惑と、そして恐怖。

 彼らはその水球がなんなのかは分からないなりに、それが自分たちを害するものだと直感的に理解したのかもしれない。


 だがそんな彼らを一喝するように鳴き声が響いた。

 それは先頭を飛行するミミネのものだった。

 ミミネは水球を回避するように指示を出すと、自らが率先して進路を修正し、水球の軌道から退避する。

 他のミミネズミたちも慌てたようにミミネに続いて水球から逃れるべく軌道を変える。

 

 彼らの元に水球が到達したのはその直後だった。


 群れの中心へと向けて放たれた水球は、まるで水以外の固い塊のように激突したミミネズミの肉体を打ち据え、そしてそのまま水の中へと呑み込んだ。

 水球の中には餌食としたミミネズミの死骸が浮かぶ。


 だがそんな犠牲になったミミネズミたちは回避行動が遅れて間に合わなかった極一部の者たちだった。

 多くのミミネズミたちは直前の回避により水球の直撃から逃れていた。


 若干の逃げ遅れによる犠牲は出ているものの、ミミネは自身を含めた多くの仲間が回避に成功したことに安堵する。未だ水球は群れの中を突き進んでいるがもう大丈夫だろう。

 あとは再度飛行する軌道を修正し、人間たちに襲いかかるだけだ。

 そう思った時だった。



 回避したと思った水球が、群れの真ん中で破裂したのだ。



 巨大な水球が蓄えていた大量の水が、破裂したことによって周囲に飛び散る。

 その水飛沫があたりのミミネズミたちにかかり、濡れ鼠にする――ことにはならなかった。


 なぜなら、水飛沫がミミネズミたちの肉体を貫いた(・・・・・・)からである。


 何の変哲もない飛び散る水飛沫の一滴一滴が恐るべき破壊の力を有し、その力でもって周囲のミミネズミたちを蹂躙していったのだ。

 それはほんの一瞬の出来事であった。


 水球が破裂する直前にその近くにいた者は礫のごとき水滴を文字通りに雨あられと全身に受けた。無数の水滴はたやすくミミネズミの肉体を破壊し尽くす。原型すら分からなくなった肉の塊はそのまま地面へと落ちていった。

 そして距離がある者たちも、無事だったわけではない。

 全方位へと放たれた無数の水の弾丸は、その直進する軌道上にあるミミネズミたちをまるで紙切れであるかのように容易く貫き、そしてその威力を減じることなくその先にいるミミネズミたちをも貫いていく。


 無数の水の礫によって周囲の敵を貫く。その魔法を言葉にするならばそれだけのものであるが、その効果は大きかった。

 貫かれた部位がたまたま心臓のような急所だったのならその一撃で死ぬが、そうでなくとも体の数か所に水弾を受けるだけでも十分致命傷になり得る。そしてなにより彼らは飛行中であった。体を貫かれた衝撃にそのまま落下していった者もあれば、大きく広げた耳を穿たれ飛行能力を喪失して落下していった者もあった。


 ――そして先頭を飛行していたミミネもまた、この一撃から逃れることはできなかった。

 肉体に衝撃が走ったかと思うと、直後に激しい痛みが彼を支配する。

 混乱とともにバランスを崩す。彼には何がおこったのかは分からない。しかしながら墜落の危機を察知して痛みに耐えながら必死に体勢を立て直そうとして気づく。彼の左耳が半ばまで千切れかけていることに。

 水の礫に穿たれてできた耳の傷が、飛行によって瞬く間に広がったものだ。そしてこうなってしまった耳が翼の役割を果たせるはずもない。

 ミミネはそのまま墜落し、そして地面に叩きつけられた。


 かくして空を埋め尽くすようなミミネズミの編隊は、魔法の一撃により一瞬で瓦解していったのだった。



      ※      ※      ※



 アーネストは魔法の結果を見て思わず口笛を吹いた。


「すごいじゃないか、カティア。あの一発で群れのほとんどを撃ち落としたぞ」


 恋人の称賛にカティアは照れ臭そうに微笑んだ。


「ありがとう、アーネスト。でも≪飛沫の礫(スプラッシュブラスト)≫は範囲は広いけどあまり威力は高くない魔法なんです。だからここまで効果があったのは私の力というよりも単に相手がミミネズミだったからってだけなんだけどね」


