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六尺男  作者: 大家四葉
六尺男
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0-4

 山賊一味が山を降り、半刻程が経過した頃。

 一味は里の何時もとは異なる様子に、山の際、藪の中より窺うだけで未だ動けずにいた。

 山の出口、いやそればかりでなく山から里を守るように要所には篝火が焚かれ、異変をすぐさま察知できるよう用心が敷かれていたのである。

 一味の者は全部で六名、準備がなされた相手に正面から押し通るにはおそらく力不足だ。


「小頭、どうしやすか? このままじゃぁ埒があかねぇ」

「判ってる! 今考えてんだ、静かにしてろい!」


 難問であった。

 よりによって、一味の金の隠し場所を握る頭分が捕まり、明日には陣屋に引き渡されるという。

 それを旅の乞食坊主に言伝を頼み、態々教えてきたのは一味を誘い出す為の罠。

 だが、たとえ罠だとしても二人を助け出さねばならない。助け出せねば、あの二人が隠した金は、どこかに埋もれ続けることになるだろう。


「小頭! 村に火をつけやしょうか」

「だめだな、近寄るまでに見つかる。だいいち風が無い」

「くそう、あの弓削の旦那を連れてくりゃよかった。そうすりゃご浪人に一人任せて火矢で…」


 だが後の祭りだ。

 一味に身を寄せる浪人者、弓削益三を夜に弓は使えないだろうと留守番を言い渡したのは小頭自身である。それに今更使いを出し、呼び寄せたとて使いものにはなら無いだろう。おそらくは昼間、自身が弓で捕らえた獲物を肴に、今ごろはしこたま酔っていることは想像に難くはない。


「弓は無しだ。他になにか考えはねぇか?」


 小頭は振り返ると影達に問い掛けた。その中の一人が応えた。


「尾根に戻って大回りとか」


 その言葉に小頭は考える。

 確かに里に通じる道は、此処の他にもあることはあるが…。

 だがその考えを一味の中では年長の馬蔵が文句を言い出し中断させた。


「おめぇ、来た道戻って、また下り降りなきゃならねぇじゃねえか。おりゃおめえさんみてえに頑丈でねえど!」


 それを聞きまたも小頭は考える。

 心の内に秘めてはいても、言い出せない者が他にもいるはず。何しろ夜の山道を尾根まで戻り、尾根沿いを進み、再び暗い北側の急な斜面を下らなければならない。

 昼なら半時の道のりも、夜では倍も時間はかかろう。ましてやそれから事に及ぶとなれば、年長の者には帰る力も無くなりかねない。

 考える小頭の脇では一味の者達が口喧嘩を始める始末。


「こんの爺! 年寄りはさっさとくたばっちまえ!」

「なにお、この洟垂れ小僧が!」

「やめんか!」


 小頭は小声で、しかし威厳の篭った声で二人を止めると言った。


「荒事の後の事も考えなきゃならねぇ。それには力を残して置く事が肝要だ。他に考えはねえか?」


 すると一味の中では中堅どころの、縁側の又八が意見を述べる。


「小頭、どうせあの頭達は庄屋の屋敷でしょう。ならば、小川沿いに進めば見つからずに近づけるかもしれませんぜ」


 縁側の又八、元は薬売りであったというこの男は一味の探査役だ。

 普段は昔取った杵柄、旅の薬売りに成りすまし、あちこち上がりこんでは内情を調べて回るのがこの男の役目であり、当然この辺りの土地にも詳しい。

 その男が普段から目星を点けて置いたのだろうが、それは小頭の考えにも適ったものであった。


「川沿いにか…、うむ、いけるかもしれねぇなぁ」


 この里には山の沢から流れ下る一本の小川が、しかも南の山際沿いに走っている。足首から膝下程のわずかな水かさしかない小川だが、それでも川の堤は姿を隠してくれる。低く隠れるように動けば人の姿を十分隠し、また流れる水音が足音をもかき消してくれるだろう。

