音は心と指先を燃やす
高校生の無力感はんぱなかったな…あのころまだガラケーだし…メンバー募集辛かったな…
テレビから流れる音楽には興味もなかった。中学時代の3年間もその前の小学生の6年間も音楽の授業では「音痴」だとか「邪魔しないで」などと煙たがる同級生を見て音楽ってつまらないのだと俺の頭で既に結論づけていた。
そして高校生となった俺、緒方聖人は今までの音楽に対する憎悪とも呼べる感情を全て消し去る音楽に出会った……。
梅雨も終わりの7月下旬。高校の期末テストも終わり周りは夏休みに向けて部活の練習計画や遊びに行く話で盛り上がっている。俺も小学校からの腐れ縁の真木雄也と遊ぶ計画を立てていた。
「聖人。どうする?夏休み?どうせ部活なんか行かないだろ?」
帰り支度を済ませ遊びに行く算段を俺に持ちかけてくる。
「そうだなぁ。夏休みか。けど雄也さ。先ずはテスト終わった今日の俺たちにご褒美じゃね?」
テスト最終日という事で半日で学校が終わる。俺も帰る支度をして雄也と共に教室を後にする。
校庭を横切る時、外で部活動をしている生徒が大きい声を出しながら走る野球部の連中が目に入る。一生懸命、甲子園を目指しているのだろうか。うちの高校は公立高校だからスポーツ特待なんて制度はないし、それなりの外部コーチや監督もいない。
「よくやるな……今年も1回戦負けだろ?県の予選。」
雄也が呆れた顔でお疲れ様と嫌味をいう。全く雄也の言う通りだと思う。努力しても結果なんて分かりきっているのに何が楽しいのか理解できない。中学時代俺も雄也もバスケ部だったが一生懸命やった結果、何年かぶりに市の予選を突破して県大会に出たものの1回戦負けだった。その何年かぶりだが、たかが4校しかないバスケ部で2校が県大会に行けるにも関わらず負け続けた先輩方が不思議で仕方ないくらいだった。
そんな事を話しながら学校を後にすると俺たちのご褒美を頂ける場所へ向かう。学校の裏手にある山の見晴らし台だ。そこにはこんな平日の昼間にまず人は来ない。
「天気もいいし、気持ちいいねぇ!そうは思わないかい?聖人君!」
体を伸ばして雄也が深呼吸をする。俺はそれを見てオヤジか!と軽く雄也の頭を小突く。俺たちはここの景色を見ながら贅沢な一服をしに来ている。一服と言っても休憩じゃない。
一服―――煙草だ。
ズボンのポケットからラッキーストライクとシルバーのジッポを取り出す。1本くわえて火をつける。オイルの匂いがした後なんとも言えない苦味のある煙が口に広がる。
「ふぅぅぅ……だりぃ……夏休みとか特にやることないし。雄也。面白いことない?っつーかさ、学校もさカワイイ女とかいなくね?」
「あぁー。それは思うわ。いや!マジでないわ。いっそナンパ行っちゃう?」
いいね!と2人でひとしきり盛り上がるが金がないとの結論で却下する。こんな日常が俺と雄也の日々だ。
東京に行くには電車で30分もあれば着くが俺たちの住んでるのは山に囲まれたどうしようもない田舎だ。ゲーセンも何もない。あるのはスーパーと小さいレンタルビデオ屋ぐらいだ。カラオケはあるが俺は音楽が嫌いな為、行くことは無い。
「そうだ。俊之家に行こうぜ?またどうせ谷高校のヤツらと麻雀やってんじゃね?」
俊之。フルネームは天野俊之。こいつも腐れ縁だが高校は隣の高校に進学した。毎日えぐいイカサマの麻雀で同じ高校のヤツらをカモにしている。いわゆるクズだ。俺らの愛すべき友達だ。
雄也の提案で俊之の家に遊びに行った。
「おーい。トシ!やってるー?」
俊之の部屋直通の掃き出しの窓から部屋に入る。
「よーう。お前らか。相変わらず暇そうだな。そしてホモか!いつも一緒じゃねーか!」
ばーかと言いながら雄也は俊之にじゃれつく。俺はふと右にあったモノに目が行く。
「トシ。これどうしたの?」
ギターが1本置いてあった。そこそこ高そうなやつが。
「あーそれ?この前ピクノが麻雀の負け金の代わりに持ってきたやつ。売ろうかと思ったけど引き始めたらハマったから最近やってんだよね~」
ピクノ?すげぇ麻雀弱い奥野か。あいつこんな趣味あったのか。意外だな。