「ははっ、なんだろうがカティアのおかげなのは変わりないさ」


 そんな彼女へ今の一撃で死したミミネズミたちの経験値が流れ込んでいた。しかしFランクのミミネズミたち相手ではDランクの彼女にはランク差がありすぎて、全く足しにもならなかったのだが。


 そしてカティアの活躍に触発されたアーネストは気合を入れる。


「じゃああとは予定通り俺たちでとどめを差す。カティアは何かあった時のフォローを頼む」


 そして彼は武器を構える。それはイオの街で購入した安物の銅剣だった。

 彼の本命の武器は腰に差したままである。


「やれやれ、一匹ずつ止めを差すっていうのは相当な作業だよな……俺も魔法を習得した方がいいかなぁ」


 魔法を扱えない純粋な戦士であるアーネストには多数に対する有効な手段というのは持っていない。つまりはその手で一匹ずつ仕留めていくしかないのだ。

 そもそも今回の討伐はミミネズミの危険性の排除のためのものである。人への襲撃方法を覚えたミミネズミを一匹でも逃すと今後の禍根になるかもしれない。確実性を考えると一匹ずつその手で殺すのが確実だ。

 安物の銅剣はそのためのものだ。こんな作業で愛剣を消耗したくはない。これなら気にせずいくらでも使い潰すことができる。


 そして消耗を前提として、その背中には予備の銅剣を複数本背負っていた。

 姉も同じく今回の討伐のためだけに安物の武器を複数用意してある。

 それらを全て使って、ミミネズミたちを悉く殺し尽くすという予定である。

 


 墜落し動けなくなったミミネズミたちのもとへ向かうアーネストたちの後ろにアネリアもまた静かについていく。その外面は普段通りのものだったが、内心で彼女は首を捻っていた。


 彼女が疑問に思ったのはカティアの魔法に何の邪魔も入らなかったことである。


 これまで何組かの冒険者たちがミミネズミの討伐に挑戦していた。彼らはEランクとはいえ、飛行するミミネズミの群れが相手と事前に知っていれば、何らかの対策を用意していったはずである。

 そしてもっとも簡単な対策が、カティアがやったような広範囲魔法である。Dランクの彼女程ではないとは思われるが、おそらく彼らは広範囲魔法を扱える魔法使いを連れていったはずだ。少なくとも討伐を請け負ったからには殲滅できる公算を持って討伐に向かったはずである。にも関わらず、これまで誰も帰ってこなかった。

 つまりは、その魔法を妨害された可能性が高い。


 だからアネリアはカティアの詠唱中、周囲に気を配っていた。極力カティアを守っている素振りを抑えて隙を見せながら。

 謎の名有り(ネームド)の奇襲を誘いつつ、いざ彼女が襲撃を受けた場合には返り討ちにできるよう、最悪でもカティアを守れるよう準備をしながら。だが結局奇襲はなく、そのままミミネズミの群れは壊滅した。


(考えすぎだった……?)


 疑問が満ちるが答えは出ない。その間にもアーネストたちはどんどんと進んでいく。

 警戒は常に必要だが、警戒をしすぎて機を逃すのも気をつけねばならない。

 アネリアは息を吐いて思考を切り替える。そして同時に警戒を一つ下げた。

 襲撃が彼女の考えすぎにせよ、何らかの理由で襲撃を取りやめたにせよ、今更何かが出てくることはないだろう。襲撃するつもりならば敢えてミミネズミたちを見捨てる必要があまりないのだから。

 ミミネズミたちに止めを刺すための使い捨ての棍棒を手に、アーネストたちを追いかけていった。


 ――彼らをじっと見つめる魔物の存在に気づかぬまま。




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