討ち入り その二
再び屋敷の表玄関へと達した掛馬四郎は慎重に部屋を伺いながら中を進んでいった。
先ほど二人を見つけたのとは逆の方向、右へ一つ二つと部屋を抜け、壁の先をそっとうかがえば左に折れた先に屋敷別棟へと通じる渡り廊下が見える。
廊下は長さおよそ五間、左右には壁があり途中明り取りの窓を塞がれているのか暗く穴倉のような闇に覆われている。
対する反対側には中の口がある。これでは廊下を進む者は明るい光の中に陰を浮かばせる事になるだろう。
『鉄砲があるならば、当然あの暗がりの先に伏せておるだろうな』
掛馬四郎はそう考えると頭に次々手段を思い描いてゆく。
揚座敷での鍛錬を生かし、渡り廊下の天井を進む事を考えた。
だが天井の梁は射手に近づくほどにその死角を少なくする。
また身動きも容易ではなく近づく程に狙い撃ちは容易く的となる懸念が大である。
廊下の外を進んだならば、これも格好の的となるだろう。
廊下の左は中庭を通して先ほどの鉄砲の射角に入る。
右には別棟、そこから狙われぬ保証は無く、また包囲の番方達が塀の外に居た意味を考えるならばその公算は大であろう。
庭を迂回し奥殿からの侵入も難しいだろう。
床下からの進入は先ほどの二人の件により既に手を打たれたと見るべき。
人一人を床下に潜ませるだけで良いのだ。
外より忍び込む姿は光に影となって浮かび上がる。そこを狙われればひとたまりもない。
手詰まりの感があった。撃たれずに済む方策はどうにも見当たらなかった。
『ならば撃たれてもよい方策で進めるべし』
掛馬四郎は畳の縁に脇差の切っ先を差し込むと畳を一枚持ち上げた。
近くにあった鉄瓶の取っ手をもぎ取り、力任せに畳に突き刺し形を整え持ち手を作った。
準備が整うと漢は頭を柱に付けると目を瞑った。
柱を微かに伝わる気配を読み、また闇に眼を慣らすのである。
『近くに一つ、遠くに数は判らぬが複数の気配』
掛馬四郎はそのまま動かず、ゆっくりと数を三百数えると片目だけを開けた。
薄暗い渡り廊下の先へと力任せに鉄瓶を投げつけ踊り出ると、畳の盾を斜めに構え、一挙に廊下の先を目指す。
薄闇の向こうに一瞬赤く炎が咲いた。パン! ばんっ! と乾いた音が廊下に響き、天井より塵が舞い落ちる。
斜めに構える畳に衝撃は無い。
掛馬四郎は渡り廊下を駆け抜けると閉じた片目を開き両目となった。
すると左に急ぎ逃げる影を見た。遅れずその気配を追う。
暗い座敷に逃げる影が慌てて襖を開けると奥へと逃げてゆく。その背に手が届こうという時。
パパン、パンと銃声が屋敷に轟いた。
掛馬四郎の手に持つ畳の盾に衝撃が走るがそれ以上の事は無い、しかし漢の目の前の影は「うぐぅ」と一声うめくと力を失い床畳に崩れ落ちてゆく。
掛馬四郎はその崩れ落ちる背中を掴むとそのまま襖を突き破った。弾け飛ぶ襖の向こうには火縄銃の構えを解く侍達の姿がある。
その数三名。
その者達が驚き慌てる最中、掛馬四郎は左手の畳と右の死体を相手に投げつけると、目の前の侍の胸を蹴り飛ばした。
後ろに吹き飛び奥の襖をぶちやぶるその侍には目もくれずに、右に死体を抱えた侍を後ろ蹴りに諸共に吹き飛ばすと畳の下敷きとなった侍を畳の上から踏みつける。
「ぐえ」と、蛙のような声が響いた。
背中の脇差を抜くとその声に向け畳越しに一突き、深く刀を突き入れる。
刀を抜く事無くそのままとし、畳に転がる火縄銃を拾うと蹴り飛ばした二人の下へと向かい、壁にもたれ崩れるその侍を銃で殴りつける。
畳に脳漿をぶちまけた侍より短刀を拝借するとそれを腰に挿した。
ふりかえれば整然と並べ置かれた予備の火縄銃が三丁、赤く火縄の炎を灯しているのを見つけた。
畳の下の侍は足掻く動きを既に止めていた。
掛馬四郎はその薄赤く光を灯す一丁を手にとると、座敷次の間に呻きをあげる侍に狙いをつける。
パン! と乾いた音が響き暗い座敷が一瞬明かりに灯される。
闇を取り戻した座敷にはもう呻く声は聞こえなかった。
掛馬四郎は残る二丁の火縄銃を両手に持つと座敷次の間へと静静と歩いてゆく。
倒れ動かぬ侍の先には閉じた襖戸がある。
一旦止まって中の気配を伺った。
襖を筒先で開ければ次の間奥には寛ぎ座る侍の姿がある。
煙草盆を横に置き煙管を燻らす姿。
これまでの騒ぎなどまるで無かったと言わんばかりの堂々たる様子。
その者へ向かって掛馬四郎もその脚を平然と進めてゆく。