「マジか!?トシ弾けんの?」
トシはギターを手に取りアンプに繋げた。
「俺は興味ないから帰んぞ?」
2人には悪いが音楽なんてお遊戯会に興味はないし胸クソ悪いのはゴメンだ。
俺にはお構い無しにトシギターを掻き鳴らす。アンプからは聞いたこともない音楽が聞こえてくる。その瞬間部屋を出ようとした俺は思わず足を止めた。
「トシ。おい。トシッ!!」
俺はトシの演奏を大声で止めた。
「何だよ!お前音楽嫌いなのは分かるけど大きい声出すなよ!」
トシが言うとそうだそうだと雄也は囃し立てる。
「あ……すまん。そうじゃねぇ。それ、何て言う歌?」
2人とも驚いた顔をする。
「え?歌?どうした?聖人、お前音楽嫌いじゃないのか?」
雄也が本気で心配しているようだが関係ない。トシの弾いた歌が俺の中で何度も同じ所をリピートする。不思議だ。音楽にこんな興味を唆られることなんてなかったのに。
「そうだけど……今のは違うっつーか。眠くなる様なやつじゃねぇじゃん!」
雄也もトシも俺を見て声を出して笑う。
「そうか、そうか。聖人も大人の階段登ったか~。」
雄也は俺の肩に腕を回しながらニヤニヤしている。それを振り払おうとするとまぁまぁと言いながら煙草を俺の口へねじ込み火をつける。
「この曲はさ、ジャンルがメロコアっつーんだよ。」
トシが俺にギター差し出しながらタバコに火をつける。
「メロコア?なんだそれ?」
音楽が全くわからない俺にトシは説明してくれた。
いつもテレビで聞くような音楽はポップスと言うらしい。今、トシが弾いた曲はメロコア。同じ様に激しい感じのするのをパンクとか、ハードコアとか言うジャンルだと言う。正直わからない。だけど恋とか愛とか同じことしか言わないよく耳にする歌より遥かに刺激的だ。
トシに差し出されたギターをもつと初めて音楽をちゃんと聞いてみようと思った。それからは今までの音楽嫌いが嘘のようにトシに色々聞いた。どのバンドがカッコイイとか、楽器やるならどれが楽しいとか。結局のところトシのお袋さんがご飯だよ!と呼びに来るまで話し込んだ。俺と雄也は遅くまですいません。と言いながら帰ろうとした。
「おい。聖人。そのギター貸してやろうか?やりてーんだろ?実は俺はオヤジから貰ったのがあるんだわ。折角だからやれよ。音楽。」
俺は頷き、トシからギターとチューニング器と何冊かの教本を借りて帰った。
その日から俺はギターに取り憑かれたように練習に明け暮れた。いつの間にか指先に水膨れやらマメやら出来ていたが一切、気にしなかった。そのまま夏休みに入り気付けば8月に入っていた。
エアコンの聞いた部屋でメロコアで有名なバンドの曲を練習していた。
「くっそ。Fコード弾きづれぇ……左手首そんな曲がらねぇし!」
そもそも左利きの俺が右用のギターじゃ出来ないんじゃね?とか言い訳を考えながらも練習に励んだ。トシから後で聞いたのだがメロコアやパンクの曲のギターはパワーコードと言うのが使われているらしいが、これはギターの指板をFコードの指の形を基本にして抑える様だ。Fが出来ないことにははじまらない。
ブブブ……ブブブ……
折りたたみ式の俺の携帯がなる。雄也からだ。
「ハロー!まぁだ飽きないの?そろそろ俺と遊ばねぇ?」
雄也の周りがうるさい。どこか街中にいるようだ。
「お前出かけてんじゃないの?」
雄也は家族で旅行中らしい。お土産は何がいいかという電話だった。電話を切ると俺は練習を続けた。
夏休みはあっという間に終わった。
二学期に入ると行事が多くいつの間にか三学期の終わりになっていた。未だ俺は1人でギターの練習をしていた。
「もうすぐ2年か。進路希望4月に書くらしいぞ?まだ2年の最初なのにな!」
「進路希望か…」
俺は東京で音楽の専門に行こうかと漠然と考えていた。
「ま、でも聖人は進路よりまずバンドメンバー集めないとな!」
「え?なんで?」
俺の返答に雄也が馬鹿なの?と肩を竦める。バンドか……ドラムとかベース。それにヴォーカルいなきゃ歌にならないな。雄也の言う通りだと思う。春休みの行動計画は決まった。メンバーを探す!