 流れは途中で山際から田んぼの中央を流れるように変わるが、その変わり目の台地こそ庄屋の屋敷の場所だ。濡れる事を考えなければ、たしかにうってつけの道である。


「又八、おめぇ賢いなぁ。よしっ、そいつでいこう。反対する奴はいねぇか? 言うなら今のうちだぞ」


 だが、この又八の意見に賛同するものはいても、反対するものはいなかった。

 誰も山道を再び余計に登り降りし、疲れることを嫌がり、またこの道ならば山道に注意を向けている役人達を出し抜けると思ったのである。


「よし、山に少し戻って交代で休むぞ。夜八つ半、あの中天の月が山に掛かり出す頃に始めるぞ」



 同じ頃、体を闇色に染めあげた入道頭の漢は、昼間に見つけた里を見下ろす場所からしばらく里を見張っていたのだが、ふぅ、とため息をつくと、


「どうやら考えなしに村に攻め込む馬鹿者達でもないらしい」


 そう独り言をつぶやき立ち上がった。

 高台より篝火に照らされる村を眺めて半刻、村は至って静かな夜を迎えている。

 これだけ待って事を起さないということは、おそらく時を待っているのだろう。待つのに疲れ、不寝番さえ眠気に負けそうになる時刻。丑の刻から寅の刻、寝込みを襲えば侍とてひとたまりも無く、ましてや賊と名がつく輩なら、それこそが常套手段だ。

 ならばどうするか?

 山中に潜み、活動の時を待つ賊達に逆に夜襲を仕掛けるか?

 山中の道が限られる以上、一味の動きを絞ることは可能でも、絞りきることは難しいだろうか。

 逆に不用意に己の存在を暴露し、待ち伏せを受けることも考えられる。ましてや、そこまで苦労して賊徒を討伐する義理は無い。それはこの地を領有する国人・地侍達の仕事であり、こちらはやっても少々の手助けをする程度、それとて後に褒美でも貰わぬ限りは、合わぬ仕事だ。

 だが、そこまで考えて、脳裏にあの捕われた男の姿が浮かんだ。

 賊徒のうち、わずかな人数でも生きて戻ればかの者は捕われたままだ。

 いや、あの捕われの男よりもこの身をこそ案じるべきだろう。

 一味の者に手を掛けたこの己に連中が恨みを抱くは必定。災いの芽は早期に摘むべきだ。しかも、捕われの男の言葉が正しいならば、こちらは謝礼のひとつも期待できよう。


 『決めた』


 漢はそう決断を下すと道具の詰まった篭を手に取り、再び暗い山道へと消えていったのである。



 谷あいの村の南側に聳える嶺々に月が傾き、やがて見えなくなった。月影は黒く里に伸び、その南半分を覆い隠すと、その影の中を人知れず進む一団がある。

 ザワザワと流れる水音は思いの外激しく、ゆっくりと進む一味の物音をかき消すには十分であった。

 その一味の最先頭を進む男、“蛙の伊佐次”が掌を横に突き出し、一味の者達を止めるとゆっくりと川から上がり、蛙のような姿で土手を登るとゆっくり頭を突き出し周囲を窺った。

 その頭が再びゆっくりと土手に姿を隠すと、後ろを振り返り仲間に合図を送る。右に両の手を水平に突き出し二を、次いで右手で自分の目を指差し、そのあと両の掌を合わせて耳の傍に。

 見張りは二名、しかも眠っているか。

 そう意味を読みとった小頭が“前へ”と腕を振ると、土手に上っていた伊佐次を再び先頭に、一味の者達は再び小川を進みはじめる。


 山より下る第一の難所を無事に抜けた一味は、川がおおきく北に曲がる場所まで辿り付いた。川はこの先田んぼの真中へと流れを変え、目指す庄屋の屋敷はこの土手の向こう直ぐ近くの所である。

 その土手を一番に登る伊佐次が途中で動きを止める。伊佐次の腕が水平に伸びる。止まれの合図、一味はその合図に動きを止めると伊佐次に注目した。

 伊佐次が次の合図を送る。

 左から右へと腕で腺を描く、罠線が引かれている合図だ。

 伊佐次は土手を登るのを止めると引き返し、水に再び入ると小頭を伺った。

 すると小頭の腕が土手ではなく、小川の流れる先を指し示した。

 伊佐次は黙って頷くと再び小川に沿って一味の先を進み始める。一味の者達も、黙ってその後に続くとそのまま川を下っていった。


 見晴らしのいい田んぼの畦道だが、そこを走る影達に誰一人気付くものは無かった。

 村の周囲を見張る篝火はいまだ小さくではあるが燃え続け、山の際、闇を照らし続けているが、それを見張る眼はその殆どが眠りこけ、あるいはかろうじて目覚めていてもいずれも山の方を向いていたのである。