まるで知己を訪ねるが如くに、あるいは遠慮無しの家族のように、二人は一見互いを気にする風でもなく座敷にまみえる。しかし……。
火縄銃を握る掛馬四郎の両腕が素早く左右に伸びると引き金を引き絞った。
パン! と重なる銃声。
悲鳴をあげ後ろに崩れる侍達が断末魔の足掻きに引き金を引くと乾いた音が山彦のように重なった。
天井からパラリとほこりが落ちる。
崩れる体が雨戸をへし折り、座敷は明るく外の光を招き入れた。
左から右に風を通すようになった座敷に闇に隠されていた男の真の姿が露となる。
顔に刻まれた皺、髪に浮かぶ白い筋、既に男の盛りを過ぎ、老境に脚を踏み込んだ男が姿をあらわす。
寛ぎ座る男がパンッと煙管をはたいた。
掛馬四郎は左右に向けた銃をだらりと下ろし、目の前の男を見つめている。その口が開いた。
「それがしはこの屋敷に篭る剣豪を討てとの命を受け遣わされたはずだが、さて…。しかも出会う相手は皆鉄砲を使いおる。これはどうした事だ?」
すると男はクククと小さく笑い出す。
右手に持った煙管を煙草盆の竹筒に挿し、盆の下に細工をされた小引出しを引き出すと言うのである。
「その剣豪とはおそらく身共のことであろう。気にするな、老いたとはいえこれでも鏡新明智流免許皆伝の腕前である。しかし身共の身分は鉄砲組与力、これが本職よ!」
そう言うと男は小引出しより短筒を取り出すとそれを掛馬四郎に向けた。
対する掛馬四郎は両手に持つ火縄銃を二つ並べて盾代わりとし、筋肉を引き締め体を半身に構えるが…。
掛馬四郎が男に飛び掛るより早く、パン! と乾いた音が響き渡った。
撃たれた掛馬四郎は動かない。
短筒を撃ち放った男はその顔に歪んだ笑みを浮かべ勝ち誇ったように語り掛ける。
「急所を守るつもりだったのだろうが甘いぞ。身共は免許皆伝の腕前だと申したであろう。その腹に一発食らって勝てる相手ではないわ」
掛馬四郎は手に持つ銃の一丁を落とすと今はその腹に手を当てている。
浅葱色の六尺褌が巻かれた腹に手を当て、その当てた手を信じられぬとばかりに見下ろし、そしてその手をくるり、上に向けた。
掌の上には丸い鉛弾が一粒、血に塗れるでもなく転がっている。
その一粒を男にも見えるように差し出すと言った。
「お主、火薬の量を間違えてはおらぬか?」
信じられぬと男の顔が固まった。
鉄砲弾を掌に遊ばせる漢はそれを褌に挟み仕舞うと無事であるとばかりに腹をバンッと叩いてみせる。
「ほれこの通り怪我もないわい。本職の鉄砲撃ちがその体たらくでは剣のほうも期待はできぬのではないか?」
嘲りの言葉に男が怒りで我を取り戻す。
傍らの太刀を手にとりそれを居合に構えると、
「ほざけ! 我が抜刀術、目に物見せてくれるわ!」
烈火の言葉が男の口より零れ出る。
男は刀の柄に手を掛け小さく構える。
対する掛馬四郎は弾の無い火縄銃をまるで太鼓のばちのように両手に構える。
大きな大の字のような姿。
対する居合の小さく包まる姿。
漢は間合いをわずかに縮めると、予兆も見せずに手に持つ火縄銃を相手へと投げた。
クルクルと勢いよく回転しながら銃は男に向かう。
男はそれを勢いよく飛び跳ねかわすが跳ねた先にも同様の物が迫っていた。
男は向かい来るそれに刀を抜き放った。
刀が砕け散る。
銃は勢いを減じたものの男の肩口に鉄の銃身を叩きつけるとその骨をかち割った。
男の体が銃にはじかれ後ろにのけぞり落ちてゆく。
その傍らに素早く漢が迫るとその拳を男の胸へと打ち下ろした。
ズバムン!、と音を響かせ埃を巻き上げ、激しく畳に叩きつけられた体が畳ごと一尺程も再び宙に浮かび上がる。
口より迸る血反吐が宙に線を描いた。再び床に落ち着いた男の体は力なく横たわり、もう動かない。
腕を振りぬいた掛馬四郎は、緊張を解くと「ふう」と一つ息を吐き、ふと気付いた。
『しまった! この男の名を聞き忘れた!』
慌てて男の首に指を当て脈を診る。
もちろん脈などあろうはずもない、男の胸は掛馬四郎の拳の一撃で酷くひしゃげ、潰れていたのである。
座敷の左右に目を向ければ、銃で撃った相手は共に雨戸を押し破り、縁側の外へと転げ落ちている。
近寄り確かめてみれば二人は共に眉間の中心を討ち抜かれ、とても生きてはいないことが判った。