学校には軽音楽部があったりする。そいつらに話を聞いて心当たりをあたったがやってくれそうなやつはいなかった。既にバンドを組んでいて無理だと。ただライブハウスに行けばそういう募集とかあると聞いた。俺は学校が終わるとすぐに隣の市のライブハウスにいった。
「すいません。バンドメンバーを募集したいんですけど!」
ライブハウスの店員に聞く。
「あるよ?適当な紙に書いてそこに貼っといて。連絡先必ず書いておいてね。」
言われた通りにして書いては壁に貼り付けた。
それから1ヶ月。何の連絡もない。その間ライブハウスに行ったりして探してみたがやってくれそうな人がいなかった。
「なんでだよ……プロになりましょうとかじゃねーんだぞ。ただバンドがやりたいのもできないのかよ。」
思わず出た独り言にライブハウスの店員が話かけてきた。
「緒方だっけ?緒方さ、大都高校だろ?公立じゃバイトも出来ないだろ?」
バイト?なんの関係があるんだ?バンドとバイトかんけいないじゃん。
「わかんねーか。初心者って言ってたもんな。少し話をするか?こっち来て座りな。」
店員に言われるままに椅子に座り話を聞いた。聞いて見えていなかった現実にどうしようもなく無力な自分に苛立った。
ライブをやるには練習が必要なのは分かっていたがスタジオのレンタル代やライブをやるのにホールの貸切費用など何かとお金が必要だと判明した。ホールのお金は何組かのバンドで企画すれば1組3万くらいらしいが1回ライブをやるのに練習込で4万はかかる。高校生には出せる金額じゃない。ましてやバイトは出来ない。現実を目の当たりにして家に帰った。
また1人で練習をする。次の日もまたその次の日も。
結局、高校在学中は軽音楽部が定員オーバーの為入部できず、俺はライブをやることができなかった。
高校3年の3月。この春、俺は東京の大学に進学する。バイトも見つけた。3年間、1人で黙々と練習したご褒美がそろそろある頃だと期待して、高校最後の日を迎えた。
「聖人!やっと卒業だな!だりぃ勉強もサヨナラだな!俺さ、大学でギャルサー入ろうと思うんだよね!きれーなお姉ギャルと合コンしまくり、やりまくり!お前もどうよ!?学校違うけどな!」
雄也は俺とは違う大学に行く。多分本当にそれが目的何だろうな。オープンキャンパスもサークルのことしか質問してなかったからな。
「俺はやりたい事があるからパス。お前一人でやれよ。」
最後までこいつとはくだらない話をした12年間だった。これからも友達だろう。
高校生……しがらみだらけの身分ともやっとお別れだ。窮屈で退屈で大人無しでは何も出来ない自分から今日、卒業しよう……。
注意) 一部未成年の喫煙シーンがありますが本作品はフィクションであり、また未成年の喫煙を肯定、幇助するものではありません。