 一味は小走りに、影から影へと音も無く走るとついにはこの村で唯一立派な長屋門を構える庄屋の屋敷傍へと辿りついた。


「又八!」


 小頭が小声でそう呼ぶと、又八が小頭の直ぐ傍に近寄り、そしてそれを囲むように一味の者達が集まった。

 それを確かめると又八は屋敷を指し、小声で語り始める。


「門の脇には部屋が一つずつ、向かって右が下男部屋、左は下女部屋、村の男達が詰めているなら右側かと。母屋には庄屋の家族、旦那と息子、あとはその女房達。侍が詰めているならたぶん囲炉裏のある真ん中の八畳ほどの居間あたりかと――」


 又八は己の知る限りの庄屋の屋敷の間取り、そして庄屋の家族や使用人の事を伝えた。もちろんそれは事前に下調べをした上での事であり、一味はこの庄屋を襲うことも企てていたのである。


「十分だ、さすがは縁側の又八だな。頭達を閉じ込めるとなると土蔵の中だな?」

「へい、おそらくは」

「庄屋とその息子、女房はなるべく生け捕れ。土蔵の鍵を開けなきゃならねぇからな。まず門の連中を気取られぬよう始末する。よし、伊佐次!」


 小頭に命じられ、伊佐次が長屋門の左右に伸びる塀へと音も無く走る。が、それを飛び越えるでもなく塀沿いに走ると闇に消えた。

 そのまま少々の時を待っていれば、スウッと音も無く通用門が開くと伊佐次の顔が飛び出し、一味を手招く。


「門は立派ですが、塀は全部を囲っていません」


 小頭の傍で、そう又八がつぶやいた。

 これは先程の又八の説明には無かった事である。又八から伊佐次に話が通っていたということは、これは又八流の悪戯なのだろう。縁側で寝ている猫のようにさりげなく必要な話を聞き集め、予想もしない時に悪戯を働く、その名前の所以である。



「ウ、ウゴッ…」


 薄闇に微かにうめき声が零れるが、それきりだった。有明行灯に微かに照らされた質素な部屋の住人は、眠りを突然の鋭い痛みに起されるも再び深い目覚める事の無い眠りに就かされたのである。

 部屋の中に眠っていた男は一人。部屋の隅に畳んで布団が置かれているということは、おそらくは村の際を山を睨んで夜明かしにでも駆り出されているといったところか。

 部屋に押し入った三名が表に音も無く抜け出すと、もう一方の部屋に押し込んだ者達も同じく何事も無かったように部屋から出てくる。ここまでの首尾は上々、小頭が腕をさっと振ると一味は二手に分かれたまま、母屋の表と裏へと音も無く忍び寄っていく。


 カタリ、と、気付くか気付かぬかの音を立て、戸が外された。

 内より漏れ出る光も感じられない程の暗がり。開けた戸の先は土間となっており、その先、わずかな光が居間を照らしていた。

 又八の言ったとおり、囲炉裏のある居間があり、懸念された護衛の侍の姿はない。

 耳に聞こえてくるのは複数の鼾の音。どうやら完全に油断し、眠りこけているようだ。

 一味の者達が母屋に上がりこみ、静かに、音を立てぬよう戸や襖を開けると部屋に忍び込んでゆく。と、今まで聞こえていた鼾の音が途絶えた。そして畳を伝わるドタバタとした振動に小頭の先を進む“百足の伊蔵”が急ぎ襖を開けると部屋に飛び込む。

 部屋の中には寝ぼけ眼の男女が二人、伊蔵と又八がその二人の首に匕首を突きつけ、猿ぐつわを噛まし大人しくさせると部屋の向こうからは争う気配が伝わってくる。

 小頭は襖をバンッと思い切り開くと襖の向こうで刀を抜き構える年経た男に凄んだ。


「刀を捨てろイ! さもなきゃ、息子夫婦がどうなるか判っているな?」


 一味の者によって覆いを外された有明行灯が明るく照らし出した顔は、苦渋に歪み、一味の者を睨みつけるが、その屋敷の主は刀を放り投げるとその場にペタリとしゃがみ込み、力なく項垂れたのだった。