掛馬四郎は事切れた男を引きづり南側の縁側へと出ると、男の襟首を掴み男の顔が露になるよう中庭に腕を挿し伸ばした。しかし塀の向こうに屋敷内を見張っているはずの番方に動きは無い。
「おおい、この与力がそうなのかー」
声を張り上げれば、白壁の上の瓦屋根にかろうじて庭を覗き見る顔が見えたが、それきりなんの動きもみえなかった。
『この者では無いのか? まだ先を探さねばならぬのか』
掛馬四郎は名も知らぬ与力の死体を中庭に放すと残る奥御殿へと向かった。
薄暗い廊下の先にはもはや刃向う相手も無い。
気配を頼りに開けた座敷の中には、片隅に集まり震える下女達の姿があるのみである。
「お主達をどうこうするつもりはない。この屋敷の主は何処に居る?」
「し、知らねぇだよぅ。わちき達はただ、奥方様に部屋に隠れていろって…」
震える下女達をそのままに、掛馬四郎は暗い廊下を進んだ。
すると漂う線香の匂いに気づいた。
その香りを辿っていけば、廊下を曲がった先、仄かに漏れ出る明かりを見つけた。
襖戸を開ければそこは仏間であった。
中には互いに喉を突き合い、事切れ倒れる武家の女達の姿がある。
その奥、仏壇の前に、腹を切ろうと短刀を構えるものの、できずに躊躇う当主らしき姿があった。
その男は掛馬四郎に気がつくと、開いた掌を差し出し慌てた様子で、「待て」と言う。
掛馬四郎がコクリ頷きそのままに居ると、改めてその腹に短刀を刺そうとするが、再び躊躇うとついには泣き出す始末。
「介錯が必要なら手を貸してしんぜよう」
そう言い、掛馬四郎が仏間へと脚を踏み出せば、途端に慌てふためき、
「待て、いや、待ってくれ! 見逃してくれ! 儂はまだ死にとう無い!!」
と、見苦しく部屋の隅へと後退りをし、ついには行き場を失うと額づき両手を付いて命乞いをする。
『母親女房娘、みな覚悟を遂げたというのに、この者はまだ命を惜しむか』
蔑む目の前で、男はいまも命乞いを続ける。
「有り金全部をやろう、いや、家宝も残らず差し上げよう、何なら娘でもよいぞ! 儂の娘は器量良しでな、だから、命ばかりはどうか!」
もちろん娘は男の傍に既に事切れている。
嫁入り前のまだ歳若い娘が互いに喉を突き合い向きあって倒れ、そのすぐ傍には母御と祖母が同様に喉を突き、事切れていた。
『既に正気にはあらずか』
助かる道など何処にもありはしないのだ。
たとえ掛馬四郎が男を見逃しても、屋敷を囲む番方が逃がしはしないだろう。
仮にその包囲の輪を破ったとしても落ち延びる先などこの日ノ本には何処にもありはしない。
逃げる途上で野垂れ死にか、良くてせいぜい一人の無頼の輩が生まれるだけであろう。
だがそこまで考えて一つの事に思い及んだのである。
『仮に目の前のこの男が影武者であり、当主は既に落ち延び、男は死をもって忠義に殉じようとしているのだとしたら……。いや、そうであってもそれは我が役目にあらず、か』
公儀が掛馬四郎に与えた命はこの屋敷に篭り抗う侍達の討伐である、恭順を示す者の討伐は命じられていない。
また逃げ延びた者の追跡も命じられてはいない。
掛馬四郎が之を行えば出すぎた真似となる。
するとその時である。両手を合わせ命乞いをする男の顔が俄かに輝くと喋りだしたのである。
「その頭…、そうか! 仏門に帰依すれば良いのか!! そうよ、古にも例があるではないか。京極若狭守の故事よ!」
男は希望に震える狂気の顔で、落ちた短刀を拾いあげると自ら髷を切り落とした。
ザンバラとなった髪を掴み、束ねて次々髪を切り落としてゆくとついには半端な坊主頭となる。
それを見る掛馬四郎は思った。
『今さら仏門に入って命を永らえられるとも思えぬが、言って聞かせてもおそらく判らぬであろう』
掛馬四郎は男をするがままにしておいた。
すると男は仏間の外に踏み出そうとする脚を戸惑い止めると、掛馬四郎に向き直り、何かに気付いたという風に再び喜びの顔を見せると勢いよく着物を脱ぎだす。
ついには越中褌一丁のみの姿となると高らかに笑い声をあげながら仏間を飛び出してゆく。
その後を掛馬四郎も追った。奥、御殿、玄関練と迷わず男は駆け進む。そして男が表玄関へと達した時であった。
パパンッ! と銃声が響き渡る。
男が力を失い玄関に崩れ落ちる。
掛馬四郎は即座に柱の影へとその身を隠すと銃声のした方を覗き見た。
玄関の先、門近くには横一列、六名が構える鉄砲組の姿がある。
その後ろには隊を仕切る鈴木刑部の姿が見える。