「い、言うことを聞くから、どうか息子と女房達は…」


 庄屋の息子と女房達を縛り上げると、一味はもはや抗う気概さえ失った屋敷の当主に案内をさせ、土蔵を開けさせた。

 詰まれた米俵以外には目ぼしいものも無い蔵。だが、暗い蔵の中を明かりで照らし出すと、隅の方に簀巻きにされた人らしき姿が大小二つある。


「まさか生きているだろうな!!」


 小頭がそう凄むと、奥に簀巻きにされた大きい側の一方が、ごろりと応じ身を捩ってみせた。


 囚われていた二人の様子は酷いものだった。

 体の表面に乾いた血の跡もそのままに、頭の山中大之進は片足が外目にも折れているのが判る有様。

 もちろん歩く事などおぼつかず、折れ曲がった足を庇い動くのも嫌がる程である。

 弟の小次郎はやはり片腕を痛めたものか、文句こそ吐かぬもののそれを自由に動かせぬようであった。

 縄と口枷を解かれた二人は、一味の者から差し出された酒と饅頭を平らげると、


「ふい~、生き返ったぜ。恩に着るぜ、兄弟!」


 と、心にもない礼を述べると、首筋に刀を当てられた庄屋の目の前に座り込み、その苦み歪んだ顔に向かって言う。


「さあて、どうしてくれようか…」


 ジロリ、庄屋を睨む小男に、庄屋は頭を低く垂れると懇願する。


「頼む、金は有るだけくれてやるから、どうか」

「くれてやる?…」

「いや、言い方が悪かった。差し上げる、謹んで献上する。だからどうか命ばかりは…」

「少し喋りすぎだなぁ」


 頭のその言葉に、一味の者が庄屋に後ろから手ぬぐいで口を封じ、目隠しをし、後ろ手に縛りあげるとボンッと横腹を蹴飛ばした。

 苦しげにうめき声をあげ庄屋が崩れ落ちる。

 それを冷ややかに見つめる小男こと頭・山中大之進に、


「篭の用意が出来やした」


 と一味の者が。

 すると本来なら小男こと頭が明日使うはずであった囚人護送用の藤丸篭を持ってきたものだから頭の機嫌は最悪なものとなった。


「おんめぇ、俺をそんなもので何処へ連れて行こうってんだい?」

「しかし、頭! まもなく夜も明けますぜ。そんな体じゃ歩こうにも」

「こんの馬鹿助めが! 仕方がねぇ、乗ってやるから手を貸しな! おい、そっとだ! 痛ぇぞ、この馬鹿が!」


 頭は一味の者に悪態をつきながらも篭に収まると、傍に付き従う百足の伊蔵を指で呼び、その耳にそっと何かを命じる。

 頷く伊蔵、そして今度は一味の者にも聞こえるように号令する。


「帰るぞ! 引き上げだ、そっとだ! 気をつけやがれっ、その前にだ。おい、庄屋、てめぇの命は望み通り助けてやる、判るな? この意味が。よし、行け!」


 命じると頭が篭の中に垂れた紐にしがみ付く。


「伊佐次、先を進め! 沢ではなく遠回りに尾根に向かえ」


 小頭がそう命じると、篭に寄り、頭に訊ねた。


「百足に何を命じたので?」


 頭はジロリと小頭を見上げてそれに応える。


「なあに、後始末をね。一宿一飯の礼さ」


 そう述べ、クククと小さく笑い出した頭に小頭は不吉なものを覚えたが、改めてそれに異を唱えることもしなかった。

 この小男の性格を知っていたが為である。

 態と恨みを残すか、物好きな…。

 そう心の中で呟くに留めると、後ろを守るため、殿についたのだ。



 小頭が元来た闇の先を窺っていると、百足の伊蔵がヒタヒタと闇の中を駆けてくる。


「ホウホウ」


 フクロウの鳴き真似で伊蔵を導くと一味が向かった先を指差しつつボソリと言った。


「皆、始末したのか?」


 それに百足は後ろを振り返ることなく強く腕を上げて応えた。

 残らず事をし遂げた合図だ。

 伊蔵は頭の命には従わず、皆始末したということである。

 小頭はその意味に笑みを浮かべると、一味の通った痕跡を隠しつつ山道を急ぎ一味を追って行った。




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